表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

第四章~寄生竜~

全部つなげたので、長くなるかもしれません。

 死都というのは本当だった。街の原形は保っていたが、既に竜の住家となっていた街には人っ子一人としていない。

 死都だから人の気配がしないこと、それは分かる。

 だが一番の不可解なのは、竜が一匹たりともいないことだ。 竜の巣とはなんだったのだろうかと考えてしまうほどに静かすぎる。まるで嵐の前の静けさのような感覚。

「静かだな‥‥‥」

 ジーラも感じ取るということは、此処にいる全員も多大なる緊張感を味わっている事になる。

「静か過ぎて不気味だな‥‥‥」

 俺も頷き、辺りを見渡しながら探索を続ける。

「全隊、隊長に続いて四方に別れて探索だ。後の指揮は団長に任せる」

「では、総長殿はなにを?」

「俺は空から探索を試みる。後は頼んだぞ団長」

 団長が紳士的に一礼をするのを見送り、俺はソーマの背中に跨がって空に飛んだ。

 日没まであとすこし、もしも夜の間に帰ってくるのならば、不利なのはこちらだ。だが、こうして空から辺りを見渡したところで、黙視が出来るのは荒れた土地だけだ。

 ふと、疑問に思った。

 竜は自然界の生物だ、だったら死都となった街でも、こうして街の原形を留めている以上は自然に還っていないのと同じ。 此処は本当に竜の巣なのか?

「ソーマ、臭いはするか?」

 スンスンと鼻を鳴らして竜特有の臭いを嗅ぎ分けるが、ソーマは頭を振っていないことを示す。

 西日が地平線に差し替える。徐々に太陽は見えなくなり、東の空は闇に染まっていく。

「‥‥‥王のガセだったのか?」

 そう思った瞬間だった。

 死都から爆発音と粉塵が巻き上がる。それを合図に、他の場所からも次々に爆音と煙が飛び散った。

 それが何だったのかはすぐに予想出来た。

「地中からか!!」

 竜だから空から来ると勝手に予想していた自分に腹を立てる。

 土竜と称される奴らは目こそは見えないが、それ以上の敏感な耳と嗅覚を兼ね備えている。ただ驚くべきはそこではない。俊敏な速さで奴らは動き、集団で狩りをするのだ。竜の一撃は必中に等しく、一度でも当たってしまえば、即、死を招く。 それでこそ奴らの良いように俺達は全滅させられるだろう。

「くそっ!行くぞソーマ!」

 俺の声に反応し、急降下を始める。一番近くで反応した土竜へ一直線に降りていく。

「‥‥‥見えた!ソーマは右を頼む。俺は左だ!」

 ソーマの背中から飛び出して竜騎士の大群に襲い掛かろうとしている土竜を横這いから蹴り飛ばす。

 急な訪問者に反応できなかった土竜は瓦礫の山に胴体がぶつかると、紐がちぎれる様に上半身と下半身に別れ、絶命した。普通の竜とは違い、外殻に覆われているような固い皮膚ではないのか。

 これなら、普通の武器でも竜を殲滅させることは出来るのかと問われたのなら、やはり否定しか出てこない。

 先も言った様に、竜の一撃は必中。そして、こいつらは地中に逃げることが出来て俊敏な輩だ。絶対に油断は出来ない。

「隊列を乱すな!」

 隊の指揮を取る隊長があたふたしている隊員達に命令を下し、四方を見渡せる円形の陣に固まった。

「馬鹿野郎!固まらせるな!!」

「えっ?」

 怒声を浴びせ、すぐに隊陣をばらばらにさせようとしたが、一歩だけ、土竜が我々を捕える方が早かった。

 やつら一体一体の力が強いのに、なぜ集団で固まる必要があるのか、奴らの角は俺たちの盾など簡単に貫くことができてしまう。それなら集団で固まり防御に徹するよりは、個々人で逃げることを考えたほうがまだマシだ。

「ぎゃあ!!」

 地下から一直線に天空へと飛び出して来た土竜。奴らの武器は固い岩盤をいとも簡単に貫くことができる角と、脚力だ。

 貫かれた角に仏が三つ。時は遅く、落ちてくる土竜は狙いを定めて隊員の中に頭ごと地下に侵入した。 この調子だと他の場所でも同じような惨事だろう。

「くそっ‥‥‥」

 俺は耳を澄ませ、奴らが土を掘り進む音を聞き分ける。

 がすがすと土の壁、微かに固い煉瓦状の物質の砕石音。

 徐々に掘り進む音が近づいてくるのを感じ取る。

 狙いは俺だった。

 剣の柄を軽く握り、土竜の出てくる瞬間を待つ。奴の速さが俊足なら、俺の速さは何だろう?光速?そんなに早くはないと思うが、土から一瞬出てきた角に目掛けて斜め越しに切り付ける。

