第二章~思い~
「なぁ、ジーラ?」
「なんだい、総長殿?」
皮肉を言うように、コーヒーを啜りながら俺を総長と言うのは、俺の友人、ジーラだ。
竜騎士の隊長を勤める程の実力者である。
「好きってなんだ?」
「ブフッ!?」
吹き出して自分の衣服を汚す。カップを置き、染みとなるまえにフキンで顔と服を拭いている。
「なんだ?薮から棒に」
「うん、お前ってさ。もう結婚している訳じゃん?んで、好きって、どういう感情なんだ?」
ジーラは難しい顔をする。こういう時こそ、友人は必要だと改めて思った。
これまで何人か回ったのだが、ジーラみたいに考えてくれた奴はいない。持つべきものはやはり友人だな。
「因みに相手は誰だ?」
「相手?いないよ?」
素っ頓狂な俺の返答に、ジーラの目は据わっていく。
ボリボリと頭を掻きながらジーラはどうしたものかとぼやきながら俺を見定めた。
「相手もいないのに、お前はそんなことを聞くのか?」
「ああ」
「人を好きになった事は?」
「俺は皆好きだぞ?」
ジーラは深く溜め息を吐いて頭を抱える。まるで、勉強を教えている先生が、全く理解力がない生徒を、どう対処しようか考えている時と同じ反応だ。
そんなに俺は変なことを言ったのかと不安になってしまう。
そんなジーラと俺のやり取りを見ていたのか、一人の女性が俺達の輪に入る。
「やぁ、隊長殿と総長殿。会合なら私も隊長なので呼んで欲しいなぁ。なんてね」
カチャリと机の上に食器を置く。レタスやトマトが挟まった軽食と、容れたばかりのカフェオレからは湯気が上っている。
彼女の名前はカルナ。ジーラと同じく、竜騎士の隊長を勤めていて、レイピアの剣捌きは竜騎士のなかで随一と謳われている。
「そんで?どんな話をしてたの?」
「んぁ?ああ、実はなスーリヤが、好きという感情とはどんなものなのかって聞くんだよ」
「えぇ!?スーリヤさん彼女出来たんですか!?」
「違う、違う。こいつはなカルナ。相手もいないっていうのに好きっていうのを教えてくれってんだよ」
ふむ、どうやら難しい話になってきたぞ。俺の一言でここまで酷くなるとは思わなかった。好きというのを教えるのは大変のようだ。
「むっ、そろそろ時間だ」
俺は時計を確認して二人に話し掛ける。
「それじゃあ仕事に行くぞ二人とも~」
二人は未だに俺の事について話込んでいた。
あーでも、こーでもないと好きについて論争している間に俺は割り込む。
「おい・・・」
一瞬で二人は話を止めて俺に向き直る。
ビクビクと震えながら直立の敬礼を見せ、すみませんと謝った。
「ちゃんとメリハリは別けてな?」
「「はいっ」」
今日もまた仕事をするのかと気分が萎えてくる。
俺は二人を連れてカフェテリアを出て王宮の玉座へと足を運んでいった。
「今回のお仕事だよーん」
玉座から放り投げられた巻物を受け取り中身を確認する。
街の災害となった竜を討伐してほしいとの事だった。
しかし
「規模がでかすぎませんか?これは、戦争と同じですよ。死人が多くでます」
抗議をする俺に、王は自前の髭を弄りながら言い放つ。
「良いじゃん。君には竜がいるから手っ取り早いでしょ?さっ、話は終わり。さっさと行って頂戴」
‥‥‥この王は狂っているのか?いや、狂っているのはこの世界だ。
玉座から出た俺は目の前の壁を殴る。
「‥‥‥くそっ!!」
いいだろう、やってやる。やってやるとも。
いつか、この世界が、竜と人が、争うことのない世界を導いてやる。
「みんな聞いてくれ。今回、竜騎士の隊長のみんなに集まってもらったのは他でもない」
俺は王から譲り受けた巻物を広げる。
一昔前は小さな商店の町だったらしいが、今では大繁盛を成功したのか、地図に乗るほどの大きな街になったのだろう。
地図には街のすべてを否定するようにバツ印が討たれている。
既にこの街は竜の大群によって陥落した死んだ都市だ。
並ば死都になり、人も寄り付かなくなった場所に王が白羽の矢を立てたのはくだらない理由だった。
竜の殲滅。
だが、俺はこれには賛同しないつもりだ。
人のエゴイズムで動くつもりは毛頭なく、例えこの死都に行っても俺は一匹たりとも殺さない。
「竜騎士の総勢を此処に動員し、竜を殲滅させる。だが、諸君に問いたい。これは戦争だと思ってほしい。死は免れないと心してほしい。覚悟がないものは此処に残ってほしい。俺が全員に問い掛けたいのはこれだけだ」
室内が静寂する。
隣にいる他の隊長の顔を互いに見合わしながら迷う姿が目立つ。
「吾輩は行かせてもらうぞ総長殿?」
俺の隣にいた男が一歩前に出て名乗り上げる。
長い髪をなびかせながら出て来た男。
「行くのか?団長」
「吾輩の故郷は竜に滅ぼされたのでね。少しでも奴らを葬る事が出来るのならば喜んで向かいますよ‥‥‥」
団長の言葉に後を押されたのか、ぞろぞろと名乗りをあげる隊長達。結局は全員が竜の討伐に行くことになった。
「‥‥‥それでは明日、街の奪還作戦を行う。明日の日の出までに王都の門の前で集合だ」
奪還とは名目上の記載だ。奪還した所で俺達の利益になる訳でもないのに、王は何を考えているのだろう。
「それでは、解散!!」
声を張り上げ幕の合図をする。
ああ、今日も疲れた。
さてと、それじゃあ約束を果たしに森に行きますかっと!
