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第3幕・12 決意


 どこかで鳥が鳴いていた。

 会話をするように、森の奥でギシギシと鳴くと、別の場所からギシギシと鳴いている。まるで、突然の侵入者を警戒し、森全体に報告しているように。


 エディは木の太い枝に守られて、うまい具合に引っ掛かっていたが、ぼんやりと葉の隙間から覗く空を見ていた。

 あの空に、いろんな物を残してきた。

 一時の勇気。

 情熱と勢い。

 歌声。

 オルゴール。


 そして、アイリス。


 大地では帽子を被ったままのイアソンが(どこに持っていたのか)工具で自転車を修理しながら諸々のことを、ガットと話していた。


「『アイリス』は実際に存在していたのか? その証拠を軍が見つけたと?」


 ガットが素っ頓狂な声をあげたが、イアソンは冷静に言う。


「信じられんのも無理はない。なんたって『アイリス』の存在は伝説だったわけで、そんなモノの製造法が在るなんぞ、夢にも思っちゃいないだろうからな。実際は……国定図書館の奥深くに眠っていたんだ。俺の所に来た軍の若造が言っていたから、そうなんだろう。だが『アイリス』に関しては、ヴォード家に代々言い伝えられていた。なぜか分かるか?」


「さあなぁ……察するに、オメーん家がオートマタ職人ってことと、関係してるんだろう」


「うむ、さすが猫将軍。『アイリス』の前身は俺のひいひい爺さんが作ったオートマタだ。もう百年以上も昔の話さ。ご先祖様のオートマタを元に『アイリス』の他、色んな物が作られて利用された。あの時代にあったこと、オートマタってもんがどんな使われ方をしたのか……そういうことも全部、我が家に代々伝えられてきた。俺は猫将軍より知っているのさ。戦争の話や……世界についても」


「なるほどなぁ……」


 ガットが考え込むように顔を撫で回し始めると、ふとエディが気の抜けた声を出した。


「それで、結局『アイリス』って何なんだ? アイリスとどんな関係があるんだ?」


「それはな……」とガットが言い難そうにする。横からイアソンが続けて言った。

「兵器だ」

「兵器?」

「そうだ。戦争で使う強力で危険な武器の、兵器だ」


 言われても、エディには信じられなかった。アイリスが兵器であることよりも、そんな物があった歴史に驚いていた。


「……戦争で兵器が使われたなんて、聞いた事が無いよ。学校でも教えてくれなかったし、誰もそんなことは言っていなかった。どういうこと? ガットは知ってたのか?」


「オメーが知らねぇのも当然だ。俺も百年以上前の戦争で兵器が使われたってぇ、噂でしか聞いたことがなかった。それで確かめたことがあったが、事情があって調査ができなくなってから、以来すっかり忘れていた。そんときに判った事は史実が残ってねぇってことさ。あるのは口伝された個人の体験だけだ。そいつぁオートマタみてぇなもんだった、と」


「そう、これは……世界でも有名な元政治家、猫将軍も掴めなかった歴史の陰の部分さ。百年前の世界戦争があったのは少年も学校で習った通りだが、世界は戦争の史実は残して兵器だけをもみ消した。製造法やら記録やら、兵器に関する書類、記録、関係者の暗殺……腹黒い手段も使って、全部を隠して、二度と表に出ないように尽力したのさ」


「なんで、そんなことを」


「俺が知るか。伝え聞く所によると、『アイリス』とそれに続いて製造された兵器群は、世界の半分をぶっ壊したんだそうだ。破壊と殺戮。爆発。残ったのは不毛の大地と死骸」


 イアソンは面倒臭そうに、ふん、と鼻で笑った。


「冗談だと思うだろう? 百年前には世界の半分が死んでいたなんてな。信じ難いが事実だ。事実をもみ消そうと、世界が躍起になったこともな。だが戦争が終わって百年過ぎて、戦争を知ってるは一人もいなくなって……ただの知識では戦争の恐怖や危険の実感が無いんだ。世界の様相も時代が過ぎれば変わるからな、軍が計画してもおかしくない」


