↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
108/108

A地区編2(退化と成長)

補足説明・ロゼッタは10年前島の人間を飲み込んだ『赤い石』の権化です。

(柚木)


 夏椎達と分かれて、ルフに乗ったまま中川の拠点の教会へ向かう。

 教会の前でルフから飛び降りると、ルフは小さくなって俺の肩に止まった。俺の頬に擦り寄ってきてすごく可愛い。


「ロゼッタ、怪我したんだって?」

「そうなんだよ。もう熱は下がったみたいだけどねぇ」


 A地区のゲートを開けて、中へ入る。

 午前中のA地区はほとんど人がいない。けれど、B地区側はいくつかのお店が開いている。

 小売店のアーケードを抜けて、柳瀬の家へ早足で向かう。誰ともすれ違わずに柳瀬のお店へ来られて、妙にほっとした。

 紫色の提灯に触れると、空間が捻れて、柳瀬の家へ誘われる。

 柳瀬の家は懐かしい造りだ。中学生の時によく遊びに来ていた家と同じ構造をしている。門を抜けると、雀のパッセルが飛んできた。


『柚木さん!中川さん!おはようございます!』

「おはよう、パッセル!」


 ルフとは反対側の肩にパッセルが止まる。それに続いて、相変わらずフリフリの愛敬が出迎えてくれた。

 頭にもフリフリの何かをつけた愛敬は、俺達の前に立つと左手を伸ばしてくる。

 中川が「わー!」と拍手をした。


「⋯⋯?」

「柚木。柳瀬と愛敬、ついに結婚するんだよ」

「けっこん!?」


 つい大きな声が出た。

 愛敬の左手をよく見ると、薬指にキラキラとした宝石が嵌められた指輪が光っている。宝石は愛敬と同じ緑色だ。

 そっか。楪羽も20歳で結婚するもんな。柳瀬は25歳だし結婚しても変じゃないか。


「おめでとう、愛敬!」

「まだ愛敬で構いませんけどね。結婚したら小波って呼ぶんですよ」

「分かった!小波!」

「順応が早いねぇ」


 玄関前で話していると、今度は中から柳瀬が出てきた。

 いつもとは違って、髪をくくって男らしい格好をしている。柳瀬は俺達を見ると、ひょいと片手を上げた。


「おーす。なんか珍しく黛くんがトラブル持ち込んだって?」

「うん。総理大臣?の隠し子?拾ったんだって」

「?が多いな」


 柳瀬に誘われて中へ入ると、玄関先にタナも立っていた。

 タナが触手を伸ばしてくれるので、タッチする。


「今日は男なんだな」

「翔真と晃が男で行けって言うから⋯⋯」

「ガキの言うことなんか気にすんなよ。ま、今日は木戸もいねぇしどっちでもいいか」

「木戸のために女になるんじゃない!」

「あれ、彼女になったんじゃ⋯⋯ま、いいか。風の噂か」

「なってない!」


 柳瀬は大きな勘違いをしている!別に女の俺と木戸は何もないんだからな!


