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完結編

 そしてイブリンはくるりと振り返った。


「あなたでしょ? モーア」


 殺人犯と名指しされたモーアだが、いつも通りひっそりとうつむいたままだ。


「あの日、私にバラ園を思い出させたのはあなただったわ。朝、私の部屋にバラを飾りにきてくれたわよね? 私は思惑通り、バラ園におもむき、そしてリリーとはちあった。リリーは私に懐中時計のことで責め立てた。けれど、私とキースが言い合っているうちに、誰かがリリーをその場から茂みの奥に連れ出した。思えば、あのときあなたも居なかったわ。戻ってきたのは、私に『品がない』って袖を引いたとき。その間に殺したのよね?」

「何のことだか分かりませんわ、お嬢様」


 動揺の色をまったくにじませないその口調に、キースと警察官は恐ろしさを感じる。


 イブリンは、あの日自分が着ていた白いドレスをバサリとテーブルに広げた。


 私はバサリと、あの日来ていた白いドレスを皆の前に出した。


「ここを見て」


 私が袖の部分を指さすと、そこには茶褐色の小さな汚れが二つついていた。あの日の夜、モーアではないメイドがこのシミを見つけて、わざわざ部屋に尋ねてきたのだ。


「……血。ですかな?」


 警察官が眉をひそめる。


「ええ。あの日、キースと言い合う私の袖を引いてたしなめたのは、モーア、あなただったわね。このシミは、あの時についたものではなくて?」

「覚えておりません」

「あなたの手には、血がついていた。リリーさんの血が……」

「証拠がございません」

「証拠ねえ……。それがあるのよ。指紋っていうね」

「シモン……? 先日、お嬢様がおっしゃられたもののことですか? でもそんなものは……」


 そこへ警察官が口を挟んだ。


「私もイブリン嬢に言われて、調べてみました。昨年、東の島国から返ってきた宣教師が、指紋についての論文を発表しておりました。内容は令嬢の言ったとおりでございました。そこから、警察上層部ではその指紋とやらを捜査に役立てる方針を打ち出すことになっていたのでございます。今回も指紋が証拠となれば、上層部もこの事件に非常に関心を持つでしょう」

「そうなの? 警察上層部が……。それならば、しっかりと証明して見せましょう。本当はアルミの粉を振りかけて指紋を浮かび上がらせたりするんだけれど……この服の指紋はそんなことをしなくても簡単に分かるわ」


 イブリンは、袖を持ち上げて、ニッと笑う。


「だって、このシミには最初から指紋がついているんだもの」


 警察官はぐっと目を近づけた。


「そういえば、このシミには細かな模様がございますなあ……。これが指紋でございますか?」

「ええ。ご自分の指の指紋と見比べて見て下さい。けっして、同じではないはずですよ」

「……おお! 確かに。けれど、令嬢。この血がリリーさんのものか証明できなければ、モーアさんが犯人だという証拠にはなりませんが?」


 残念ながら、もとの世界でも血液からDNAを取り出して照合できるようになったのは二十一世紀になってからのこと。まだ十九世紀程度のこの世界の文明では照合することなんかできない。指紋のついた血の跡があったことと、その血がリリーのものだということを証明できなないため、モーアが犯人だと言う説には説得力がない。それはイブリンも分かっている。


「もう一度リリーさんが親しくしていたという男性の話に戻ってもよろしいですか?」


 イブリンに水を向けられた警察官は、一瞬拍子抜けしたような顔をしてから、頷いた。


「ええ。どうぞ」

「彼らとリリーさんの出会いはどういったものだったのでしょうか? 侯爵家のメイドと他家の令息が出会う機会などそうそうあるものではないかお思うのですが」

「あ、ああ……。ええっとですな……」


 警察官はノートの最初の方のページをペラペラとめくり、該当の文章を見つけた。


「ええっと……確か、子爵家の令息の方は……レストランで令息の方から声をかけたそうです。それともう一人の男ですが……ああ。これは競馬場ですな。チケットの買い方が分からずに困っていたリリーさんを助けて上げたのが始まりのようです」


