助けてください
2月18日 壬子
「……はぁ〜〜〜……」
「でかいため息つくなよ」
翌日、二人は再び『渋谷行き』の電車に揺られていた。
「これ以上関わるのは願い下げだ、って言ったそばからこれだ……」
発端は昨日、二人がそれぞれの家に帰宅した後、晴朗は少し遅めの夕食と入浴を終えて、睡眠前の読書時間を楽しんでいた時にスマホが鳴った。
『今日は本当に申し訳なかった。ちゃんと謝りたいから明日もう一度会いたい』
と、実資の奥さん経由で、若杉から連絡が来たのだ。
晴朗はすかさず「イヤだ、お前が一人で行けばいい」と断ったのだが、藤原家は今日一日家族で外出する予定が入っていて無理なこと。そして実資の奥さん曰く「決して悪い子ではないから」といった申し訳程度の擁護の末、晴朗と保憲が再び行くことになった。
「まぁまぁ、渋谷には他にも目的があるんだから、ついでだと思えばいいだろ?」
「だからと言って昨日の今日じゃなくてもいいだろうが。ただでさえ雨降って寒いってのに……。というか、なんで俺たちがわざわざ出向かなきゃ行けないんだ……。謝罪するならそっちが来ればいいだろうが……」
晴朗は眉間に深い皺を刻みながら、昨日の帰りと同じように首に巻いているマフラーに顔を埋めて、ぶつぶつと文句を垂らし続けている。
実資に交通費他諸費用の全額支給、かつ元々の報酬から更に上乗せするという形で渋々合意したものの、雨という生憎の天候もあってか、二人の足取りは重かった。
「はぁ〜〜〜……。こたつの中でミカンを食いながらごろごろぬくぬくするという、大事な予定が……」
「あの彼氏は今日仕事でいないんだろ? だったらまだ、なんとかなるんじゃないか?」
「どうだか……」
車窓から見える外の景色は打ち付ける雨と共に素早く流れ、のどかな住宅地が並んでいた景色から、やがて高層マンションが立ち並ぶ都会へと、二人を運んでいく。
晴朗はそんな流れゆく景色を、煩わしそうに見つめていた。
******
再び渋谷駅に着いた二人は、雨が降る中指定されていた近くの喫茶店へと向かう。
関東地方は夜から雪が降るだろうという予報も相待って、気温は昨日より下がり、手袋を装着しているにも関わらず、傘を持つ手は氷のように冷え、かじかんでいる。
喫茶店に入ると、二人は暖かい飲み物を注文して、冷え込んだ体を温めながら若杉が来るのを待った。
「おかしいな……、もう30分は経つぞ」
「スマホにも特に連絡なし……何かあったのか?」
だが、約束の時間になっても、一向に若杉は姿を見せなかった。
「こっちから連絡してみるか」
「待て、俺がやる」
あらかじめ聞いていた若杉のメッセージアプリのIDに連絡を入れてみようと、保憲がスマホを取り出したが、晴朗はそれを制して自分のスマホから連絡を入れた。
《渋谷についています。何かありましたか》
晴朗がメッセージを入れると、5分もしないで既読がつき、
《助けてください》
とだけ返信があった。
「……なんだ……?」
「非常事態でもあったのか?」
若杉の連絡に違和感を感じつつ、晴朗は更に返信した。
《今どこですか》
《家です。鍵は開いているのに……、家の中から……出られないんです》
「どういうことだ……?」
ドアノブが壊れているのか、あるいは別の何かが若杉の行動を妨害しているのか。
二人は若杉の意味深な連絡に眉を顰めた。
「はぁ……行くしかないな……」
《そちらに向かいます》
ここで待っていても何も進展しないことを察した晴朗は、今日が始まってから何度目とも分からないため息をつくと、重い腰を上げ、やっと温まった両手に手袋をはめて、再び雨が降り続ける外に出て傘を刺し、若杉の家へと向かった。