 土竜の速さは一定を保ち、盛り上がってきた事が幸いか。角を滑る様に剣は胴体を頭の先から尾の先まで綺麗に二つに切り分けられた。

 追撃に横這いから低空に飛び出してくる土竜。

 確かに土竜の速さは常人なら捕えるのは困難だが‥‥

「遅い‥‥」

 土竜の頭、角の付け根の柔らかい部分に自分の剣を突き入れる。

 双葉の芽のように体は引き裂かれて絶命し、地面に転がっていった。

「全部で何人やられた?」

 土竜の気配がしなくなり、一先ず剣を鞘に納めて兵士の生存状況を確認する。

「四人です‥‥‥」

「そうか‥‥‥」

 俺は目を瞑り黙祷を捧げソーマを呼ぶ。

 ばきばきと咀嚼音が辺りを響かせながらソーマは飛んできた。食事中だったのか、口元を血で汚していた。

「総長殿はどこへ!?」

「決まってるでしょ?」

 俺はソーマの背中に乗って隊長に告げる。

「この戦争を終わらせるんだよ」





 竜には手を出さないと昨日言っていた自分が阿呆らしくなった。

「なにが、竜は殺さないだ‥‥‥」

 自尊心で象られた願いなど、ただの偽善だ。兵士達の命を尊重し人を助け、竜を殺す。口先では綺麗事ばかり。

 結局俺は、人間と竜、どちらを天秤にかけたのなら、人を取る事になっている。

 どう足掻こうが、俺は竜をこれまでに斬っているという現実からは抜け出せないという事だ。

 土竜は鎮圧、生き残った土竜は朝日に怯えて地中に潜り、死都から逃げ出した。土竜の死骸は数え切れない程転がっているのと同等に、死んでいった竜騎士の兵士も多い。

 街の広場、元は噴水が合ったと思われる。円の形で作られた石煉瓦と、水が噴き出してくるはずの造形物は無残な形だ。

 休憩場所に此処を選んだのは理由がある。

 ひとつは、竜騎士の勢力がどれだけか確認出来るから。あとひとつは、竜の発見をしやすいからだ。

 見えない場所で待ち構えているくらいなら、よく見える場所で待ち構え、竜を相手にした方がいい。

 もちろんデメリットもある。

 こちらが見渡せる事が出来るのなら、相手にもこちらが見える筈だ。それなら、お互いに目視を出来る環境の方がいいと思ったからこの広場で休憩をしているのだ。

「百人くらい死んだか?」

 ジーラは眠る兵士達を眺めながら、ただの肉塊と化している死体を見つめて俺に問い掛けた。

「正確には百二八人死んだよ、ジーラ」

 俺が応じるとジーラは一言だけ喋り、黙りこくる。彼も隊長の称号を持っている以上は責任を感じているのだろう。

「そうか‥‥‥俺も隊長失格かなぁ。死んでいく仲間達を助けられずに、なにが隊長だよ‥‥‥」

 ジーラはうなだれ、頭を抱えながら髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きながら、目の前で死んでいく仲間達を思い出していた。

「なぁジーラ‥‥‥」

「なんだ?」

 顔は俯いたままで、声は震えていた。泣いていたのだろうか‥‥‥。そっとしておきたい気持ちもあったが、これだけは聞いておきたかった。

「竜をどうおもう?」

「‥‥‥」

 一瞬、空気が凍りついた。

 第三者でもいればハッキリと分かるくらいに、俺とジーラの時間は止まっていた。

 友がなにを思っているのかなんてわからない。万物の声が聞こえても、相手の気持ちだけは見ることも、聞くこともできない。

 だからこうして、正面から聞くしかないのだ。

「殺すべき存在……だ」

「じゃあさ?竜と一緒にいる俺はどう思う?」

「‥‥‥‥」

 またもや静寂。

 これでは埒があかないと思い、話を変えた。

「俺はさ、人と竜が俺みたいに全員が共存出来ると思うんだよ。人達はひとつ考えてほしいんだ。彼等は決して好戦的ではないって。彼女らは高い知能を持っているって。知ってほしいんだ。竜こそが、俺達人間を求めているってわかってほしい」

