第54話 前世の記憶
レティシアは、今の状況に怯みそうになる気持ちを、心の中で何度も叱咤しルドガーの視線から目を反らさなかった。
「君が、自ら進んでねぇ……
俺の知っているシアならば、当たり前の行動なのだろうが……
この短い期間、君の人となりを見ていて、今の君ではかなりの勇気がいった行動であったのだろうね?
奴は、その事にかなり心配し止めようとした……、というところだろう?」
「……………」
「今の君のその勇気を讃えて、ご褒美に色々と教えてあげるよ
でも、その前に……」
「え……?」
ルドガーは、レティシアの指に嵌まっている指輪へ視線を向けると、徐にレティシアの手首を掴み、指から指輪を抜き取った。
「なっ……!?」
「これは、もうシアには必要はないだろう?
シアの指に、こんなものが嵌まっているのを見るだけで苛つくんだよ」
ルドガーはそう言うと、馬車の窓を開けて指輪を外へ投げ捨てる。
そして、掴んだままであった手首を自分の方へ引っ張ると、レティシアの手の平に唇を寄せた。
その事にレティシアは、ゾクリと背筋に悪寒が走り身体が硬直する。
ルドガーの手から、腕を離そうと引っ張るがびくともしない。
瞳は恐怖から、潤んでいった。
ルドガーは、レティシアの反応を見ながら笑みを浮かべ、唇を手の平から指先へゆっくりと移動させていく。
その事に、レティシアは嫌悪感と恐怖がどんどんと増していった。
「やめて……ください……」
レティシアの声は、恐怖から震える。
「どうなるのかわかっていて、単独で馬車へ乗ったのだろう?
まあ、まだ君への褒美をあげていなかったな
可愛がるのは、俺の昔話を聞かせた後にしようか
色々と、知りたいのだろう?」
ルドガーが手首を握る力を弱めた瞬間、レティシアは自分の手をルドガーから離し、出来るだけ馬車内ではあるが彼と距離を取った。
そしてキッと、ルドガーの事を睨み付けるような視線をレティシアが見せた事に、ルドガーはニヤリと口端を上げる。
「ビクビクとされるより、そういう態度を取られる方が俺は好ましい
取り敢えず、君は何から知りたい?
先ずは、俺がシアの事を知った前世の話をしようか?
以前も話したと思うが、俺にはこの世界に生まれる前に生きていた時の記憶がある───」
ルドガーは、レティシアの言葉も待たずに話し出した。
ルドガーの前世という話を──
「俺はね、前の世界では日本という小さな島国に住んでいた
その国は、貴族という身分社会は廃止され、民主制度を取るようになってかなり経つ国ではあったが、学力や能力、社会的立場は未だに重要視されるようなアンバランスな国であった
俺の家は、それなりに裕福な家で父親は警察の幹部……警察というのは国の治安を守る職で、その中でも上の立場の人間であった
俺も、父親と同じような道を進むのだろうと暗黙的に考え、大学という専門的な学術を学ぶ場で学んでいた頃に、妹が読んでいた小説と呼ばれる物語をたまたま目にしたんだ
その物語が、シア……君が主人公の物語だ」
レティシアは、ルドガーの語る話しに信じられない気持ちしかわかなかったが、ルドガーの表情からこの話は本当の事なのであろうと思った。
「初めは、大した物語でないだろうと思いながら、妹に薦められるがまま暇潰しに読んでいたが、いつの間にかその世界に嵌まっていった
以前、君が城下町で拾ったという書物に書かれていた話は、ほんの序章に過ぎない
物語の本当の始まりは、シアが斬首台で命を落とした瞬間に、学園入学前に逆行して戻る所からなんだ
君は一度目の人生のような結末を向かえない為に、自分の行いを振り返り変えていきながら成長し、隣国の王太子と出会い引かれ合って、幸せを手にするんだ
そのシアの相手に生まれ変わっていると、俺が気が付いたのはまだ生まれて間もない頃だ
その境はあまりはっきりはしないが、恐らく前世の大学生の時に事故か何かで命を落としたのだと思う
うっすらと、事故に合う瞬間を覚えていたからな
そして、この世界に誕生したルドガーという赤ん坊に、生まれ変わったのだろう
幼い頃は、以前の記憶も合わせて持ち合わせていたから、周囲からは子どもらしくないとよく言われていた
だが、その記憶は、この王子という立場に生まれた俺にとっては、大いに利用出来た
算術や武術など、前世で得ていた経験や能力も引き継いでいたから、周囲の誰にも負ける事はなかった
それに加えて、このルドガーという人間は周囲から賞賛を浴びるような能力の高さがあった
しかし、何かが足りなかった
それが、何かわかるか?」
ルドガーがレティシアへ、強い視線を向けてくる。
そんなルドガーへ、レティシアは小さく首を横に振った。
「いえ……、わかりません……」
「俺に足りないもの、それはシア
君だよ
せっかく結末も知っている世界の主要人物に生まれ変わったのだから、物語と同じように進まなければならないだろう?
だから父上を説得し、自分の妻にしたい存在がいるという事を認めてもらい、君に会う為にこの国への留学の手続きも整えた
だが、物語と同じ姿かたちであるのに、君は物語とは全く違う性格であるし、話の流れも根本的なものが違っている事に、苛つきしかなかった
この世界に生まれ変わってから、こんなに思い通りにいかない事は、初めてだったからだ」
「私が拾った書物は……」
「あれは序章だけ、俺が思い出した部分を前世の生きていた国の言葉で俺が書いて、君達の姿を知る絵師へ挿し絵を描いてもらったものだ
文字は誰でも読めるように、言語の魔術をかけて、あの日城下町に停まっていた君の乗ってきていた公爵家の馬車の前に置いたんだ
君が手にしてくれて、良かったよ
これで、自分の未来に不安になり、ジルベルトから離れるかと思ったんだ
だけど、上手くはいかなかった……」
レティシアは、あの書物を拾った後に、ジルベルトへ婚約解消の話をしに登城した事を思い出し、ルドガーの思惑通りに自分は動かされていたのかと感じた。
「どんな切っ掛けを作っても、君が思い通りに動いてくれず、俺にも興味を示さない事に苛立ちは高まるばかりであったよ」
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