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必殺学生人  作者: 神保知己夫
レポート用紙 3冊目
35/42

サマエルの樹

 人々は救われるために、騙し、殺さねばならない。そうして罪を重ねて熟した果実は大地に堕ち、大地はその口を開けて果実を飲み込む。飲み込まれた果実は自我エゴを奪い去られ、全き調和の一部となる。その事態を果実は喜んでいるのかどうか、それは無意味な問いである。それは今やガイアの一部に過ぎず、部分の独立した感情などありえないからである。ただ、この自我の滅却という状態は奴隷状態にある人間に類似しており、完璧な隷属下にあっては皆一様に恍惚を感じている。そして、その一連のプロセスにおける、まさに魂が大地に飲み込まれようとする瞬間の苦悶によって、(あがな)いは完遂される。キリストはその一連のプロセスの客体を演じてみせたにすぎない。つまり、騙され、殺されることによって、万物の救済されるヴィジョンを示したのである。

 ただし現在の罪深き世にあっては、大地はたちどころに果実を飲み干すことができず、地に堕ちたまま飲み干されるのを待っている人々は嘆き、叫び、身をよじらせる。これを「地獄」という。それは地底の深奥にあるのではなく、地表に転がるいまだ罰を受けざる人々の集団のことである。その恐怖はすでに恐怖ですらなく、むしろ滑稽ですらある。恐慌における発狂の予感は、子供の頃覗き見た場末のサーカスの楽屋小屋のように、ある種の郷愁を誘う期待を伴っているものである。なんてね。


 こんなもの読んで納得してるんじゃないよ。とくにお前はこういうの好きそうだからな。いやお前ってのは吉本のことで、どうせこれ最初に読むの吉本なんだから吉本に言ってるみたいな気がしてくるんだよな。だいたいコレも俺だってこのくらい書けるぞって感じで書き始めたんだけど、国語辞典と首っ引きになっちゃって疲れちゃったよ。いや、確かに今考えてることを文章にしたことには間違いないんだけど、なんかこういう風に書いたらウソみたいな気がするんだよな。だいたいサーカスの楽屋なんて見たことないしさ。自我の滅却なんていったって、自分でもなんだかよくわかんないんだから。「この調子でバンバン殺してって、スコーンと抜けるような感じで死んだらいいな。」とか最初から書いたほうがよかったのかなあ。それも違うんだよ。ちくしょう。全然自分の思ったとおりに書けなくなってるぞ。

“だんだんお前、モノ考えなくなってきてるもんな。”

 うるせえ清春。何笑ってんだてめえ。どうして自動書記みたいにコイツの言うこと、つい書いちゃうのかな。いいんだ。だいたいコレ自体いい加減にしか書いてないんだから。だいたい事実を全部コレに書いてると思ったら大きな間違いだぞ。後で書き忘れてるのに気付いたこともあるし、わざと書かなかったこともあるんだ。人の名前なんか、ヤクザの組の名前だったらけっこう後で調べて書いてるけどわかんなかったヤツなんかはいい加減なんだから。中村なんか仲村かもしれないけど仕置人の中村主水(もんど)思い出したからだし、清春だって清治かもしれない。いやそんな細かいこと言ってるんじゃない。コレ読んだからって俺っていう人間がわかったなんてことになるわけじゃないんだから。だいたい俺にだってなんで人殺し続けてるのか説明できないんだから。そりゃ止めれば清春に発狂させられるだろうけど別にそれでもいいじゃねえかと思うものな。だから俺は俺で自分から殺してるんだけど、その動機ってのはコンナカンジってしか説明できないもの。言葉でどう言っていいかわかんないのな。コレ読んでる奴でなんか結論期待してる奴がいたら大きな間違いだからな。ずっとこのまんまだって。そんな簡単なもんじゃないんだよ。いや簡単なんだけど、俺になってみないとわかんないと思うな。


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