 ガットは深い溜め息を吐いて、頭をを振った。


「しかしそうなると、あちこちで作り出すだろうな。拳銃を持つ奴に対抗して散弾銃を持つみたいにな、どんどん強力なモンが作られて、そんで昔と同じ事を繰り返だろうな。人間ってぇのは、なんだかんだ言いながら学習能力が無ぇからなぁ・・・オメーはそれを分かっていて作ったのかい?」


「うむ、実はどんなモンかと興味もあってな、世界を破滅させるほどの力が、本当に人の手で生み出せるのか試したかった。作ったのは本物の十分の一ほどの試作品だが」


「そんなこたぁ問題じゃねぇだろう」ガットは非難する目でイアソンを見る。


「確かに、十分の一にしたって破壊力はある。俺も作っちまってから、どうしたモンかと考えてな。動かしてみたいが、動かすのは倫理的に無理だ。それで『鍵』は自発的に逃げるようにしたんだ。うまく逃げれば『アイリス』はただの物だし、捕まったときは、それはそれだと運に任せた。だがオートマタの送り先を適当に選んだのはまずかったな。まさか集配所に送り返されるとは。それに『鍵』の形を可愛い女の子にすりゃ、情を動かされて、逃げるには有利かと思ったんだが……予想外の奴が情を動かされて、俺はビックリしている」


 イアソンは言葉を中断し、木の上をちらりと見る。エディはおっさんと目が合う前に、ふいっと顔を背けた。それでも構わずイアソンは続けて言う。


「少年、お前さんは事実を知って、これからどうする? 前へ進むか、後ろに退くか」


 呼びかけられ、エディはイアソンを見た。


「無事に取り戻したいというなら、早く行動するんだな。若いのは俺が自宅に残してきた『俺』に会ったと言った。『俺』には『破壊用の鍵』を仕込んでおいたんだ。起動の鍵と間違えて使ってもらおうと思ったんだが……とにかく男前が鍵を持っているだろうな。『アイリス』は動き出したら、破壊でしか止められない。取り戻すなら鍵を『開ける』前だ。それに『鍵』は途中で力を無くしたんだろう? 複雑な物を作るとたまにショートするときがあるんだ。俺の腕もまだまだだな……」


 エディは何も言えなかった。

 あまりにも大きな事実の前に、彼の目的は霞がかっていた。

 何を選べばいいのかも判らなかった。


 ガットが諭すように言った。


「余計な事ぁ考えんじゃねぇ。進んだ後と、退いた後、どっちが後悔しないか、それだけだ」


「……どっちを選んでも、後悔しそうだったら?」


「そんときは進めばいい。前に進んで終わっても、そこから新しいモンが生まれてなんとかなるもんだ。……どっちを選んでも俺はオメーの味方だからよ」


「いいこと言うねぇ、猫将軍」


 イアソンが茶化すと、ガットは彼を睨みつけた。


 エディは……目を瞑り、考えた。アイリスを助けて。その後は、どうするのだろう? 彼女は人形だから……ずっと一緒は叶わないのに。でも、このまま退くのは嫌だと思う。そ

っくり全部を投げ出すのは、逃げるみたいでもっと嫌だと思った。


「奴ら、サンミラノの外れにある倉庫で実験するだろうな。あそこに『アイリス』が置きっぱなしになっている。動かしたら爆発すると、取扱説明書にも記しておいたからな、ビビって動かせないだろうさ。ははは、ヘタレ野郎め、ざまぁみろ」


「……『アイリス』を作ったり説明書を残したりよ、オメーみてぇなどっちつかずのいい加減な大人のせいで、次の世代が苦労するんで」


 ガットは深々と溜め息を吐く。


「それもそうだな。ではこれから心を入れ替えて、猫将軍のような有能な指導者になれるよう努力しよう」


 イアソンは真剣さの欠けた口調で言った。


 エディは二人の声を聞きながら目を閉じ……ゆっくりと開けた。


 木の葉の隙間には、雲が広がる青い空。


 『きれい』と言ったアイリスの声を思い出していた。


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