嘘
「♪〜」
所変わって件の寝室。
沢山のぬいぐるみが見守っている中、若杉が一人上機嫌に鼻歌を歌いながら、ベッド脇に設置していたサイドテーブルに置かれているノートパソコンを操作している。
画面には、写真をAIで編集、加工する画面が映し出されている。
「はぁ〜ようやく! あのクソウザいマザコンDV野郎と別れられた〜!」
若杉はお気に入りのぬいぐるみを抱き締めて、清々しい表情のままベッドに寝転がった。
「本当ウザかったんだよね〜。母親のキッショいストーカー行為にもうんざり!」
若杉は、彼氏親子の異常な執着心にとうの昔に気づいており、男に対する愛情もすでに無くなっていた。
常々別れたいと思っていたが、思い通りにいかないとすぐ癇癪を起こす男の幼稚な性格から、自分から別れを切り出したとして何をされるか分からず、中々言い出せずにいた。
そんな時、この物件が実は事故物件であることを知った。と同時に、「これは利用できるかも」と考えたのだ。
「事故物件なのを利用していい感じにラップ現象も再現できたし、心霊写真なんて……、最近のAI加工を使えば、み〜んなすぐに騙されちゃうんだから……。今の時代に生きてて良かった〜! 文明の利器サイっコ〜!」
若杉は自分の技術を駆使して、心霊写真をでっち上げた。自称陰陽師に依頼したというのも嘘、ラップ現象ももちろん嘘である。他者に現象を証明する時はスマホと連動させて、あたかもラップ現象のような誤作動を演出していた。
「えっちゃんも普段は旦那、子供、家族仲良しマウント取ってくるうっざい自己チュー女だけど……、たまには役に立ってくれんじゃん。しかもいい感じのイケメンまで連れて来てくれるんだから」
そして若杉は霊障に困っている可哀想な被害者を演じ、実資の妻に相談を持ちかけた。
以前、旦那である実資が勤務している大学で発生していた幽霊騒動を、視える学生と共に収束させた。という妻の何気ない話題を覚えていたからである。
「アイツが暴力振るっているところをお隣さんにも見せつけられたし、おかげでDV彼氏から暴力を受けている被害者ポジになれたからすんなりと別れられた! ざまぁみろバ〜カ! 女の恨み舐めんなよ! ……でも……、あのイケメン君の連絡先をゲット出来なかったのが唯一の悔やみだな〜、坊やの方も早々にブロックしてきたし……」
若杉は既読もつかず、当然返信もこないアプリの画面を睨みつけた。
そこには《先ほどは本当にすみませんでした! 一緒にいた方にも謝りたいのですが……、連絡先などをお教えいただけたりできませんか……?》と表示されている。
すると通知画面に、新しい未読メッセージが表示された。
「……はぁ? 何が『夏帆にはもっといい人がいるよ!』だよ……。自分は旦那や子供に恵まれてるからって上から言って来ちゃってさ……。他人のガキなんてただ喧しいだけで、本当は可愛いなんて誰も思ってないのに……。お世辞を真に受けてんの超ウケるんですけど〜」
未読メッセージを開いてみると、『えっちゃん』と名乗る相手から、デフォルメされた鹿のスタンプが一緒に送られて来ていた。
若杉は苛立った様子で持っていたスマホを放り投げて、今度はうつ伏せになるとバタバタと両足を忙しなく動かした。
彼女がベッドの上で寝返りを打つたび、ベッドの下で辛うじて貼り付いている黒ずんだ札が、更に捲れていき、やがて静かに、札は壁から離れ、床に落ちていった。
瞬間、寝室の電気がひとりでに消灯した。
「あら? も〜勘弁して……」
若杉は枕元に置いていた照明のリモコンを、体の下敷きにしてしまったのだろうと、上半身を起こしてリモコンを探した。
だがいくら探しても、リモコンは見つからない。
若杉は仕方なく、壁に設置されているスイッチを押そうとベッドから立ち上がって、暗闇の中を歩いた。
「あれ……?」
そして壁のスイッチを押したが、それでも照明は点かなかった。
「ちょっと、マジで故障……」
その時、背後から誰かの気配を感じ取った。
彼氏はもういない。寝室にいるのは若杉たった一人。
だが彼女の背後には、誰かが立って、こちらを見ている。そんな気がしてならなかった。
その時若杉は思い出した。以前この部屋に住んでいた女性は、この寝室で殺害されてしまっていることに。
「……嘘……」
若杉は急いで寝室から出ようと、ドアノブに手をかけた。
だがそれより前に、若杉は何者かによって、体ごと暗闇の中に引き摺り込まれていった。
******
場所は再び変わり、帰宅した晴朗は食事を終えて、外出して冷え切った体を風呂に肩まで浸かって、じっくりと温まっていた。
その後風呂から上がって、髪を乾かしたり、軽いスキンケアを施したり、無調整豆乳を飲んだりストレッチを行ったりと。自分だけの時間を満喫していた。
その傍らで、実資とメッセージアプリでやり取りもしていた。
《そうか、分かった。妻にも伝えておく》
《もう金輪際、こういったことはごめんだ》
晴朗は実資に今回の報告と、今後は何があっても依頼は受けない。といった返事を返していた。一緒に怒りマークがついているカラスのスタンプも送りつけると、
《妻の友人だったからとはいえ、不快な思いをさせて悪かった》
実資も謝罪のメッセージと共に、頭を下げて謝っている、デフォルメされた鹿のイラストのスタンプが一緒に送られてきた。
「アイツ……スタンプを送るとかいう概念持ってたんだな……」
藤原実資といえば、厳格で真面目といった印象が根強いため、ゆるくデフォルメされた動物のスタンプを所持していたそのギャップに、晴朗は思わず苦笑した。
《詫びと言ってはなんだが……》
会話が一段落し、白湯をお供に就寝前の読書でもしようとスマホを手放そうとした時、再び実資からメッセージが入った。
《この後21時から、興味深い配信が観られるぞ》
《気晴らしに見てみるといい》
そんなメッセージと共に、とある動画のURLが、送られてきた。
「なんだこれ……?」
そのURLをタップすると、『この後21時から生配信!』といった題名の動画が表示された。
晴朗はその動画を配信するチャンネル名を、訝しげに見つめた。
「『陰陽師系動画配信者、HIKARU』……?」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この場をお借りしまして御礼申し上げます。
次回以降より、ついに10章へと入ります。
本当は10章で完結させる予定だったんですけれども…。あれやこれやと、まだ折り返しをちょっと過ぎたくらいにまで世界が広がってしまいました。
これも一重に、読んでくださっている皆さまのおかげでございます。本当にありがとうございます!
次回についてですが、
平安時代において、最も優秀な陰陽師として、その名を残した賀茂保憲という男について。
そして現代に至るまで、最も有名な陰陽師として、その名を轟かせた安倍晴明という男について。
この二人の間における、史実の中で長い間議論されていた、「ある記録について」新しい解釈を添えてお送りさせていただきますので、乞うご期待!!ついでに新キャラも出ます。
最後に、もしよろしければ評価、ブクマ、感想など、お気軽によろしくお願い致します!!
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