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Effect38 番犬 -watcher-

 リコ・シュタイナー。

 赤毛で小柄ながら、鍛え抜かれた体躯を持つ少年。

 年少組ばかりで占められたテオトール班、唯一の男子だ。

 女所帯のテオ班の中で、1人、番犬のように仏頂面を崩さない彼を見て、誰しもが『不愛想な少年だな』と印象を抱く。

 実際、彼は人に愛想を振りまくという行為とは無縁。

 むしろ忌避すらしていた。

 骨太の鍛え抜かれた体に相応の、硬質な心根の少年であった。


「え~と……」


 アルジェ基地の食堂。

 そのリコと対面に座る秋雄は、所在なさげに声を上げた。


「テオさんたちは……?」


 おずおずと質問を投げかけてくる秋雄を一瞥して、リコは言葉を返した。


「隊長たちはシャワーを浴びています。俺だけ一足先に行って、席をとってこいと」


 それから、無造作にカレーをスプーンで食む。

 ソーニャとカリンが出会って以来、可能な限り、2つの班は一緒に昼食をとるようになっていた。といってもマークやダリルは、それぞれ既知の知り合いというものが他にいるらしく、それらのテーブルをまわっていて同席することは少ない。

 いつも一緒に食事をとるのは、テオ、ソーニャ、タチアナ、リコ、カリン、秋雄の5人だった。

 しかし今日はカリンは所用があるからと秋雄だけ先にむかわせて、いざ来てみればリコだけテーブルに座っていた、という日常でのハプニング的な状況である。

 雑多な食堂の喧騒を背に、プレートに載ったカレーを一口すくいながら、秋雄は思った。


(また、グレンとは違った気難しそうなタイプだなぁ……)


 これまでの食事会でも、ほぼ黙々と食事していた姿しか覚えていない。

 話を振られればまともな対応を返す分、グレンよりもましだが、積極的に会話には加わろうとはしなかった。


(まあ……出会ったときは、コジロウもシュウも似たようなものだったけどな)


 昔のことを思い出し笑いし、この頑なな少年ともいつか打ち解けれる日はあるのだろうかと楽天的に考え、秋雄はいつもの調子で携帯端末を取り出した。


「そういえばリコ君は、『クエンティン・エルバ』が駐留している理由は知っているの?」

「いえ、存じません。仮に知っていたとしても、機密事項なので口外できないと思いますが」

「そうかぁ。残念だな。そういえば、テオさんの班の中で、君だけライフルだよね」

「……そうですね」


 胡乱げな視線をリコは投げかけてくる。

 気弱そうな見かけに反して物怖じしない秋雄の性格をつかみかねているのだった。


「なんで君だけ? 君の使っている銃……IGNIはアウトレンジ用のライフルだから有効射程距離は長いけど、ちょっとちぐはぐだよね」

「……俺は保険ですよ」

「保険?」

「至近距離にEOMの不意の転移が来た場合、遠距離武器構成のテオ班では対処に手間取ります。そこで立て直すための要員として、俺がいるわけです」

「うーん……なるほど。でも、それって付け焼刃じゃない?」


 実戦経験は少なくとも、コアな知識だけは身に着けている秋雄なりの意見。

 それに、リコはぴくりと、不快気に眉を寄せた。


「……俺では力不足ですか」

「いやそういうわけじゃなくて、連射性が低いIGNI一丁で凌げる状況ってそんなに多くないじゃないか。それならもっとアウトレンジ適正のあるFLIやFOLTで遠距離戦に特化した方がいいんじゃないかと思って」


 秋雄は、自分の専門分野についてなら饒舌になる。

 榎原の時代はシュウを捕まえて、プライベートではアングラなネットのサイトで同じような人間と意見をかわしたものだ。

 その癖が、今回は悪い方向に働いた。


「……俺にはこっちの方がむいているんです。放っておいてください」


 リコは、会話を打ち切るように言い切った。

 しかし、


「ああ、わかるよ。俺もなんていうか、アナログなガッションって言う動作が好きでレバースライドタイプな狙撃銃使ってるのもあるんだよね」


 秋雄はしみじみと漏らした。


「他の銃の選択肢もあるんだけど……なんていうか、そうじゃないと腑に落ちないというか。……なんかそういう感覚的な部分って大事なんだよね」


 この時、リコは初めて秋雄の顔を正面から見た。

 素朴な顔で、一片の悪意も無い、無害そうな顔だった。


(『サード・シード』……)


 脳裏で、秋雄がそう呼ばれていることを思い出し、リコは初めて自分から話しかけた。


「秋雄さんは……狙撃のコツはなんだと思いますか」

「コツ?」

「重力センサーの値の目安はありますか。風向フィルターの可視化は利用しますか。……闘機祭の2回戦、動きを先読みしているとしか思えない偏差射ちをしましたよね。あれはどうやって予測したのですか」

「ええと……」

「……俺は強くなりたいんです」


 ボソリと、リコは漏らした。


「秋雄さんが闘機祭で見せたあの動き、きっと俺より高次元にいます。それを俺に教えてくれませんか」


 まっすぐとした眼差し。

 それを見て、秋雄は少年の面差しが、別の人間の姿と重なった。


(……ああ、そうか。この子は、グレンと似ているんじゃない。……シュウと似ているんだ)


 少年に描いていた第一印象を描き直す。

 不器用な態度の裏のひたむきさ――真摯さ。それに心が揺さぶられる。


(……けど)


