Effect40 色覚 -colour sense-
「…………」
「リコ、そう気を落とすなって」
憮然とした顔で言葉を失っているリコを、テオがねぎらう。
一方、その原因を作った秋雄は居心地の悪い顔で後頭部をかいていた。
そんな秋雄に責任者として付き添ったカリンは、横目で秋雄を見ながら言った。
「勘……という言葉で片づけることは簡単だけど、たぶん私や秋雄は、計器の情報を無意識に読み取っている。感覚的な部分でやっているから、正確な意味はわからないけど。……だからたぶん、他人においそれと教えられるものじゃないと思う」
通常の訓練時間外で、リコが秋雄に稽古をつけてもらったのだが、それが物の見事にからぶったのだ。秋雄は感覚的な話をするので要領を得ない。しかし実際に彼の狙撃は成功する。リコとしては何が正しいのか全くわからない状況だ。
「現役で活躍したスポーツ選手の皆が名コーチになれるわけじゃないだろ。むしろ、自身で工夫を重ねた中堅ぐらいの方が、指導者としては大成することがある。……そんなものだと思う」
「その……似たような時に、俺の知り合いが言ってた言葉なんだけど……」
秋雄が、言葉に詰まりながら言った。
「グレンっていう天才がいて、なんであいつだけあんな動きができるんだろうなって話になった時。……また別の、シュウっていう俺の……クラスメイトが言ったんだ」
「……グレン・コウラギに、シュウ・カザハラなことなら、俺も知っています」
「うん、その2人。……で、その時にシュウが言ったんだ。『あいつには俺たちと違う世界が見えるかもしれない』……って」
「……違う世界の人間、ですか」
思わず、リコは語尾を強くした。
「ずいぶん上から目線の物言いですね」
「普通、そう思うだろ? その言葉を聞いた時は俺は耳を疑った。シュウはそのころ劣等生で、俺と50歩100歩の成績だったけど……そういうことで割り切るような人間には見えなかったから。だけど、次の言葉でシュウらしい言葉だって思った」
「……どう言われたんです?」
「君は色覚って言葉、知ってる?」
「色の違いを判別する能力のこと……ですよね。人によっては緑や赤が認識できなかったりするそうですが」
「そう。俺たち日本を祖先とする人間はこの色覚に異常がある人が多くてね。かくいうシュウの父親も、この色覚異常だったらしい」
「……そうなのですか?」
「うん。遺伝的に起こりやすいらしい。……で、話は戻すけど、俺たちは自分の世界しか見えないから実感できないけど、物は人によって違う見え方をするんだ。例えばここに真っ赤なリンゴがあったとして、俺はそれを綺麗な赤だ、と思うかもしれないけど、君は同じリンゴを見て、どきつい色だな、と顔をしかめるかもしれない」
「………」
「それは本人の責任でもなく努力でも埋めようのないれっきとした違いだ。というか、埋める必要はない。見た目が違うだけで何も問題ないし、嫌いなものを無理に好きになる必要はないだろ? ……だけど、そうして自分と人の違いを理解することは、前に進む糧となると思うんだ」
「糧……」
「俺が見える世界は、君には見ることができないかもしれない。でも、俺には見えなくて、君にだけ見える世界がきっとある。いや、あるんだ。俺は厳密な射線計算なんて無理だ。技術を人に伝えることもできない。だけど、君はそれができている。カズハやリサさんみたいな、理論派の人間だ」
「………」
「俺にとっては、それはすごく羨ましいことなんだ。……上から目線とか慰めとか、そういうつもりじゃなくて、本気で」
「…………」
リコは無言で秋雄の言葉を受け止め、そして姿勢を正してお辞儀をした。
「ご指導、ありがとうございました」
「……何も教えられなくて、ごめんね」
「いえ……」
短く否定の言葉を上げ、リコは自分の胸を抑えた。
「大事なものを教わったような気がします」
秋雄は困ったような顔をし、テオとカリンが顔を見合わせて肩をすくめた。
その時、駆け足で近づいてくる人影があった。思わず、そちらの方を振り向く。