「そんな馬鹿な事を信じるか!」

 声を荒げて立ち上がり、手をかざして兵士達を指しながらジーラは言う。

「現実を見てみろ!五百人しかいない竜騎士の五分の一が減っているんだぞ!それで竜は好戦的じゃない?あいつらは自分から俺達に攻撃をしてきたんだぞ!!」

 俺の衿元を掴み、互いの顔が近くなる。怒りしかない感情を俺にぶつけ、少しでもいいから気を紛らわせたかったのか。

「ジーラは本当に、土竜が自分から攻撃を仕掛けてきたと思っているのか?」

「な‥‥‥に?」

 ジーラは唖然し俺の衿から手を離す。

「土竜の声を聞いたのか?」

 ジーラは数少ない俺の特異体質を知る友人だ。

 それを分かってこそ、ジーラは竜の声を聞いたのかと、問い掛けてきたのだろう。

 俺は頷いて口を開く。

「憎い憎い、お前達を殺してやる。貴様ら全員、串刺しにしてやるって言ってたからさ、なんで俺達が憎いんだ?って聞いたんだよ。そしたら何て言っていたと思う?

 あいつら、俺達が土竜の赤ん坊を殺したって言っていたよ。

 もちろん、誰が殺したんだって聞いたら、団長の奴がやったらしい。

 俺が空に行っている間にそんな事が起きているなんて知らなかった。

 戦争の引き金は団長だった。もちろん、団長は殺したらしい。だが死んでいった赤ん坊の命は蘇らないと怒り嘆いて、戦争になったと言うわけだ」

 ジーラは受け入れがたいと思っていた。

 表情で読み取れるくらいにわかりやすい。

「これまでの任務でわかってきた事だけどな。竜は一切自分から手を出していない。全部俺達人間が嫌悪感から手を出した結果だよ。多分、ここもそうだ」

 嫌いだ、竜は殺すべき存在だと、子供の時から聞かされ続けてきた。

 油虫(ゴキブリ)を見たことがないひとが始めはただの虫だと思うのに対して、前から知っている者たちはそれが気持ち悪すぎて触れもしないだろう。

 知っている者たちの反応があまりにも過剰すぎて、知らなかった者たちも、油虫を見ると嫌悪感を出すようになってしまう。

 そう、結局は伝染するんだ。

 嫌悪感は伝染し、やがては狂気に変わる。変わった狂気は殺戮を求め、罪もない者たちを殺してしまい、殺された者たちは復讐の殺意が芽生える。

 回り、廻るのは悪循環だけしかなく、大人達の反応を見て子供達は、竜はいらない奴らと、人は正義、竜は悪に見立ててしまうのだ。

「・・・・やっぱり、この話は終わりだ。俺とみんなが思う竜の価値観は違うんだってわかった」

「・・・スーリヤ」

 もう、これ以上は人と話したくない。竜を助けたいという自分の想いが砕けそうだからだ。そう思っている俺だが、ここの一夜にして殺してきた土竜は計り知れないほどに殺してきた。助けたい、助けていきたいと思う俺の幻想は誰にも理解されず、自分でも叶うことの出来ない夢だ。

 そう、結局は俺は何も出来ない、偽善者なのだ・・・


 もう、何日経ったか。

 はじめにいた王宮の兵士たち五百人は今は五分の三の数を失ってしまった。

 地中の使者、土竜は来ることがなくなったが、あのあとから何体かの空を駆け回る、飛竜種が集団で襲って来た。それでも俺たちは懸命に戦った。竜との終わることのない戦争を時間が忘れるまで戦い続けた。

 ただ、今回の飛竜種たちの襲撃は俺以外なら不可解な動機だ。

「ソイツダ、ソイツヲコロサセロニンゲン!!」

 その情報はどこから回ってきたのかと思うくらい。飛竜種の間ではソーマの中には世界を滅ぼす邪竜がいることを竜は感じ取ったのか、それとも本当に誰かから聞いたのかはわからない。

 しかし、殺させろと言われたところで聞く俺でもない。ソーマの背中にまたがりながら飛竜達の話を聞いていた俺だったが、家族の命が危ないのなら俺は敵に回ったよ。向かってきた竜は殺した。

