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名探偵の助手  作者: 青葉
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 食事を終えて各々部屋へ戻る。リチャード君とオーリーさんの部屋は僕らと同じく2階だったが、僕とノアさんの部屋とは逆方向だ。そろそろお風呂に入るかと思っていると、部屋がノックされる。

「はい」

 扉を開けるとノアさんがいた。夕食の時のシャツにベストといった服装から少しゆったりとした服装になっている。髪も少し濡れていて、もう風呂は済ませたみたいだ。

「アンバーさん、あれから体調は大丈夫ですか。」

 もしかしてわざわざ様子を見に来てくれたのか。

「もう大丈夫ですよ。わざわざありがとうございます。」

「いや、僕のせいでもあるからね。お風呂にはもう入りました?」

「あ~今から入ろうと思ってました。というかノア様、そのまさか公爵家の方だと知らずに、すみません。」

 公爵家の息子にさんづけとかやっぱりやばかったかな…。

「ふっ、大丈夫ですよ。というか、様はつけないでください。最初に家名を名乗らなかったのもここには個人的な用事で来ているので。そうだアンバーさん、ハーブティーは苦手ではありませんか?もし大丈夫でしたら食後のお茶を少ししませんか。」

 良かった~~しかも、さっきも思ったけど意外と気さくな人だ。

「はい、ぜひ!」

「それじゃあジェットさんに頼んでおくので、お風呂から上がったら僕の部屋に。」


 お風呂は2階の客人用フロアの一番端にあった。ちょうどお風呂から出たところだったのか、お風呂へ向かう通路でオーリーさんに会った。ぺこりと互いに会釈をしてすれ違う。少し疲れた様子だったな。

 それから、お風呂を上がってノアさんの部屋へ向かった。ノアさんの部屋は僕の部屋よりもだいぶ広い。軽く2倍以上はあるな…しかも、絨毯もよりふかふかだし。ただ、豪華なシャンデリアの明かりは消されて、大理石のテーブルの上に置かれた燭台とベッド近くのテーブルに置かれた蝋燭だけが部屋を照らしている。

「コランバイン子爵はとても気をつかってくれたみたいでね。」

 僕がきょろきょろしているのを見てノアさんは肩をすくめながら言った。

「夕食の時もすごく…」

「絡んできたね。」

 僕が言葉を選んでいるとノアさんが言葉を引き継いだ。結構身も蓋もない言い方だ。少し疲れた顔をしているし、大変だったんだろう。

「ははは…、大変でしたね。」

「まあ、仕方ない。ところでアンバーさん、もしかしてだけどアンバーさんのお父様は精神科医で有名なラルフ・グロッシュラー先生だったりするかな?」

「あ、はい、そうです。…といっても2年前から行方不明なんですけどね。」

「そうだったんですね…。すみません。」

 申し訳なさそうに目が伏せられる。

「いえいえ、大丈夫ですよ。でもよくご存知ですね。」

「有名な先生ですよ。グロッシュラー先生は。魔人研究にも熱心で常に最新の知見を得ようとしていましたね。」

「そうですね…。ノアさんは魔人に興味がおありで?」

「ええ。詳しいことは言えませんが、少し魔人と関わることがありまして。そこから興味が。」

 魔人の単語を出してからノアさんの雰囲気がなんとなく変わった気がする。うまく言葉にできないけど、なんというか、真剣というか熱心というか…

「アンバーさんは出版社で働いているんですね。お父様のような分野には興味はないんですか。」

「そうですね…実は出版社の仕事はアルバイトでやっていて。姉がアズライト社で働いているので、たまに雑用を任されるんです。本業は学生で、大学院で心理学を専攻しています。医学とは違うんですけど、精神科の父の領域とは少し重なる部分があるかもしれません。」

 テーブルを挟んで正面に座っているノアさんが組んでいた足をほどき、少し前のめりになる。

「なるほど。アンバーさん、魔人には興味はありますか。」

「魔人ですか…。なくはない、というか……嘘です。すみません、あります。でも、自分のなかでも上手く整理できていない気持ちがあって、父のように研究するというようにあまり正面から向き合えないというか…」

 ノアさんの青い目で見られると、嘘をついてはいけないような気持ちになる。誤魔化すことは許されないような。あれから誰にも話していなかったのに、気づけば口を開いていた。



「4年前、母が魔人になったんです。突然でした。朝、目が覚めたら父と母の寝室の方が騒がしくて。慌てて駆けつけると、母が子どものように泣きじゃくっていたんです。よく分からないことを叫びながら。『誰か助けて!パパ、ママ!いないの!?』って。父と姉も驚きながらも母をなだめて、どうしたのか話を聞こうとしていました。母と父はとても仲が良かったのに、母は父にとても怯えていました。一度、父が離れて姉がなだめていると段々落ち着いてきました。泣きつかれたのか、そのうち寝てしまいましたが。その後、目が覚めても泣いていましたが、姉がなんとかなだめて話を聞いていました。大人の男性を警戒している様子だったので、僕と父は隣の部屋で待っていて。…なので、姉さんが聞き出した話なんですけど、母は自分を9歳の女の子だと思っているみたいだったんですよ。しかも、自分の名前はリナだっていうんです。母の名前はレイラなので、全く別人の名前になります。もう、どうしていいのか分かりませんでした。母は僕たちのことを警戒していますし、姉には『今すぐお家に帰りたい、帰してよ!』と言って泣いていました。その夜、姉に連れられて入ったお風呂では絶叫が聞こえてきました。『これは誰!?こんな人知らない!!なにこれ!!誰なの!?』って。その日はもうお風呂に入れるのは諦めて、なんとか姉さんが寝かしつけました。もう、どうしていいのか分かりませんでした。魔人の話は知っていましたが、まさか自分の家族がそうなるなんて思ってもいませんでしたから。」

