終章~月の輝き~
なにかが消えた。私の大切なものが一つ消えた。信じたくない、現実を見たくない。感じたくない。夢で合ってほしかった。誰か嘘と言ってほしかった。
「スーリヤ!!」
私は虚空に叫ぶ。当たり前だが返事は返って来ない。分かっている、分かっているからこそ目を背けたくなる現実を否定しているのだ。
非常にも、聞こえてしまった彼の心臓の鼓動が止まる音。アルマに別れを告げて、命の火を燃やした事。
たたき付けられた現実を認めろと言いたげな世界だった。
殺してしまった。
好きな人を死なせてしまった。
私が関わったから死なせてしまった。
もう、彼の声を聞くことが出来ない。彼の顔を見ることが出来ない。顔の体温を感じることが出来ない。
これまでの思い出が、過去の産物となってしまった。
「うぁ・・うぁぁああああああああん」
ずっと静かだったアインも、父の死を感じ取ったかのように泣き叫ぶ。我慢してきたけれど、アインの涙を見たらつられて涙が出た。泣かないでとあやす事もできない。自分が泣いているのに、泣くのをやめろと言い難い。
私もスーリヤと出会ってからは泣く回数が多くなった気がする。昔はただ冷静にことを済ましていたのに、そんなことも出来なくなってしまったのか。
「終点?これが終点だっていうの?」
それではあまりにも酷すぎる。家族の全員がバラバラになってしまい、この星の下でもう一度出会えるなんて万分の一の確率だ。
「ソーマさん・・・命令を遂行しましたので」
ナーガに話しかけられて、はっと気づく。そういえばここはどこなのだろうとか、追っての様子なんてものは一つもない。ナーガは彼の命令を遂行し切れただけのこと。人に使えるための竜であるから、私たちと共には同行できない。それが世界のルールなのだ。
「ありがとう・・・それじゃあね、ナーガ」
飛行を逃げる間ナーガに任せていたおかげでだいぶ体力は回復していた。私は翼を生やしてナーガの背中から浮くと、こちらに首を傾けたナーガは。
「それでは・・・さようなら・・・」
「うん、さようなら」
ナーガは大きく翼を躍動させ、一瞬の間で山の手前までその体を動かしていた。
ぽつりぽつりと鼻頭に冷たいものが触れる。指でなぞるとそれは水だった。先行した水を筆頭に、次々と雨粒が流れ落ちてきた。まるで私の心を写したような雨だ。
私はアインを抱きしめる。空っぽになった穴を埋めるように強く強く抱きしめ、埋まることのない穴をアインで補おうとしていた。それが、意味のない行為だと知っていても。
「総長、この女の子はどうするんですか?」
未だに燃え盛る森から脱出した竜騎士らは捕まえたアルマを竜の尾に括りつけたまま引っ張っていた。途中で歩くことを止めたアルマはただされるがままの人形のようにも見える。
「もと総長の約束を守るんですか?」
一人の竜騎士がロアへと意見を立てるが、ロアは森を出るまで一言も話さないで空を見つめていた。全員が疑問に思っていたが、不意にロアはアルマを見ると。
「いや、吾輩は約束を守ったぞ?」
「へっ?」
「あの場での殺すことは留めていたに決まっているだろう?それに・・・・ちょうどいい人材も手に入ったことだ」
ロアはアルマがレイヴの村の出身だと知っていた。
「娘・・・貴様には吾輩の実験体になってもらうぞ?」
アルマには聞こえていなかった。これから自分の身に何が起こることを言っていたのにもかかわらず、アルマの心は死んでいた。
目の前で最愛の人が死んだ。自分の力のなさのせいで大切な人を殺し、殺されてしまった。血を吐き、体を切り刻まれ、粉砕されようとも自分の命のために死んでしまったあの人の言葉を何度も何度も繰り返しながらアルマは心を閉ざしてしまった。
「ロア総長。これからどうするのです?」
「そうさなぁ・・・」
ロアは電流のように走った思案が、時分にとっては実にいいことであり、実に自分のためになるではないかと思ったのだった。
「おふれだ・・・おふれをだせ・・・」
「はっ?」
「全世界におふれを出すのだ!!竜人を見つけ、情報が有益なものであれば金を渡し。捉えることができたのなら倍以上の金と土地を約束するとな。これで王宮は全世界の覇者となることだろうよ!!」
最早私欲のためだけにしかロアは動いていなかった。その私欲に兵士たちも明らかにおかしいと考える始末だ。
「や・・・やめましょうよ総長。あんた、最近おかしい!今回のことも何かおかしすぎるんだよ!!」
平の竜騎士と隊長らがうんうんと頷いていると。
「・・・・・」
無言の圧力のまま、その男を槍で突き刺した。
「うぎゃああああああ!!?」
「弱者はそのまま死んでいろ、そうだなぁ・・・お前らの中でも吾輩の考えに賛同できねば、そのまま死ぬことになるがいいのか?」
ロアはにやりと周りの竜騎士を圧殺した。
「そうだ・・・それでいいのだ・・・弱者はだまって吾輩の命令を聞いておればいいのだ」
だが、彼はまだ知らなかった。自分の命令を聞かない男がいることに。それは今回の作戦に参加しないでいる男のことをすっかり忘れていたのだ。
やがて、ロアはその男に葬られ、総長の座はその男の手に委ねられることになる。
真っ白な天井・・・真っ白な部屋で私は目を覚ました。窓は私の身長では届かない場所にあり、白いこの部屋には青い空色が際立って綺麗に見える。まるで世界と隔離された室内だと思った。
頭が痛い・・・何があったんだっけ?
