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Effect7 歓楽 -after school-

 それから数日後の事だった。

 星暦荘での食事は、みんな一緒に1階の食堂でとることになっている。

 その席でシュウは、覚悟を決めてこう切り出した。


「3人とも。よかったら、一緒にプールにいかないか?」


 そう切り出した瞬間――寮母であり、シュウの伯母のシズク・カザハラは、ほうっと、驚いた顔で甥の顔を見つめた。


「3人一緒にデートのお誘いなんて……シュウって見境ないのねぇ」

「え、いやっ、そういうわけじゃ……」


 一方、誘われた3人の方も驚いた顔をしていた。


「……なに、また突然」

「プールってなあ。あたしら水着もってないし」

「ていうか、3人同時に誘うってどうなのよ。誠実じゃないぜ」


 反応はすこぶる悪かった。

 脂汗に近いものを流しながら、シュウは自分の初手が悪手だったことを感じた。


「その、秋雄とコジロウも来るんだよ」

「発案者は誰?」

「コジロウだ」

「コジロウ? あら、意外ね」

「偶然チケットを6枚手に入れたらしい。で、ちょうどよかったからお前等を誘えないかと……」

「ちょうどいい?」

「なんかオマケみたいな扱いだなあ」


 カリンとテオが口々に告げる。あまり芳しくない反応に、こういう経験がないシュウは、さらに脂汗の量を増やす。

 と、そんな彼の耳元に、伯母が耳打ちした。


(だめよシュウくん。女の子をそんなにぞんざいに扱っちゃったら。どうしても行きたいって意思を伝えないと)

(と言われても……どう言えばいいのか)

(そうねぇ? こう言ってみなさい?)


 シズクが教えてくれたフレーズに、シュウはすこぶる嫌な顔をするが、せっかくの助け舟なので、覚悟を決めて言った。


「その……3人の水着姿、見てみたいかな……なんて」


 ――効果は意外なほどあったようだ。3人とも、顔を赤らめてそっぽをむきながら、咳払いをする。


「そ、そう?」

「ま、そこまでいうのなら……行ってもいいかな?」


(効果覿面じゃないか)


 シュウは心の中でつぶやいて、伯母の顔を見る。

 伯母はにっこりと微笑んで、続いて耳打ちしてきた。


(当日は、しっかりと水着姿を褒めることを忘れないでね。アフターケアも忘れないようにね)


 とどめに、意地の悪い声でこう一言。


(朝帰りするときは、せめて連絡は入れてね? 晩御飯無駄になっちゃうから)

(それはない!)





 ――そして、本番の日。

 駅前で秋雄とコジロウと合流し、6人で入場ゲートを通る。


「3人は水着とか持ってきてたの?」


 コジロウが朗らかに問いかける。それにリサが答えた。


「ううん。新しく買い換えたわ。カズハに案内してもらったの。カズハも来たがっていたわよ?」

「そうなの? 誘えばよかったかな」


 そんなやりとりをしながら、更衣室の前で男女に別れる。

 男子だけとなったシュウは、上着を脱ぎながら、残りの2人に問いかける。


「お前等水着はどうしたんだ? 俺は去年のですませっちゃったんだけど」

「僕は去年夏に着たのがあったからね。秋雄は?」

「俺は新調したぜ。さすがに古くなったしな」


 そうして着替えた3人を見て、まわりの男たちの視線がむく。服を着ているときはそこまでガタイがいいようには見えない3人だが、いざ服を脱げば、軍人として鍛え抜かれた体が出てくる。見事に腹筋が割れ、腕も引き締まっている。