 だが、多勢に無勢。たった一人と一匹に、何十体の竜との相手は少々きつく、ソーマには致命傷を追わせてしまう。その傷を負ったおかげで、何かが爆発したんだろう。ソーマの体からは、木の根っこのようなものが生え、囲まれていた竜たちを一瞬にして倒してしまう。

 それが一週間くらい前の出来事だ。

 遠くの丘の上。死都を脱出した俺たちは、邪竜を見ることができて、安全な位置にある丘の上にテントを張って出方を伺い、ソーマだったモノを見る。根付いた樹の根から草木が枯れていく。養分を吸い付くした樹には実の様な物が実っていた。

 昔話の童話の再現みたいだとふいに思った。

 ”混沌の竜が生まれし時、大地は枯れ、世界の終わりを知らせる果実が実るだろう”

 こんな馬鹿げた事があるんだな。

 もう世界は終わりそうだよ昔話の童話さんよ・・・この話の続きって合ったけか?

「ア゛ア゛アアァァァ!!」

 ソーマが泣いている。痛いから泣いているのか?夢の実現化か‥‥‥いつか見た悪夢が正夢になって、俺はお前の前に立ってしまったのか。

 やはり、お前は生まれるべき存在ではなかったのか?

 あの時、本能にしたがってお前を殺しておけばよかったのか?

 今はもう答えは無い。ただ、世界を滅ぼすだけの感情の無い化け物になったのなら、俺はお前を止める抑止力となろう。

「さすがに最悪最強と記述されてる事はあるな」

 一番安全圏と思われる場所にテントを張り、作戦会議を全員でやっている中、俺は皆の話を聞いているだけだ。

「確かに、あれだけ巨大な敵を倒すとなると骨が折れるわね」

「斬った先から再生するんだ。どうやれば奴に勝てるのか‥‥‥」

 ジーラは歯噛みし、他の兵士達も知恵を振り絞りながら考える中、カルナが俺に目配せをした。

 貴方の竜だからなんとか言いなさいよ。と言ってきているように思えた。

「本体を潰せ‥‥‥それだけでこの戦いは終わるだろうよ」

 俺の言葉に辺りが静まり返る。なにかおかしな事を言っただろうか?

「でも‥‥スーリヤ‥それだと…」

 ジーラは言いにくそうだった。

 まぁ、それもそうか。俺の竜だからな。人が自分より弱い小動物を可愛がるように、俺はソーマを相棒にしていたからか。家族という括りは誰にも理解はされていないだろうが・・・

「あぁいいよ、気遣いは無用だ。アレは違うからな。ソーマじゃない‥‥‥それに、自分達の命も危ういんだ。だったら殺すだけだ。時間も起ちすぎてるから・・・急がないといけないし‥‥‥」

 俺はテントの布を上げて外に出る。街の真ん中で構えている化け物を見つめて思う。

 こうなることは分かっていたのに。あの時の俺に問いたい。その場だけの感情なら、助けるのは止めた方がいいと。そう、告げたい。

 こんなにも別れが辛いのなら、最初から殺しておけばよかった。




 街の広場に奴がいる。終焉の果実を徐々に実らせているのが遠くからでも見える。

 街の入口に全員が集まって武器を構えて待つ。総勢、百七三の兵士達を俺の後ろに待機させ、隊長達をその前に配置。

 荒々しい風が街を渦巻いている。もう時間は無いと言うことか。

 鞘から剣を抜いて掲げると兵士達の息が止まる。時間が止まったように感じる緊張感を漂わせ、俺は声を上げる。

「全員、俺に続けぇ!!」

 正面突破。下手な労作を考えるよりは、一番単純な方法を取る。だいたい俺は団長よりも兵法の心得は微塵とない。だったら、前に進むことしか脳がないのなら、突き通すことをするしかないじゃないか。

「うおおぉぉぉぉ!!」

 俺の後に続いて兵士達が吠える。

 埋まっていた樹の根が盛り上がり目の前を立ち塞がる。切り伏せて前に進むにつれて、根っこの抵抗が見て取れる。

 嫌がる素振りを見せるのなら、何処に本体が何処にいるのかもわかりやすい。

 根が横合いから薙ぎ払われてくる。

「っぐお!!」

「ジーラ!」

 ジーラは根を剣で防いだおかげで致命傷には至らなかったが、ダメージは大きいだろう。壁に叩きつけられながら身を乗り出して叫ぶ。

「さっさと先に行け!後から追いつく!」

 俺は頷きで応答し、前に進む。

 見上げる事しか出来ない程の大樹には、幾つかの果実が出来上がっていた。

 世界の終わりまで後何分か切っているかもしれない。

 目前には大樹の入り口。明らかに罠だ。

 と言うよりは、俺を誘っている?