 僕が話している間、ノアさんは黙って聞いていた。けど、その目線からちゃんと話を聞いてくれているのは分かる。話に夢中で気づかなかったが、いつの間にか雨が降っていた。雨音がしなければ、この部屋が日常から切り離された空間かのように錯覚していただろう。上手く伝えられないが、嫌な思い出を語っているのに、辛くない。どこか他人事のように感じている自分がいた。そのことに悲しくなる。

 少し落ち着くために、ノ用意してもらったハーブティーを飲む。

 気づいたらベッド脇の蝋燭の火は消えていた。部屋の明かりがテーブルの蠟燭だけなのもあって広い部屋なのに狭く感じる。でも、逆にその方が話しやすく感じる。

 ザーザー、ザーザー、ザーザー、ザーザー

 うるさい雨音のおかげで沈黙も気にならない。


 一息ついてまた、口をひらく。


「次の日、もしかしたら一晩寝て、いつもの母に戻っているかもしれない。そんな淡い希望を抱いていましたが、何も変わっていませんでした。前日のように泣きじゃくることはありませんでしたが、誰とも話そうとせず、一人で静かに泣いていました。…何もできずに見ているのは辛かったです。母が母じゃなくなってしまったことも、上手く受け入れることは出来ませんでした。だからといって、規則に則って母を保護施設に連れていくことも出来ませんでした。今思えば、あの時、早く連れていけば良かったのに…。魔人になった次の日はずっと塞ぎこんでいましたが、その翌日、母は晴れやかな顔をしてリビングに出てきました。『いろいろ思い出すことができた!騒いじゃってごめんなさい。あの、お外に出てみたいんだけど。』って。母が少し落ち着いてくれて、僕たちに自分から話してくれたことが嬉しくて、気分転換になるかもと思い、僕たちは昼食を食べに出かけました。……そして、その帰り、母は突然、道を走る馬車の前に飛び出しました。なんのためらいもなく。止める間もなかった。結局、母は頭の打ちどころが悪く、死にました。」


 ここまで話して、意外と母の話が普通に出来ている自分に驚いた。

「こんなことがあったので、魔人に興味がないなんてことはありません。でも、母が死んでから狂ったように魔人の研究をしだした父のようにもなれません。」

「そうだったのか…。辛い話をさせて申し訳ない。」

「いえいえ、ノアさんは何も悪くないですよ。それに、母の話を自分でしたのは初めてだったんですけど、話してみて想像していたよりも平気だったことに気づきました。腫物みたいにずっと触れないでいすぎても苦しいので、話せて良かったです。」

「なら良かったが…。話してくれてありがとう。その、答えたくなかったら答えなくていいのだが…魔人となった人格のリナのことはどう思った?」

「どう思ったか…難しいですね。その時は早く元の母さんに戻ってほしいと思っていて、そのリナに対してどう思うとかはなかったかな。…でも、今思うとあの子もかわいそうだ。あの子の言っていることが本当だとするなら、いきなり大人の女性になっていて、知らない人たにに囲まれて『母さん』って言われるんだろう。それは混乱するのも当たり前だ。」

 今まであんまり考えたことはなかったが、そう思う。もし、本当に何かしらの力で別の人が母さんの身体に入ったのなら。というか、あの時の母さんの変わりようはそうとしか思えない。

「…恨んではいないの?」

 ぽつりとノアさんが聞いた。恨む?

「なんでですか?」

「いや、乗っ取られたとか…そうは思わない?」

「そんな風には思ったことはないです。だって、あの子もひどく混乱していましたから。もとの自分に戻りたがっていた。」

「そうか。…変なことを聞いてすまない。」

 そう眉を下げながら謝る様子は、今までとは打って変わり、この瞬間はただの青年にみえた。

「平気だよ。……あ、平気ですよ。」

「ありがとう。あと、敬語じゃなくても大丈夫。コランバイン子爵に聞かれると君が絡まれそうだから、子爵が近くにいる時はやめといた方がいいけど。僕は別に気にしない。というか、ない方が僕も気が楽だ。年も近いだろうし。アンバー君、今いくつ?」

「22歳だよ。ノアさんは?」

「21歳だ。アンバー君の方が年も上だし、“さん“もいらないね。」

「えっ、じゃあ……ノア君?」

「よろしくアンバー君。ずっと年の近い気楽な友人が欲しかったんだ。貴族社会もいろいろと大変だからさ。」

 まさか、公爵家の次男と友人になるとは…。貴族の社会は大変なのだろうか。公爵家はこの国には2つしかないし、もう片方の公爵家には確かにノア君と年の近い人物はいなかった気がする。その下の侯爵家となると、もう少し数が増えるのでよく覚えていない。



 次の日、廊下をバタバタと走る音、そして部屋を強めにノックする音で目が覚めた。

「アンバー君!君は無事か!?」

「ど、どうしたんですか。」

 ノア君が焦った様子で部屋の前にいた。そして思いもよらないことを告げる。

「ダリルさんが死んだ。しかも殺されたらしい。」

「えっ……」

 この時は想像なんて出来なかった。この事件が僕のこれからの人生を大きく変えることになるなんて。


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