1 おやつを食べていたはずですが
王宮の一角にある礼拝室は緊張に包まれていた。
これから、300年ぶりに聖女を召喚しようと言うのだ、緊張しない方がおかしい。
魔力を高めると言われる香を焚いた礼拝室の中心には、300年前の古文書に書かれている通り正確に魔方陣を描いた。
次官魔術師のアーサーが召喚が成功するようにまじないを唱えながら聖水をまき、その後ろから筆頭魔術師のネルソンがエルダーの杖で3時間かけて完成させたものだ。
失敗は許されない、しかし伝承が本当なのかも分からない。
部屋の奥に並んだ王、王妃をはじめ、数少ない関係者は、祈りをこめて聖句を詠唱する。
魔方陣の外側に青白い炎が灯った。
ネルソンは杖を魔方陣の真ん中より下がったところに突き立てると叫んだ。
「偉大なるゲプナの神よ、我々に慈悲を
我らを導き救いたもう聖女を今ここに!」
魔方陣の中心が白く光ったかと思うと、次の瞬間には強い風が吹いた。
風はややもすると吹きやみ、そしてーー円の中心には女性が倒れていた。
「おお、伝承はまことであったか!」
「神は我々を見捨てなかった!」
とその場にいた者が皆喜びに沸き踊る。
美しい白い髪は頭の下の方でお団子にされており、この世界では明らかに奇妙に見える出で立ちは花柄のシャツに茶色のズボン、小柄な女性のようだ。
しかしネルソンは倒れている人物の様子がおかしいことに気付いた。
ハッとして駆け寄るとピクピクと動く彼女を抱き起こし、強く背中を叩く。
1度、そして2度ーーゴポっという音と共に口から何かが吐き出された。
「大丈夫ですか?!」
「ゲホッゲホッ! あービックリした〜死ぬかと思った! おやつに食べてたあんこ餅がのどに詰まっちゃって」
その場にいる全員が衝撃を受け、さきほどまでの騒ぎは一転静まり返った。
なぜならーーこちらを向いた聖女はーー若い女だと全員が思っていたのだがーー彼女は老婆だったからだ。
「ワンワン!」
老婆の下から一匹の犬も出てくる。この世界の人にとっては見たことがない生き物だ。
あまりにも想定外のことが多過ぎて全員静まり返る。
「あぁ〜ハナコ! ビックリしたねぇホントに。心配してくれてありがとねぇ」
ハナコは老婆の顔をペロペロと嬉そうになめた。
老婆も落ち着いたのか、ネルソンの方に振り返った。
「あんれまあ水もしたたるいい男! あんたがあたしを助けて下さったんだ?」
「え、えぇ、まあ……」
ネルソンは状況把握に頭が追い付かない上に30年ぶりにいい男と言われたことにとまどい、ボヤっとした返事をしてしまった。
「ところであんた見ない顔だけど、新人さんかい?」
「は? え?」
老婆の更なる質問に更に頭が混乱するネルソン。
しかしさすがは筆頭魔術師、今、自分のすべきことを思い出した。
ネルソンは聖女から離れると恭しく頭をたれて言った。
「異世界よりようこそいらっしゃいました聖女様。
我々は謹んであなたを歓迎いたします」
今度は老婆がポカンとする番だった。
「いせかい? なんだそれ? あたしは山ノ上の人間だけども……」
それから部屋を見渡した。
「あんれまあ、星光寺と同じ匂いがするから、てっきりお寺にいるもんかと。ここはどこだ?」
ハナコを抱き寄せながら老婆が言う。
ようやく正気に戻った国王が前に出て来てひざまづいた。
「聖女様、ようこそいらして下さいました。
私はこの国の王、アースランと申します。
我々はあなたに助けて頂きたくお呼びしたのです。
突然のことで申し訳ない。
ここでは何ですから、まずは移動しましょう」
こうしてスエラ王国建紀2026年、波乱の聖女召喚が始まったのである。