「スーリヤ、これ‥‥‥」

 カルナも感じ取っていた。

「此処からは俺一人で行くよ‥‥」

「なっ!?正気?」

「本々は俺の責任だよカルナ。なぁに、道を外した子供を叱るのは親の役目だろ?」

「でもあんたは人間よ!どうしてそこまで!」

 一人で行こうとしている俺に必死で抗議していたカルナの言葉が途切れる。

 なにかを思い出したようにカルナは瞼に涙を滲ませて、ごめんなさいと謝った。

「別に謝らなくてもいいよ。生まれた時から家族を知らなかっただけだし」

「‥‥‥」

「だからこそ、俺は家族を止めないと駄目なんだって思っている」

 カルナに背を向けて大樹の内部へ入ると、出口を塞がれるように根がビッシリと覆い隠していた。

 内部は暗い。自分の手ですら見えない程の暗さだ。

 心臓の脈打つ鼓動が下から聞こえてくる。多分思っているとおり、自分の心臓の音でなあるのならば、あるのはただ一つ。

 ソーマの命の灯火か、はたまた、寄生竜の誕生か。

「まってろよソーマ、今そっちに行く・・・・」

 俺は地中をかき分けるように掘り進んで行く。聞こえる音は自分の息づかいと心臓の鼓動のみ。なんだか変な感覚だ。自分の心臓が浮き彫りにでもなっているのではないかと思えてしまうほどに、大きな音だからだ。

 やがて一際拾い部屋にたどり着くと。

 いた・・・奴だ・・・

「・・・ウ・・・・アッ?ゴシュジンサマ?」

 まだ意識は合ったのか。それとも、俺を騙す為に寄生竜がソーマの振りをしているのか。

「ヤッパリカァ‥‥‥アノヒトノイッタトオリニナッチャッタ」

 根っこに絡み付かれて原形は留められていない。在るとしたら頭角だけ。

 虚ろな瞳でこちらを見定め、ソーマは涙を零した。

「ゴシュジンサマはシッテイマシタ?ワタシのナカニはモウヒトリノワタシがイタッテ」

「‥‥‥ああ」

 ソーマは少しだけ目を開く。

「ナンダ‥‥シッテイマシタカ」

「俺はお前の相棒で、家族だからな。なんでも知っているんだよ。確かにお前は生まれた時からよくないモノに取り付かれていた。

 でも、考えてもみてくれ。まだ外の素晴らしさを見せていないのに、この世に生を育まれた瞬間に殺さなければならないなんて嫌だった。

 この世界は嫌なことしかないけど、何処か良いところだってあるはずだから、俺はお前を育てる事にしたのに、見せてきたモノは人間の欲深な部分だけだ。

 自分でもおかしくなりそうな世界を見せ付けて素晴らしい事なんてなにもなかった。

 だから、ソーマ‥‥‥ゴメン」

 ソーマは笑い、意識が頭に流れ込んでくる。

「外の素晴らしさはもう知っていますよ。

 それに、ワタシは貴方と、森のあの人と一緒に過ごせる事が出来ただけで、幸せなんですよ?

 だから、ワタシなんかの為に涙を零さないでください。

 ご主人様、ワタシにも時間はありません。お腹の中にいるマシュヘームが産まれる前に、ワタシごと殺してください」

 

