第一話
それは、代り映えしないいつもの朝だった。
私はいつもどおりに町の近くの森に分け入り、食べられる野草を摘んでは籠に入れていく。たったひとりで。
病気の母さんが亡くなると、頼るあてのない私は周りから「孤児院に行け」と言われた。けれど私には住む家を守る義務がある。
「母さんのために絶対に薬を手に入れてみせる。待っててくれ」
そう言って出ていったまま、三か月以上も帰らない父さんをこの家で迎える義務が。
だから家賃を払うために家の中にある売れる物は全て売った。後に残ったのは、空っぽの家と、空っぽのお腹の私だけ。
薄く緑に光る私の指先は、刃物のように鋭い葉が茂る場所でも傷ひとつつかない。その指で素早く目的の葉を摘んでいく。
母さんに似て身体が細かった私は力仕事などできなくて、かといって学もなく読み書きすら怪しい。生きるためにはせめて近くの森で野草を摘んでは、町のお店にわずかな額で売るくらいがせいぜいだった。
それだって他にライバルは沢山いる。半年以上前から続く戦のせいでこの町でも戦争孤児や未亡人も徐々に増えてきた。
だから私はできるだけ美味しそうな野草を選んで、できるだけ新鮮なうちに買い取ってくれる商店や食堂に持って行くようにしている。
無心でひたすら野草を摘むと、やがて小さな籠はいっぱいになった。
「よし」
籠をしっかり抱え、いつもの町食堂に向かって全力で走る。あそこが一番高く買い取ってくれるから……。
けれども運命は私に味方してくれなかった。
「ティスカちゃん、ごめんねぇ。今日の分はもう他の子から買っちゃったの」
人の好い食堂の女将さんに申し訳なさそうに断られ、思わず視線が足元に落ちる。でもすぐに落ち込む暇はないと切り替え、女将さんを再びまっすぐ見て笑顔を作った。
「では、また明日、よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げ、すかさず振り向き走り出す。もしも次の店でも売れなかったら今日もこの摘んだ野草しか食べられない。
一刻も早く次の買い取り先に向かわなくてはと考え、大通り経由ではなくて近道の裏小路を通って行った。これもいつものことだ。
けれどいつもと違ったのは、近道にゴロツキの男たちが三人いたことだった。
「おい、ガキ。ここを通りたきゃ通行料をよこしな」
「……!」
そんなものあるわけがない。もしお金があったらこんなことをせず、素直にパンを焼くための小麦粉を買っているはずなのに。私はもと来た道を戻ろうと振り返る。けれどそれとほぼ同時に男の一人に回り込まれてしまった。
昨日の昼から食べ物が入っていない空っぽの胃が恐怖ですくみあがり、中の空気が動いてぐぅと音を立てる。
(……胃? 胃ってなに? なぜ私はそんな言葉を知っているの?)
それに気がついた瞬間。向かいの男もフードの中の私の顔を見て気づいた。
「おい、このガキ女だ。それもまあまあの上玉だ!」
「ちょうど女のガキを買いたい奴を知ってるぜ」
「へえ! そいつは運がいい。捕まえろ」
男が大きな手を私に向かって伸ばしてくる。目をギュッとつぶって神に祈った。
(助けて、アルノー様……!)
この世界を作った神、アルノー様は貧しさやひもじさ、そして母さんのような病気からは私たちを救ってくれない。でも、本当のピンチになった時は絶対の力で守ってくれる。私はその奇跡を実際に経験してきたから。
けれど今回も私の願いはアルノー様には届かなかったみたい。神の力は守ってくれなくて、私はあっさりと男達に捕まってしまった。
「やっ……いやっ!!」
「暴れるなっての!」
抵抗した勢いで籠の中からせっかく摘んだ野草がこぼれ落ちる。無惨にも踏み潰され土にまみれた野草たちを見て、私も同じように扱われるのか、と思ったその時。
「やめろ! その子を離せ!」
裏通りには不似合いな澄んだ声が響き渡った。思わず声のした方を私もゴロツキたちも見る。まだ若い、といっても私よりは幾つか年上の男の人がひとりで立っていた。
その姿を見た時、私の胸の中がとくりと跳ねる。薄暗い小路へ東からまばらに射し込む陽光が、彼の赤い髪と青い瞳をきらきらと光らせていて、まるで混じりけのない宝石のように見えた。
「今すぐ投降しろ。そうすれば斬りはしないし、誘拐の罪も軽くなるぞ」
彼は腰に差した剣を抜く。その剣も、身に着けている軽装の鎧も綺麗でしっかりした品だし、剣の構え方も若さに似合わず様になっている。もしかしたらこの国の正式な兵士……もっと上の王国軍所属の騎士様かもしれない。
「ハハア、ぼっちゃん、威勢がいいなァ! 俺たちに投降しろだって?」
私の横にいた男が臭い息を吐きながら嗤った。
「斬りはしない、ときたか。三人相手に戦えるつもりでいるぜ」
「やってみろよ。俺たちに勝てるならな!」
そう言ったゴロツキの一人が彼にナイフを向ける。
「危ない!」
私の口から叫び声が出ると同時に、彼は稲妻のような速さでナイフをかわしながら相手を斬りつけた。
「ぐっ……」
「この野郎‼」
仲間がやられてカッとなった男たちは、私を放り出し二人がかりで彼に襲いかかる。
「はぁっ!」
「があっ!!」
「うぐっ……!」
その戦いは一瞬だった。彼は蝶のように宙を舞って男たちのナイフを次々とかわし、手にした剣を軽々とひらめかせる。あっという間にゴロツキたちは呻きながら地面に倒れ、立っている彼は傷一つなかった。
「す、すごい……」
私はその姿を目に焼き付け、恐怖ではなく興奮でぶるぶると震えた。心臓が痛いくらいドクドクと高鳴っている。
「お嬢ちゃん、ケガは無いかい?」
「は、は、は……はい……」
彼はニカッと笑った。大きく開いた口から覗く白い八重歯が眩しい。――――待って、心臓や八重歯って言葉、私いつ知ったの? それに、それにこの人――――
「よかった。俺はエイト。お嬢ちゃんの名前は?」
土の上にへたり込んだ私に、彼が質問しながら手を差しのべてくれる。
「わ、私は……ティスカ……」
エイトさんの、意外と大きくてあったかい手と私のトリガラみたいな手が重なる。彼の背面がキラキラと輝いているように見えた。それに見惚れそうになった時。その彼の背中の向こうから、さっきやられたゴロツキの一人がゆるりと立ち上がり、彼に向けて憎悪とナイフを振りかざす。
「死ねぇッ‼」
「ダメぇーーーー‼」
私は叫んだ。彼を助けたい一心で。きっと無意識にアルノー様に祈りを捧げていたと思う。だって奇跡が……神の力が発動したのだもの。
ゴロツキの凶刃がエイトさんの背中に届く直前。キィィンという音と共に薄緑色をした光の膜が彼を取り巻き、薄皮一枚削られることなくナイフは跳ね返された。
「⁉」
「え⁉」
「……はぁ、はっ」
息が上手く吸えなくて身体が泥のように重い……神への感謝を口にできないほど。
(アルノー様、ありがとうございます……)
だから私は心の中で精いっぱいの感謝を捧げることしかできなくて……そして全身の力が急激に奪われて……。
そのまま意識が途切れた。
全7話で完結します。よろしくお願い致します。




