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-契- 現代陰陽師奇譚  作者: KUMANO
九章 事故物件の怪

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ただの偶然

「昨日といい今日といい、随分と良いタイミングで帰ってくるじゃねぇか。まるで……、最初から俺たちがここにいるのを知っているかのようだな」

「あぁ……!? ……超能力者じゃねぇんだから……、ただの偶然だろ」


 晴朗の発言に、男がわかりやすく動揺しているのが見て取れた。


「ふん、どうだか……」

「……何が言いてぇんだ」

「本当はずっと……、若杉さんの動向を監視しているんじゃないのか?」

「はぁ? バカじゃね? そんな余裕あるわけ……」

「お前じゃない。お前の母親が、だ」


 そして晴朗が昨日からずっと感じていた疑惑をぶつけると、男は更に動揺し、視線も泳いでしまっている。

 

「図星か? 昨日もお母さんと仲良く一緒に帰って来たもんなぁ? 今日は一緒じゃないのか? それともこの後、また『ただの偶然』を装って来るんじゃないのか?」


 更に晴朗が、これまでの鬱憤を晴らすかのように煽ると、男は顔を真っ赤にさせながら握りしめた拳を振り上げた。

 

「このクソガキ……! 大人をバカにするのも大概に……!」 

「真! アンタ何してんの!」


 すると、晴朗の言った通り、男の母親が焦りながらやって来た。男はしまったとでも言いたげに舌打ちをすると、


「おい! 今来てんじゃ……!」

「帰るよ! 下にお巡りさんが来てるから!」


 母親に対して怒鳴ろうとしたが、それよりも先に、母親がこの場から去るように促した。

 我が子の行為を咎めるどころか、揃って責任から逃れようとする愚かな姿に、二人は憐れみの感情さえも覚えた。


 急いでエレベーターへと向かう親子に対して、二人も大事に巻き込まれる前に、その場から立ち去ろうと階段に向かって歩き出した。


「あっ! 待っ……」


 そこに若杉が引き留めようと声をかけたが、晴朗は振り返ることなく、

 

「一度、部屋の中を隅々まで綺麗に掃除して、ドアノブを付け替えることをお勧めしておきます。それと……」


 淡々と突きつけた。そして、


「これ以上俺たちを巻き込むな。くだらない痴話喧嘩をするのなら、俺たちのいない所で勝手にやってろ」


 厳しい口調でそう言い残し、騒がしくなり始めたマンションを後にしたのだった。



 ******

 


「想像以上に……気難しい男だったな……」

「だろう? 関わるだけ時間の無駄だ」


 二人は喫茶店に戻ると、道中薬局で買った絆創膏を保憲の口元に貼り付けた。

 晴朗のスマホには、若杉から《先ほどは本当にすみませんでした! 一緒にいた方にも____……》という連絡が来ていたが、返信も既読もつけず、そのまま連絡先をブロックしてポケットにしまった。


「頬、平気か?」

「ああ、大丈夫だ」


 片方は寒さで冷たいのに、殴られてじんじんと熱くなっていたもう片方の頬は、こちらも道中で買った、冷たい水が入ったペットボトルを押し当てることによって、静かに引いていく。

 

 外は予報通り、雨から雪に変わり始めている。雪の影響で交通の便が麻痺する前に帰宅しようと、道ゆく人々の足取りはいつもより早い。


「はぁ……雨隙(あますき)の隠れ家も見つけられなかったし……、せっかくの休みが徒労に終わっただけじゃねぇか」


 晴朗は今日渋谷で発生した諸費用の全額を、実資に負担させる約束を取り付けたのをいいことに、喫茶店でちょっとお高めのケーキセットをもぐもぐと頬張りながら、貴重な休日を棒に振った鬱憤を食べることで発散させた。


「……晴朗」


 一方で、温かいカフェラテが入ったマグカップを両手で包み冷えた両手を温めていた保憲が、電光掲示板に照らされてキラキラと光り舞っている雪を見つめながら、静かに口を開いた。

 

「さっき……、部屋に幽霊がいないか、確認しに行ったよな」

「……行ったな」

「どうだった?」


 晴朗は普段滅多に飲まない紅茶を飲んで、クリームで甘くなった口内をリセットさせてから答えた。

 

「……あぁ、お前の言った通りだった」


 若杉に『絶対にいるはず』と言われ、一人で再び部屋の中を見て回った晴朗。

 結局、幽霊そのものは確認できなかった。

 

「寝室の、ベッドの下……」


 だが、殺人事件があったとされている寝室には、

 

「……黒ずんだ護符が貼られていた」


 今にも剥がれ落ちてしまいそうな、禍々しい札が一枚、ひっそりと貼り付けられていた。


「自称陰陽師が貼ったのか、それともそれより以前からずっと貼られていたのか……、そこまでは確認できなかった。ただ……俺の想像以上に黒ずんでいた」

「……」

「あのまま放置していけば……、遅かれ早かれ効力は無くなって、剥がれるだろうな……。そうなれば……」


 二人はあの部屋の行く末を悟りながら、休息を忘れ、絶えず人が往来し雑然としているスクランブル交差点を見下ろした。


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