 あれだけ殺す殺すと心に言い聞かせてきたのに、なぜこの手を動かす事が出来ないのか。

 ああそうか。

 また一人になってしまうのが嫌なんだ。

「貴方は一人ではありません」

 ふいに、声に反応してソーマを見つめる。

「アナタを受け止めてくれる人なら、森のあの人なら、アナタの願い、悲しみを受け止めてくれる筈です。だから‥‥‥!!」

 カナシマナイデ───

 バキバキと幹を食い破って、はい出てくる九つの頭。これが寄生竜の正体か。

 だが既に懐に入っている俺には関係の無いことだ。

 抜き身の先をソーマの頭角に宛がう。

「お前と過ごすことが出来て、良かった‥‥‥」

 俺は剣を突き立てるとマシューヘームは苦しむもがき、その頭は徐々にに砕け散っていく。周りの樹の幹も本体が死んだことによって崩壊していく。

 すべてが消える。ソーマとの思い出が、過ごしてきた日々が消えていく。

 ───さぁ、前を見て。ゴシュジンサマの願いが叶う事が出来ますように。

 だから‥‥‥サヨウナラ───

 体が光りに包まれる。本当にこの戦いは終わったんだ。

「ああ、じゃあなソーマ。お前の事は忘れない‥‥‥」





 世界が滅びるのは食い止めることが出来た俺達、総勢百人の兵士達には王様から勲章を貰えたが、俺にとっては何の意味も感じ取れないただのガラクタだ。

「いやぁ、よくやったね諸君!これからも我が国の為に尽くしてくれ」

 王のどうでもいい話を聞き過ごして今日から数日間は任務をやらなくてもいいと休日を貰えた。生き残った兵士達は実家に帰るなりなんなりと休日を有意義に過ごすようだ。

 かくいうカルナも家族のお墓参りに王都の下町に帰るらしい。

「いいよなぁ、皆は休日でよ」

 王宮の病棟で包帯をぐるぐる巻かれた姿で一人ごちるジーラ。

「まぁ、やつの一撃でお前さんの体がボコボコだったんだ。しょうがないだろ?」

「るせぇ――!!?おいちちちちちっっ!!」

「ああ、ほら、無理すんな?意外とお前が一番重傷らしいからな。このまま順調にいけば、休日でお前さんの体は治るくらいだって」

「ふざけるな!俺の休日を返せぇ!!あだだだだ!!!」

「ほら、暴れると、また傷が開くぜ?」

 俺ははだけた毛布をジーラの体にかぶせて椅子に座る。

「・・・・お前は、これからどうするんだ?」

「これからって?普通に、いつものように過ごしていくに決まってるじゃん?」

「‥‥‥悲しくないのか?」

 ジーラも気遣っているのか?俺は相棒を失っていて数日くらいふさぎ込む様な素振りを見せている自覚はなかったんだが‥‥‥

「あいつにさ、前を向けって言われたんだ。だから、後ろは振り返らない事にした」

 ジーラはなにか含む様な笑いをしると。

「安心したぜ。まだクヨクヨとしているんだったら俺が殴っている所だったよ」

 ニシシと笑いながら片手を上げる姿を見て、俺も答えるように笑って、立ち上がる。

「どこ行くんだ?」

 なんの意味も込められていない問いかけ。ただ会話を続ける為の問いに、笑って部屋を出た。

「俺が一番安らげる場所だよ」




 この森を一人でくるのはいつ以来だろうか、二年前くらいか?

 森の入口からだとあそこまでは意外と時間がかかることも承知済みで朝早くから部屋を出たんだが、もうすでに日差しが傾いていた。

 まさかこんなにも時間がかかるとは思ってもいなかったから正直に言うとビビっている。

「やべぇ・・・まよったか?」

 木々に触って泉に行く道を聞く。

 って、最初からこれをすればよかったじゃん・・・

 空も暗くなり、木々たちも静かになってきた。よかったこととしては森がまだ寝る前でよかったくらいか。

 久しぶりといえば久しぶりだなこの泉も。

 彼女と約束をして、結局のところここに顔を出したのは一ヶ月くらいなのだからなぁ・・・・さすがに彼女もこの時間だと帰ってしまったか?

 普通なら帰ってもいいところだが、今回はちゃんと寝泊り用の装備を一式持ってきているからな。安心してここにいることができるし。数日は仕事もないから、のんびりとここに滞在できる。

 俺は草むらに座って泉をぼーっと眺めながらボソリと、口にもらした。

「会いたいなぁ・・・彼女に・・・」

 その瞬間だった。

 目の前が何かに覆われ、視界が暗転する。

 まぶたには手のひらの感触。久しく嗅いでいない草木の匂いだ。

「・・・・久しぶりねスーリヤ」

 耳元で囁かれる彼女の声も久しく聞いていなかったか。

「うん、本当に久しぶりだ・・・・」

 ・・・うん?

 なんで解放されないんだこの状態から?

「あだ、あだだだだだだだ!!!!?」

 メキメキいってますよ!!眼球!いや、頭蓋骨がメキメキ言ってますよぉぉぉ!!!?

