第52話 異変
ハーヴィル家の屋敷から、王城へジルベルトとアルフレッドが帰ってきた時、アルフレッドは馬車から降りたその場で、王城内の異変を感じ取った。
訝しげな表情で辺りを見回しているアルフレッドへ、ジルベルトが問いかける。
「アル、どうかしたのか?」
「城の中に、あの男の魔力を感じない……」
「魔力を感じないだと……?
あの医務室での一件から、かなり時間も経っているし、学園もかなり前に終わっている時間だ」
馬車の近くで待機していた侍従へ、ルドガーの所在を確認すると、かなり前に帰城し、滞在先である部屋にいるとの返答が帰ってきた。
だが、その侍従の言葉に、より顔を険しくしたアルフレッドは言葉を続ける。
「感じないというか、あの男の魔力にかなり似せているけど、これは別人だ」
「幻影魔術か……
お前が幻影魔術を見破れる事を知っていながら、今更何故また使う……?」
「俺達に使うというより、城の者を騙す……為……?」
ジルベルトの心臓がドクリと大きな音をたてたと同時に、大きな不安が押し寄せる。
そして、次には行動に移していた。
「私の馬を早くここへ連れてこい!」
突然のジルベルトの命令に、周囲の者は戸惑いを見せる。
その様子にジルベルトは苛つき、珍しく荒々しい大きな声をあげた。
「何をしている、早くしろ!!」
「畏まりました!」
「兄上?」
「レティの様子が心配だ
ハーヴィル家の屋敷で、尚且つ傍にはアランがいるのだからおかしな事にはならないとは思うが、あの男が良からぬ事を企んでいる可能性が無いとはいえない
これから、再度ハーヴィル家の屋敷へ向かう」
急いでジルベルトの愛馬を護衛が連れてくると、ジルベルトはその愛馬に素早く乗り、他の者の言葉も聞かずに王城の正門を走り抜けていった。
その様子を見ていたアルフレッドは、護衛達に早急に指示をする。
「お前達は、このまま兄上の護衛をするとともにハーヴィル家の屋敷まで向かえ!」
「はいっ!!」
その後ろ姿を見送った後、アルフレッドは踵を返し、ある場所へ足を進めた。
◇*◇*◇*◇*◇
レティシアは、ジルベルト達を見送って暫くした時に、屋敷のエントランスが騒がしい事に気が付く。
一階のエントランスホールの様子を見る為に、階段を降りるとそこには先程見送ったばかりのジルベルトの姿があった。
「え……? ジル!?
どうしたの?」
レティシアの姿が目に写ったジルベルトの足は、迷うこと無く彼女のもとへ真っ直ぐ向かうと、そのまま彼女の事をきつく抱き締めた。
「ジ、ジルっ!? な、何っ!?」
突然の事に、何が起こったのかよくわからず動揺しているレティシアに構わず、ジルベルトの腕はより強くレティシアを抱き締め、そして言葉が溢れ落ちた。
「良かった……」
「ジル……?」
レティシアは戸惑い、行き場がわからずさ迷っていた自分の手を、そのまま自然にジルベルトの背中へ置く。
その事に、さらにジルベルトの抱き締めていた腕の力が強くなったような気がした。
ジルベルトは、急いで馬を走らせてきたのか珍しく肩で息をしていて呼吸が荒い。
額には汗が滲み、手を回した背中もうっすらと汗で湿っている。
レティシアは、こんなに急いで自分の元に戻って来たジルベルトに、何が起きたのだろうかと心配になった。
そんな時、エントランスの騒ぎに降りてきたアランは、訝しげな表情をジルベルト達へ向ける。
レティシア達の母親のセシルも駆け付け、戸惑いを見せた。
アランは、ジルベルトへ問い掛けた。
「今度は一体何の騒ぎだ……?」
応接室へ場所を移した面々は、ジルベルトの言葉に表情が険しくなる。
「ルドガー殿下が消えただと?」
「アルが王城へ戻ってすぐに気が付いた
王城の者は、あの男が帰城したと認識していたようだが、アルが感じ取ったのはあの男に似ている魔力
恐らくあの男が得意としている幻影魔術で、あの男の臣下の者を自分に見立てているのだと思う
どうして、そのような面倒な事までして姿を消したのか見当もつかなかった
だが、あの男の執着心から、良からぬ事を企んでいるかもしれないという事が頭に過った時、レティに危険が迫っているのではないかと、いてもたってもいられなく、再度こちらへ向かったんだよ」
「そうか……」
考え込むアランと、未だに戸惑いの表情が消えないレティシアへ、ジルベルトは言葉を続けた。
「今日このまま、私自身がレティの傍を離れる事が心配な事と合わせて、しっかりとあの男について父上や宰相も交えて話し合った方がいいと思う
それでだ、こんな時間からだが、レティもアランも、後公爵婦人も王城へ来て貰えるだろうか……?
レティを含め、レティの周囲の人間の身の安全を確保したうえで、話し合いを進めたい」
少し考えていたアランであったが、ジルベルトの気持ちもわからないこともなく、尚且つ自分自身も話し合いに参加したいという気持ちもあり了承した。
母親のセシルへも説明をし、ジルベルトと共に王城へ向かう事となった。
ジルベルトがどうしても譲らない事もあって、レティシアはジルベルトの愛馬に乗せ、二人でそのまま王城へと向かう。
アランと公爵夫人のセシルは、公爵家の馬車で王城へ向かった。
王城へジルベルト達が着くと、思案顔のアルフレッドが馬車停め前でジルベルト達が戻ってくる事を待っていた。
レティシアの姿を見たアルフレッドは、小さく安堵の息を吐く。
そして、ジルベルトとレティシアが馬を降りると口を開いた。
「確かな事と不確かな事もあるけれど、不可解な点も含めて面倒な事になっているみたいなんだ」
「面倒な事……?」
「父上と宰相が、執務室で兄上達の事を待っている」
「私も今から向かおうと思っていた所だ
レティも一緒に、私と来てくれるかな?」
「私が同席しても構わないの?」
「ああ、君は当事者だからね」
ジルベルトの言葉に、コクリとレティシアは頷いた。
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