記憶に障害がきたしていた。何も思い出せない、何か大事なことを忘れてしまっていた。
ふと・・・私は思った。
「ここは・・・どこだろう?」
真っ白な部屋着を着せられていてなんだか変な気分だった。病気ではないのに、病人扱いをされているようで、気持ちが悪い。
ガチャりとドアの鍵があけられる音に私は警戒する。だが、入ってきたのは私とあまり変わらない子供だった。
「君が新しい人なんだね?」
「・・・え?」
「僕は―――なんだか知らないおじさんたちに病気だって聞かされて、ここに二年くらい過ごしてるんだ。君はそんな病気なの?」
明るく話しかけてくる少年に私は嫌だとも思えず普通に喋る仲になった。
「わからない・・・私がなんでここにいるのか・・・でも・・・大切なことを託されたのは・・・覚えてる」
「なんだそれ」
私は右手首に巻きついている赤いハチマキを見る。これが誰のものだったのかも忘れてしまっていてひどく悲しい気持ちになったのは言うまでもない。すごく大事な人のものだというのは感じるのに、そのもらった人が誰のものなのかがよくわからなかった。
男の子は、いきなり私の手を握ると。
「おいでよ!僕以外にもいろんな人がいるんだ。きっとみんな友達になってくれるからさ!」
私は言われるがままに、強制的にこの白い部屋から出ていった。
ここがどこなのかわからない、でも、新しい友達ができるのかなって思うとすごくウキウキしていた。
なんだ―――――私はまだ――こんなにも笑えるんだ―――
とある日。
ロアはとある研究所からやることを終え、王宮の自室に帰ろうとしていた時だった。いつもの帰路の筈だったが、なんだかいつもより静かだと、異常なほどに静かだと感じ取っていた。
なぜこんなにも静かなのだろうか、そう思いながらも、冷静を装いながら歩いている。だが、ひしひしと伝わってくるのは殺気だった。誰かが自分を狙っていることはわかる。だが、どこから狙ってきているのかがわからない。これまで暗殺というのには慣れていた。自分の思想を理解できずに、総長の座を下ろそうとする輩の考えることは、こそこそとした暗殺だった。
ロアはことごとく、暗殺に来た竜騎士たちを闇に葬ってきたが、この殺気は異常と思える程に肌の毛穴が総毛立つほどだ。額から冷や汗が滴る。既に自分の力量より遥かに上だということを認識してしまっているようで悔しい感情がロアには芽生えた。
「誰だ!我輩を先から付け回しているのは!!」
暗くなっている王宮の廊下がこれほどまでに恐ろしいと感じたことはなかった。ロアの問いかけに、波のように広がる声・・・女の声が廊下に響く。
「見てたぜ?これまでの所業をさ・・・やってくれるじゃん人間のくせに」
ロアには聞き覚えのある声だった。顔の火傷が疼くのは、この声の主がこの場にいることを示していたからだ。
「ばかな、竜人!?なぜ貴様がここに!!」
「あれ?知らなかった?ずっと俺はここに潜入してたんだよ?ちなみに、姉さんに対しての行為、姉さんの子供に対しての行為、姉さんの彼に対する行為をずっと見てきてました。ちなみに帰り際のおふれの部分もしっかりと耳にしてましたけど?あれ、内心爆笑だったからさぁ。ただの人間に、本来捕まるはずがない俺たちにおふれを出したところで、捕まるわけないから。今回はうまいこと行ったみたいだけど、一生ないね。捕まるとか、キーア姉さんくらいだわ・・・」
「それで?貴様は俺を殺しに来たのか?」
「・・・本当はそうしたかったけど、お前を殺すのは俺じゃないよ?」
楽しそうに、それでいて怒っているような口ぶりだった。
ロアは人の気配が前からすることに気がついて前方を見ると、そこにいたのは槍を持っていた男だった。竿のような槍ではなく、その重さを押し付けることに特化したような鈍重な武器だ。
「貴様・・・まさか!!?」
「そうだよ総長・・・あんたを殺すのは俺だよ・・・」
「なぜ、貴様が!!」
「おいおい、なぜって、自分のしでかしたことを一から十まで数えてみてくれよ?あんたは俺の友人たちをバラバラにしたのが許せねぇんだよ・・・」
