第49話 卑屈な思い込み
今回もレティシアの回想話になります。
鬱な回が続き申し訳ありません…
将来の王太子妃に決まった時を見据え、考え方や振る舞いを見る為に、ジルベルトの公務へ婚約者候補が一人ずつ伴う事を妃教育の一貫として求められる事があった。
レティシアが初めてジルベルトの視察へ伴ったのは、十歳になった頃である。
彼女に指定された同行する場は、王都の片隅にあり王都の華やかさとは真逆の、暗く汚れ、貧困に苦しんでいる者が多くいる、王都の裏の現状がわかるような場所であった。
辺りは薄暗く、汚く、そしてどこか饐えたような匂いが漂うな場所であった。
その場所に立ったレティシアは、思わず僅かに身体を強張らせた。
そして、その場所を見たレティシアは、自分がどれだけ恵まれている環境で過ごしているのだろうかと苦しくなる。
そんな様子のレティシアへ、ジルベルトは言葉を溢した。
『レティの、私の公務へ伴う視察場所にここがあげられた時に、初めこんな場所へ君を連れてくる事を迷ったし、ここを選んだ者達にも不満が沸き起こった
だけど、君にはこの国の豊かで綺麗な面だけでなく、真逆である真実の一つである部分も、私と一緒に知って考えてもらいたいとも思って、君を連れてくる事を決めた
レティにとっては、恐ろしくて不快な場所である事はわかってはいたが、しかしこの現状はこの国の真実でもある
他の誰でもない君を伴って、その真実を共に見なければならないと思ったのだよ
こんな場所に君を連れてきて、ごめんね……』
レティシアは、この場所に足を踏み入れた事は怖いとは思ったが、ジルベルトに対して、どうしてこんな場所に連れてきたのだ、というような不満の気持ちは一つも感じる事はなかった。
しかし、苦しさや悲しさ、そして自分の恵まれた生活を当たり前だとしか感じていなかった己の愚かさが、レティシアの胸を突いた。
『ううん……連れてきてもらわなければ、この真実を知らないままだったわ
知る事が出来て、ジルに対して感謝こそあれ、不満を言うような気持ちにはならない』
レティシアは、暫く自分の手の平をじっと見詰めた後、すぐ側にいる兄弟であるのか、まだ幼い弟を守るように踞っている、自分よりも年下であろう少年へ視線を向ける。
ガリガリに痩せ細った、小さな弟の方は病気なのか苦しそうな表情をしている。そして、その弟を抱き締めている少年も、手足は骨が浮き出て、その目は生きる気力すら見えないような姿であった。
レティシアの足が無意識に一歩前に出た時、ジルベルトはレティシアの腕を掴んだ。
『レティ、君の持っている『力』で、あそこにいる子ども達へ力を与えようと考えているのではないか?』
『だって……、このままではあの子達が死んでしまうわ
彼等の気力や体力が、少しでも増したらと思ったから』
『君の力で、あの子ども達へ力を与えたとしよう
一時的に力が増大し元気になり、さらに能力も同時に上がれば、この場所から逃れる打開策も彼等は思い付くかもしれない
だが、その他のこの一帯にいる者達はどうする?
君のその力だけで、全員の力を増やす事が出来ると思うか?
苦しんでいるのは、あの兄弟の子ども達だけではないんだ
ここにいる全ての者へ君が力を使ったとしたならば……
その前に君は、その力を使った負荷で命すら落とす事になるかもしれない
目に見える者だけを助ければ、どうにかなる訳ではない
こんな裏の現状そのものを、失くしていかなければいけないんだよ』
レティシアは、自分がいかに浅はかな考えしか持ち合わせていなく、そして無力である事を痛感する。
『こんな力……、私が持っていても宝の持ち腐れね』
『そうじゃない!
力を使わずとも、私と一緒にこのような場所が無くなるよう力を合わせて欲しいと思ったから、この場に君を連れてきたのだよ』
その時のジルベルトは、侍従へ今にも倒れそうな兄弟の保護を伝え、その場にいる者達へも持ち込んだ食料を与えたり、具合いの悪い者達には一緒に連れていた治癒師に治療を命じていた。
そんなジルベルトの姿と、『力』でどうにかしようとしか考えられなかった自分の無力さを比べ、更にレティシアは苦しくなっていった。
◇*◇*◇
レティシアは、ジルベルトの婚約者候補が変わる以前の令嬢方から言われていた言葉を、時折ぼんやりと頭に浮かべる事があった。
『ジルベルト殿下が本当にお可哀想ですわ……
殿下の気に入るお相手がいたとしても、お相手は初めから決められていらっしゃるから、変える事はできないですものね……
どなたかが殿下のお隣に、家柄と父親の立場を傘に着て居座っている事で、殿下に運命の相手がいらっしゃったとしても、側妃に向かえる事が精一杯ではないですか?
