じゃあ証明してみろよ
「……それで、ユーレーとやらはいたのかよ?」
ひとまず誤解が解け、ようやく本題に入ろうと、彼らはリビングにある椅子に腰掛けた。
「その前に……、彼氏さん、今日はなぜこのような中途半端なお時間にご帰宅を?」
「は? それ今関係ある?」
晴朗が男に対して問いかけると、男は懐から電子タバコを取り出しながら不快そうに答えた。
「いえ、最初若杉さんとご挨拶をした時に、『帰るのは夜になる』と、あなたが仰っていたそうなので、気になりまして……」
「ダチが急用思い出して、途中でお開きになっただけですけど?」
「……左様でございますか……」
「俺がなんか企んでるかもとか思ったわけ? そんなわけねぇじゃん。探偵アニメの見過ぎじゃねぇ? ああ、自分も見た目がお子ちゃまだから、重ね合わせて自認しちゃってる感じ? そういうの、痛いからさっさと卒業した方がいいよぉ〜?」
行儀良く座っている晴朗や実資、若杉に対して、男はその無駄に長い足を投げ出すように、気怠げに腰掛け椅子の背もたれには肘を乗せており、おおよそ対人相手にしていい態度ではない。にも関わらず、横に座っている母親は何も言って来ないところに、今二人が置かれている状況の異常さが、より滲み出ていた。
男は電子タバコの煙を、わざと晴朗に吹きかけるように喋りながら、薄笑いを浮かべている。
晴朗はなんとか笑顔を繕って「……ありがたいご忠告、痛み入ります」と言葉を絞り出したが、その脳内では男の顔面をボコボコにぶん殴る想像をして、その衝動をなんとか抑え込んでいた。
「……では、話を戻しますね。まず、この部屋に霊は……僕の目では確認できませんでした」
「そんな……」
晴朗の出した結論に、若杉はとてもショックを受けような表情になり、
「で、でも……、あなたもついさっき見ましたよね!?」
先ほど水が勝手に流れ出す所や、照明が消えてしまった時のことを引き合いに出してきた。
「えぇ、けれど、少なくともこの部屋には、そういった存在は確認できません。恐らく電子機器の誤作動ではないかと……」
「でも……!」
晴朗が冷静に分析するも、それでも若杉は納得いっていない様子だった。
「……どうしても心配なのであれば、お引っ越しをご検討された方が良いかと思いますよ」
「……でも……、それは……!」
平行線を辿る状況に、晴朗の隣で静かに見守っていた実資が口を挟んだ。
「若杉さんはなぜそこまで、この部屋に固執するのですか?」
すると若杉は途端に俯いたかと思うと、
「だって、立地は悪くないし、私の職場にも近いし、それにせっかく……、真が見つけてきてくれたから……」
少しばかり照れくさそうに答えた。
それを聞いた男は満足げに若杉の頭を撫で、母親はどこか憎たらしそうに若杉を睨みつけている。そして晴朗と実資は、若杉の歪んだ『恋は盲目』さに、ただ絶句した。
「……あのさー」
二人が言葉を失っていると、若杉の言葉で気分が良くなったらしい男が、口を出してきた。
「こいつがここまで言ってるんだからさー、形だけでもオハライとかやってやったら?」
「僕は確認のために来ただけなので、お祓いなどはできません」
「は、え? お前できないくせに一丁前に『いる』『いない』とか言ってんの?」
「元々そういった依頼なので」
「じゃあお前、こいつがこんなに悩んでるのに、何もせずにそのまま帰るってこと? え、どういう神経してんの? 頭大丈夫?」
「……お祓いをするのなら、素人がするより神社かお寺に依頼して、その道のプロにしてもらうのが確実かと思いますよ」
「そうなったら金取るんだろ? どうせ」
「向こうも仕事になりますから。諸費用が発生するのは仕方がないかと」
わざとらしく挑発してくる男に、晴朗は務めて冷静に受け答えていく。
すると男は「……あ〜、ナルホドね〜」と、何か合点がいったように一人頷いた。
「……お前、本当は何にも分からないんじゃねぇの? こいつの不安を煽るだけ煽って、知り合いの寺やら神社やらを紹介してガッポリ頂こうって算段じゃねぇの?」
「僕は嘘は言いません。いないから『いない』と言っているだけです」
「じゃあ証明してみろよ、『ここに幽霊はいない』っていう証明を」
「っ、……」
更に反論しようとした晴朗だったが、すぐに反論する術を失っていることに気づくと、悔しそうに口を閉ざし、男は再び勝ち誇ったように笑った。
実資は呆れ返ったように片手で目を覆い、小さな声で「……ばか」と悪態をついた。
「何も言わないってことはそういうことでおけ? やっば、俺の方がよっぽど名探偵じゃん?」
「ねぇ、本当そういうのやめてって言ってるでしょ」
「お前も、こんな頭のおかしいガキ連れて来んなよ。変にスピってるやつが一番めんどくせぇんだから」
「まぁまぁ、真、そのくらいにしてあげましょ? ね、あなたも、本当はちょっと構ってほしかっただけなのよね?」
「あ、もしかして泣いちゃった? ごめんね〜、俺思ったことは全部口にしちゃう系だからさ〜、でもこれに懲りたら、君も変に幽霊が見えるとか、変なこと言って注目を集めようとか思っちゃダメだよぉ〜?」
何も言わず、ただ俯いている晴朗に対して更に追い討ちをかけるかのように、嘲笑しながら煽り立てる男に、実資は哀れみの感情が混ざった大きなため息をついた。
「……そうですな、あなたの仰る通りだ」
「でしょ〜?」
「人の意見に全く耳を傾けず、己の主張こそが最も正しいのであると信じて疑わない。まさにあなたのような人物を傲岸不遜な人と、言うのでしょうね」
聞いたことのない四字熟語だったのか、男と母親はポカンとしながら「ごうがん……?」と、呟いたが、
「とても自信に満ち溢れた尊大なお方だ。という意味です」
「壮大なお方? そりゃどうも〜!」
成立しているようで全く成立していない会話に、実資は再びため息をついた。
「……安倍、良いお勉強になったな。帰るぞ」
「……はい……」
そしてこれ以上の長居は不要だと、二人は足早に彼らの部屋を後にした。




