2.夢を選ばせてもらえなかった
高校に入った頃には、
私はもう、
“逆らわない”ことに慣れていた。
自分の意見を言えば怒鳴られる。
反抗すれば、
竹刀で叩かれ、分厚いガラスの灰皿が
飛んでくる。
だから、
何を言われても、
「はい」と答えるのが一番安全だった。
高校選びも、
本当は選択肢なんてなかった。
中学三年の時、
父の会社が倒産した。
「金がない」
そう言われて、
行きたい学校には行かせてもらえなかった。
でも、不思議だった。
弟と妹は、
好きな学校へ行っていたから。
私は、
“お金がないから諦めろ”と言われたのに。
その違いを聞けるほど、
私は強くなかった。
昔から、
お菓子を作るのが好きだった。
小学生の頃から、
チョコレートのお菓子を作る時間だけは楽しかった。
ショコラティエになりたかった。
でも専門学校を選ぶ時、
父は笑いながら言った。
「家でできるだろ」
「PCの勉強が出来る所にしろ」
「誰が金出すと思ってるんだ」
夢は、
一瞬で潰された。
義母に相談しても「そうねぇ」で終わった。
この時に祖父に相談したら良かったと
今でも後悔している。
唯一の味方であった祖父なら
父に何か言ってくれていたかもしれない。
でも、もう過ぎた事だ。
せめて少しでも好きなものを、と選んだのがゲーム系の学校だった。
ゲームは好きだった。
でも、
“作る”ことには興味がなかった。
授業は苦痛だった。
周りが夢を語るたび、
自分だけが空っぽだった。
二年目に入る前、
私は初めて、
「辞めたい」と言った。
でも返ってきたのは、
心配でも励ましでもなかった。
「ちゃんと行け」
その一言だった。
後から父は笑いながら言った。
「お前が学校辞めると思って、
残り一年分の学費とお前の貯金で車買った」
新車のオデッセイだった。
「一年分の学費はお前の貯金から出したから」
私は、
何も言えなかった。
幼い頃から、
親戚たちにもらっていたお年玉。
三十人近い親戚から毎年渡されていたお金。
気づけば、
全部なくなっていた。
私の通帳は存在していなかった。
私へと笑顔で渡してくれた人たちが
脳裏に浮かんだ。
怒る気力も、
泣く気力もなかった。
ただ、
「ああ、私の人生って、
私のものじゃないんだな」
と思った。
死にたい、
と初めて強く思ったのは、
あの頃からだった。




