Effect6 再会 -meeting again-
エンドリックがむかったのは、この東墺基地の中でも最も警備が厳重な、地下に供えられた研究セクションだった。遠目には風采の上がらない老人のように見える彼だが、すぐに近づけばそこだけは猛々しく生気に満ちた虎が如き眼光がある。非常時の備えある軍人たちをして、真っ向から目を合わせることは憚られた。そうでなければエールケニッヒの名声からして、通常の警備が滞るほど、人だかりができていただろう。
そんな彼の前に、白衣を着込んだ恰幅のいい男が現れた。どのような不摂生な食生活をしていればそうなるのか、ぽっこりと突き出した腹を揺らし、息を切らして額に汗をかいている。
彼を見て、エンドリックは目を細めた。
「アーノルド・クラフツマン氏」
「これはこれは、お久しぶりです、エンドリック大佐」
クラフツマンと呼ばれた男は、最大の敬意をもってエンドリックの手をとった。
「申し訳ございません。お越しになられることを事前に知っていれば、このような面倒なお手続きはとらせなかったのですが……」
「いやよいのです。今回は公務ではなく、個人的な視察ですから。クラフツマン氏も、お忙しい中、このようなぽんこつのために時間を割かせて申し訳ありません」
「何をおっしゃいますか。エンドリック大佐のお力添えが無ければ、今度の試作機の話も実現できなかったんですから」
2人を傍目から見ると、エンドリックの方がはるかに年上のように見えるが、実年齢ではクラフツマンの方が一回り近く年上だ。もちろん、ジェンダフリーの現在、年齢よりも階級や業績が重視される。とはいえ、年齢を考慮するとお互いがお互いをたてる奇妙なやりとりだった。
「して、クラフツマン氏。例の実験機の方はいかがでしょうか」
「いやぁ。中々。機体を組み上げて動かしてみるまではよかったのですが、問題が起きているのです。テストパイロットがいないのですよ」
「テストパイロット?」
エンドリックはクラフツマンの言葉を反芻する。
「……私どもが向かわせた3人では、不足でしたか」
「ああ、いや。彼女たちはよくやってくれています。特に『サスガ』には彼女たちほど優秀な女性パイロットがいない。彼女たちだからこそとれるデータというのは大いにあります。ただ………」
「ただ?」
「その……設計時の理論値を満たすために改修を行ったのですが……思いのほか、《フラクタル・イド》が強く……」
「《フラクタル・イド》が強い? テストパイロットたちに影響が?」
「いえ。もちろんパイロットへの影響が見られる前にテストは中止しました。今は、《フラクタル・イド》の影響がでない範囲のテスト項目のみ、優先して消化してもらっています」
「ふむ………」
「それで大半のデータはとれるのですが、主に耐久性の項目で、試験を消化できる者が何とも……」
「しかしですな。《フラクタル・イド》が強いのでしょう? まさか、テストを消化するために、パイロットを使い潰すわけにもいきますまい」
エンドリックは不快感をあらわに言葉を漏らした。もし仮にクラフツマンがそのようなことをするのなら、迷わず彼をつぶす覚悟がエンドリックにはある。
その彼の考えが語尾から伝わったらしく、クラフツマンが慌てて声を上げた。
「いえ、ですから。『シューティング・スター』のパイロットの中に、特別《フラクタル・イド》に耐性が高い人物がいないかと」
「ふーむ………」
そういうことか、とエンドリックは納得する。
クラフツマンがこの地下施設で研究しているのは、新しい理論が組み込まれた、新型のアマルガムだ。
その研究に、コロニー『シューティング・スター』も一枚絡んでおり、先日、要請に従って3人の人間をテストパイロットとして派遣した。
その3人とはもちろん、リサ、テオ、カリンの3人である。この実験機は軍事機密だからシュウには話せなかったのだ。といっても、臨時講師で来たという話も別にでっちあげたものでもなく、それも3人が『サスガ』に来た大きな目的の一つである。
「しかし、カリン君以上に《フラクタル・イド》に耐性が高い人物となるとな。心辺りはあると言えばありますが………」
「本当ですか?」
まるで餌を前にした熱帯魚のようにクラフツマンは食いつく。しかし、エンドリックが意地の悪い笑みを浮かべていることに気づいて、クラフツマンは顔をしかめた。
「冗談やめてくださいよ。ご自身がテストパイロットになろうかって言うんでしょう?」
「申し訳ない。しかし私が人類史上《フラクタル・イド》にもっとも耐性を持つという記録は、まだ破られていないらしいですぞ」
「立場を考えてください」
クラフツマンは取り合いもしなかった。
しかし――とエンドリックは思う。
自らは老骨だ。年齢はさておき、すでに肉体がそうなってしまった。原因は定かではないが、彼の肉体は見かけ通りに衰え、歩くことすら杖がなければままならない。
元々エンドリックは軍人としては体が丈夫ではなかった。本人の気概か、あるいは天命か。それはさだかではないが気づけば自分はふらりと軍人学校の門戸を叩き、万年治療室通いでありながらも職務を全うしていた。EOMパンデミックの時、体が弱いが故に彼は後方任務、すなわち避難民たちの誘導係りについた。
地表を飛び立つ脱出シャトルのシートに座り、地表を飛び立つ際の加速に耐えながら、エンドリックは歯を噛みしめたものだ。
なぜ自分が生き残るのかと。
なぜ、壮健で勇猛な仲間たちではないかと。