 なんか、ちょっとシリアスに、感傷に浸っていたおれがバカみたいじゃないですか!?

「もう・・・何日待たせたかなぁスーリヤは。約束の日から一ヶ月も待ったのに、全然来てくれないんだから困った困った」

 解放されて頭を押さえながら痛みをこらえる。なかなかな怪力だよ彼女は・・・

「・・・彼女は・・・あなたの竜は?」

 彼女はキョロキョロとあたりを見渡しながらソーマを探している。

「ソーマなら・・・・・死んだよ・・・」

「・・・・そう」

 彼女は静かにそう言って、両手を広げて誘うような素振りを見せた。

「スーリヤ。一生に一回だけでもいい。だから我慢しなくてもいいんだよ?ここには私しかいないんだし、誰も見てる人はいないんだから・・・おいで?」

「い‥‥いや、遠慮するよ。君には迷惑をかけられないし。我慢もしてないよ。ソーマには死ぬ間際に後ろを振り返らないでと言われたんだ。だから俺は──」

 拒否を頑なに通す俺の頭を問答無用に抱きしめる。

「後ろを見ないで生きて行こうなんて、ちゃんと現実を認めて泣いた人じゃないのかな?少なくとも私はそう思えるの。

スーリヤは強がって、まだ彼女の死を、自分で殺した罪を受け止めていないの?だったら、泣けば良いんじゃないかな?恥ずかしい事なんて一つも無いのだから」

 彼女の言葉が波のように脳内で反響する。何度も何度も重なり、自分の手で家族を手に掛けたことを思い出していく。無理矢理押さえ込んでいた思い出は分散されるように心に浸透した。

「こうなることは分かっていた。俺は、ソーマが生まれた時から予測はしてた。でも、まだ生まれたばかりなのに殺すのは嫌だったんだ。家族がいない辛さを味合わせたくなかった。一人にさせるのは嫌だった。たとえ世界を滅ぼす事になる家族だとしても、俺は、あいつと一緒に過ごしてきた日々を消し去る事なんて出来ない。君の言う通りだよ・・・認めたくなかったんだと思う。ごめんな、馬鹿な主で許してくれ」

 俺は彼女の体に腕を回して泣いた。

 涙がとめどなく溢れてくる。こんなにも泣いたのは始めてかも知れなかった。

 男のプライドなんて関係ない。みっともない姿でも良いと言ってくれた彼女の心意気に俺は思い切り甘える事にした。





 声を上げて彼は泣く。見ているだけで悲痛な気持ちを共感できてしまいそうなほど、彼は号泣していた。

 彼の願い──人と竜は共存できるのかと、彼女から問い掛けられたことがある。

 叶えるためには途方もない努力と時間が必要だ。

 ミーナの恋人も彼と同じ思想の持ち主だったが、夢を現実として具現するには敵が多すぎた。二百年は経とうとしているのに、彼らみたいな思想家はあとにも先にもこの二人だけ。

 でも、すでに土台はこの人が固めてくれている。

 竜と人が共存できる世界はそう遠くないはずだが。我々の存在が表に出すぎたかもしれない。

 いくら五人しかいない特異点でも、やりすぎれば情報は誰かの手に渡り、やがて世界に知らしめることになる。

 温厚な二人の竜人、敵対心を持つ二人の竜人。どっちつかずの私。

 全員が人間を好きというわけじゃない。あのミーナだって、恋人を殺されて心に深い傷を負って今も生きているが、ただ気に食わないというだけの理由で殺めている二人が王宮に目を付けられるのも時間の問題か。

 ここも王宮に近いし、私の正体がバレる可能性もゼロではない。

 竜人というだけで嫌われてきた私たち。どちら付かずの我々にも明日があるのかないのかは神のみぞ知る・・・か。だが、こうして私の胸の中で泣いている彼なら、私たちの中の呪いとして受け継がれている言葉も凌駕してくれると信じている。


 ”俺たちは絶対に幸せになることなんてできない”

 この言葉は誰が言ったのか、誰が呪詛めいたように残していったのか。そもそも、なんでこの言葉が私たちの中に残っているのだろうか。

 姉さんならもしかしたらわかるのかもしれないけど、あの人に会えるかどうかもわからないのなら、探さないほうがいいし、この言葉は誰が言ったのかなんて思わなければいいだけの話だ。