 この時代、競馬場はギャンブルというよりも社交場の一面があり、平民なんかでも身なりも礼儀も正しい者のみが入れる場所だった。


「その後、リリーさんと二人とのやりとりは手紙ですか?」

「ええ、そうですね。ただ、相手方は郵便局に留め置きで送っていたらしく、リリーさんあての手紙はクラン侯爵家では見つかっていませんでした。令息たちと婚約者の喧嘩というのも、この手紙が原因のようです。ずいぶんと熱い内容が書かれているようですよ」


 こちらですと、警察官はドレスの横に手紙を並べた。


「キース。その手紙、あなたに読んでもらえないかしら」

「はあ!? 俺が!? 何だって、俺がそんなのを読まなきゃいけないんだ!」

「……リリーは浮気していないかもよ」

「え!?」


 じっとイブリンを睨んでいたキースは、チッと舌打ちをして封筒を開けた。直後、ハッと息をのむ。


「……何だこれは?」

「どうかした?」

「リリーの筆跡じゃない。リリーはなんていうか、その……字が……」

「そうでしょうね。リリーは上等教育を受けたわけじゃないもの。でも、その文字は美しい。そうじゃない?」


 キースは頷いた。


「相手は子爵家令息、それに私の家庭教師と同じ人を雇える家格の婚約者。当然、教養のある人たちよね。筆跡の善し悪しは、当然人物評価にもつながるわ。リリーさんがその人たちに好かれたというのならば、手紙もそれなりに整った筆跡である必要があるもの」

「この手紙は、リリーが書いたものじゃないってことか?」

「ええ。そうなるわね。代筆、もしくは……」

「もしくは?」

「なりすましによるものでしょう」

「なりすまし!? いったい誰が!?」


 キースは、ハッとしてモーアに視線を向けた。けれど、モーアは身じろぎ一つしないで、黙って立ったままだ。

 イブリンは、警察官に視線を送った。


「この手紙の指紋を調べてもらえますか? 多分、モーアのものと一致するんじゃないかしら?」

「ええ。かしこまりました」

「それと、モーアの荷物も調べたら、男性からの手紙の方が出てくるかもしれないわよ」

「ええ。そういたしましょう」


 そう言って、警察官は手紙を胸ポケットにしまう。

 けれど、キース一人がポカンと口を開けている。


「その……今、どういう話になっているんだ?」

「少なくとも、モーアにはリリーさんを陥れたかったっていうことになるわ」


 キースは、急に席から立ち上がったかと思うと、モーアの肩をつかみ壁にガンと叩きつけた。モーアは小さな悲鳴を上げたものの、助けを呼ぼうとする気配もない。


「なんだって、こんなまねをしたんだ!!」

「手を放して、キース。それをこれから聞くのよ」

「けど……」


 しぶしぶといった体で、キースはモーアから離れた。


「『彼女みたいな女の手口は分かっていますわ。かよわい女のふりをして男を惑わし、婚約者の嫌な噂を振りまいて、評判をとことんまで落とし、男を完全に奪い取るんです!! あんな女、死んで当然ですわ!!』。モーア、あなたが言った台詞よ。覚えている?」

「……」

「でも、リリーさんが本当にそんな事をしたのかしら? 私が知っている限り、リリーさんは心根はまっすぐな子よ」


 少なくとも原作では……と、イブリンは心の中で付け加えた。


「かよわいふりをして男を惑わしたのも、婚約者の嫌な噂を振りまいて、評判をとことんまで落とし、男を完全に奪い取るのも、もしかしたら別の誰か……そう、リリーさんにそっくりな誰かなんじゃないかしら? 例えば、あなたから婚約者を奪った女……」

