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魔術師様の執着  作者: うる


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21/23

21.

「ギャアアアッ!」


 耳障りな叫び声と共に、石像の怪物ガーゴイルが私に向かって跳躍した。

 鋭い爪が、月の光と炎の照り返しを受けてギラリと光る。


「きゃああっ!!」


 私は反射的に顔を覆い、その場にしゃがみ込んだ。

 魔法も使えない。武器もない。

 頼みの綱だったクライヴ様は、私を置いて行ってしまった。


 (ああ、私……ここで死ぬの?)


 死を覚悟し、瞼を固く閉じたその時だった。


「――姉さんに、触れるなッ!!」


 ドォォォォン!!

 

 突如、爆風のような衝撃波が走り、目の前に迫っていた怪物が枯れ葉のように吹き飛ばされた。


「え……?」


 恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景があった。

 燃え盛る炎を背に、一人の少年が立っている。

 右手をかざし、強大な風の魔力を放出して私を庇うその姿。


「エ、エミル……?」

「姉さん! 無事!?」


 エミルだった。

 彼はすぐに駆け寄ると、へたり込む私を抱きしめた。


「よかった……! 間に合ってよかった……!」

「ど、どうしてここに……? 帰ったんじゃなかったの?」


 エミルは私の震える体をさすりながら、必死な形相でまくし立てた。

 その顔色は真っ青で、額には脂汗が滲んでいる。


「帰る途中、どうしても胸騒ぎがして……会場に戻ったんだ。

 そうしたら、姉さんとあの人が光に包まれて消えるのが見えて……!」

「まさか、追いかけてきたの?」

「うん。僕、自分自身に転移魔法なんて使ったことなかったけど……姉さんが心配で、無我夢中で術式を組んだんだ。

 失敗したら体がバラバラになるかもしれなかったけど、姉さんが危ないと思ったら、怖くなんてなかった!」


「エミル……っ! なんて無茶なことを!」


 私は涙が溢れて止まらなかった。

 病弱で、魔法の才能はあるけれど体力が追いつかないあの子が。

 命のリスクを冒してまで、初めての転移魔法を使って助けに来てくれたなんて。


「……下がってて、姉さん。こんな雑魚、僕が片付ける」


 エミルは私を背に庇うと、再び魔物たちに向き直った。

 

「風よ、やいばとなれ――『ウィンド・カッター』!!」


 彼が腕を振るうと、不可視の風の刃が嵐のように吹き荒れた。

 ガーゴイルの硬い石の体が、豆腐のように切り裂かれていく。

 

 強い。

 あんなに儚げだった弟が、私のために魔法を振るい、戦っている。

 その姿は、私を置き去りにした「あの人」とは対照的に、あまりにも頼もしく、そして優しかった。


 数分もしないうちに、周囲の魔物はすべて倒された。

 エミルは肩で息をしながら戻ってくると、煤で汚れるのも構わずに私の手を取った。


「……姉さん。あいつは?」

「え……」

「あの勇者は、どこにいるの? パートナーの姉さんを守らずに、どこに行ったんだ!?」


 エミルの非難めいた問いに、私は言葉を詰まらせた。

 視線を、燃え盛る塔の最上階へと向ける。


「……塔の中に。……大事なものを、守るために……」


「は……?」


 エミルは信じられないというように目を見開いた。


「姉さんより大事なものが、あの中にあるって言うの?

 こんな状況で、姉さんを魔物の前に置き去りにして!?」


「……っ」


 図星だった。

 エミルの言葉の一つ一つが、鋭利な刃物となって私の傷ついた心に突き刺さる。


「ひどいよ……。姉さんはあんなに尽くしていたのに。

 結局、あの人にとって姉さんは、都合のいい家政婦でしかなかったんだ」


 エミルは私の頬を両手で包み込み、真正面から見つめてきた。

 その瞳は、吸い込まれそうなほど深く、暗い愛情に満ちていた。


「でも、僕は違う。

 僕なら、絶対に姉さんを離さない。

 世界中が敵に回っても、何が燃えても、姉さんだけは守り抜くよ」


 ああ、なんて甘美な言葉だろう。

 誰かに一番に選ばれたい。守られたい。

 そんな私の弱りきった心に、エミルの言葉はあまりにも心地よく響いた。


「……帰ろう、姉さん。

 もう十分でしょ? こんな冷たい人のために、傷つく必要なんてないよ」


 エミルが手を引く。

 私は抵抗できなかった。

 燃え上がる塔。戻ってこないクライヴ様。

 ここにはもう、私の居場所はないのかもしれない。


「……うん」


 私が小さく頷いたその瞬間。

 エミルの口元が、微かに歪んだのを見た気がした。


 (やった。……堕ちた)


 エミルは勝利を確信し、私を抱き寄せて歩き出そうとした。


 ――ズズズズズンッ……!!


 その時。

 塔の最上階から、夜空を引き裂くような轟音が響いた。


「ッ!?」


 私とエミルが振り返ると、北側の角部屋の壁が内側から吹き飛び、紫色の閃光が柱のように立ち上っていた。

 そして、その光の中から、何かが飛び出してきた。


 それは、ボロボロになったクライヴ様だった。

 燕尾服は焼け焦げ、美しい銀髪も煤だらけ。あちこちに火傷を負っているのが遠目にも分かる。

 

 けれど、彼はその胸に、何かを――命よりも大切な「何か」を、必死に抱きかかえていた。


「……クライヴ、様?」


 彼が守り抜いたもの。

 それは金銀財宝でも、強大な魔導書でもなかった。

 

 それは、何の変哲もない、ただの「古びた木の杖」に見えた。

 薄汚れて、傷だらけで、どこにでも落ちていそうな杖。

 それを彼は、まるで世界のすべてであるかのように、煤だらけの手で強く強く握りしめていた。

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