第7章 2 セルギー
翌日の放課後、帰宅の路につこうとしていたセルギーは正面玄関でふと立ち止まった。
見覚えのあるコートが柱の陰にそそくさと隠れるのが見えた。少し古めかしい薄緑のダッフルは、セルギーが何年か前まで愛用していたものだ。そして今は__3つ年下の従兄弟に譲った。
コーリャが高校に? 人違いかと思って声をかけずに近づくと、後ろ姿はやっぱりコーリャだ。さらさらと揺れる茶色い髪、時折意味もなく怒らせる癖のある細い肩。
コーリャと向き合っているのは女子だ。しかも、セルギーと同じクラスのアンナ。身内が付き合っていて嬉しい相手ではなかった。万引きの常習犯だし、同級生の誰のことも憎んでいるように見える。
彼女はしかし、コーリャが何事か言うのに合わせてぱっと笑った。今まで一度も見たことがない笑顔だ。一体どこで彼らが知り合ってどうやって仲を深めたのか、好奇心が刺激された。そうっとコーリャの後ろから距離を縮め、たまたま靴紐がほどけたふりをしてしゃがみこんだ。
コーリャがしゃべっている。
「だけど、難しいよ。どうやって__」
「あたしらみたいな子どもだから、簡単なんだよ。必要なのは金でもビザでもない、愛嬌と逃げ足の速さだけ……」
はっとアンナが言葉を切る。
「あんた、盗み聞きしてるだろ」
コーリャが振り向き、セルギーと目が合ってうっと息を漏らした。淡い空色の彼の瞳が泳いでいる。気まずいのはセルギーも同じだ。顔を上げれば険しい顔でアンナが睨みつけている。
「ごめんねコーリャ、盗み聞きするつもりはなかったんだけど」
「嘘つけ」と、アンナ。コーリャはコートの上から胸を押さえ、首を振った。
「いや……僕こそ、勝手に高校に入り込んでるから」
「僕に用事?」
と尋ねつつ、そうでないのは分かっていた。
「コーリャはあたしに会いに来たんだよ」
「随分仲良くなっていたんだね」
この前は万引き犯と店員だったのに、とは口に出さない。
「まあね……」
コーリャは少しよそよそしく生返事して、ふらりとアンナから離れた。
「バイトに遅れるから、もう行くよ。じゃあ」
「ああ」
アンナは軽く手を振って駆けていくコーリャを見送った。二人だけになる。
「あんたが、コーリャの従兄弟?」
「そうだけど」
アンナはまじまじとセルギーの顔を見た。
「……ふうん」
彼女の吊り上がった大きな瞳に見つめられると、いたたまれなくなる。彼女の素性を夕食の席で家族に吹聴した後ろめたさか、不良と噂される彼女への単なる畏怖か。
その時、アンナがいきなり顔を歪めた。そのまま泣きだしてしまうかとセルギーは身構える。だが彼女は顔を背け、そのまま背を向けてしまった。
「じゃあね。あんたの家族によろしく」
「コーリャにも伝えとくよ」
歩き出した彼女の足が止まった。
「……ごめん」
何故アンナが急に謝ったのか、その理由をセルギーは数日後に知ることとなる。