「マークにダリル。そんな急ぎ足でどうした?」
部下でありながらも、年長者として余裕のある態度を崩さないこの2人が、カリンの前でこのような慌てた姿を見せるのは珍しい。
カリンが代表してたずねかけると、マークが遠くからでも聞こえるように声を張り上げた。
「ああ、ちょうど2人一緒でしたか! カリン中尉にテオ中尉!」
マークが歩調を緩めて近づいてくる。そして破顔して言った。
「来ましたよ。ご友人が。リサ・カークライトが自機とともに到着しました。今なら言葉ぐらいはかわせるんじゃないですか」
「なに? どこに?」
「第三格納庫です。たまたま友人とカードゲームやっていたら、姿が見えて。本人で間違いないです」
「そうか……」
言葉を受けてカリンは、テオを見る。
テオはシニカルな笑みを浮かべていった。
「あいつも愛想が無いな。いつ到着するか教えてくれないと歓迎会も開けじゃないか」
「リサは不器用だからな。そういうべったりしているのが苦手なんだろう」
「そうか、それじゃあ」
「「出迎えしないわけにはいかないな」」
お互いに声をハモらせて、2人で愉快そうな笑みを浮かべる。
マークが、唯一のツッコミ役としておどけて言った。
「お2人とも、いい性格をしていますよ。本当」
格納庫へむかう道すがら、テオが思い出したようにマークに尋ねた。
「ところで、さっき言った自機って何だ?」
「へ? リサ中尉が乗っているアマルガムのことですけど」
「え、リサってまだアマルガムに乗っているの?」
テオが不思議そうに声を上げる。それから、カリンを見た。
カリンも首を振る。
「いや、知らないよ。……憲兵隊ってアマルガム部隊も持っていたのか? あたし達が知らない間に創設されてたのか……」
「いや、部隊じゃなくて一機だけですよ、少なくとも今は。……これは秘密にして欲しいんですが、搬入を担当した整備士に知り合いがいて、そいつから話を聞いたんですけど」
「見慣れない機体でした」
それまでじっと黙って話を聞いていたダリルが、口を開いた。
「正式採用されているいずれの機体とも異なる機体です。それにあの形状からしておそらく、一般規格から外れており、専用装備を搭載するための接続具らしきものが見えました」
「ええ。それは俺も気づきました。通常のハンガーに収まってませんでしたからね」
一番にその話に食いついたのは、メカのことなら三度の飯より好きな秋雄だ。
「もしかして新型の実験機とかですか? それとも憲兵隊専用のエース機?」
「さあ……あ、でも見たことのない機体って言ったけど、どこかで見た気がするんだよな。……でも過去も含めても正式採用された機体にはないし、一体どこで見たんだったか……」
そんな言葉をかわしながらも、目当ての第三格納庫にたどり着いた。
「この一番奥です」
「一番奥? 手前に空きがあるだろ」
「……えーと……本当にオフレコにしてくださいね。……さっき話した知り合いが言うには、何かと機密が多い機体らしいんです。通常なら隔離したいところを、この前線基地にはそういった場所がないんで、やむなく、隅っこに置かれたとか」
「ああ、あれか。あの黒紫色の……あれ? あれは『ランディーニ』だろ?」
「俺たちが言っているのは、その奥のもっと黒らしい黒の奴です。『ランディーニ』は、リサ中尉が一緒に行動しているというグレン・コウラギのものじゃないですか」
「そうか……ああ、見えてきた……」
言いかけたカリンの足が止まる。
テオも、同様に。
――それに釣られるように全体の歩みが止まった。
「……お2人とも? どうしたんです?」
マークが振り返る。2人の顔は蒼白となっており、表情が硬直していた。
その脇で、秋雄が機体を指さして声を上げる。
「あー! わかった! こいつ、あれですよ! 装甲追加されているしカラーリングは違うし原型はほぼとどめていないけど、あれです!」
「おい、秋雄、今はそれどころじゃ……」
「『アトモスフィア』です! 『サスガ・エフェクト』でシュウが乗っていた!」




