第三章~別れ~
約束の時間より一時間前に目が覚めた。
辺りはまだ暗く、部屋の蝋燭に火を燈し、床から身を乗り出して部屋を出る。
桃色の花を咲かす桜木の桜花も既に散り、雲が厚くなる季節に差し掛かっている頃だが、まだ夜は肌寒さを感じる。
竜舎に歩を進めてソーマの様子を見に行く。
昨日、森から出るとき、なにかと調子が悪くて飛行が危なかったから病気にでもかかったのかと問いただしたが、大丈夫の一点張りだったので、あまり追及も出来なかった。
それでも、今日は飛んでもらわなければならないとも思い、明朝前の時間にやってきたのだが。
すやすやと息も安定して眠っていたので俺は安心する。昨日みたく、荒かったりしたら無理矢理でも休ませようとしたので調度よかった。
俺は仕度をするために自分の部屋に戻る。
この戦いが今日で終わるとは思えない。俺の見立てでは、一週間くらいはかかると思っている。彼女には悪いが、明後日にも会えそうにない。
まだ体が完全ではなく、眠っている状態だと思い、俺は王宮の中に設置されている闘技場に、自前の剣を持って行く。
竜騎士たちは基本的には王宮の中で住んでいて、隊長、団長、俺の位にまでなると個室が用意されて、部屋の大きさも尋常ではない。
まぁ、俺としては、広々としすぎてなにかと落ち着かないが・・・・・。
闘技場の扉を開くと、ヒュッと細い物が空気を切り裂く独特な音が闘技場に響いていた。つまるところは俺は一番ではなく、先客がここにいたということだ。
丸太にくくりつけられたマットが見るも無残な姿となって切り刻まれて行く。あれが人間だと思うと正直ゾッとする。俺は一人で練習しているその女性に話しかけた。
「性が出るなカルナ」
「えっ?」
これから始まる戦争の参加者のカルナは、眠れなかったのだろうか。無我夢中に丸太を自分の剣技で切り刻んでいたのだ。
汗だくで剣の柄は少しだけ血が滲んでいた。
「・・・・無理しすぎじゃないか?」
「・・・・わかってる」
見ればカルナの手は震えていた。
あと少しで明朝だ。死んでしまうかわからないような自分たちよりも強い竜たちとの戦争だ。怖くなるのも頷ける。
「怖いのか、カルナ?」
こくりと頭を縦に降った。
「じゃあ、なんで行くなんていったんだよ?来たい奴らだけでいいと言ったのにさ」
カルナは泣きそうな顔で俺を見つめて言う。
「私にお父さんとお母さん、それに弟がいたのをスーリヤは覚えてる?」
「ああ、みんな優しかったな」
「私の家族は、竜に全て奪われたのよ」
カルナはそれだけを言うと、丸太に向き直り、剣を振るい続けた。
ああそうか、団長といい、カルナといい、この戦争に参加するものはきっと、こういうモノたちの集まりなのだろう。 竜に自分の故郷を絶たれた者達は、きっと竜を許さない。俺一人がどう足掻いた所で、人と竜の共存なんて夢のように遠く、はかない希望か。
「カルナ」
「なに?」
向き直ったカルナに俺は鞘から剣を抜いて正面に立つ。
「実は俺も怖くてさ。お前みたいに一人でやろうと思っていた所だったからさ。時間まで打ち合おうか?」
剣を突き出して組み手の合図を構える。
此処でカルナが付き合わないのなら、それはそれでよかったが、細剣が俺の切っ先に触れる。
「お願いスーリヤ」
「ああ」
カンッ。
お互いの切っ先を離す。俺の本来のスタイルは盾が一緒なのだが、まぁそれは組み手というわけで勘弁。
対してカルナの剣は待ちの構えだ。自分の所に引き込ませ、連続打を浴びせる一般的なスタイルだ。
片手剣同士だが、どちらの剣が早いかは一目瞭然。こちらから出ればやられるのは俺だ。
だがこうして相手の出方を待つのは嫌いだし、まず練習にならない。
俺は走りだし、真っすぐに振り下ろす。
無論、カルナも俺の動きは見切って寸前で交わしてカウンターを狙い、俺の顔に目掛けて点の攻撃が跳ぶ。
「っぶねぇ!!」
頭を動かしてギリギリの所で避けたもんだから前髪が何百か切られる。
一度交わされただけで終わる訳でもない、二回三回と次々と嵐のような猛攻で確実に仕留めに来るが。
交わした時には体勢を立て直し、突きの攻撃を最小限に受け流しつつ、カルナの間合いから俺は離れる。
前髪を掻きあげて、パラパラと髪の毛を落とす。
「今の良かったなカルナ。前より早くなったんじゃないの?」
