打てる手立て
騎士を辞めてきたと語るヴィーネであるが、辞め方とヴィーネの騎士位のせいで王国の場内はとんでもない騒ぎになっている。
国の掲げる法律、正義に疑問を感じ国を飛び出したヴィーネは退職表を自分の使っていた騎士寮のベッドの上に置いただけで辞めたと豪語していたのだ。
実際、訓練がきつくて嫌になった下位の騎士がそういった辞め方をする事例は後を立たないが、あくまでそれが許されるのは国の機密にほとんど触れることの無い下位の騎士だからこそ許されるのである。辞められたところで言いふらされて困るようなことは何も知らないし、騎士に憧れを持っている人間は多い故に補充も容易なのだ。
ただ、残念ながらヴィーネは王国内でホワイトナイトと呼ばれる騎士位に着いていた。主に王城内の巡回警備を行い、多くの物が立ち入り禁止である場所にさえ入る権限を持っている。立ち位置的には近衛隊よりもひとつ下の位ではあるが、重要な機密に触れる機会は謁見室前等の警備が主な任務である近衛隊よりもかなり多い。実際、ヴィーネはいざと言う時のために作られた城の抜け穴を知っていたり、地下水脈から城の中に抜けるルートを知っていたりする。
言ってしまえばヴィーネの知識があれば誰にも悟られること無く王族の命を狙うことだってできてしまうのだ。
もちろん通路の存在を知っている物は他にも居るし、警備だって全くしていない訳では無い。しかし正面から忍び込もうとするよりは圧倒的に成功率が高くなるには確かである。
だからこそホワイトナイトの団長でありヴィーネの兄であるエミリオは嘆息してしまう。
「我が妹は何をやっているんだ…。」
エミリオの役職が団長である以上、妹だからといって温情をかけることは許されない。どれだけ気乗りしなくても手配書を出し、脱走兵として扱い、追手を放たなければならない。
幸か不幸かエミリオには行先の検討が着いている。出奔する最後の任務で関わった魔女として追放された少女、アンネリーゼを助けるのだと息巻いていた事から、追放先の荒野に向かった可能性は高いと推理はしている。
エミリオは妹の実力を知っている以上死んでいるとは思わないし、追手が荒野を深く探索することも無いため見つかる可能性も低いとは思っている。ただ、心配なのはおそらく死んでいるであろうアンネリーゼを見つけた場合、心に受けるであろう大きな傷が修復可能な物なのかどうかということだ。その場合もはやこの国に戻って来るかどうかも怪しい。
「最近、王の周辺がどうにもきな臭いんだよな。怪しい相談役とやらが来てからというもの腑に落ちない行動が多い。確証もない人間を罰しているせいで、ヴィーネ以外にも不信感を抱いている騎士も多い。かく言う俺も以前のように硬い忠誠を誓えると言われれば微妙なところだな…。」
エミリオは読んでいた報告書を机に置くと、椅子の背もたれに寄りかかって天井を仰いだ。思わずと言った形で飛び出した独り言は幸いにも誰にも聞かれることは無かった。内容が内容だけに、誰かに聞かれ報告でもされたら不敬罪で首が飛ぶことだろう。
「ある意味でヴィーネは上手く逃げおおせたのかもな。貴族との結婚を強要してくる父さんも鬱陶しかっただろうし、ここにいない方がヴィーネは幸せか。」
再び机へと向き直り仕事を再開する。信用出来ない国なんて捨てて自分も逃げてしまおうかなんて考えがエミリオの頭の中をよぎる。自分の心に苦笑を浮かべながら首を振ってそれを否定する。
執務を再開し集中することで一時でも妹の事や国の暗雲について忘れようとしているエミリオを、控えめなノックが現実へと引き戻す。
「入れ。」
やってきたのは1人の若い騎士。エミリオの見知った顔では無かったので彼は別の騎士隊からの伝令であろうとアタリをつけて応対を始める。
「見ない顔だな。他部隊からの伝令か?」
「はっ!ホワイトナイツ隊長エミリオ殿に教会警護隊からの伝令がございます!妹殿の、ヴィーネ殿の消息が掴めました!詳しくは実際に姿を見たと言う方からお聴きください!本日、城の来賓室へとお越しいただいております。伝令の後、必ずお話を聞くようお願い致します。伝令以上!」