「木戸はどうしたの?」

「仕事。今頃『ラ・リゾルテ』の管理人に引きずり回されてるよ」


 リビングに通されて、柳瀬が椅子を引いてくれる。俺と中川は隣同士に座った。その前に、柳瀬と愛敬が座る。


「柳瀬、結婚おめでとう!」

「本当におめでたいねぇ〜」

「まだ籍は入れてねぇけどな。俺はいつでもいいんだけど⋯⋯」

「11月11日に柳瀬小波になりますよ!」

「何でその日?」

「絶対忘れないと思って」


 愛敬は何故か自信満々だ。柳瀬は苦笑いしていた。呆れながらも、愛敬を見る柳瀬はどこか優しい。


「結婚指輪作るの?」

「ドワーフのサディさんに頼もうかと思ってます。香流くんは覚えてますか?」

「あぁ、『リドール』だろ?高校生の時に愛敬と冒険した星だったな」


 竜騎士とドワーフの戦いに参加して、和平を結ぶお手伝いをした。そう言えばドワーフの王様だったサディは、なんか作りたいもんがあったらいつでも来いと言ってくれてたな。


「あの星なら鉱石も魔石も豊富ですから。香流くんの呪いを解く手がかりも見つかるかもしれませんし、行く価値はあるかと」

「別に解けなくていいけど」

「呪いが解けたら大人になれますよ?」

「うっ⋯⋯」


 それは嬉しいかもしれない。


「もれなく女になるけどな」


 柳瀬がぼそりと突っ込んだ。愛敬が柳瀬の頬をびよんと引っ張る。


「女になったらC地区のみんながびっくりするから、仕事中はなりたくないんだよな」

「顔同じだから気にしないと思いますけど」

「そんなことないんだからな!」


 誰も何も返してくれない。くそう。俺は確かな変化を感じているのに、誰も分かってくれないのがちょっと悲しい。


「もう、ロゼッタのところに行ってくる」

「俺も行く〜」

「私も行きますよ」


 俺が立ち上がると、中川と愛敬もついてきた。

 柳瀬は椅子に座ったまま動かない。俺が振り返ると、ひらひらと手を振ってくる。

 階段を上がって、ロゼッタの部屋を開けるとピンク色の部屋が目に入った。

 小さなベッドの上に、ピンクゴールドの髪のロゼッタが眠っている。手足に包帯が巻かれていて痛々しい。

 寝てるなら、出直した方がいいかな。

 考えていると、ロゼッタが瞳を開けた。萌葱色の瞳がこちらへ向けられると、柔らかく細められた。


「香流!宙!」

「ロゼッタ、大丈夫か?」


 側に寄って、顔を覗き込むとロゼッタはにこりと微笑む。

 部屋の中はロゼッタが描いた絵や、色んな写真が飾られていた。その中には俺と中川もいる。


「黒い人がね、両手と両足ぽきぽきーってしたの!」

「誰だよ、そんな悪いやつ⋯⋯」

「知らない人!ロズが寝てる間にぽきぽきしたんだって、ママに聞いたよ」


 ママ、は柳瀬の母親のことだ。

 そう言えば姿を見かけていない。愛敬を見上げると、愛敬はにこりと笑顔で誤魔化してきた。聞くなってことだろうか。


「治してあげようか?」

「宙(そら)、治せるの?」

「俺は天使だからね!でも両手と両足はちょっと時間かかるかなぁ⋯⋯」


 中川が俺を見るので、俺は頷いた。

 ロゼッタの頭を撫でて、立ち上がる。ロゼッタが食べられるものを作るためだ。


「ロゼッタ、何食べたい?」

「えっ?香流がご飯作るの?」

「実は俺はご飯を作れる男なんだ。何でも作れるぞ」

「じゃあ⋯⋯オムライス!」


 柚姫みたいなリクエストされた。

 俺は頷いて、愛敬の横を抜けてまた階段を降りる。柳瀬がこちらを向いたので、俺は拳を作った。


「中川が治療してくれるから、俺はオムライス作ることになった!」

「概ね予想通りだよ。足りない食材はあるか?」

「たぶん大丈夫!」


 冷蔵庫を開けて、必要な食材を取り出す。


「みんなも食べるよな?」

「あぁ、ありがとさん」

「柳瀬の家は食材がたくさんあっていいなぁ」


 腕まくりをして、料理に取り掛かる。

 タナが横でじっと見ているので、少しゆっくりと手を動かすことにした。


 


