Effect39 俯瞰風景 -aerial vision-
シュウの行動は、ASUSの監視下にある。
その状態は軟禁と言ってもいいもので、外部との接触はほぼできない。ネットは繋がっており、様々な情報を閲覧することはできても、こちらからは発信することができない。
また、以前も言ったが、彼は『アトモスフィア』の体を自在に扱えない。
――一年前の『サスガ・エフェクト』時、墜落する『アトモスフィア』を受け止めたリサとグレンが、そのコクピットに乗り込み、オリジナルのシュウの死を知った時――同時に、かすれたような声でノイズが漏れ出ていた。
それは電波の受信状況が悪いラジオが発するような、耳障りな残響音で、どこか亡霊の嘆きを想像させるものだったが――、
リサとグレンは、その声が『オレハシュウカザハラ。ソコニダレカイルノカ』と問いかけてきていることに気付いた。
――後に聞くところによれば、シュウは、深い暗闇のような世界に閉じ込められていたらしい。その感覚は例えようもなく、周囲の音も何も聞こえなかった。
ただやがて気付いたのだ。
この世界は、フラクタル・ドライブと接続したときの電脳世界と、どこか似ていると。
それを反対側から見つめているような既視感があったそうだ。
そこでシュウは必死に思考をめぐらせた。
かつて教官であったタクマが教えてた通り、『己の神経に新しい経路を通す感覚』という言葉を思い出し、必死に念じ、そうして漏らした声が、あの時のノイズだったらしい。
すぐに『サスガ』宙軍によって機体は回収され、リサには口止めが命じられた。
その後、ASUSの手に渡り、改修が施され、ようやくシュウは周囲とコミュニケーションできるインターフェイスをもらったそうだ。
通常の人間であれば気が狂うような状況がしばらく続いたはずなのだが、それを耐えたのは、シュウがやはり常人と異なるからだろう。
ただ、機構的な措置によって、『アトモスフィア』のすべてを制御できるわけではない。むしろ、ほとんどできない。周囲に働きかけることができるのは、小さなスピーカーで語り掛けることぐらいだった。
ただ、例外がある。
シェリルが監視についており、そして彼女の許可があれば、通信などの制限が解かれる場合がある。
例えばEOMとの交戦時は、シェリルは立場上AGオペレータの席についているが、その仕事をほぼシュウに丸投げしている。それに付随して、シュウはAGオペレータの役割上に必要な様々な通信が解放される。基本的に外部と意思疎通のやりとりが必要な場合は、シェリルが間に立つが、しようと思えば、通信回線に割り込んで自分の言葉を相手に伝えることもシュウは可能になる。
そして。
今日も、シェリルの監視下で、シュウは束の間の自由が与えられていた。
『……俺はいいって言っているのに』
しかし、本人は困惑気味である。
そんな彼のカメラレンズにむかって、お節介な顔をつくってリサは言った。
「何言っているの。引きこもってばかりだと気が滅入ってくるでしょ。たまにはお日様を浴びないと」
「機器のセッティング、終わりました!」
配線の最終確認をしていたコトミが声を張り上げた。
端末の前に待機していたシェリルが、画面を見ながら読み上げる。
「通信の接続を確認。問題ありません」
「それではシュウさん、いいですね?」
コトミが、シェリルの隣の端末に座り、ヘッドセットをかけながら尋ねかけてくる。
シュウは短く肯定の言葉を返した。
『ええ、いいですよ』
「では、繋げます」
――そして、シュウには今までと異なる光景が映った。
それまで自分がいた、モノトーンに彩られた輸送機の格納庫ではなく、高度1千mからの光景。
様々な山脈。
青空。
――そしてそこに築かれた、人類の拠点。
――アルジェ基地。
『…………』
言葉にこそしなかったが、シュウはそれに胸に熱いものを覚えた。
基地と、その周辺に作られた居住区。
――その周りには、かつてEOMが現れるまで。
地上に100億の人間が暮らしていた名残である、かつての廃墟がまだ残されている。
それでも人類は、再びこの地上の一部を取り戻した。
『私たちはまだ復興の途中にある』
リサが言葉を重ねてくる。
彼女もまた、シュウと同じ光景を、被ったバイザーを通して眺めているはずだ。
『EOMはまだたくさんいる。突然の転移の脅威に晒されることもあるわ。だけど、それでも前に進むたゆまぬ努力が、EOMの手から地上を取り返すというこの光景を生み出したわ』
『……ああ。色んな兵士たちが。……人たちが、それを成し遂げた』
『そうね……。私たち軍人だけじゃない。基地のまわりに寄り添って広がるあのバラックに住む人たち……それらが礎になって、今の世の中があるのよ』
言葉にしてから、リサは微笑んだ。
『あそこには、秋雄も、カリンも、テオもいるわ』
『……奇妙な偶然だな。コジロウ以外の全員が、あの場所に揃うなんて』
『あるいは、必然なのかもしれないけど』
リサはこぼしてから。
『この光景を焼き付けておくといいわ。私たちの再会の場所なのだから』
『ああ……そうだな』
リサの言葉にうなずき、返しながら。
シュウの視線は、ある一点に引き付けられた。
(……『クエンティン・エルバ』……)
基地の敷地の一角に、その異様な巨体を鎮座させている。
白をベースとした、箱型の巨体。
EOMパンデミック以前から存在した強襲機動空母の一つ。
元はアメリカ合衆国所有。AWGS(Additional Were Genelal System)と呼ばれる機動兵器を運搬するための空母だったが、今ではアマルガム運搬用に大幅な改修を施され、内部は様変わりしているらしい。
全長420m。
合計20機のアマルガムが搭載可能であり、使い捨て式の補助推進装置を利用することで単独で大気圏外への浮上が可能である。
維持にコストがかかりすぎるため、提供という態で統括軍に押し付けられたという曰くのある機体を眺めて。
(俺たちがここに送り込まれた意味はなんだ……?)
シュウは思考に耽る。
ASUSが、自分という存在を持て余していることはこれまでの待遇から想像できた。『アトモスフィア』に宿る意思であることを利用し、前線で戦うこともできる兵士として。そしてロバート・ウィンベルという名の研究者として。もしくは、重大な機密を抱えた要警戒人物として。
様々な使い道としがらみが、自分には拠在している。
(テオやカリンがここにいるのもただの偶然か? ……俺たちは単に再会を喜んでいいのか?)
もっとも、今のところ――シュウのことは決して2人に口外しないよう、シェリルや、リサの上官であるライラから言われている。
おそらく、シュウは、リサと2人の再会を遠くから眺めるにとどまるだろう。
(……考えても仕方ないか)
シュウは思い直す。
(リサがくれた折角の機会だ。この光景を焼き付けておこう)