「あんたはそう言ってるけど、最初に放った一撃を避けるあんたが化け物だから」
「んっ?そうか?」
カルナは溜め息を吐き、俺の言葉に呆れた。
「そうよ、まぁ避けるのはあんたくらいだけど」
「ふ~ん?」
小休憩を挟んだ所で、もう一度仕切り直しを始めようと思ったら。
「なにやってんだ二人とも?」
いつからそこにいたのか、既に仕度を済ましている姿でジーラがいた。
「なにって、組み手だけど?」
「あと十分で召集なのにか?」
俺は立て掛けてある時計に目を移すと、確かにジーラの言った通り、召集まで十分をきっていた。
「やっべ~。ありがとジーラ。ダッシュで着替えて来るわ!!」
「早めにな」
ジーラの言葉に軽く手を振って答え、闘技場を出て行った。
「そういえばお前は着替えなくていいのか?」
「私はちゃんと用意して此処に来ているから、あいつみたいにはなりません」「ははは、そうか。んなら俺は先に行ってるわ。遅れたら団長がうるさいんでね」
なんとか間に合った。
十分ですべての着替えと仕度を済ませたのは奇跡に近い。そもそもなんでマントなんかがこんなにも面倒なのか。
総長になればマントは必然らしく、上に立つものとしては当たり前らしい。
日の光りが目に掛かる。
──時間だ。
そう思うのと同時に、団長が俺の前を一歩踏み出して、竜騎士の全隊員に呼びかけた。
「日の出だ!!諸君、戦争だ。これは吾輩達人間と下劣な竜との生き残りを掛けた戦争だ。別れは済ましたか?夫、妻、子供に兄弟、家族達と別れは済ませたか?いいか!この戦いが終われば世界が平和になると信じろ!!さぁ、諸君。剣を取れ!下劣な竜を滅ぼす時だ!!」
地鳴りがするほどに声が一体化している。
そんなにもお前達は竜が嫌いか。
俺はソーマの身体を摩りながら言う。
「俺はさ、人と竜が争わない世界になってほしいのにな」
ソーマは鳴いて頭をこすりつける。
「さてと、俺の話か‥‥」
団長の目配せに答え、台の最前列に立ち、呼び掛ける。
「俺は、団長みたいにながながと話をするつもりはないが、これだけは言わせてほしい」
先程の地鳴りは何処へ行ったのかと思う程に辺りは静まり返って俺の言葉を聞く。
「死ぬな。俺の言うことはそれだけだ」
明後日に会えると言って別れたけれど、あの様子では多分‥‥‥いや、七日以上は会えないと踏んでいたが、予想以上に日にちが経ちすぎていた。
「半月か‥‥‥」
私は膝を抱えて泉に石を投げ入れる。
波紋が二重三重に末広がりながら消えていく。
淋しい。
ずっと一人で生きてきたのに、どうしてこんなにも淋しく感じるのか。
胸の真ん中にぽっかりと穴が空いたような感覚。まぁ原因は分かっているのだが。
「なにやっているんだろう、スーリヤ‥‥」
がさりと草村を踏み締める音が半径百メートル先からこちらに真っすぐに向かって来る人間がいる。
一瞬、警戒体勢を立てたが、こちらに向かって来る人物が誰かわかり、警戒を解いた。
そして、この森の最深部に真っすぐに来る人は誰か。というよりは、人に近く、人に遠い存在。私と同じ奴だ。
「こんにちは姉さん」
銀髪の女。今は廃れ、絶滅したに等しい服を着衣している奴は後にも先にもこの娘だけだ。
私とは違う竜の証が表に出ている竜角が前に会った時より成長していた。
肩に担ぐようにして持っている太刀を見るのも久しぶりか。
「久しぶりミーナ。何百年ぶりかしら?」
「多分二百と五十二かな?」
「よく数えてるね‥‥‥‥‥‥何しに来たの?」
「うん、ちょっと聞きたい事があったの」
ミーナは太刀を下ろし、私の隣に座る。
確かに久しぶりに会った。竜人の私たちは姉妹だ。五人しかいない姉妹なのに、一昔前は四人で殺しあっていた仲で、今は仲良くやっている間柄になっている。
と言っても、一番好戦的だったのは下の二人だったが、この娘が宥めたのだっけ。
「聞きたい事って?」
「混沌が生まれていたのは知ってた?」
「知ってるよ」
「誰に寄生されてるのかも?」
「うん、知ってる」
ミーナは私の顔を見て呆けていた。
‥‥その顔、可愛いなぁ。
「なんで殺さないの?」
「なんでって‥‥‥アレは、あの人のだから。多分、マシューはあの人が倒してくれるわ」
「姉さんはさっきからなに言ってるのか解らないんだけど」
流石に怒ったか。正直に言えば許してくれるかなぁ。多分、自分と同じ過ちをさせない為に止めるかもしれない。