 男3人は手早く着替えを終わらせて外へと出た。まだリサたちの姿は見えず、外で待つこととする。

 女子更衣室から出て来た見知らぬ女子たちが、3人の筋肉を見てヒソヒソと言葉をかわしながら通り過ぎたが、リサたちは一向に姿を現さない。


「遅いなぁ。待ち合わせはここだって伝えたよな?」

「我慢できずに先にプールにはいっちゃったとか?」

「端末に連絡しようにも、入り口で取り上げられちゃったからなあ」


 この時代、1人に最低1台はオフィシャル端末が配給されるのが普通だ。携帯端末にはありとあらゆる機能が追加できる上、撮影機能がデフォルトで搭載されているので、こういった場所では盗撮防止の目的で取り上げられるのだ。

 3人、他愛ない雑談をしながらすごしていると、更衣室の奥からリサの声が響いた。


「こら、さっさといくわよ? 何もじもじしているのよ」


 彼女にしては珍しく、業をにやした感じの声だった。そのまま、2人をひっぱるように出て来た。

 ほう、と、シュウも秋雄らも、3人そろって感嘆の声を漏らした。

 リサは上下に別れたレモン色のビキニ姿に、オレンジの腰布(パレオ)を巻いていた。ビキニとパレオという、露出と非露出のアンバランスさが、清楚なイメージを伝えながら扇情的に彼女の魅力を引き立てている。

 その後ろで、肌を上気させながら体をちじこませているのは、テオだ。

 彼女は露出の高い赤のビキニ姿をしている。その外見は、いつもカリンが言っているが、反則的だ。しかしそのわりに伝わっている彼女の恥じらいが、その破壊力を倍加してあまりあった。

 そして最後のカリン。いつも活発な彼女にしては、少し意外なことに、白いフリルつきのワンピースを着ていた。いつも男のような服を着ている彼女と違い、年相応・見た目相応の、少女趣味の格好はとても新鮮味があった。


「うう、恥ずい……」


 テオが全身から湯気を出しながらもらす。それを見て、リサはうんざりとした顔でいった。


「いつも胸からつるしたメロンを揺らしているのに今更何言っているのよ。そんな大きな体、隠そうとしても隠し切れないんだから、堂々としていなさい」

「人が気にしている事をズバズバ言ってくれるな! 泣くぞ!? 泣いちゃうぞ!?」

「何パニくってんのよ!?」

「こんなに人が多いとは思わなかったんだよ!」


 2人がキャンキャンとわめく。その後ろで、いつも賑やかなカリンは、もじもじとしながら無言でシュウの顔を見上げていた。


「……どうかな。変じゃない?」


 不安げな面持ちで、たずねてくる。シュウは自然とうなずくことができた。


「ああ、すごく似合っているよ。これなら誰も男に間違わな――ふごっ!」

「一言余計なんだよ」


 鳩尾に一撃を受けて悶絶する。――シャレにならない痛みだった。





「それじゃ、3組に別れようか」

 あっけらかんと言い出したのは、コジロウだった。

「え? みんなで一緒にまわるんじゃないの?」

「この人ごみじゃあ、団体行動は迷子のもとだよ。存分に楽しむのなら、ペアぐらいで行動するのがちょうどいいんだよ」

「ああ、そういえば、去年も秋雄やら何やらが迷子になっていたし」

「あれは迷子になったんじゃない! 俺がアイスを買いにいったらお前等がおいていったんじゃないか!」


 秋雄が文句を言ってくるが、無視する。


「そういうことならわかったけど、組み合わせはどうするんだ?」


 いい加減、腹をくくったのだろう。いつもの自然体で、テオがたずねた。

 コジロウはあっさりと爆弾発言をもたらした。


「男子からの指名制でエスコートってのはどうだろう?」

「へぇ? それは面白そうだね。あたしはそれでいいよ」


 テオが、リサを見つめながらうなずく。そうなれば、自動的にリサの相手は秋雄になると見ての発言だった。秋雄がどうこういうわけではなく、リサが慌てる姿を見て面白がっているのだ。