 中川の治療は1時間ほどかかって、お腹がペコペコになった中川は愛敬に背負われながら階段を降りてきた。

 すっかり治ったロゼッタは、タンタンと音を立てて階段を跳ねて降りてくる。


「にぃに、なおった!」

「良かったな」


 ロゼッタは柳瀬の膝に乗って、すりすりと頬擦りしている。柳瀬もロゼッタを受け入れて、頭を撫でてあげていた。こうやって見ると普通の兄と妹みたいだ。


「ご飯出来たぞ」


 タナがみんなの分のお皿を運んでくれている。

 柳瀬、中川、愛敬、ロゼッタの分を並べると、タナが体を真横に傾けた。ぐにょっと動いて面白い。


「俺は床で食べるよ」

「客人を床に座らせるかよ」

「家ではいつも床だけど?」


 柳瀬はさっと中川を見た。中川は舌を出して可愛いポーズをしている。


「お前なぁ⋯⋯側付きの天使だろ。神様を床に座らせんじゃねぇよ」

「だって柚木がいいよって言うんだもーん」

「パッセル、人になれよ。ルフもサラダ食べよ」

『は、はい!』


 俺とパッセルの分は床に置いて、タナも手招きする。

 下に座るのは慣れてる。なんならテーブルより落ち着く。森の中ではテーブルなんてなかったからな。ばあちゃんの家も座卓だったし。


「わぁ、たまごふわふわ!」


 ロゼッタが目を輝かせた。そう言えばロゼッタにご飯作るのは初めか。

 せっかく週末はA地区に来るんだし、ロゼッタのことを知るためにも毎週作ってあげようかな。これも調査の一環だ!


「コーンスープも美味しいです」

「そりゃ良かった。柳瀬、A地区に来る時は寄ってもいい?ロゼッタにご飯作ってあげたいから」

「いいの!?」

「俺は構わねぇよ。タナも喜んでるしな」


 タナはどこが口か分からないけど、触手を使ってもりもりオムライスを平らげている。

 パッセルはルフに分けてあげながらオムライスを食べていた。鳥同士仲良しだな。見ていて微笑ましい。


「ロズ、香流のご飯大好き!他にも食べたい!」

「ありがとう。じゃあ日持ちする副菜いくつか作っておこうか?」


 タナにも確認すると、タナは触手を伸ばして俺の頭を撫でてくれた。

 タナの喋らないコミュニケーションは面白い。黙って撫でられていると、頬もなでなでされた。冷たくて気持ちいい。


「ロゼッタ、治ったなら明日からまたお勉強だぞ」

「ふぁい」

「小波も帰ってきたし、たまにはお散歩してもいいからな。頑張れよ」

「私はもうすぐねぇねになりますからね!」


 愛敬、嬉しそうだな。せっかくだから柳瀬と結婚するお祝いしてあげたいな。

 そうだ、ヒツギと木戸にも声かけようかな。みんなでお祝いして、あんまり甘くないケーキを作って、昔みたいにゆっくり過ごしたい。


 柳瀬と愛敬が結婚しても、たぶん関係は変わらない。


 愛敬小波が柳瀬小波になるだけだ。そう思うのに、俺は木戸との関係を変えたくない。

『ラ・リゾルテ』って、木戸の住んでるマンションだよな。管理人ってどんな人だろ。

 どんな人でも俺には関係ないけど。なんか無性にモヤモヤする。


「ねぇね、後でお外であそぼ!」

「いいですよー。香流くん、久しぶりに鬼ごっこでもしますか?」

「⋯⋯いいよ!柳瀬、屋根上も登っていい?」

「いいけど、家壊すんじゃねぇぞ」

「分かった!」


 俺はモヤモヤを飲み込むように、オムライスを口へ運んでいった。




 ロゼッタと愛敬と一緒に鬼ごっこをして、隠れんぼをして、たくさん遊び終えた頃にはすっかり夕方近くなっていた。

 しまった。夜には帰るって言ってたんだった。


「夜も香流のご飯がいい!」


 というロゼッタのリクエストを受けて、全速力でリクエストのクリームパスタを作り上げる。スープと置いておける副菜も作って、柳瀬の家から出る頃にはもう夕方の6時を回っていた。


「また来週来るからな!」

「うん!」


 柳瀬の家から飛び出そうとしたところを、中川に止められた。


「上から送るよ」

「男の姿で抱っこはやだ!」

「ワガママ〜」


 呆れる中川と手を繋いで、柳瀬の家から抜け出す。

 ダッシュでA地区を駆け抜けていると、途中、がくんと足を取られた。足首が地面に埋まっている。


「柚木!」

「⋯⋯!?」


 手をついた地面も、ぬかるんでいる。

 中川が地面に手をついた。パン、と弾けるような光が飛んで、足元のぬかるみが消え去っていく。


「ごめん!」


 中川は言うより早く、俺を抱き上げて空へ飛び立った。

 6枚羽を羽ばたかせて、A地区を抜けていく。俺は呆然としていた。


 何で?前はこんなことなかったのに?


