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魔術師様の執着  作者: うる


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22/23

22.

ドスンッ!!


 重い地響きを立てて、クライヴ様が焼け焦げた庭に降り立った。

 膝をつき、激しく咳き込むその姿は、舞踏会で私をエスコートしてくれた優雅な大魔導師とは別人のようだった。


「ゲホッ……ハァ、ハァ……ッ」


 彼は荒い息を吐きながら、抱きかかえていた「古びた杖」をそっと地面に下ろした。

 まるで、壊れ物を扱うかのような優しい手つきで。


「……あんな、ただのゴミのために?」


 私の隣で、エミルが信じられないというように呟いた。

 私も同じ気持ちだった。

 伝説の魔導書でも、強大なアーティファクトでもない。魔法の初心者すら使わないような、古くて傷だらけの木の杖。

 あんなもののために、彼は私を置いて炎に飛び込んだというの?


「……チッ。しぶといな……」


 エミルの口から、微かに舌打ちのような音が漏れた気がした。

 しかし彼がすぐに私を庇うように前に出たため、気のせいだったのかどうかは分からない。


「行こう、姉さん。あんな人、もう見る必要ないよ」

「でも……」

「姉さんを置いていったんだよ!? 自分のガラクタのために!」


 エミルが私の腕を強く引いた。

 その声に反応したのか、うずくまっていたクライヴ様が弾かれたように顔を上げた。


「……ルチア!?」


 アメジストの瞳が、私を捉える。

 彼はよろけながら立ち上がると、私に向かって手を伸ばそうとした。


「無事だったか……! よかっ――」


 しかし、彼の言葉は途中で凍りついた。

 私の周囲に転がる、無残に切り裂かれたガーゴイルの死骸。

 そして、恐怖で涙を流し、弟の腕の中で震えている私の姿を見たからだ。


「あ……」


 クライヴ様の顔から、サッと血の気が引いていくのが分かった。

 自分が目を離したほんの数分の間に、私が魔物に囲まれ、死の危険に晒されていたのだと、彼はその光景からすべてを悟ったのだ。


「今さら、安堵したような顔をしないでください!!」


 エミルが鋭い声で吠えた。


「あなたは姉さんを見捨てた! 魔物がうろつくこんな場所に、たった一人で置き去りにしたんだ!

 僕が駆けつけなかったら、姉さんは死んでいたかもしれないのに!!」


「……ッ!!」


 クライヴ様は、まるで透明な剣で胸を貫かれたかのように、大きく息を呑んでよろめいた。

 いつもなら「黙れ小僧」と一蹴するはずの彼が、今は一言も言い返せない。


「違う……私は……」


 かすれた声が漏れる。

 彼は血の滲む手で自分の顔を覆い、ギリッと歯を食いしばった。


「私は……何ということを……。

 あんなに……二度と、大切なものを失わないと誓ったのに……ッ!」


 後悔。絶望。自己嫌悪。

 最強の魔導師が放つその悲痛なオーラに、私は胸が締め付けられるような痛みを感じた。

 彼が命がけで守ったあの「古びた杖」は、きっとただのガラクタじゃない。彼にとって、決して失ってはいけない「過去の贖罪」か何かなのだ。


 だからといって、私を置き去りにしていい理由にはならないけれど。


「……姉さん、帰ろう。馬車が待ってる」


 エミルの手が、私の背中を押す。

 私はクライヴ様を見た。

 彼は顔を覆ったまま、一歩も動こうとしない。引き止める資格すらないと、自分を罰しているようだった。


「……クライヴ様」


 私がその名前を呼ぶと、彼の肩がビクッと跳ねた。


「あの杖……無事で、よかったですね」

「ルチア……違うんだ、これは……」

「お世話になりました。……さようなら」


 私は彼に深く一礼すると、背を向けた。

 炎の熱と、煙の臭い。そして、初めて知る「胸が引き裂かれるような痛み」を背中に感じながら。


 エミルに手を引かれ、暗い森の小道を歩き出す。

 振り返ってはいけない。振り返ったら、きっとあのボロボロの彼を放っておけなくなってしまうから。


 (これでいい。私は、私の帰るべき場所へ戻るだけ……)


 ◇


 一方、焼け落ちていく塔の前に一人残されたクライヴ。

 彼は地面に転がる「古びた木の杖」を見下ろしていた。


 それは、かつて彼が「勇者」と呼ばれていた頃。

 『かつての仲間(魔法使いの少女)』の遺品だった。


「……私は、また……」


 過去の幻影に囚われ、今、目の前にある一番大切なものを、自らの手で手放してしまった。

 彼の目から、大粒の涙が零れ落ち、焦げた土に染み込んでいく。

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