騎士は敬礼をした後、執務室を出ていった。妹の消息が自分の推理ではなく、はっきりと判明することに喜んでいいのか悲しんでいいのか微妙な面持ちになるエミリオ。さらに、その場での聴取ではなくわざわざ来賓室へと案内されるいうことは情報を持っているその人物がある程度以上の身分を持つことが伺える。
一応貴族としての身分を持っているとはいえ、待たせたら何を言われるか分からないと判断したエミリオは自分の仕事を一旦中止、来賓室へと向かった。
来賓室は執務室からあまり遠くなくそれほど時間もかからずに到着することができる。ゴテゴテと豪華な装飾が施された来賓室の扉がエミリオはあまり好きではなかった。客人をもてなすために部屋が豪華な装飾で飾られているのはよくわかるが、扉まで変に飾り付ける意味は無いと感じるエミリオ。いざ蹴破る時に変に気が引けてしまったらどうするんだと考えていた。
そんな無駄なことを考えつつ、辿り着いた来賓室へと入るため、その扉を開く。
「久しぶりね、エミリオ。私が教会に引き取られてから初めて会うんじゃないかしら。」
目に映った人物の声を聞きながら、なるほど彼女ならばわざわざ来賓室を使用する意味もできると感じるエミリオ。
来賓室でエミリオを待っていた人物はシスターオーレリア。本来、俗世から離れシスターとなったものは全ての権力から離されるのだが、彼女の場合は事情が違う。
オーレリアは自らに眠る悪しき力を抑えるためにシスターとして教会で過ごすことを強制されているだけであり、貴族の地位を捨ててはいない。
「シスターオーレリアお久しぶりです。…それでどうしたら教会に幽閉されているあなたが妹の姿を見ることができると言うんです?」
言葉通り、オーレリアは教会に幽閉されている。というのもオーレリアが自身の力を悪いものだとは思っておらず自分を見ている神から与えられた力だと深く信じているからだ。
その力は夢を司る力。他人の夢を見ることから始まり、自分の夢で世界中の何かを見ることができたり、果ては他人の夢へと干渉することさえ可能な力。
その力は夢魔、サキュバスの持つものと同じである為忌むべき力として教会の聖なる結界で力を抑えられている。
「先日、私のこの力が勝手に発動したんです。見えたものは黒髪黒目の少女に傅くあなたの妹とメイド服を着た赤い髪の少女。これが誰の夢かは分かりません。ああ、場所は…そうですね、どこかの城です。若干崩れているところがあったので、今はもう使われて居なかったところかも知れませんね。ここから1番近いのは怪物が住んでいるとか言う眉唾ものの噂があるあの廃城ではないかと思いますわ。」
実際のところ、荒野の方向は追放刑の処置場のため、普段は立ち入り禁止の区域であるため捜索隊も深くまでは入れない。故にヴィーネの安全は約束されていたが、オーレリアのこんな情報提供があるようでは捜索のために立ち入り許可が出るのも時間の問題であると考えるエミリオ。しばし考えを巡らせたあと、ひとつの決断をした。
「シスターオーレリア。夢見の力で廃城の正確な位置を辿ることは出来ますか?」
唐突な申し出にキョトンとした顔をするオーレリアだが、エミリオの意図を汲み、
「以前ならば出来なかったでしょうけど、今なら結界外で力を使えればできるんじゃないかしら。絶対ではないけれど結界を超えて夢見ができるんですもの。結界が無ければ私の望むものを見ることだってできるかもしれませんわ。」
「では、私はこれより王の元へ行き、立ち入り禁止区域への捜索を願い出て来る。シスターオーレリア、貴方の力を信じさせて頂く。本日はこのまま城に泊まり結界外での夢見の力の行使、そして明日からは廃城への道案内を頼む。」
エミリオの申し出にニヤリと妖艶な笑みを浮かべながら仰せの通りにと頭を下げるオーレリア。オーレリアの監視に来ていた騎士から驚きの声が上がるが、エミリオの方が立場が上であるため異議を唱えることは出来ない。
王の元へと向かうために部屋を後にするエミリオの背中を見つめながら、もうすぐ会うであろうを力を増幅してくれた存在を想像し、オーレリアは恍惚の笑みを浮かべるのであった。