第13話:切島の特訓
【切島の勤務先】
俺は、切島の勤務先である自動車修理工場を訪ねた。
退院したばかりだというのに、切島はすぐに現場復帰していた。
「…最近の若いヤツの割には、根性があるじゃないか」
俺は生粋の体育会系だ。理屈も大事だが、最後は「根性」があるヤツを信用する。
にしても…カラダは回復しても一旦折られたメンタルはなかなか回復しない。
アイツ意外と「バケモノ」かもな。
放課後、ユイをウリエルに預けて一人でやってきた俺の前に、油まみれのツナギを着た切島が姿を現した。
「お先に失礼しまーす!」
親方らしき男に元気に挨拶するその姿には、以前見た「狂犬」の猛々しさはない。
「よう。切島、退院おめでとう」
「黒崎…ユナ!? な、なんでこんなとこにいるんだ?」
切島は、バッチリメイクをしている美しい俺様に真っ直ぐに見つめられて、少し顔を赤くしていた。
「退院祝いだ。ラーメン奢ってやる、ついて来い」
「はあ!? なんでお前に…」
「いいから来い。これは『商談』の一種だ」
俺は有無を言わせず、切島を近くのラーメン屋に連行した。
「商談…?なんだよ…面倒くさいのはごめんだぜ?」
ここは俺が商社マン時代、近くの取引先を回るたびに通い詰めた隠れた名店だ。暖簾をくぐると、豚骨の濃密な香りが鼻を突く。
「黒潮とんこつ二人前。あと餃子も二人前」
「おい、メニュー選ばせてくれないのかよ!」
「俺のイチオシだ。黙って食え。……お前ガテン系の仕事やってんだからさ、塩分補給ちゃんとしろよ」
切島は不満そうな顔をしていたが、運ばれてきたラーメンを一口すすり、目を見開いた。
「あ、うめえ」
「だろ? 自分の身体を資本にするなら、まず『資本』を喜ばせる術を知れ。それがプロの第一歩だ」
俺は割り箸を割り、豪快に麺をすする。
女子高生らしからぬ食いっぷりに切島は引き気味だが、そんなことは構わない。
「さて、切島。飯を食ったら、いよいよ本題に入るぞ。まずは、大検の必勝法から話す」
俺はカバンからスケジュール帳とマニュアルを綴じたファイルを取り出した。
「お前が大検を取るための最短ルートを組んできた。格闘技の練習以外の時間は、すべてこのスケジュールにコミットしてもらう」
「ちょっと待て…これ、寝る暇あんのか?」
「安心しろ。人間、死ぬ気でやっても案外死なないもんだ。…それとも何だ? お前の根性は、その程度のもんか?」
ニヤリと笑う俺を見て、切島が箸を止めた。
その瞳に、負けん気の火が灯る。
「…上等だよ。やってやるよ」
「いい返事だ。さすがだな。前にも言ったが、100点は取らなくていい。確実に80点を取るためのマニュアルを作ってある。これさえキッチリやれば大検は楽勝だ」
あとは…ブレイキング・コア対策だ。
「切島。お前、空手はどこで習ってたんだ?」
「もう今は顔出さねえけどな、『極角会館』だ」
「段持ちだよな?」
「ああ、初段だけどな。…それがどうした」
「それだけで十分なアドバンテージだ」
「何の話だ?」
切島は怪訝そうな顔で俺を見る。
「『ブレイキング・コア』さ」
切島の動きが止まる。
「……!」
「お前、スマホで動画見まくってたろ。プロデューサーに直接会って、出場枠を一つ、もぎ取ってきてやったぞ」
「は…? なんでそんな…。本当に出れるのか!?」
「嘘を言ってどうする。お前が夢を掴む舞台は用意した。あとは、お前がそこで最高のパフォーマンスを演じきれるかどうかだ」
俺はスープを飲み干し、伝票をひっつかんだ。
「さあ、まずは腹ごなしに英語の単語暗記から始めるぞ。それから、格闘技の方は『特別コーチ』を呼んである」
店を出ると、そこにはいつの間にか実体化したウリエルが、夜の街灯に照らされて立っていた。
「切島さん。極角の段持ちなんですね…凄いじゃないですかあ」
天使の微笑みを浮かべるウリエルを見て、切島は本能的な恐怖に顔を引き攣らせた。
「コイツに一発でも蹴りを入れられる様になってくれ、そしたらチャンピオンになれる…と思うぞ」
不条理な特訓の幕開けだった。




