第31話 婚約式
天候にも恵まれた今日の日は、ジルベルトとレティシアの婚約式当日であった。
晴れの日ではあるが、レティシアの社交界デビューでもあるという事で、ハーヴィル家の者、そして特にジルベルトはピリピリと神経を尖らせていた。
王城のレティシアの控え室へジルベルトが顔を出し、レティシアの姿を見て目を細めた。
今日の婚約式に合わせて仕立てられた、銀糸と金糸が織り込まれた光の加減で様々な色に見えるシフォンが重なり、レースをふんだんに使ったプリンセスラインのドレスに身を包んだレティシアの姿があったからだ。
レティシアの首もと、耳元にはダイヤとイエローダイヤが散りばめられた首飾りと耳飾りが飾られている。
誰が一目見ても、ジルベルトの色を纏っているとわかるような装いであった。
「レティ、素晴らしいね
いつも可愛らしいけれど、今日は一段と美しいね
だけど、困ったな
こんなに可愛らしいレティを、多くの者達の前に披露するなんて勿体なくて、披露したくなくなってきたよ」
「っ!?
ジ、ジルっ! 冗談ばかり言わないでっ」
「冗談でなくて本気なのだけどな」
そんなジルベルトへ冷ややかな目を向けたアランが、呆れたように言葉を掛ける。
「こいつは、こういう奴だ
本気でお前の事をどこかに閉じ込めてしまいたいと、考えるような奴だぞ
レティ考え直すならこれが最後だ、どうする?」
「アラン……
だからそういう事を、レティに言わないでくれるかな?」
「あ? お前のその曲がりきった性格を、レティシアに教えただけだろう?」
ジルベルトとアランのやり取りに、穏やかな表情で「ふふふ」と笑みを溢したレティシアに、ジルベルトの表情も緩む。
「少し、緊張が解れたかな?」
「うん、その為にそんな冗談を言ったの?」
「緊張は解してあげようと思っていたけれど、さっきの言葉は本音だよ?
いつもより、さらに綺麗だよ
本気で、私だけのものにしたいと思うくらいね」
「ジルったら……
ありがとう……」
しかし、ジルベルトは柔らかな表情を一転させ、固い表情をレティシアへ向けた。
「レティ、今日の舞踏会は婚約式だけでなく、君の社交界デビューでもある
宰相や公爵夫人、それにアランからも言われただろうし、なによりレティ自身が気をつけているとは思うけれど、こちらも警備はいつも以上に厳重にはしているが、今日は国中の貴族達が出席していて、反乱分子も恐らくその中にいる。
だからこそ、普段以上に気を付けてくれ
口にするもので私かレティの家族以外から手渡されたものには、口を付ける振りだけにしてほしい」
「うん、わかっているわ
心配かけてごめんなさい……」
「レティが悪い訳ではないのだよ
このような危険が伴う立場に君を置く事を、君のご両親もアランも本当は避けたかったんだ
だけれど、私が君の事をどうしても望んでしまい、手放す事ができなかった
君の事は絶対に、私が一生涯守ると約束するからね」
「ジル……ありがとう
それに、この立場を望んだのは私もよ?
