俺たちだけが知っている思い出
「保憲、大丈夫か」
「あ、あぁ……。悪い……、ちょっと、衝撃的すぎて……」
「賀茂さん……ヨーロッパの騎士もかっこいいと思うよ!!」
「ああ……ありがとうな」
イベントが無事に終わり、3人は会場のロビーにあるソファーに腰掛けていた。
過去世鑑定を受けてから、明らかに元気を失っている保憲を、智尋はなんとか元気づけようとしていた。
「……保憲、鑑定を受ける前、インチキ野郎と話をしていたよな」
「ああ、……『差し支えなければ、名前を教えてくれ』……とだけ聞かれた」
「答えたのか」
「もちろん。それが……、どうしたんだ?」
「ふうん……」
晴朗は少し考える素ぶりを見せると、すぐに「ふん」と鼻を鳴らしながら立ち上がった。
「……よし、メシ食いに行くぞ! 俺の奢りでな!」
「まじで! やったぁ! 晴朗太っ腹!」
智尋も嬉しそうに立ち上がると、ちょこっと偉そうに胸を張っている晴朗をおだてた。
「俺は……」
保憲だけはどうにも気が乗らない様子で、座ったまま俯いていたが、
「保憲、何食いたい?」
「いや、だから俺は……」
「よし、肉だな。肉食いに行くぞ」
「あ、お、おい!」
晴朗は彼の腕を引っ張り立ち上がらせると、会場を後にした。
******
「肉にっく♩」
場所は変わり、3人は駅近にある、ちょっとお高めなハンバーグ屋さんへとやってきていた。
智尋が上機嫌のままメニュー表を広げ、どのハンバーグを食べようか吟味している。
「何食べよっかな〜♩」
「なんでもいいぞ。子どもはたくさん食ってなんぼだからな」
「は〜い!」
「……」
いつもなら「子ども扱いするな!」と噛みつくところなのに、智尋はタダでハンバーグを食べられることがよっぽど嬉しいのか、素直に返事をしていた。
一方で2人の対面に座っている保憲は、透明なグラスを持って、中に入っている水を眺めながら、未だ浮かない表情をしていた。
「……覚えてるか」
「? 何をだ?」
そんな彼の様子を見て、晴朗がある話題を切り出した。
「昔、お前の娘が行方不明になりかけた時のこと」
「!」
「あの時は大変だったな、光栄は馬に乗って京中を走り回って……、忠行様はひたすら御祈祷して無事を祈って……俺もお前も、橋の下やら山の中やらをひたすらに探したっけな……」
「……」
「結局見つからなくて、どうしようかと途方に暮れながら一旦帰ってみたら、何事もなかったかのように娘が家にいて、息子たちと遊んでいた」
それは保憲が平安時代を生きていた頃、陰陽頭に昇進してしばらく経った頃だった。
長官としての職務に日々翻弄され、加えて絶えず舞い込んでくる占いや祭祀の依頼。
おかげで定期的に顔を見に、娘の元へ行く時間も取れなくなっていた。
そんなある日、保憲たちの元にとんでもない報告が舞い込んできた。
『娘が邸宅から姿を消した』
それを聞いた光栄は顔面を真っ青にし、即座に馬へ跨ると、平安京を駆け巡り探した。
忠行はお堂に籠り、ひたすらご祈祷をして孫の発見と無事を祈った。
他の兄弟たちも、そして晴明も捜索にあたったが、どこを探しても娘は見つからない。
もしかしたら戻っているかもと、一縷の望みをかけて娘の家に行ってみるも、「まだ帰ってきていない」と言われてしまった。
「俺がもっと、時間をうまく使えていれば……」と罪悪感に苛まれながら、もう一度思い当たる場所を探してみようと歩き出すと、三男保章が焦った様子で駆け寄ってきた。
最悪の結果が頭をよぎった。
娘はまだ裳着を迎えたばかり、そうなってしまえば、もう生きていけない。
『兄上! 見つかりました!』
その時だけは、自分の予想が外れて良かったと、胸を撫で下ろしたことはなかった。
自らの邸宅に戻ると、娘は変わらず元気な姿で子ども達と遊んでいた。
『遊びに、参りました……お父様』
年若い女が、1人で、外を出歩くことがどんなに危険か。
最初は叱ろうとするも、恥ずかしそうに蝙蝠で顔を隠しながらも、儚くはにかむ娘の姿を見ると、言いたかったことが全て吹っ飛んでいた。
「……とんだお転婆お姫様だったな」
「……あんな一生懸命な顔見せられたら……怒るに怒れなかった……」
「この話は『今昔物語集』にも、『古事談』にもない、俺たちだけが知っている思い出だ。そうだろ?」
「あぁ……」
「……お前は____……」
当時を思い出しているのか、柔らかい笑みを浮かべている保憲に安堵した晴朗が続きを口にしたと同時に、入り口の扉が開かれたチャイムの音と、「いらっしゃいませ〜!」という店員の快活な声にかき消されてしまった。