 だが、間髪いれずにコジロウが言ったセリフにテオはうろたえた。


「それじゃあ僕はテオさんを指名させてもらうよ」

「うえ!? あたし!?」

「それじゃあ行こうか。見られるのが恥ずかしいんだよね。なら、もう水にはいっちゃおうか?」


 テオの手をつかんで手馴れた様子でコジロウがエスコートしていく。6人いる姉妹に鍛えられたのだろう。そこには一変の動揺も見られなかった。

 残された4人は――


「な、なによ。2人はどっちを指名するのよ?」


 リサが、突き放すようにたずねてくる。それは照れからくるものであることぐらい、2人はわかる。カリンは顔を上気させていた。

 シュウと秋雄は顔を見合わせる。女性陣が思った以上に照れてくれたから、男性陣は逆に落ち着くことができた。

 2人は同時に、それぞれが指名する相手を指差した。





「なんかさ、悪いな。あんたには残り物のあたしを指名させたみたいでさ」


 2人になるなり、カリンはシュウの腕をつかみながらそう言ってきた。シュウは首をふった。


「残り物って何言っているんだ。俺はカリンも一番に誘いたいぐらい可愛いと思ったぞ」

「……そんなこといわれたの、初めてだよ」

「俺も言ったの初めてだよ。さ、それじゃさっそく泳ぐか?」

「そうだねぇ……あたしは、あれがいいな」


 彼女がそう言って指差したのは、ウォータースライダーだった。





「ひゃっほー!」


 ざぱーん。

 ウォータースライダーから落下してきたカリンがプールに飛び込み、あたりに盛大な水柱が上がる。

 シェイクを飲みながらその光景をながめていたシュウは、苦笑を上げた。

 プールから上がってきたところで出迎える。

 彼女のために買っておいたシェイクを手渡しながら、ついでにたずねた。


「存分に楽しんでるな。もう1周いくか?」

「いや、もういいよ。にしてもプールってこんなに愉しいんだな。こういうところ来るの初めてだから、はしゃいじゃって」

「楽しんでくれて何より。チケットを用意してくれたコジロウに感謝しないとな」

「今度はどこにいく? 私のわがまま聞いてくれたから、今度はシュウにあわせるぜ」

「そうだな……」


 シュウは頭の中の、このレジャー施設の全体マップを呼び出す。

 そして、カリンが好きそうな場所を探す。


「波のあるプール、いってみようか」





「へぇ、これが《海》って奴か?」

「本当の海は、水が塩っ気を帯びて磯の香りがするらしいけどな。といっても、俺も見たことないんだけど」

「シュウもコロニー育ちか」

「ああ。お前は『チューファー(ファイブ)』だったっけ?」

「うん。ささ、さっそく泳ごうぜ!」


 波のあるプールには、主に家族連れと思しき人たちの姿があった。海岸まぎわのあたりでは、たくさんの人が浮き輪をつけてぷかぷかと浮いている。


「岸の近くは混んでるなぁ。奥にいってみようか?」

「ああ、いいけど……奥にいくほど流れが急だぞ?」


 そういいながら、足を下ろす。――と、いきなりカリンが抱きついてきた。


「カリン?」

「ふかっ! 深い! 足つかない!」

「お前もしかして泳げないのか?」

「お、泳げるよ! でもこんな深いって思わなくってさ! しばらくこのままいて!」

「ああ、わかった。落ち着くまでそうしていろよ。浅瀬の方までつれていこうか?」

「う、うん……」


 シュウはカリンの体をしっかりと抱きとめる。と、その拍子に彼女の背中のあるものに気づいた。

 彼女が着ているワンピースは、背中まで覆うものだった。――ただ、白い生地に透けて、赤い傷跡のようなものが見えていた。

 さきほどまでは間違いなくそんなものはなかった。おそらく動いたせいで傷痕が充血し、目立つようになったのだろう。


「カリン、その背中の傷は……」

「えっ……見えるの?」


 岸へと上がった2人は、休憩もかねて、カフェテリアへと移動していた。

 席で物憂げな顔で待っていたカリンに、ホットドッグを抱えたシュウがやってくる。


「ほらよ。落ち着いたか?」

「ああ。……その、あたしの背中の傷痕、気になるか……?」

「気になるよ。でも、それは仲間のことを知りたいって意味だ。それに関して聞かれることが嫌なら、俺は何も聞かない」

「たいした話じゃないよ。私は『チューファー5』のスラム街出身なんだ。そこだと、毎日生きていくのが戦争だからさ。かっぱらいに失敗すれば、手ひどい『お仕置き』が待っているってわけ」