ジルの隣に居たいと思ったのは、誰でもない私自身なのだから」
そんなレティシアの言葉に笑みを浮かべたジルベルトは、レティシアの額に口付けを落とす。
「さあ、そろそろ時間だね
私の愛しい婚約者を観衆に披露できる、漸く待ち望んだ日だ
レティ、お手をどうぞ」
ジルベルトはそう言うとレティシアの前に手を差し出し、その手へレティシアは自分の手を重ねた。
レティシアは隣にいる存在を見上げる。
すぐそんなレティシアの視線に気が付き、柔らかな笑みを浮かべてくれるその存在の隣に自分が居られる事に、胸がギュッと苦しくなるくらい嬉しいと感じた。
(あの書物の結末のような、未来が怖くないのかと問われれば、怖いのは確か
でも、それでもジルの傍に居たいと強く想ったの
それに、ジルが私へ向けてくれる気持ちに、偽りなどないという事も信じられるわ
ジルが以前私へ伝えてくれた言葉……
『怯えないで今をしっかりと見つめて、前を向いて進んで欲しいんだ』……
その通りだと思う
ジルの想いが私に力をくれたの
だから、書物のような結末ではない未来が待っていると、信じたいと思えるようになったの
いつまでもジルの隣にいられるように、私もこれからもさらに努力しなければいけないわね)
◇*◇*◇
婚約式は粛々と進み、国内の貴族達の前で初めて披露するジルベルトとレティシアのダンスでは、お似合いの二人の息の合ったダンスという姿に、感嘆の声が響き渡った。
ダンスが終わると二人は深く観衆へ礼を向け、そして婚約披露の舞踏会が本格的に始まりを迎えた。
二人のもとへグラスを二つ手にしたアランが近付き、ジルベルトへ手渡す。
「こちらで、確認したものだ」
ジルベルトは、更に自分でレティシアのグラスの香りを確認した後、彼女へ手渡す。
手渡したグラスの中身は、成人を迎えたとはいえレティシアはまだ16歳になったばかりであり、初めてのアルコールをこの多くの人がいる舞踏会で口にする事は様々な要因も考えた中、控えて果実水を選ばれていた。
因みにジルベルトのグラスには、シャンパンが入っている。
「レティ、緊張もあって喉も渇いただろう?」
「殿下、お兄様、ありがとうございます」
「……………」
レティシアがそう言いグラスを受け取ろうとすると、彼女の言葉に不満そうな表情をジルベルトは向けた。
「?
……どうしたの?」
「公な場であるのだという事はわかってはいるのだけれどね……
君からそう呼ばれるのは、本当に嫌だな」
「えっ!?」
そう不貞腐れるジルベルトに、アランは呆れ顔を向ける。
「レティ放っておけ
ただの我が儘だ
こんな場で愛称呼びなどしていたら、お前の品格だけがただただ落ちるだけだからな」
「アランは相変わらず、そんな口調だけれどね」
「内輪で話している場だからな
流石に俺でも、他の者がいる前では何時ものようには出来ないさ」
そんな、一時の和やかな場に近付く者の気配に、ジルベルトとアラン、そしてレティシアがそちらへ顔を向けた。
「ジルベルト王子、レティシア嬢
この度はおめでとう
ラノン王国を代表してお祝いするよ」
ルドガーが声を掛けてきた事に、レティシアとアランは最上級の礼をルドガーへ向ける。
この場でルドガーは、ただの同じ学園で学んでいる留学生ではなく、隣国の王太子という立場で出席しているからだ。
「祝いの言葉、ありがたく受け取らせてもらいます」
「ジルベルト王子、このおめでたい席でレティシア嬢と俺も、一曲踊らせてもらえるかな?」
その言葉にジルベルトはピクリと反応するが、表情を変えずにレティシアへ顔を向けた。
「レティ、疲れてはいないかい?」
レティシアも、隣国のラノン王国を代表して出席しており、王太子でもあるルドガーの申し出を断る事は出来ないと察し、ジルベルトへ頷いた。
「ええ、大丈夫です
ルドガー殿下のお申し出、有り難くお受け致します」
「それは、良かった
ああ、先程同じクラスのエリカ嬢とも会ってね
ジルベルト王子には、役員などで学園でとてもお世話になっていると話していたから、この機会に一緒に踊ったらどうかと声を掛けたんだ」
そんなルドガーの言葉に、彼の後ろからおずおずと可愛らしい薄桃色のドレスを纏ったエリカが顔を見せた。
「あの……ジルベルト殿下、レティシア様、この度はおめでとうございます」
「エリカ様……ありがとうございます」
「彼女はこのような舞踏会は初めてだという事だから、エスコートに慣れているジルベルト王子なら、ダンスも上手くリード出きるだろう?
まさか、断る理由もないだろうし、一曲相手をしてあげて欲しいと、私からも頼もうと思ったんだ」
何とも言えない空気が流れたが、隣国の王太子の言葉を無下にも出来ず、また、ここで断れば令嬢に恥をかかせる事にもなる為、ジルベルトはにこやかに了承した。
「私で良かったら、シュタイン嬢のお相手をさせてもらいますよ」
「ありがとうございます!」
ぱあっと表情を明るくしたエリカは、満面の笑みをジルベルトへ向けた。
そんなエリカの様子に、複雑な気持ちになる事をレティシアは必死に抑え、ルドガーの差し出した手に自分の手を重ねた。
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