 固まる俺の顔を見下ろして、中川はほっとしたように眉尻を下げる。


「やっぱり黄昏時は危険だね」

「黄昏時⋯⋯」

「魔のものが一番活発に動き出す時間だよ。前は木戸がいたから良かったけど、俺じゃ牽制にならないなぁ」


 ふー、と深く息をついて、中川は俺と額を合わせる。

 ふわふわの中川の髪がかかって、少しくすぐったい。中川を見上げていると、中川は少し困り顔で微笑んだ。


「今の柚木は、純潔なんだよ」

「純潔⋯⋯!?」


 思わず声をあげる。純潔って、石田が女になった時に言われてたことだろ!?

 今の俺は男だ。それに、俺は―――


「柚木、日が変わると身体が治るでしょ」

「う、うん」

「そのお陰でずっと純潔が保たれてるんだよ。柚木が狙われてるのもそのせいで、しかも今は女の子の匂いと混ざって香水みたいな強い匂いを放ってる」

「今は男なのに!?」

「何でか今の方が強いんだよねぇ〜?たぶん、中身が子どものところを無理やりマナで覆ってるからじゃないかな」

「つまり⋯⋯?」


 なんか嫌な予感がする。

 じっと中川を見上げていると、中川はすごく言いづらそうな顔で俺から目を逸らした。

 

「つまり、今の柚木は女児扱いということに⋯⋯」

「はぁー!?」


 何だその不名誉極まりない扱いは!!


「ちなみに、妹ちゃんも同じ扱いです」

「そりゃ双子だもんなって全然嬉しくねぇからな!」


 ムカつく!呪いが解けてもやっぱりいいことないじゃねぇか!