地表に残り、あの無敵とされるEOMに、絶望と知りながら立ち向かった同胞の、戦友の姿を脳裏に描き、エンドリックは涙を流さずにはいられなかった。
この手が銃を持てるのなら。災禍の中に身をくべられるのなら。よろこんで身を投げだせるのに。
その気概こそが彼の最大の武器であり、仲間たちが彼をこそ宇宙に送り出してきた、すなわち彼が生かされた意味なのだと、エンドリックが知ることは二度とないだろう。
ただ、アマルガムという名前がまだないころ。
新型兵器と告げられ、EOMへの対抗策となりえる兵器のテストパイロットにならないか、とたずねられたとき、エンドリックは話も聞かずにうなずいた。
やります、やらしてください、と。
その時の実験には今のご時世では非人道的とも称されるものもあった。自らの肉体が人より早く老いた理由も、その時の実験が理由であると聞かされてもエンドリックは驚かない。
どちらにしろ、その時の体験は墓場まで持っていく。
このエンドリックと言われる人物はすなわち、人類の礎であることを自ら架し、人類の守護者として語るべき存在であろう。
その献身が、例え盲目的であっても。
クラフツマンは、世間話ついでに実験の経過を語って聞かせた後、用事があるからとどこかにいった。
どうやら、エンドリックの前に顔を出したのは、テストパイロットについての催促をするためだったようだ。裏を返せば、それ以外の研究については滞り無く進んでいるようだ。
いずれにしても、クラフツマンの要望を叶える適任者がいないか、探しておく必要があるだろう。
そんなことを考えている内に、エンドリックは目的の区画についた。
エンドリックが目当ての人物は、ほどなく見つかった。
男ばかりが目につくこの軍事基地で、若い3人組の女、ともなれば自然と目につくものだ。
「エンドリック大佐!?」
エンドリックの来訪を聞いていなかったらしく、3人は一様に驚いた顔をする。声を上げたのは3人の中でも一番背の高い赤髪の女性――テオだった。
「な、なぜここに」
「楽にしていい。変にかしこまられると、こちらが困る。なにしろ、背筋を伸ばすことすら私にとっては億劫だ」
「はぁ………」
とはいえ現存する英雄を前にして、テオはどのような態度をとるべきか迷っているようだった。ただそれは彼女だけであり、左右を見渡せば、リサはエンドリックの言葉など聞いていないようにぴっちりとした姿を崩していなかったし、カリンはいつもどおりの自然体でニコニコとした笑顔を浮かべてエンドリックを見上げている。カリンにここまで無防備な笑顔をむけられる人物は、エンドリック以外にいない。
――そんなことを自覚せず、エンドリックはつとめてにこやかに告げた。
「こちらに来てからの、話を聞きたいのだが……いいか?」
「は、はい」
テオが声をうわずらせながら口を開いた。
「………なるほどな。3人とも、楽しく過ごせているようでなによりだ」
にこにこと、好々爺とした笑みを崩さずにうなずいたエンドリックは、そこでふと、彼女たちの話を思い出してつぶやいた。
「しかしその……グレン・コウラギ君だったか。リサを正面から打ち負かすとはな。面白い少年だ」
「腕は確かですが、あいつの場合は性格が壊滅的に………」
リサがため息ながらに漏らす。エンドリックは、テオに視線を移した。その意味が伝わったらしく、テオも重い口を開いた。
「その……グレンの奴は、チームプレイを極端に嫌います。あのままだと……正直、正式にパイロットになってもそのままやっていけるか………」
「なるほどな。性格に難あり、か」
3人にグレンのことをたずねがら、この時エンドリックの脳裏によぎったのは、クラフツマンに任せている実験機の話だった。できれば候補生をテストパイロットにするのは避けたいが、クラフツマンの要求を満たす人物が現役にいないのなら、声をかけるのも仕方ないだろう。
「そのグレンという子の成績表、なんとか取り寄せられないかね。興味がある」
「ええ、わかりました……」
乗り気でない様子だがテオがうなずく。と、そこで彼女の手元にあるプリントに気づいた。
「おや? それは?」
「ああ。これですか? 私たちが受け持っている生徒の1人のSAI波形です」
「ほう、SAI波形」
SAI波形とは、アマルガム搭乗時のパイロットの精神状態の推移を表したグラフだ。《フラクタル・ドライブ》の精神汚染――すなわち《フラクタル・イド》の影響が起きそうな場合は、このSAI波形に顕著な反応が現れることで察知できる。
「SAI波形が読めるほど、君たちは造詣が深かったかね」
「いや無理ですよ。ただ一人変な生徒がいるので、ちょっと他の生徒のSAI波形と見比べてみようと思っただけで。《フラクタル・ドライブ》の適合値は最低ランクで、ぎりぎり入学試験を合格できたような数値です。ところがその癖、『サブパッケージ』をほとんどの汚染無く操って見せるんです」
「『サブパッケージ』を汚染無しに? それはつまり、《フラクタル・ドライブ》の汚染に強い耐性を持っているということかね?」
「そう………ですね。普通、《フラクタル・ドライブ》の適合値と、汚染への耐性は比例します。なのになぜ彼だけ、こんな顕著なことが起こったのか不思議で、3人で話してたんです」
「ふむ…………」
興味深げにエンドリックはプリントに目を通す。
その視線がとある一点を見て、さらに見開かれた。
「シュウ………カザハラ?」
彼は見覚えのある名前に、運命の皮肉さを垣間見た。




