天地とは何か
延長6年(928年) 2月19日 壬申
「保憲、『天地とは何か』?」
「はい。『天は大きく地を包み、地は小さく天の内にある。天の表裏には水があり、天と地はそれぞれ気に乗って立たせ、水に載って運行する』です」
「明察、では次。『星とは何か』?」
「はい。『多くの星々は万物の精をならべて行き渡らせ、形体は地に生じる。それぞれに所属先があり、民間では物を象徴し、朝廷では官職を象徴し、人間では仕事を象徴するという。また、中央にあるものを「北斗」という』です」
「明察」
その日の夜、俺と保憲は忠行様に手を引かれて、夜の庭へと出ていた。
現代よりずっと、大地が暗闇に包まれていた当時の深夜は、夜空に散らばる星が所狭しと浮かび、キラキラ輝いていて綺麗だった。
俺は最初、忠行様に抱っこされながらも寒さでぶるぶると震えていたが、夜空に浮かんでいる満天の星空を見ると、その美しさに目を奪われ、真冬の寒さがあっという間に吹き飛んだ。
数千億の星々が連なってできるその姿は、まるで天を流れる河のよう。
うんと腕を伸ばせば、その河に手が届きそう。
そんな錯覚をしてしまうほどの、吸い込まれそうな美しさと魅力を、俺は感じた。
隣では日々勉強している内容の復習か、忠行様からの質問にもスラスラと答え、正解した時に少しばかり誇らしそうに胸を張っている保憲がいた。
「では……中央にある『北斗』はどこにある?」
「えっ!? ……え〜っと……」
だが想定外の質問が飛んでくると、途端に焦った表情になりながら必死に夜空を見上げて、星の海の中から『北斗』を探し始めた。
「手がかりは子の方、柄杓を象っているよ」
「ひしゃく、ひしゃく……」
保憲は子の方、つまり北の方角を見上げながら、必死に『北斗』を探し、忠行様はいつものように優しく微笑みながら見守っている。
俺も夜空を見上げて、『北斗』を探した。
「……!」
「どうした? 晴明」
「!」
「ん? ……おぉ」
俺が精一杯腕を伸ばし、指差した先を、忠行様が視線で追う。そして俺が何を見つけたのかを理解すると、忠行様の口から感嘆の声が溢れた。
「明察」
俺が指を差した先には、一際輝く7つの星、『北斗』、つまり『北斗七星』があった。忠行様は大きな温かい手で、俺の頭を撫でてくれながら「お見事だ、晴明」と褒めてくれた。隣でも保憲が、自分のことのように「凄いぞ晴明!」と全力で褒めてくれる。
この二人に拾われて、本当に良かった。
と、心から感じた。
「……____『第一星は貪狼、子をつかさどる。第二星は巨門、丑と亥をつかさどる。第三星は禄存といい寅と戌をつかさどる____……』」
その後も俺たちは、星を一つづつ指差しながら、丁寧に教えてくれる忠行様の言葉に耳を傾けた。
「『……第六星は武曲といい巳と未をつかさどる。そして第七星は破軍。午をつかさどる』……」
「『「北斗」は人の本命星をつかさどり、吉凶を定めたり、万物を生じさせたりする』……ですよね」
「そう。本命星は生まれ年の干支によって決まる。例えば寛平9年、丙辰の私は、第五星の廉貞になる」
「私は延喜17年、丙子なので貪狼ですね」
「晴明は延喜21年、庚辰だから……」
簡単だ、忠行様と同じ辰年なんだから。
俺はもう一度、腕を伸ばして星を指差した。
「……えい」
「!?」
二人が目をこれでもかと見開いて驚きながら、俺を見た。
けど、俺が一番驚いていたと思う。
完全に無意識だったから。
「……は、晴明……?」
「晴明、も、もう一度、言えるか……?」
忠行様が声を震わせながら、聞いてきた。
「……えん、……えい」
久しぶりに自分の声を聞いた。
聞き間違いなんかじゃない。
二人の表情が、驚きから段々と、喜びのものへと変わっていく。
「……明察」
そして忠行様が力強く、抱きしめてくれた。
とても、暖かかった。
「晴明……、そんな声をしていたんだな」
アイツはちょっとだけ、目に涙を溜めていた。
なぜそこまで喜んでくれるんだろう。と、この時は思ったが、今改めて考えると、保憲が俺の声を聞くのは、この時が初めてだった。
「晴明、よく、頑張ったな」
そう言いながら、忠行様は俺を、たかいたかいする時のように持ち上げながら、心から嬉しそうに微笑みかけてくれた。
正直寒かったけど、でも、それ以上に嬉しかった。
無事に喋れたこと。これで賀茂家の家人たちが、俺を蔑ろにすることは無くなるだろうし、何より二人とのコミュニケーションが、これからもっと豊かになる。
「た、……ゆい……たま」
「もしかして……私の名を呼んでくれたか?」
大きく頷くと、忠行様は余程嬉しかったのか、頬をへにゃりと緩め「なんだ晴明」と言いながらまた俺をたかいたかいしてくれる。
楽しかったけど、やっぱりちょっと寒かった。
「お前の……」
「?」
「お前のその大きな瞳は……、まるであの時の望月のようだな」
そう言って俺を見上げている忠行様は、なんだか少しだけ、寂しそうにも見えた。
どうしてそんな風に見えたのか、この時はわからなかったが、多分……、俺の顔から父上の面影を見ていたんだろう。
後から聞いた話だが、父上と忠行様が初めて会ったのも、夜だったらしい。
年はそこそこ離れていたが、年の差なんて感じられないほど、父上が気さくに接してくれたらしい。当時まだ後ろ盾が無いに等しい状態だった忠行様は、そんな父上の姿にとても励まされていたんだとか。
……時々強引に鍛錬に付き合わされるのだけは、勘弁して欲しかったらしいけど……。
「晴明! 俺の名前も呼べるか!?」
「や、やう、おい」
今度はぎこちなく保憲を呼ぶと、アイツはパッと、瞳を星のように輝かせながら喜んだ。
「晴明! これから沢山話そうな!」
「!」
こうして俺は、これまで話せなかった時の隙間を埋めるように、沢山話した。
ちなみに家人たちとの長い長い冷戦は、俺を無視してきた奴らが年老いて次第にいなくなり、代替わりをしていくことで収まっていった。
望月=満月のこと。ちなみに新月は当時朔月と言いました。
道長くんによる、娘が立后(天皇の后になる日)となった日に
「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月のかけたることも なしと思へば」
という、「この世に自分の思い通りにならないことはない、満月のように、すべてがそろっている」(※諸説あり)。といった、あまりにも調子に乗りまくっている和歌(※諸説あり)を残したことは有名。
なお、冒頭の問答はお馴染み「暦林問答集」を参照にしております。
当時の日本…というか陰陽師の間では、地球の運行は「地動説」でも「天動説」でもなく、「渾天説」が信じられていたようです。
天と地は、卵の殻のようなもので覆われており、殻の外側には水がある。天と地は気によって支えられており、水に乗って運行している。
ザックリ要約するとこんな感じです。
現代人が「宇宙」と認識している場所が、当時の人は「水」があると考え、地球は水の流れに乗って運行していたそうです。
なんかちょっとロマンあっていいですよね。