「何で大人の男の状態が一番リスク高いんだよ!」

「あはは⋯⋯。夕方以降にA地区に行くなら女の子でも大人になってた方がまだマシかな」

「納得いかねぇ!」


 納得いかないけど文句を言ってたって仕方ない。しぶしぶ抱き上げられたまま中川にもたれかかる。


「なるべく柚木と一緒にいるようにするからね」

「まるで中学の時と一緒だな」

「あの時の俺は飛べなかったけどねぇ〜」


 たしかに。体の時間が止まっているのは俺だけだ。

 でも、女になれば大人になれる。複雑すぎる気持ちを抱えたまま、癒しを求めてルフの頭を指で撫でた。




 家に帰ると、4人でゲームをしていた。

 戦うゲーム?で、盛り上がっている。楽しそうなのでそっとしておいて、俺は急いで晩ご飯の準備を始める。


「何食べるー?」

「牛丼」

「カツ丼!」

「俺は天丼!」


 いつもの事ながら見事にバラバラだな。でも夏椎と健太郎の声が聞こえなかった。


「夏椎と健太郎は?」

「え、あ⋯残った方で」

「俺も⋯⋯」

「別に他のでもいいよ。なかったら買いに出るし」


 話していたら誰かから電話がかかってきた。

 スマホを見ると、木戸からだった。仕事終わったのかな。ちょっとモヤッとしながら電話に出る。


「どうした?」

「ララさんにめっちゃ肉もらったから持ってくねー」

「何の肉?」

「なんだろ?どっかの星のよー分からん肉。ステーキみたいに焼いたら美味しいらしいよ。翔真と晃肉好きでしょ?」

「ステーキ⋯⋯」


「ステーキ!?」


 翔真と晃と中川が反応した。

 電話越しに木戸が笑っている。俺は苦笑いしか出なかった。


「じゃあ待ってる」

「他に何かいるものある?」

「んー、あるものでなんとかなりそう」

「はいはーい」


 呑気な声を最後に電話が切れた。

 可愛いって言われなかった。何故かそれにもモヤッとする。

 いや、今は男なんだから言われなくていいんだよ。いやいや、今はってなんだよ。俺と木戸はただの友達なんだから、俺がそれを望んだんだからこれでいいだろ。


 モヤモヤしながらもキャロットラペを作るために人参を取り出す。

 とにかく手を動かしていると、木戸が入ってきた。確かにでかいクーラーボックスを抱えていて、中身は牛肉みたいな赤身の肉だった。


「固いから手伝うよ」

「ん」


 簡素な会話をして、ふたりでキッチンに立つ。

 向こうでゲームをしている子ども達は楽しそうだ。中川もあっちに参戦していて、料理をしているのにこちらへ寄ってこない。

 モヤモヤしながらじゃがいもを潰していたら、ものすごくなめらかになってしまった。これはこれでアリか?


「ロゼッタの怪我治った?」


 急に話しかけられた。いつも通りを装いながら、俺は静かに頷く。


「治って、オムライスとパスタ作ってきた」

「それは喜んだだろうねぇ。タナの料理は大人向けだから、タナも喜んでたんじゃない?」

「うん、喜んでくれた」


 大丈夫、いつも通り話せる。

 今は男だから、大丈夫。言い聞かせながら、味付けを加えていく。


「⋯⋯女の子で行ったの?」

「いや、この姿で行ったよ」

「それはそれは⋯⋯」


 あからさまにほっとした声しやがって。こっちはこの姿のせいで大変だったんだからな。

 さっきの出来事を言おうか考えていると、肉をバラした木戸が水道へ手を伸ばした。

 あぁ、焼くのは俺の仕事か。じゃあ盛り付け頼もうかと思っていると、木戸が俺の頭を撫でてくる。


「俺も一緒に行きたかったなぁ」


 顔が近い!


 ボウルを顔面に押し付ける。ど、ど、とうるさい心臓を抑え込むようにボウルに力を入れると、木戸が渋い顔をしながらボウルをよけた。


「あの、痛いんですけど」

「こっちの姿は触るな!」

「なんでー?香流は香流でしょ」

「⋯⋯可愛いって言わないくせに」


 つい、ポロッと零れてしまった。


 慌てて口を押さえる。しゃがみこんで顔を隠す俺の上から、力技で木戸が俺の顔を上げさせてくる。ムカつく!


「なぁ、可愛すぎんだけど。なに?いつでも可愛いよ、俺の香流は」

「お前のじゃない!」

「俺は男の姿でも全然構わないんだけど。1回くらいキスしてみない?」

「い、や、だ!」


 押し問答していると、足元をモフモフが通り抜けていった。

 ポメラニアンの翔真が木戸の顔面に突撃する。その後ろからルフが飛んできて、木戸の眉間をつついた。


「香流お兄ちゃんにセクハラするなー!」

「香流どころか何も見えん」

「香流さん、料理は木戸さんに任せてあっちでゲームしましょう」

「男の姿だからって油断しすぎだ」


 俺の腕を掴んで、夏椎と晃が俺を寝室へ引っ張っていく。

 ベッドの上に腰掛けた中川が手を広げてくれたので、もたれるようにして抱きついた。中川は安心する。木戸は全然安心しない。何で余計なこと言ってしまったんだろう、俺自身にムカつく。