ソーマと一緒にあの森の入口の上にまでつく。 俺があの泉にまで行こうとソーマを誘ったら、見たこともないくらいに嬉しがっていた。いつもは汚い竜舍で寝泊りをしているからな。あそこだったら広々としているし、彼女もいる。
昨日は自分ながら失態を侵したと思っているからな。今日こそは彼女の名前を聞き出さねば。
泉の入口。ここだけが木々の枝も邪魔をせぬように避けて通っていて、空から入ってくるにはうってつけの近道だ。
「よいしょっと!」
俺はソーマから降りて周りを見渡すが、そこには誰もいない。
「まだ・・・来ていないのかなぁ?」
俺は座って寝転がる。今日の仕事のおかげでだいぶ疲れていたようで、どっと眠気が襲ってきた。
ああ、最近はいつもこうして昼寝をしているなぁ。
王都のような喧騒の中ではこうして安心して眠ることはそうそうできない。昼寝をするために、毎日ここに通っていたもんだ。
ジーラが聞いたら、またしかめっ面をするんだろうなぁ、などと、考えていると、いつの間にか俺の意識は途切れていたのだった。
私はある下町に来ていた。来る理由は一つとして無いが、これも私に課せられた課題だ。
簡単に言えばこの下町を調べて報告する宿題で、一回りして此処の人間は安全かどうかを私が判断し、生かすも殺すも私次第ということだ。
それで、どうだったかって言われると‥‥‥最悪?
この町に入った時から人間達がわらわらと虫のように群がって、身体目当てで近寄ってきた男の率は百パーセント。飢餓で飢えそうな人間達、二十パーセント。因みに女性の方々は全員が犯されていた。
肉便器と成り果て、ただ男の慰み物として、そこに在るということだけ。生気なんて感じられず、煉瓦で作られた家に腰掛け、うなだれていた。
別段、可哀相とは思わない。人の人生はその人が決めるのだ。他人ではなく、自分で決めろ。その果てに何があろうとも、前に進め。
過去に縋り付いて先を見通せないのなら、それは人間ではない。
さて、それではこの町から離れよう。 人気の少ない通りで私は翼を背中から生やし、羽ばたく。町の全体を見通せる高さで身体を停止、安定させる。
この高さなら下からでも私の姿が見ることが出来るだろうが、これから死に逝く人間達には関係のない事だろう。
両手を宙に突き出して、身体の中心に魔力を溜める。渦を連想してくれたら解りやすいだろう。
乱回転する魔力の渦は互いにぶつかり合い、莫大なエネルギーが発生する。行き着く先は無に還り、今の場所とは違う空間。時限の狭間の門が開く。
手の平におさまる程の球体に変化したそれはゆっくりと町の中心部に落ちて、地面との接触。物理的な衝撃が加わったことによって、蓄積されたエネルギーは暴発し、爆発した。
「虚空の門‥‥‥」
普通の爆弾の様に爆音が鳴り響く訳でもない。ただ、一瞬にして町を飲み込んだ魔力の渦は無音で、町の建築物と人を飲み込んだ。
これが私の邪眼以外のもうひとつの能力だ。
時と空間を司るこれは私だけに授けられたもの。
これを人間達は魔法という。人間に名付けられたのは癪に触るが、響きが好きだったので私たちもこの能力を魔法と呼ぶようになった。
隕石が落ちたような窪みができるが、世界を歩けばこれくらいのクレーターはそこらじゅうに在るだろう。
だが、長い年月をかけてクレーターには、草木の種子が運ばれ、草原ができ、やがて森ができる。
自然の力はすごい。どれだけ痛め付けられても一日二日で修復出来てしまうのだから。