「……リリーさんを見たときに、一目であの女の娘だってわかりました」


 モーアはやっと重い口を開いた。


「尻軽で、男にみさかいがなく、自分を良く見せて男に取り入ることだけが上手な女。……私の婚約者を奪った女」


 モーアは、確か婚約破棄をされたのを理由に、実家から絶縁状態ということだった。ということはリリーはモーアの元婚約者と婚約者を奪った女の娘ということだ。


「その女の娘が、お嬢様の婚約者を狙っている。……最初は、お嬢様を助けるつもりでした。信じて下さい」

「……ええ。信じるわ」

「だから、私はあの子と親しくなったフリをしたんです。それでレストランや競馬場、いろいろなところへ連れて行ってやりました。見た目も良くて、金も持っている男を呼び寄せるためです。あの女の娘ならば簡単になびくと思っていましたから。それを暴露すれば、キース様ならお怒りになり、リリーさんを追い出すかと……それで、リリーさんになりすまして、彼女に関心を持った男に手紙を送り続けましたわ」

「それがあの手紙ね」

「はい」

「だから、今度は彼らの婚約者とつながりを持つようにしました。彼女たちが、嫌がらせをすれば音を上げて逃げ出すかと思ったのですが……」

「嫌がらせをしたのは、私だということになったと……」

「……はい」

「そして、あの王宮パーティです。私はある令嬢をそそのかして、リリーさんの服にお酒をかけさせました。ところが……」

「王宮の衣装係の間違いで、ドレス姿で現れたリリーさんがキースと踊ったと……」


 モーアがしたことは全て逆風になってしまった。まるで、小説の中で悪役令嬢のイブリンがヒロインのリリーさんに何かするたびに、キースとの愛が深まっていくように。


「だからといって、殺すこと……」


 イブリンは深々とため息をついた。よく考えれば、原作通りならそういった行動をするのが自分だったと気付いたからだ。


「懐中時計のせいです」

「懐中時計……?」

「あの懐中時計は、私が元婚約者にプレゼントしたものでした。当時の最新式で、私の実家は裕福だったとはいえ……ずいぶん無理をしましたわ。私は、あの人と別れるときに、懐中時計を返せとは言いませんでした。それを見るたびに私の事を少しでも思い出して欲しい……。そう思ったからですわ」


 ふうっと、全てを吐き出すようなため息をつく。


「だから王宮のパーティで、あの懐中時計を握りしめているリリーさんを見たとき、許せないと思ったんです。あの懐中時計は、あの人が私を思い出してもらうためのものです!! それなのに、あの子が持っているなんて!!」


 なんて身勝手な理由だろう。でもイブリンにはそれを責める気持ちにはならなかった。


「それで懐中時計を奪い、その後、令息の婚約者たちを仕向けて私たちをバラ園に呼び込んだ。それで、私とキースが言い争っているうちに、リリーを茂みに連れ出して……」

「はい。あの子は私を友達か何かだと思っているようで、お二人が言い争っているときに声をかけたらすぐについてまいりました」

「そしてナイフで殺してすぐに、なにくわぬ顔で私をいさめたと」

「はい。血は自分の服できれいに拭ったつもりでしたが、それが余計にシモンとやらを際立たせることになってしまったのですね」

「……そうなるわね。最後に、しっかりと聞くわ。リリーを殺したのはモーア、あなたということでいいのね?」

「はい、私が殺しました」


 それからは、警察官が扉の外に控えていた部下と二人で、バタバタとモーアを署に連れて行った。イブリンとキースはそれを見送る、もしくは別れを告げる気力さえなく、ソファーにだらんと座り込んだまま黙って見ていた。



「なあ?」


 キースが気の抜けた声を出す。


「何?」

「いつからモーアを疑っていたんだ?」

「ん……? 私を『かわいそう』って言った時かな?」

「だからそれっていつ?」

「死体発見した日の夜。だって、私、あなたを好きでもなんでもないもの。別にあなたに好きな人ができたからって、かわいそうでもなんでもないわ。むしろ、婚約破棄のいい機会になったって喜んだくらいよ。近くにいて私を見ていたら『かわいそう』だなんて、言うわけないもの。なのに、なんでそんなこと言うんだろう……って不思議に思ったのが始まりかしらね」