「よしよし、大丈夫だよ〜」

「木戸より中川がいい」

「知ってる〜」

「中川さん相手なら浮気していいですよー」

「あ、俺が浮気相手の方なんだぁ」


 中川はとんとんと頭を撫でて、慰めてくれる。

 少し落ち着いた俺は、中川から身体を離した。キッチンから肉の焼けるいい匂いがする。結局木戸に任せてしまったけど、もうキッチンに戻りたくない。


「香流さん、ジローさんと連絡取れますか?」


 俺の方を見ながら、夏椎がゲームのコントローラーをものすごい速度で捌いている。

 すごいな、夏椎。画面見てなくてもゲーム出来るんだ。


「健太郎も妖怪の國に行きたいのか?」

「はい。それに、側にいたほうが守れますから」

「お前も庇護対象のはずなんだけどな⋯⋯」


 まぁ夏椎は他の子ども達より戦闘センスが頭ひとつ抜けているもんな。龍司さんの教え方が上手いんだろうなぁ、羨ましい。


「まぁいいよ。ジローさん」


 一声かけると、ふ、と窓の外にジローさんの姿が現れた。

 ジローさんはスマホを持っていないけど、呼んだらすぐ来てくれる。ガラガラと窓を開けて入ってくるジローさんは、烏の羽根を仕舞うといきなり頭を床につけた。


「家に入れていただいて恐悦至極!!」

「ジローさんうるっせぇ」


 キッチンから木戸が突っ込みを入れる。ジローさんは起き上がって、足袋のままズンズンキッチンへ進んで行った。


「蓮!お前が何故ここにいるのだ!」

「香流の彼氏(保留)だからです」

「違う!!」


 俺と子ども達の声が重なった。中川はくすくす笑って、健太郎はぽかんとジローさんと木戸のやりとりを見上げている。


「あの人ね、妖怪の偉い人なんだよ」

「妖怪⋯⋯!?」


 中川が健太郎に説明してくれた。説明を引き継ごうとすると、ジローさんが急にバタンと倒れてしまう。

 びっくりした。慌てて駆け寄ると、ジローさんはとても幸せそうな顔をしていて俺は引いた。たぶん一緒に覗きにきた翔真も引いていた。


「ぜひ結婚式には呼んでくだされ⋯⋯」

「しないから!ジローさん、目を覚ませ!俺は男だし、木戸は彼氏じゃない!⋯⋯というかそんな話をしたかったわけじゃない!」

「香流さん、代わります」


 コントローラーを置いた夏椎が、俺の隣にしゃがみ込んだ。


「3.14159265358979323846」


 何の呪文かな?


 夏椎が呪文を唱えると、ジローさんがむくりと起き上がった。素知らぬ顔で胡座をかいている。


「それで、主殿。何の話ですかな?」


 ジローさんが元に戻った。

 夏椎を見ると、こくりと頷いている。何の頷きなのか全く分からないけど、さすがは龍司さんの息子。


「夏椎、すごいな。ありがとう」

「どういたしまして。それで、ジローさん。俺達のお世話になっている部屋に、もうひとり住まわせてもよろしいでしょうか?」

「それは構わんよ」

「ジローさん、ありがとう。健太郎おいで」


 健太郎を手招きすると、健太郎は戸惑いながら俺の隣に座り込んだ。


「健太郎は普通の人間なんだ。3人と友達になったから一緒にいさせてあげたいんだけど、いいかな」

「承知した。⋯⋯しかし、そうだな。蓮」

「いやでーす」


 何でそこで木戸が出てくるんだ?


 なんの拒絶なんだろう。分からず何も言えないでいると、ジローさんはため息をついた。


「主殿。この子には呪術がかけられている」

「え⋯⋯!?」

「うちへ来るのは構わんが、悪い気に飲まれんように気をつけた方がいい。儂の屋敷から出る時は必ず面を着けるように」


 呪術って、呪いだよな。

 将次に預けているネックレスのことを思い出す。思い出したけど、あれは俺がフィオネにもらったものだ。勝手に別の人へあげるのは躊躇われる。


「木戸、知ってたのか?」

「内緒でーす。お肉焼けたよー。ジローさんも食べていけば?」

「⋯⋯蓮」

「俺はしがない鬼ですよ。ジローさん、そういう約束でしょ」


 テーブルへお皿を並べていく木戸へ、ジローさんは深いため息をついた。


 このふたりの関係を、俺は詳しくは知らない。


 木戸がジローさんのところで修行してたことくらいは知ってるけど、なんなら木戸のことだって詳しくは知らない。

 俺は全部話したのに。⋯⋯話したくて話したわけじゃないけど。


 やっぱり、木戸のことを考えるとモヤモヤする。


「俺ベランダで食べよーっと」

「じゃあ俺もベランダ行く!子ども達がテーブル使いなよ」

「家主もベランダですか?」

「柚木も大人だもんねぇ」

「ジローさんもベランダだよ。ほら冷めたら固くなるから食べよー」


 モヤモヤしたまま立ち上がって、ベランダへ向かう。

 ムカつくから、将次を抱えて出てきた。将次の中からネックレスを取り出して、ぎゅっと左手に握りしめる。

 そのまま、木戸の背中に向かって体当たりした。


「⋯⋯は!?」

 