ロアは焦っていた。まさか、こいつが出てくるとは思っていなかったからだ。今思い返せば、あの作戦にいなかったのもこいつということになる。
「・・・なぜ、貴様。竜人と!?」
「友達っていえばいいんかなぁ・・・いいか?ラーミア?」
「勝手にしろ」
「はいはい」
月の明かりが照らしだされ、男の顔が露になる。
黒い鉢巻を巻いており、竜騎士一、次期総長と豪語されていた男だった。
「ミド・・・」
「あー・・・お前に名前を呼んでもらいたくねぇわロア総長。よいしょっと・・・」
ミドは槍の先端をこちらに向ける。一撃必殺の構えをどっしりと、それでいて穂先がぶれていない。
ロアは悟った。
ここで死ぬ――――
「それじゃあ、俺から一つ、竜人に喧嘩売ったこと、後悔しろ」
「あばよ、ド三流!!」
一歩でミドはロアの間合いに入った。ロアは素早いミドの攻撃を交わすこともできずに、体に風穴を開けられて死んだ。
――俗に、王宮で語られることとなる、総長暗殺の事件となる。
日が指さなくなって、あたりは夜になった。
だが、雨は一向に止む兆しを見せない。まだ私は泣いているのだろうか?
「あはは・・・どんだけ泣き虫なんだろう私は・・・」
アインに授乳をしながら今後のことを考えていた。この子は、私といてはいけないと。スーリヤと同じ歩みをさせたくないと。自分勝手だが、こうする他に何があるのか?もう、誰も死なせたくない。その願いを持ってはいけないのか?
自分のこの考えがエゴだとわかっている。利己的にしか考えていないとわかっている。でも、こうすること以外、私には考えられなかい。
「アイン・・・ごめんね・・私を恨んでくれてもいい。自分のことしか考えれない私を殺しに来ても構わない。でも・・・私は、私とあなたのお父さんは、絶対に、あなたを愛しているって、分かってほしい・・・・」
アインはきゃっきゃと無邪気な笑みを浮かべている。
「まったく・・・自分のことなのに・・・」
アインの笑顔がひどく心に突き刺さった。
ふと・・・目の前には村の明かりが見えた。人がいるという証拠に私は少しだけ、喜びと憂いが募った。そこには家族の団欒と思えるような光景が見える。父、母、子供達が笑い合っている姿。あんな姿が、私たちにもあったのかと思うと、羨ましい気持ちしかなかった。
本当にやるのか?やってしまっていいのか?心の中で二度三度、後悔の念に押し阻まれながら私はこの子を手放すことをしない。
それでも、心に決めたことはやらなければいけない。
そっと・・・村の近場にある木の幹にアインを置いた。
「・・・・・貴方には幸せでいてほしい」
私は最後に、アインに些細な贈り物を施した。一種のおまじないであり、呪いのようなものである。だが、それは私たちとの縁を断絶しないようなもの。
内容物は私にもわからない。アインが大きくなった時、それが必要な時になればはつどうするおまじないをかけてあげた。これが、私にできる最後の事。
静かに、森の奥に消えて、アインと私は別れたのだった。
ふと、雨が止んでいないことに気がついた私は空を見上げる。そこには大きな満月が地上を照らしていた。懐かしい月の光だ。
私は彼との出会いを思い出しながら、またも頬に涙が伝っていることに気がつく。
これで、私の物語は終わりだ。
これで、彼の物語も終わりだ。
物語を作るのは、子供たち。我々が関与していいことではない。でもいつか運命が交差する日が来るのなら、大きくなったアインを見たい。アルマを見たい。
――ああ、ちょっと、疲れたかなぁ。
次元の狭間を作り出し、私はその中に消える。反転した世界は人が誰もいない、ただ、鏡の世界と思ってくれればいい。月の光は朱く輝く。
一個一個、彼との出会い、思い出を引き出しから出していきながら。自分のなかで最高の思い出を開けた。まだ出会ってから初々しい私たちの間で始まったやり取り。
ああ・・・まだ私の中では彼は生きている。ちゃんと覚えている。だから、最高の笑顔で私は彼に言った。
―――お帰りスーリヤ。
振り返った彼は照れくさそうに、それでも笑顔で返してくれた。
―――ただいま、ソーマ。
ここまで付き合ってくださったみなさんには感謝です。ありがとうございました。