ふと、日が頂点に差し掛かった事に気がつく。
「‥‥‥あ」
しまった、もう昼に差し掛かったのなら、スーリヤが森に来る時間ではないだろうか?まだ昨日会ったばかりでいつも何時に来ているか知らない。此処からだと少々時間が掛かるだろうが、構うものか。
私は竜の形態に変化し、空を駆け抜けた。
人型に戻り入口から入る。と言っても、空から入っているので森の入口とはよべない。
泉の近くに分かりやすく、竜が自分の腕を敷いて寝ていた。その傍らには少年、もとい大人に成長したスーリヤが寝ていた。
大人になっても変わらない少年の寝顔は見ていて飽きない。 私の気配に気づいたのか、私と同じ名前の彼女が目を覚ました。
思えば同じ名前というのも何の因果だろう。
竜人と同じ名前というだけでも呪われるような世界だ。
これまで殺してきた人間の中に偶然だが私たちの名前の付いた人間もいた。
無論、言うまでもなく死んだ。不慮の事故となったり、殺されたりと、若くしてその命は絶たれる。
多分‥‥‥この子も近々死ぬのではないのかと思う。
ソーマは鳴き声をあげながら頭をこすりつけてくる。遊んでほしいとせがむように昼寝を中止し、私の顔を舐める。
「わかったわかった。遊んであげるから、舐めるのを止めて」
頭を軽く押さえ付け、叱る。ソーマはシュンとした顔をしたが、ニコリと私は笑って、その場に腰掛けた。
鳥の囀り、木々の揺れる音が一際大きく聞こえる。
「ワタシネ‥‥‥」
「うん」
声が暗い。昨日の様な明るく無知で子供の様な振る舞いをしていたソーマだったのに、まるで死んでしまうような雰囲気でソーマは喋る。
「ジブンジャナイ、モウヒトリノジブンガ、イルキガシテナラナイノ」
「‥‥‥うん」
「ナンデ?」
ソーマの悩みは自然と理解出来た。
私はソーマの身体を撫で回し、一つの結論にたどり着く。
彼女は、運命の理から外れた者だ。
ソーマの悩みは必然的な事で象られている。
理の環から外れた生物は決まって良くないモノに取り付かれる。
じゃあ、それが何なのかと問われると答えない訳にもいかないだろう。
「気を悪くしないでね?」
「ウン‥‥‥」
私の表情を読み取った彼女はこれから自分に降り懸かっている不幸と対面しなければならない。 それが、自らの命に課せられた宿命としても。
「貴女は死ぬ。少なからず、後少しくらいしたら──」
私はスーリヤに目配せをして、ソーマに視線を戻す。
「貴女の好きなご主人様の手で殺される‥‥‥」
嫌な夢を見た。
何度となく、竜を葬ったからだろう。だから、これくらいの悪夢は見慣れている筈だった。
俺の周りには無数の骨。これまでに切り伏せてきた生物の骸だ。
俺が死ねば黄泉の国はこんな感じなのだろうか?覚悟は決まっているさ。
俺がこれまでやってきた事が許されるものと思っていない。
だが何故だ?
「何でお前が此処に‥‥‥」
目の前にいるのは相棒の竜だったものだ。腐肉に変わっているが、見誤るわけがない。
死骸となっているソーマの身体に触れた瞬間、閉じていた瞳がギョロリと俺の顔を睨みつけた。
「イタイヨゥ、カラダガアツイヨゥ」
頭の中にソーマの声が聞こえる。泣きわめき、助けてと懇願する声が頭の中で反響する。
まだ死んでいないソーマが何故俺の夢に出てきたのか。
「ナンデワカッテクレナカッタノ?イタイッテ、イッテイタノニ!!」
コイツは何を言っているのだろうか?