もっと殿下のお気持ちを尊重したらいいのにと、みなさま思われません事?』
『本当に、図々しい事でありますわよね
家柄だけで、特に取り柄もないくせに』
陰湿な仕打ちと、同時に何度も繰り返され聞かされたその言葉……
彼女達は、レティシアを見て嘲笑いながら、その言葉を何度も言葉にしていた。
その度にレティシアは、ジルベルトは自分が彼の婚約者候補に名前があがっている事を、どう感じているのだろうかと思う。
そして、父や母もその事に、どう感じているのだろうかと思っていた。
妃教育は自分でも頑張っていると思う。
講師からも合格点をもらえている。
だが、自分はそれだけだ。
そうとしか、今のレティシアには考えられなかった。
レティシアの持っていた自信は彼女達に砕かれ、自分の良い部分など、自分では既に見出だす事が出来ないでいた。
そして、何度も頭の中に過る思い……
自分の何が、ジルベルトの婚約者という立場に相応しいのだろうかと……
自分が婚約者という立場になった時に、ジルベルトに得はあるのだろうかと……
ジルベルトは、相変わらずレティシアに優しい。
そして、レティシアと共に国をもっと住みやすい国にし、民を幸せにしていきたいと、共に力を合わせていこうと言ってくれる。
その言葉をこの時のレティシアは、素直に受け取る事が出来なかったのだ。
そんな思いが深まる中、レティシアはこのジルベルトの婚約者という立場を父はどう考えているのか確認してみようと、持ち合わせている勇気を振り絞って決意した。
レティシア自身も、貴族の娘の婚姻は、親の意向が大きく関わってくるという暗黙の仕来たりがあることは理解していた。
そんなレティシアが、両親がいるという父親の執務室へ足を進めた時に、たまたま両親の話し声が扉が開いていた為か聞こえてきた。
盗み聞きは良くない事はわかっていたが、今まさに自分が知りたい事を両親が話していることに気が付くと、足が動かなかったのだ。
『──他の婚約者のご令嬢が変わってからは、陰湿な事はされてはいないそうよ』
『だから私はあの時、陛下や殿下に断ったのだ……
それなのに、あの二人は私の言葉など受け入れてもくれなかった
今は何もなくとも、レティシアが令嬢方に酷い仕打ちを受けていた事は事実であるし、そもそも殿下の婚約者候補になっていなければ、あんな仕打ちを受けなかったのだ』
『でも……、他の方に嫁いだとして、もしあの子の力を知られたらと考えると恐ろしさしかないわ
きっと、あの力を知られれば、誰だってその力を使いたいと思ってしまうもの
レティの身体の事なんて考えずに、その力をあの子が使わされるなんて考えたら……
それならば、昔からレティを可愛がってくださっている殿下が、レティには力は使わせないと仰有ってくださっているなら、殿下の元に嫁ぐ事が一番あの子にとっても良いと思うの
殿下は、あの子の力に頼らなくとも素晴らしいお力もお持ちだし』
『殿下の元ならば、レティシアの力が国の情勢を狂わす事もないという事はわかってはいるが……
それでも──』
レティシアは、今の両親の話にそうかと納得する。
自分がジルベルトの婚約者候補になった理由は、この持っていても使ったらいけない『力』の存在が大きいのだと……
そして、国の事を考えるジルベルトは、その犠牲になってしまったのかと……
ポツリとレティシアは呟いた。
『あの方々の仰有られていた事は、嫌みでも何でもなくて、事実だったのね……』
自分に妃になる為の資質が揃っていた訳でもなくて、この力を悪用されない為の婚約……
自分はジルベルトの足枷でしかないのだと、レティシアは強く思った。
優しいジルベルトはその事を拒否する事もできず、国とレティシアの事を考え、その足枷を自ら付けてくれたのだと勝手な解釈をして、自分が卑屈になった上での思い込みである事にも気が付かず、レティシアはその考えにずっと縛られていく事になる。
そして、その事を認識した数年後、あの書物を拾ってしまったのだ。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
評価ポイント、ブックマークをありがとうございます!
誤字脱字報告も助かっております!
◇作者の呟き
さて、二話に渡ってのレティシアの鬱な回想に皆様お疲れではありませんか?
レティシアの一人で悩んで一人で勘違いしてな…という、今の性格になってしまった理由でした…
彼女の性格形成で一番大きかったのは令嬢方に虐められた記憶なのでしょう。
それまで、レティシアは家族や使用人からも、愛されジルベルトやアルフレッドからも優しく受け入れられての環境から、突然精神的に痛め付けられる場に出た事で、そんな免疫もなく強気に出られない性格も災いしてな、あのような後ろ向きな性格になったという回想でした。
あんまり、気持ちの良いお話でなく申し訳なかったのですが、賛否両論あるお話だとは思いますがこの部分は入れておきたかった話でしたので、ここで入れました。
次話からまた現在の膠着状態な医務室でのジルベルトとルドガーとのやり取りに戻る予定であります!
これからもどうぞ宜しくお願い致します。