12.抱擁
(前回の続きから)
「御馳走様でした。このような美味しい食事は初めて頂きました」
私はそういうと、ハンカチで口元をそっと押さえた。
実際、出て来た料理は私が好む魚料理が多かった。魚は足が早いので新鮮なものは高級品だ。例えば、メインで出て来たムニエルには十分なバターが使われていて、香ばしい匂いが鼻をくすぐり、つい知らない間にお腹がグーと鳴ってしまうほどだ。
「ふふふ、可愛いな、シンシア」
「あっ、すいません。久しぶりのまともな食事だったもので、ついお腹が鳴ってしまって」
そう言って恥じると、彼は、
「また奴らか。度し難い! この王たる俺のプリンセスにそのような扱いをするとは!! これは相応の罰が必要なようだ」
と怒った口調で言った。さすが幻想種の頂点であり、この世界を統べる御方だけあって、威厳がとてつもない。
「あの、その罰とはどの程度のものなのでしょうか?」
恐る恐る聞いてみた。
「とりあえず、同じ目にあわせてやろう。100年ほど牢屋に閉じ込めて、水だけで生活させるというのはどうだ。いや、それでも生ぬるいか。何せ俺の大切なシンシアを傷つけたのだからな!」
「あの、ブラッドフォード様、人間は100年も牢屋に閉じ込められて、水だけで生きてはいけないので、すぐに死んでしまいます」
「そうか。それでは君を傷つけた罰にはならんな」
「えっと、そういう意味で言ったのではないのですが……」
できればブラッドフォード様とは楽しい食事を楽しみたいと何となく思ったので、少し話題を変えることにする。
「そう言えば、私は生贄として輿入れを致しました。私はいつあなたに喰い殺されてしまうのでしょうか?」
「えっ!?」
「え?」
彼が本当にその透き通るような碧眼を大きく見開いてポカンとしたので、私もつられて驚いた。
「来た時に言っただろう? 一生一緒にいるようにと。最愛の番である君を喰い殺すなどとんでもない! そんなことをするくらいなら、俺はこの場で自分の首を切り落とす!」
「そ、それは物騒すぎますが……」
本気で言っているのが分かったので、余計にその真剣さに驚いた。
「ですが、両親や、それから社交界での噂でも、ブラッドフォード様はたくさんの人間の女性を妻にしては、喰い殺してきたと伺っています。種族すら持たない単独で最強のレッドドラゴンであるがゆえに、人間の番は必要がないから、と」
「はぁ~。いや、それは確かに俺の失策だった。若気の至りと言って良い。許してほしい、シンシア」
彼はそう言うと席を立ち、私の方までテーブルをぐるりと回ってやってきた。
そして、傍らに跪くと、私の手をとって話し始めたのである。
「嘘ではないことを信じて欲しい。そのために、君に跪き、手を握らせてくれ」
「は、はい」
彼の大きな手を、自分の小さな手に重ねられると、ドキドキとしてしまう。
「あの噂はな、半分本当で半分嘘なのだ」
彼は言葉を続ける。
「嘘と言うのは、俺が女性の喰い殺すために娶るというものだ。これは俺の権力や財産を狙う不届き者が余りにも多くて辟易としてな。軽い女性不信になってしまった。また、俺は王ではあるがまだまだ若輩者で、仕事も忙しい。だから番など必要ないし、現れるとすら思っていなかったのだ」
「だから、女性を遠ざけるために、あのような噂を流されたのですね?」
「そうだ。それが俺のついた嘘だが、それが君を不安にしてしまうことになるとは夢にも思わなかった。どうか俺を嫌いにならないで欲しい」
「もちろんです」
彼の瞳はまっすぐに私を見つめる。彼の碧眼には、私のアンバー色の瞳がまじりあって、神秘的なバーントアンバー色に見える。
「本当の部分だが、実は俺は番というものを最初信じていなかった。だが、君を侯爵領の橋の上で見かけた時、瞬時に理解した。君こそが俺のプリンセスだと」
「あっ。そうだったんですね。あの時の親切なお方はブラッドフォード様だったのですね。まるで運命ですね」
『運命』と言う言葉に、彼はとても嬉しそうに微笑みを浮かべた。
不謹慎だけど、彼が微笑んだ時に垣間見える八重歯がとても可愛い。