「『チューファー5』のスラム街か……噂には聞いているよ」

「私の口の悪さも、そこから来ているってわけ」


 カリンが口元を歪めながら言う。それを聞いたシュウは――カフェの椅子から腰を上げた。


「ちょっと待ってろ」

「シュウ……?」


 シュウは近くの売店で、羽織るタイプのパーカーを購入すると、それをカリンの肩にかける。


「背中の傷、見られたくないんじゃないか? よかったらそれをつけてろ」

「う、うん。……ありがと」


 ――と、それを見ている2対の目があった。


「あらあら。教師と教え子のただれた関係って奴かしら」


 声が響いた瞬間、2人は同時にシェイクを喉につまらせて咳こむ。


「み、ミアン教官!? それにタクマ教官も! なんでここに!?」

「あらぁ? たまには夫婦水入らず、デートに来ちゃいけないのかしら?」


 ミアンは、教職につく人間としてはあるまじきことに、夫であるタクマの腕のしだれかかりながら、シュウに言ってきた。


「……いや、仲のいいことはわかったので、人目をはばかってください、教官」

「ふふふ、そうね」


 ミアンはそういうと、あっさりと夫の腕を放した。


「それにしても、2人がそこまで進展しているなんて、驚いたわ」

「いや、今日は秋雄たちと一緒に遊びにきたんですよ。それで、3組に別れることになって」

「なるほどねぇ。トリプルデートってわけだ?」

「……言葉を選んでください、ミアン教官」


 茶化すミアンに、頭が痛くなってきてぼやく。この教官はオンとオフの区別がつきすぎていて、プライベートではすごく面倒な大人になるのがタマに傷だった。


「そこらへんにしておけ。ミアン」


 そう言ったのは、夫であるタクマだった。厳しい面持ちのこの男がミアンと並ぶと、美女と野獣という言葉が頭をもたげてくる。


「楽しんでいるとこを邪魔してすまないな。どうも、ミアンはこういう場は茶化さないと気が治まらない性分なのだ」

「すっげぇ迷惑な性分ですね」

「なによ、タクマ。私は茶化しているんじゃなくて、2人を応援しているんだからね」


 ミアンが反論するが、絶対嘘だ。この人は自分が楽しんでいるだけだ。


「……ただ、カリンくん。これだけは言わせていただきたい。臨時とはいえ、貴方の立場は教職にある身。……本来、特定の生徒とこういった関わりを持つことは慎むべきなのです」

「む………」

「――楽しい休日を邪魔だてしてすみませんでした。私は、これにて」


 タクマは一度頭を下げると、身を翻して去っていく。その後ろをミアンが追いかけて、タクマにむかって何事か怒鳴っていた。ミアン教官は、こちらの味方のようだった。


「……あの人、堅物だな。本当にアマルガムの元パイロットか?」

「堅物かどうかはアマルガムのパイロットの資質に関係ないだろ。それと、堅物っていうのは間違いだ。あれを見てみろ」

「ん?」


 シュウが指差したのは、タクマとミアンのテーブルだ。――2人は1つの飲み物にストローを2本さし、同時にすすっていた。こんな時もタクマは表情を動かさないので、すごくシュールな光景である。ただ。


「人に説教しておいて自分はイチャイチャモード全開かよっ!? ざっけんな!」


 カリンの怒りは、もっともだと思う。

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