蛙の子は蛙
パラパラと雨が降り始める中、駅前に戻った二人は、先に離脱していた保憲と喫茶店で合流した。
「〜〜〜〜〜〜っっ!!!!」
席に着くなり、晴朗は首に巻いていたもこもこのマフラーで顔面を覆って机に突っ伏し、声にならない声をあげて怒りを発散させた。
「……何があったんですか?」
「煽られに煽られまくった挙句『頭がおかしい奴』と罵られていた」
自分がいなくなった後、どのような話をしていたのか。事の顛末を聞いた保憲は、相手の無礼な態度にひどく嫌悪感を露わにした。
「……あんなん、ただの悪魔の証明じゃねぇか! こっちが反論できねぇのをいいことにベラベラ捲し立てやがって!」
まだ怒りの感情が収まらない様子の晴朗は、マフラーから顔を離すと、つらつらと文句を垂れ流しながら、実資に奢らせたトッピングもりもりの抹茶あずきパフェを口に運び始めた。
「悪魔の証明?」
「『この部屋に幽霊がいないという証明をしろ』と男に詰められてな。『無い』もの、『存在しない』ものを証明するのは極めて困難だ。にも関わらず、コイツは軽率にも『いない』と断言してしまった。断言した以上は説明責任が生じる。あの愚か者がどこまで読んでいたかは知らんが……、論破することしか頭にない烏滸との議論はするだけ時間の無駄だ」
対して実資は淡々と語りながら優雅に紅茶を飲んでいる。
痛いところを突かれた晴朗は反論するでもなく、でもちょっと悔しそうに顔をムスッとさせて、イライラを甘味で発散させるようと、ひたすらパフェをパクパクと口に運んでいる。
「……では、今後どういった対応をなさる予定ですか?」
「男はどうしようもないボンクラ。若杉も、こちら側の意見を聞いているようで、まるで聞き入れる気がないように見えた。現状を変える気がないのなら、俺たちがこれ以上どうこうとしてやる筋合いはない」
「同意見だな。母親も、あれはあれで過干渉が過ぎる。加えて親子揃って終始人を馬鹿にしたような態度……。蛙の子は蛙とはよく言ったもんだ」
「そうか……」
二人の意見は揃って「もう関わりたくない」だった。
彼氏側親子の異常さを少しだけ垣間見た保憲も、彼らとの話し合いがいかに非生産的な物であったのか、二人の表情から見ても明らかだった。
「全く! 長身で顔が良けりゃ何言ってもいいと思ってるなら大間違いだ! ウチの保憲を見習えってんだ! あのクソ____ぉぷっ!」
「ばか、公共の場では口を慎め」
怒りの感情は止まることを知らず、つい下品な悪口が出てきた晴朗の顔面に、実資がもこもこマフラーを押し付けて強制的に黙らせた。
「……あと……」
パフェを残さず平らげて、ようやく晴朗の怒りの感情が落ち着いたところで、同じ頃に紅茶を飲み終えた実資が再び口を開いた。
「お前たちを疑っているわけでは無いが……、本当にいなかったのか?」
「いない! どこにも!」
晴朗は追加で実資に奢らせたお茶を、一口飲んだ後はっきりと断言した。
「俺の目でも、そういった存在自体は確認できませんでした」
実資が隣に座っていた晴朗から、視線を対面に座っている保憲に向けると、彼も控えめに答えた。
「前にお祓いをやったという自称陰陽師が、実はちゃんと仕事をしていったのか……。それとも……」
「それとも?」
「いや……、これを言及し始めるとキリがないんだが……」
晴朗は、幽霊はいなかったと断言した時とは打って変わって、少し歯切れが悪そうに、
「家相が悪すぎる」
と答えた。
「……なるほどな」
昔は風水ありきで家が建てられていた。『四神相応の地』を再現した平安京の構造が最たる例である。
そしてその構造は貴族たちの邸宅にも採用されており、そんな当時の家相を僅かながら覚えている実資は、納得がいったように頷いた。
「最近の家は風水的視点を鑑みない物件がほとんどだ。賃貸であれば尚のこと」
「その中で……若杉さんが住まわれている物件は……、決して良いとは言えない間取りでした」
「……確かに部屋全体が薄暗くは感じたが……、天気の影響かと、それほど気にはならなかったな。南向きの物件は吉。とだけ聞いたことはあるが、それ以上に良くない配置があるということか」
保憲はテーブルの上に置かれていた未使用のペーパーナプキンを広げると、ペンを取り出して簡易的な間取り図を書き出した。
西南に玄関。
北西に浴室。
中央にリビング。
北東にキッチン。
東南に寝室。
南にバルコニー。