「人が始めて竜と共存していた。彼は、一生相棒として彼女を愛しているのだろうけど。彼女自身が理から外れてたからね。マシューが寄生してしまったんでしょう。きっと彼は、自分の手で、彼女を殺すわ」
「ねえ、姉さん。その言い方だと、その彼、人間は竜と共存してるけど、竜は既にマシュへームに寄生されていて、生まれそうってことなの?」
私は頷きで返答する。
「彼女自身がマシューの意識を感じ取っていたから、少なからず、数日も経てば世界樹として、その身体を地に根を生やすわ」
ミーナは淡々と話をする私に苛立ちを感じたのか、声を荒げて抗議した。
「そこまで分かっているのなら、なんで止めないの!?アレが生まれるという事は、大地が、母さんが苦しむと言うことなのよ?」
ああ、それは分かっているよ。自分でも分かっているよミーナ。
“寄生竜マシュヘーム”別名、混沌の竜
始まりも終わりも何処にもない。ただ、物事の因果から外れた生物に寄生する竜だ。
見てくれは螺旋を描いた樹木。胴体を地に根を生やし、大地の栄養を抜き、やがて身体には数多の実が生成される。
此処まで成長仕切れば、世界は終わる。なにも残らない、ただの無に返るだけだ。
これは私の魔法と同じ感覚で、大地は何処かに消え失せるだけ。
そうならないように、私たち竜人が混沌の竜の抑止力として働いていたのだが。
「今回は彼がやってくれるから」
私は笑って立ち上がる。
「この森はさ、なぜか私たち竜人を嫌わないのよ。嫌いなのは人間だけ。ミーナも此処に入った時に感じなかった?」
ミーナは頭を振って答える。
やはり、私とは違うのか。
竜人の全員が私と同じように竜や動植物の声が聞こえる訳でもなく、一人一人が違う特性を持っている。
「さっきもさ、森達が教えてくれたんだ。私と同じ匂いがする人がこの森に入って来たんだって。それだったらもう、此処に来そうな人は一人しかいないじゃない?」
「変わらないね、姉さんはさ」
ミーナも立ち上がり、私の正面に立つ。
「あとね、ミーナにひとつ言いたい事があるの」
「うん、なに?」
私はミーナに近づき、耳打ちをした。
「私ね、好きな人ができたの」
言ってやった。
言葉として発したのは始めてだった。
誰にも聞かせたことのない、自分の感情。
顔を離して、ミーナの表情を見ると、感激しているのか、それとも、哀しんでいるのか、どっちとも取れない表情をしていた。
「素直に喜んでよミーナ」
私の言葉で我に反ったミーナは目を伏せて言う。
「確かに嬉しい事だよ?でもさ、やっぱりなんだか複雑な気持ちだよ。姉さん‥‥‥」
ミーナの言いたい事もよくわかる。彼女は私たち五人の竜人の中で、始めて人間と接触し、恋仲となる程まで行った娘だ。
その人間はどうなったのかなんて、答えはひとつしかなく‥‥‥死んだよ。
死んだでは寿命で命が終わったと語弊になるか。
正確には、殺された。
竜に殺された訳でもなく、私たち竜人に殺された訳でもなく、同じ人種である人間に殺されたのだ。
ミーナの恋人は歴史に名前が残るほどの武人で、その強さは、まだ人が竜を一人で殺せなかった時代に、一人で倒してしまうほどの強さだった。
それだけ強かったのにも関わらず、殺されてしまったのは、私たち竜人と関わってしまったからだ。
ずっと私たちの中で呪いのように残っている言葉がある。
───俺達竜人は、決して幸せになんかなれない。
私たち姉妹がまだ産まれる前から言われていた言葉。
その言葉が強調されるような出来事を間近で体験してきたミーナには、やはり複雑なのだろう。
「姉さんは、どれだけその人が好きなの?」
ミーナの問いには、どれだけの思いが込められているのか。自分と同じようになってほしくないのか。
「彼が、私の姿を見ても臆しなかった時から、私に優しく触れてくれた時から‥‥」
正直な思いをミーナに告白する。
彼女自身も私と同じ感情を持って人と関わっているからか、私の思いを否定しないで、にこりと笑ってくれた。
「聞いて安心した。それじゃ姉さん。頑張ってね!」
子犬のようにやんちゃな笑顔は、先のような複雑さは無く、素直に激励をしてくれていた。
「うん、ありがとうミーナ。それじゃあ。また何処かで会いましょ?」
ミーナは手を振りながら、その姿は徐々に見えなくなって、森の中に消えていった。