 でかい。ムカつく。ムカつくのに、モヤモヤが少し軽くなって安心する。


「どしたの、香流」

「今は女だからいいの!」

「ダメなんて言ってないけど」


 外の風が長くなった髪を揺らしていく。何が言いたくてこうしてるのか、おれには分からない。自分のことなのに何も分からないなんて、何でおれはこんなに歪なんだろう。


「⋯⋯あー?あの子は大丈夫だよ。むしろ俺が消さない方が夏椎達の経験値に繋がると思ったんだけど」


 おれが動かないから、木戸が答えを探そうと頭を働かせている。

 違う。いや、それも違わないけど。


「あの子になんかついてるとは思ったけど、呪術だったんだぁ。俺でも消せる類?」

「いや、中川さんが手を出すとあの子ごと消える類。魂までべっとりくっつてるよ」

「わぁ、何もしなくて良かった⋯⋯」

「そこまで見えとるのに手を出さんのか」

「やだなぁ、ジローさん。子どもの成長を思うなら大人が何でもかんでも手を出すもんじゃないんですよ」


 木戸は時々森谷みたいなことを言う。

 でも、木戸は森谷じゃない。森谷にはこんなにモヤモヤしない。


「いざとなったら俺が何とかしてあげるけど、今は見守りましょうよ」

「⋯⋯お前なんか嫌いだ」

「俺は大好きだよ」


 木戸がおれの手を取って、ちゃんと抱きしめてくる。

 大きな手が頬に触れるのが心地いい。悔しいけど、やっぱり木戸のことは他のみんなとは違う好きだと思う。


「香流にかけられた呪いも俺が解けたらいいのになぁ〜」

「柚木の呪いは見えないんだね」

「呪いは見えないけど、本質は見えてたよ。俺ずっと香流のこと女の子だと思ってたもん」


 すごく不名誉なことを言われた気がする。

 見上げると、こつんと木戸の額が合わさった。顔が近くてびっくりして、思わずそのまま頭突きをくらわせる。


「いっ⋯⋯。何で今日そんな機嫌悪いのぉ〜」

「木戸がララさんとデートしてたからじゃない?」

「はぁ!?デートじゃねぇわ!仕事ですよ!マンションの空き部屋の掃除してたんだよ、ひとりで!10部屋分!」

「可哀想」


 中川が憐れんでいる。おれは将次にネックレスを戻してまた男に戻ると、ジローさんと中川の間にお皿を持って座り込んだ。

 あ、このお肉美味しい。何だろう、牛肉と豚肉の間みたいな⋯⋯独特な甘さがある。


「ジローさん、何かあったらすぐ俺にも連絡して。気にかけておくから」

「承知した。しかし、主殿と夕餉をとることになるとは⋯⋯幸せじゃ」


 しみじみ言われてちょっとだけ照れくさい。じいちゃんも一緒にご飯食べる時は喜んでくれてたなぁ。


「で、俺は明日の朝荷物運んだらいいのかな?」

「⋯⋯もう壁壊すなよ」

「はーい」


 ほんとに分かってんのかな。疑わしいけど、妖怪の國のことは俺より木戸の方が詳しいから任せるしかない。

 学校の方はまゆと石田に任せてるから、もう俺に出来ることは見守ることだけか⋯⋯。呪術ってなんだろ。健太郎のことは心配だけど、呪いは俺の専門外だからなぁ⋯⋯。

 ベランダから部屋の中を見ると、4人で楽しそうに話している。

 ま、ヤバそうだったらすぐに助けを出せるように気をつけておこう。将次と飛んできたルフにキャロットラペをあげると、美味しかったのか一瞬でなくなってしまった。

 それを嬉しいと思っても、薄ら暗い気持ちにならなかったことがとても嬉しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。