長方形で1LDKの間取りを書き上げると、保憲はまず、玄関を赤色のペンで目印をつけた。
「まず西南。西南は『裏鬼門』でもあり、鬼の出入り口と言われているので玄関を配置するのは凶。加えて玄関の目の前が浴室、そして鏡がありました。玄関正面に鏡を設置すると、鬼の通り道にもなるので凶となります」
「ただでさえ鬼が侵入しやすい場所にあるのに、目の前に鏡もあったんじゃあ……、『私は鬼さんの訪問を歓迎します』と言ってるようなもんだな」
「次に北東。北東は『鬼門』でもあり、裏鬼門と同様鬼が出入りする場所となります。ゆえに湿気が溜まりやすい、水回りに関する物を配置するのも凶となります」
「一応寝室は、吉となる東南に配置されていたが……、四肢のある人形を寝室に配置すると、寝ている間に当人の運気を奪うとされている。2、3体程度なら問題ないが、あれだけ大量に配置していると……、凶とまではいかないが、好ましいとも言えんな」
一つづつ問題点を挙げながら赤色で印をつけていくと、いつの間にか間取り図のほとんどが赤色に染まっていた。
「事故物件サイトの情報では、現場となったのは寝室だとされているが……。その人形以外に問題点は無かったのか」
「はい。クローゼットの中やベランダ……。ベッドの下にも、霊そのものはいませんでした」
「……では、若杉が悩んでいたという霊障は……」
「自称陰陽師が来る前の霊障については、ガチだった可能性は否定できん。だが……その後については……、あの人には悪いが十中八九気のせいだろうな」
「若杉曰く、自称陰陽師が来た後も霊障が続いただけでなく、『悪化した』と言っていたらしいが」
「その『悪化した』の内容を、具体的には聞いているのか?」
「……聞いていないだろうな」
「そういうことだ。照明が勝手に消えたり、浴槽の水が突然出たりしたのも、冷静に考えれば設備の不具合としてはよくある事象……。何でもかんでも幽霊のせいにすればいいってもんじゃない、ということだ」
そう言い切ると、晴朗は残っていたお茶を飲み干した。
「それに、家相が悪いからといって、必ずしも当人の運気が悪くなるわけでもないし、事故物件になるとも限らない。おそらくあの家で最も問題なのは、家相でも霊でもなく……」
晴朗は途中まで言いかけたが、
「……いや、これ以上深読みするのも時間の無駄だな。やめだやめ」
と、もう考えるのも嫌だとばかりに投げやりな口調になると、立ち上がり空になったパフェの皿やマグカップを返却口まで運びに行った。
続いて保憲と実資も立ち上がり、帰り支度を始めた。
「帰ろう。今日は特に疲れた……」
「お疲れさん」
「晴朗」
「ん?」
「今度俺の家の家相も見て欲しい」
「……報酬に上乗せな」
カフェの窓から見える、人の往来が絶えない渋谷駅のスクランブル交差点を見下ろしてみると、大型の電光掲示板が煌々と照らしているため夕暮れ時なのに昼間のように明るい。シトシトと降り始めた雨によってできた水たまりは、掲示板に流れている映像を反射している。
晴朗は「明日は家でゆっくりごろごろしよう……」と呟きながら両腕を伸ばし、うんと伸びをしながらカフェを後にした。
******
「……晴朗」
帰り、二人はガラガラに空いている電車に揺られていた。
陽は暮れ、窓から見える景色は真っ暗で、本格的に降り始めた雨がパタパタと窓に打ち付けられている。
湿った座席の端に座っている晴朗は、日中の疲れが溜まっているのか、コートのポケットに両手を突っ込んで、顔の目元から下がマフラーに埋もれたまま、俯いてうとうとと船を漕いでいた。そんな中、隣に座っていた保憲が控えめに話しかけた。
「……ん?」
「話がややこしくなりそうだったから、黙っていたんだが……」
「……まさか、霊が本当はいた。……とか今更言うなよ」
「それは無い。現状あの部屋に霊そのものはいなかった。これは事実だ。だが……」
その後保憲の口から伝えられた内容は、
「……そう、だったか……」
と、眠りかけていた晴朗の頭を覚醒させただけでなく、更に悩ませる内容となっていた。
風水、家相についてはあくまで目安です。家相が悪いからその家は駄目。というわけでは決してございません。悪しからず。書いてる人も最近まで寝室にツ○ステのぬいを30体近く飾っていました。
ちなみにですが、玄関正面に鏡が配置してあり、かつ撤去できない場合は、間に目隠しや仕切りを設ければ問題ないと言われています。
間違ってたらさーせん