「そう、運命だ。そして、君が侯爵家から何の仕打ちを受けているかも調べさせた結果、俺にはいまだ許せないことだが、家族からは様々な虐待を受け、妹の番の吸血鬼の男レナードからも恥辱を与えられるような苦しみを与えられていることが分かった。だから、性急だとは思ったが、君を侯爵家から無理やり奪うように輿入れさせたのだ」
そういうことだったのか。
「ともかく、急いでいたから君が喰い殺されると勘違いさせたまま、しっかりと説明をする機会が今までなかった。これは完全に俺のミスだ。侯爵家から救うと言いながら、不安にさせたままだったとは、本当にすまない。俺の愛が足らない証拠だ」
「い、いえ。そんなことは。本当に充分良くしてもらっていますから」
それに、
「私も実は正直に言わないといけないことがあるのです。お怒りになるかもしれません。本当に喰い殺されるかも」
「そんなことはありえない。なんでも言ってくれ。俺はいつでもシンシアの最愛の夫だ」
その言葉を聞き、私は目を伏せながら、懺悔するように言う。
「本当のお母様が死んでから、私は侯爵家でまともな食事も勉強もしてまいりませんでした。食事を抜かれたり、地下牢に入れられる。屋敷を追い出される。その……妹やその番の男性に辱められる仕打ちを受けることも日常茶飯事でした。裏切られることに慣れ過ぎてしまって、これほど良くして頂いているのに、まだブラッドフォード様の愛を信じきることが出来ないのです」
私は正直に言った。
「『愛』をずっと求めていて、信じたい気持ちはあるのです。ですが、どうしても信じきることができないのです。私はあなたの番失格なのではないかと思って……」
だが、
「それでいいんだ、シンシア」
「あっ」
それはとても温かい。
いつも夢見ていた愛の形。
気づけば、彼は私を優しく胸に抱き、頭を撫でてくれていたのでした。
「もちろん、俺のことをすぐに愛してくれれば嬉しい。だが、君がいきなり俺の愛を信じきれないことは当然のことだ。責めるべきは侯爵家の両親や妹、その番の吸血鬼種族のレナードだ。君は悪くない。だが、奴らの嫌ががらせで凍り付いた君の心がそのままなのは、絶対に俺は甘受することは出来ない。必ず俺の愛で、君の凍り付いた心を溶かす。そして、俺の愛が真実だと思い知ってもらおう」
「ブ、ブラッドフォード様」
私の心は嬉しい気持ちと戸惑う気持ちがないまぜになる。そして、彼の顔を見上げた。
「ふっ、キスでもしたいところだが、そうした君の心を無視したやり方をすれば、奴ら侯爵家と一緒になってしまう。だが、俺としては君ともっと距離を縮めたい」
「えっと、それはどういう」
「君も俺の名を呼び捨てでよんでほしい。ブラッドフォード。あるいはブラッドでも構わない」
「そ、それは」
相手は幻想種の頂点。つまりこの世界で最も強く、権力、権威を持つ存在だ。
尊称をつけないようなことが許されるのだろうか?
でも、
「あのレナードという吸血鬼種族の男も様付けだったではないか。俺はあんな男と同等なのか?」
「そ、そんなことはありません! で、でもそれとこれとは違うのでは?」
「同じだ。俺の心がどうしても、吸血鬼種族ごときと同じ扱いだと思うと、そこら中を炎を吐き出して暴れ回る衝動に駆られる」
「ええええ」
さすがにそんなことになっては大変だ。
それに、確かに私の中でも、レナード様とブラッドフォード様。どちらも様付けするよりも、私を大事にしてくれるブラッドフォード様を大切にしたかった。
だから、
「ブ、ブラッドフォード……。う、ううん。ブラッドの方がいいかな?」
「どちらでも構わない。俺のプリンセス、君の呼びやすいように呼んでくれ。俺があの男のことなど忘れさせてやる」
「あの人とは別に何もありません!」
ともかくこうして、私はブラッドから直接、私を喰い殺すつもりがなく、最愛の番として妻として迎え入れたこと。
そして、まだ慣れないものの、お互いを呼び捨てで呼び合うことになったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
続きが気になるー! と思っていただけた方は、ブックマークや、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等、応援よろしくお願いいたします。