 私は彼の頭をそっとなで、髪の毛を触る。

 名前の通り、彼はお日様の匂いがする。体に回された腕も、成人男子と同じくらいの細さだけど、包容力もある。それでいて、少年のようにまっすぐに生きてきていたんだ。あの王宮の竜騎士を束ねる総長と言われても、やはり人間は人間だ。強いと言われても、こうして泣いている弱さもある。

「‥‥‥」

「‥‥‥ん?」

 体に回していた腕が離れ、泣き止んだスーリヤは私の胸から顔を出す。

 涙で瞼が赤色に変わっていた。出すだけ出したのだからそれも当然か。

 袖で顔を拭い彼は頭を下げて言った。

「ありがとう。君がいなかったらどうなっていたか‥‥‥」

「良いのよ。彼女にも頼まれた事だから、私は約束を守っただけ」

「ソーマに?」

 私は頷く。

 彼女に、死を教えた後だ。自分の死をあっけらかんと受け止めていた彼女にも、やはり予想はしていたのか。主人の手に掛かると言っても、納得し、その運命を受け入れていた。

 その時に彼女に言われたのだ。

「ワタシガ、シンダラゴシュジンサマをオネガイシマス。アノヒト、イガイトヨワイノデ」

 彼女の人生も充実していた。悔いはないと言っていた。他の人に殺されるのではなく、自分が愛した主人で死ぬことができるのなら本望だと。ああ・・・なるほど、これが絆か。

「ねぇ?」

「うん、なに?」

「そういえば私、スーリヤから名前を一度もだよ?一度も呼んでもらったことないけどなんで?」

 意地悪な質問をしてみた。

 どことなく彼が私の名前を呼んでくれないのは理由は分かっていた。

 私は彼の竜と同じ名前だからだ。二人同じ名前を言うと混乱するから彼も気を使っていたのだろう。

「どうしたのスーリヤ?」

 顔から滝のように汗が流れていた。顔色もだんだんと悪くなっている。

 反応も歯切れが悪く、言いにくそうだった。

「‥‥‥怒らないでくれる?」

 彼はこの世の終わりを見るような表情で私に言った。

「‥‥‥聞こえなかったんだ」

「‥‥‥はい?」

「あの時、名前を言いあったけど、風の音がうるさくて聞こえなかったんだ‥‥‥」




 うわぁ‥‥‥顔!顔が笑ったまま固まってるよ。すごく怖い。そりゃそうだよ、名前を交わした仲なら名前を呼び合う事が普通だ。ずっとごまかしてきたが、もう無理だ。

 こういう物静かな人って怒るとすごく怖いとジーラが言っていたが、その時の俺は大丈夫だと勝手に思っていたが。

 ‥‥‥あぁ、無理だ。

 正直に思った。

 周りの空気が歪んで見えるんだ。笑顔で人が殺せるってこういう事を言うんじゃなかろうか。

「‥‥‥なんで、もっと早く言ってくれなかったのかなぁ?」

「ごめん……なさい……」

 彼女は溜め息をついて空を仰ぎ見る。

 それにつられて俺も同じように空を見た。

 今日は満月だった。雲一つとなく、光りが透き通る天気だ。ソーマの名前を名付けた時もこれくらいの光りが透き通る満月だった。

「いい月ね‥‥‥」

「えっ?あ、うん。そうだね」

「じゃあ、今回はちゃんと私の名前を聞いてね?」

 彼女は立ち上がり、俺の前でくるりと反転して言った。

「私の名前はソーマ。おかしな話だけど。この名前は本当に私の名前だよスーリヤ」

 なんの因果だろうか、これが奇跡と言わずに何と言えるのか。

 ん?じゃあ俺は知らずに二人とも同じ名前を呼んでいたのか。ごまかす必要性なかったんだ。

「あぁ、今度こそよろしくな、ソーマ」

 一生口に出さない名前になるかもしれなかった。また、この名前を言えるのがどれだけ嬉しいことか。

 俺は手を伸ばして彼女の手を握る。

「よろしくね、スーリヤ。それと」

 彼女はニコリと笑い、俺を無理矢理立ち上がらせる。

 その反動で俺は前のめりに倒れる瞬間に、頬になにか温かいものが触れた。

「おかえりなさい、スーリヤ」

 その笑顔は空にある月に負けないくらいに輝いているものだった。

 少々照れ臭い気持ちもあったけど、満面の笑顔で俺は言った。

「ただいま、ソーマ」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