「そうか……」


 しばらくは放心した沈黙が二人を包んだ。


「なあ」


 沈黙を破ったのはキースだ。


「何?」

「あのシモンってやつさ……」

「……」

「あれで、凶器のナイフとモーアのシモンを照合すれば一発だったんじゃねえのか?」

「……ええ。そうかもしれないわね。でも、自白を引き出さなきゃいけなかったのよ」

「なんで? 証拠ならあるから自白なんて後からでもいいだろ?」

「…………」

「お、お前、まさか!?」


 イブリンは、「こんなときだけ、勘がいい男だ」思いながらチッと舌打ちをした。


「シモンの件は嘘なんだな!?」

「……嘘じゃないわ。いずれは、そうなるはずよ。だけど、上層部でって話は、あの警察官と打ち合わせをしてそういう嘘をついてもらったの。言い逃れができないんだと思えば、自白を引き出しやすいでしょ?」

「お前、他にも嘘をついているだろう?」


 イブリンはパッと顔を背けた。


「イ~ブ~リ~ン!?」

「えっと……。あのドレスにあったっていう指紋……あれも、ちょっと……」

「あれも嘘なのか!?」

「だって、ドレスの生地なんて、拡大してみるとデコボコしているのよ! そんなに簡単に指紋なんて見分けられないわよ!! あれは……その……そう見えるように、加工したの」

「…………嘘ばっかりじゃねえか」

「そうね」

「お前、こんな女だったんだな……」

「ええ。元からね」

「そっか……」


 そしてキースは、「はああああ」と大きなため息をついた。


「なあ、俺たち、婚約破棄するか?」

「ええ。それがいいわね」

「分かった」

「ママに許可をもらわなくてもいいの?」

「ああ。俺も大人になるよ」

「ふ~ん」


 そして二人とも、再び沈黙してから、キースがよいしょと立ち上がった。


「じゃあな」

「ええ」


 その二週間後、正式にモーアは犯人と発表され、ちょうどその日に婚約無効の手続きが終わった。

 イブリンは、もうこの世界でやることがないとばかりに、力の抜けた毎日を送っていた。

 ところが……。


 バーーン!!


 イブリンの自室のドアが、音を立てて大きく開け放たれた。


「キ、キース!? ど、どうしたの?」

「イブリン!!」


 許しもなく部屋につかつかと入り込んできたキースは、イブリンの前にへたり込んだ。


「助けてくれよ、イブリン……困っているんだ」

「……え?」



 その後、度々キースは問題に巻き込まれてはイブリンに助けを求め、事件を解決していった。その姿を見た人々は、イブリンをこう呼ぶようになった「探偵令嬢」と。

 イブリンはこの世界で初めての私立探偵になったのである。


 余談だが、指紋照合が正式に調査方法として警察に取り入れられるのは、それからわずか半年以後のことであったという。

完結できてよかったです。

自分なりに、「くそむず!!」と泣きそうになりながら、伏線の回収をしてみました。

回収できなかった部分や、詰めや説得力が甘い部分は……それが私の実力です( ノД`)シクシク。


それと、毎日更新の目標……。

昨日、こちらは更新できず。でも、新作を投稿という裏技を使ってみました。

ギリ……セーフ? セーフでいいですか――?


そういえば、なんでミステリーなんて書いてみようと思ったか。

実は十年来のリア友が、推理小説で6/30に本を出すからです。

彼女は、私と違って、本当に頭がよく、いつも目がきらきらしている好奇心豊かな作家さんです。

よければ、東京創元社 羽生飛鳥 「揺籃の都 平家物語推理抄」をお手に取ってみてください。

よろしくお願いたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] キースがクズい。そして情けない。
[一言] 完結お疲れ様&おめでとうございます 意外にもリリー、潔白が証明されましたね 出会い方とか色々が違えば仲良くなれた可能性がある方で、引っかかった相手が悪かった(-人-) 来世ではもっとマシ…
感想一覧
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