表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師様の執着  作者: うる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/23

23.

ガタゴトと揺れる馬車の中。

 私は窓の外を流れる暗い景色を、ただぼんやりと見つめていた。

「……姉さん、寒くない?」

 エミルが私の肩に自身の外套を掛け、そのまま私の膝にすり寄るように頭を乗せてきた。

「ありがとう、エミル。……ごめんなさいね、無理をさせてしまって。転移魔法の反動は大丈夫?」

「うん。姉さんが無事なら、僕の体なんてどうなったっていいんだよ」

 彼は私の手を両手で包み込み、頬ずりをした。

 その体温は温かいはずなのに、なぜか私の心は冷え切ったままだった。

 目を閉じれば、今でもあの時の光景がフラッシュバックする。

 炎の中へ私を置いて飛び込んでいった、彼の広い背中。そして、煤だらけになって抱きしめていた古びた杖。

 (私は、あの過去の遺品にすら勝てなかったんだわ……)

 胸の奥が、ギリギリと音を立てて痛む。

 涙はもう枯れてしまったと思っていたのに、視界がまた滲んできた。

「泣かないで、姉さん」

 エミルが身を起こし、私の目元を指先で優しく拭った。

「もうあんな男のこと、思い出す必要ないよ。これからはずっと僕が守るから。

 実家に戻ったら、ゆっくり休んで。家事も仕事も、もう何もしなくていい。ただ僕のそばで、笑っていてくれればいいんだ」

 それは、純粋な優しさのように聞こえる。

 けれど、なぜだろう。その言葉が、まるで目に見えない糸となって私の体を縛り付け、「鳥籠」の中に閉じ込めようとしているように感じてしまうのは。

 (……ううん、エミルは私のために命がけで助けに来てくれたのに。そんな風に思うなんて、私がどうかしてる)

 私は無理やり微かな笑みを作り、こくりと頷いた。

 その瞬間、暗がりのなかでエミルの口角が、三日月のようにつり上がったことなど知る由もなかった。

 (ああ……やっと。やっと僕だけのものになった。

 姉さんは一生、僕の鳥籠の中で大事に大事に飼ってあげるからね)


 その頃。

 焼け落ち、黒い骨組みだけが残った塔の前に、クライヴはまだ座り込んでいた。

「……ルチア」

 何度その名前を呼んでも、心地よい声で返事をしてくれる家政婦はもういない。

 失ってしまったものの大きさに、胸が押し潰されそうだった。

 クライヴは、手の中の古びた木の杖を強く握りしめた。

 それは、かつて魔王討伐の旅で命を落とした魔法使いの仲間――エレナの遺品だった。

 若き日のクライヴには、魔法の素質など欠片もなかった。ただ剣の腕だけで頂点に上り詰めた無鉄砲な剣士。

 そんな彼の手によってエレナは死んだ。

 己の無力さを呪った彼は、剣を捨て、彼女の遺したこの杖を握り、杖に残った彼女の魔力を利用し、血を吐くような努力で魔法を修め……結果として、誰にも負けない最強の魔導師へと上り詰めたのだ。

 この杖は、彼が「魔導師クライヴ」であるための原点であり、決して忘れてはならない贖罪の象徴だった。

「……私は、過去の亡霊に囚われて、今一番大切な手を……自ら手放したのか」

 彼女を魔物の前に置き去りにした。

 その事実が、自分自身を許せなかった。

 だが、絶望の泥濘の中で自責の念に駆られていた大魔導師の脳裏に、ふと、パニック状態の時には気づかなかった「致命的な違和感」がよぎった。

「……待て。なんだ、あの炎は」

 クライヴはゆっくりと顔を上げた。

 濁っていた紫色の瞳に、「最強の魔導師」としての鋭い理性の光が戻る。

 彼が飛び込んだ北側の角部屋の火災。

 思い返せば、あの炎は異常だった。ただの魔物が吐く炎なら、彼が指先一つで凍結させられるはずだ。

 しかしあの炎は、彼の魔力と反発し合い、消火を著しく妨害する高度な『術式干渉』が組み込まれた魔法炎だった。

 最強の魔導師である彼が、杖を回収するだけであれほどの火傷を負い、時間をかけさせられるなど、ただの魔物の仕業ではない。

「私をあの部屋に釘付けにし、時間を稼ぐための……罠?」

 彼は立ち上がり、ルチアが襲われていた場所に転がっているガーゴイルの死骸のそばへ歩み寄った。

「見事な切断面だ。……『風の刃』か」

 石のように硬いガーゴイルの皮膚を、ここまで綺麗に両断するには、熟練の魔力操作と莫大な出力が必要だ。

 そして何より、クライヴの頭脳は最大の矛盾に行き着く。

「……『自分自身に転移魔法を使ったことがない』だと?」

 空間転移。それは、空間座標をミリ単位で正確に計算し、魔力で肉体を再構築する超高等魔術だ。

 失敗すれば肉体が四散する。魔法の素人が、姉を心配したからといって「無我夢中で術式を組んで」成功するような代物では断じてない。

 計算し尽くされた結界の破壊。

 時間を稼ぐための魔法炎。

 正確無比な空間転移と、魔物を一掃する高度な風魔法。

 すべてが、一本の線で繋がった。

「……最初から、結界に穴を開け、私をルチアから引き離したのは……」

 クライヴの足元から、バチッ、バチィッ! と、空気がひび割れるような音が鳴り始めた。

 煮えたぎるような「殺意」を伴った魔力の奔流。

「……あの、狂ったクソガキか」

 紫色の瞳が、闇夜の中で爛々と発光する。

「私の塔を燃やし、私の誇りを踏みにじり……あまつさえ、私の女をたばかって連れ去っただと?」

 クライヴは、手にしていたエレナの杖をじっと見つめ、そして静かに異空間収納へとしまい込んだ。

 過去の贖罪は、もう終わりだ。

 

「待っていろ、ルチア。……君を騙す害虫は、私が跡形もなく消し炭にしてやる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