助けてと言っていた?お前はいつも普通にしていただろ。
訳が解らない。
夢は夢だ。そう思っていた俺に、一つの映像が流れた。
「これ‥‥‥は?」
自分自身の手で、相棒であるソーマを斬っていた。その表情は鬼気に染まっていて、いつもの俺ではなく、ただ非情をもった冷酷な人間がそこにいた。
「嘘だ。俺はお前を斬るような真似はしない。これは夢だ。そうだ夢なんだよ!」
頭を押さえ、膝が折れ、立つことさえ困難になり、ソーマにひざまずくような形で俺は今の映像を否定する。
夢なら覚めてほしいと、始めて、本気で、そう願った。
「──かはっ!!?」
幻想が現実と繋がった事で、俺は飛び上がる様に目が覚めた。
額が汗でびっしょりと濡れ、さして暑かった訳でもなかったのに、体中がべとべとしていた。
夢だった筈なのに、何故映像がこうも鮮明に焼き付いているのか。信じている訳ではないが、本当に自分自身で相棒を手に掛ける時が来てしまうのか?
「・・・・・・考えていてもしょうがないか」
まずはこの汗だくの身体を洗い流そうと、泉に向かう。岸辺に俺は座り込み、顔を洗った。さっぱりした所で上着を泉に浸し、絞る。
シワを伸ばして近くの木の枝に干した所で声を掛けられた。
「はい、タオル」
「おう、ありがとう・・・・・・んっ?」
なにげに流れるような作業だったのでツッコミ所を誤った。なので、普通に目の前にいる人の外見でも説明しよう。
草木のような、自然色の髪の毛が靡きながら、翡翠石を丸々と埋め込んだような瞳を真っすぐと俺を見ている。
・・・・・・何か、照れる。
「嫌な夢でも見たの?うなされていたけど・・・」
彼女は心配そうに俺を見詰める。
「うっ・・・ん・・。まぁ、そんな所かな?幽霊か何かに襲われたような夢だったから、君が心配するほどでもないよ」
悪夢のような内容だったが俺は敢えて嘘をついてごまかした。だが彼女は俺の嘘を信じていないようで、一層心配を掛けてしまったようだ。
その時の彼女の瞳が、なぜか森の主と被る。
「スーリヤは、明日も来れるの?」
急に名前を呼ばれたものだから、一瞬戸惑った。
そういえば、昨日の帰り際に名前を言っていたんだっけ。
「明日はちょっと無理かも。大事な仕事が入ってさ」
「そうなの?それならよかった。私も明日はちょっと来れないから」
ニコリと笑いながら彼女は言う。
話は終わり。
色々と聞きたい事も在るのだが‥‥‥あれっ?俺ってこんなにも口下手な奴だったか?
同じ女性なら、竜騎士の女性隊員達とも難無く話をしているし、ましてや、幼なじみのカルナとも喋っているのに‥‥‥はて?なぜだ?
「スーリヤ?」
「えっ!なに?」
考え事をしていたからか、反応に遅れた俺の反応に彼女はキョトンと目を丸めながら。
「時間は良いの?」
その事を言われて気づく。すでに西の空に赤みが指していたのだ。
ソーマも準備万端のようで、スタンバイをしていて、こちらを見ている。
「そう‥‥だな、時間だな‥」
俺はソーマの身体に触れて、背中に乗ろうとして、一旦止めて背後で見送っている彼女を見つめた。
「あのさ‥‥」
「うん‥‥‥」
「俺さ、嘘ついてた」
俺の告白に彼女は、最初から知っているように、呆れたように笑いながら。
「わかってたよ、そんなこと」
彼女は笑う。
その笑顔に俺は、さっきの弁解を重ねようとした自分自身を叱咤し、ありのままで謝罪した。
「心配掛けてごめんな?」
俺は手の平を差し出して、握手を求める。
彼女も俺の意を感じ取り、指を絡めた。
「温かいねスーリヤは‥‥」
彼女が言うことも頷けた。手を繋いだ瞬間にひやりとした感触。氷でも触っていたのではないのかと勘違いをするほどの冷たさだった。
「それはどうも。でもさ、昔から言うじゃないか。手が冷たい人は、心が暖かいって」
すると、彼女は吹き出して必死に声をあげまいと失笑している。
なにか変なことでも言ってしまったか?
彼女は頭を横に振って言う。
「ううん、そうじゃなくて。スーリヤの言い方だと、自分は心が冷たいって言ってるんだよって思ったの」
そう言って彼女は手を離して二、三歩後ろに下がると。
「明日は会えないって聞いたら少し悲しかったけど、明後日は会えるって分かったら安心した。それじゃあねスーリヤ」
彼女はそう言って、森の奥に進んでいった。
俺は未だに残っている彼女の手指の感触に浸りながら、最後に彼女がいった事に呟いて反論する。
「いや、俺は冷たい人間だよ‥‥‥きっと」