「ごめん……たぶん、俺では力になれないと思う」

「いえ……無償で教えてもらおうというのが俺の傲慢です。もし、俺程度でお返しできることなら」

「いや、たぶん無理なんだ」


 秋雄は二度、首をふった。


「普通は計器を見て射線を予測して銃弾を放つ。俺もそれはしているんだけど、正直具体的な数値は見ていないんだ。……ただ、ある時突然、『今撃てば当たる』という予感がすることがあるんだ。そういう時に打てば、大体当たる。感覚的にやっているだけで、あんまり理論的なものじゃないんだ」

「………」


 リコは狼狽した。

 闘機祭で見せた狙撃は、まるで確信めいた精密な射撃だった。

 それが、『勘』などという曖昧な単語であることが、信じられなかった。


「士官学校でも……後輩に同じような質問をされることは多かったんだ。闘機祭の後なんか特に。俺も、他人(ひと)に教えられるようにがんばったんだけど………中々うまくいかなくて」

「……感覚的に、やっていると?」

「うん。言ってしまえばそうなんだ。俺は人に教えられるようなことは何もしていない」


 リコは、秋雄の言葉の真偽がつかめず、横顔を見ながら、スプーンでカレーをすくった。


(嘘を言っているようにも思えない。テオ隊長も、あいつはバカで正直だ……そう言っていたけど)


「秋雄さん。暇な時でいいので、ちょっと俺の動きを見てもらえませんか」

「それはかまわないけど……でも、俺の教え方だと逆に混乱させるだけだと思うよ」

「それでも、何か突破口が得られるかもしれません」


 リコの言葉に、秋雄は破顔する。


「君……結構小さいころからボディビルみたいなことをしてる?」

「……ええ、しています」

「やりすぎはよくないらしいよ。もう遅い話だけど、特に成長期は。その時期にやりすぎると、骨格がダメージを受けて、身長が伸びない原因になるらしい」

「……え?」


 予想外のところで、自分の身長が伸びない原因を言われて、リコは一瞬言葉を失った。

 と、リコが固まっている姿に気付かず、秋雄が首をめぐらす。そして立ち上がって声を張った。


「ああ、テオさん! ここです!」

「あー! 悪いね、秋雄!」


 テオ達、そして途中で合流したのかカリンの姿もある。


「よぉ、リコ。お前どうしたんだ。なんか顔色が悪いぞ」

「え、いつもこんなんじゃないですか?」


 リコの顔を覗き込んだテオのセリフに、ソーニャが不思議そうに反応を返した。

 リコは2人から顔を背け、そっぽをむく。


「……何でもないです。放っておいてください」

「秋雄、お前なんか変な話でもしたんじゃないか?」

「え? いや普通の世間話ですけど……」


 秋雄の言う世間が普通で一般的なものかどうかはともかく。

 リコが頑ななのはいつものことだと思い、それぞれ思い思いの席に座った。

 ソーニャはいつもの通りにカリンの横に座り、秋雄とは(はす)向かいになる。すでに敵性生物と認識されているのか、目線が合うと、両手を持ち上げた謎のポーズで威嚇してくる。

 しかし、保護者(テオ)が即座にテーブルの下でソーニャの脛を蹴りお仕置きする。

 ソーニャが痛みで飛び上がる中、テオは何事もなかったかのように口を開いた。


「そういえば秋雄。あんた……昔はリサにゾッコンだったよな」


 突然の不意打ちに秋雄はむせてカレーを噴出し、その余波を受けたリコが不快そうに眉根を寄せた。

 一方、上官であるカリンは、ソーニャの横で一緒になって胡乱そうな視線をむけた。


「ところがどっこい。こいつ、白人系の美人の画像を見せたらすぐになびきやがったぞ」

「い、いやぁ……なんか俺みたいな純正の東洋人だと、ブロンド美人って物語の中のお姫様のような別世界の住人のように見えるんですよね」

「「お姫様ぁ? リサがぁ?」」


 カリンとテオが同時に返し、クスクスと笑う。


「いや、あくまで外見の話ですよ。………でもリサさんって真面目で……逆に人間らしい反応が、惹かれるというか」

「委員長タイプが好きとかそんな感じか?」

「……ちょっとやめて下さいよ。なんでいきなり性癖暴露されて公開処刑されているんですか、俺は!」


 思わず秋雄が悲鳴を上げる。

 「わるいわるい」と欠片も反省していない態度でテオは手の平をぷらぷらしてから、改めて言った。


「そのリサがな、この基地に来るんだよ」

「最近この基地、異動が多いですよ。毎日人が入れ替わっています」


 ソーニャが口を挟んだ。

 テオが曖昧にうなずき、続ける。


「しかもグレンも一緒らしい」

「グレンも? なんでまた」

「さあ、そこまでは私たちも何とも。なんかお守りをさせられているとか愚痴ってたけど」

「……あの二人は相性最悪でしたからね」


 思わずしみじみと秋雄が漏らす。

 授業の度に険悪なムードが漂い、罵り合いとほぼ同じ応酬が行われていた。お互いに無視すればいいのに、変なところでプライドが高いというか、律儀な性格が災いして、周囲に飛び火するのだ。


「にしても、奇遇ですね。そっか、後でグレンにメールしておこ」

「え、あんたグレンとメールしてんの?」

「え? いや身近な奴らに何かあった時に一応連絡だけ。一回も返信帰ってこないんですけど」

「あんたも豆だねぇ」

「でも無視はしていないみたいなんですよ」


 秋雄の言葉に、視線が集まる。


「一回だけ、グレンのマネージャーだっていう人からメールが来たことがあるんです。まあ、グレンはグレンですから。返信なんて返してこないけど、目は通しているそうで、これからもよろしくお願いしますと言われました」

「その人も振り回されて苦労してるんだろうねぇ」

「……なんか」


 楽しそうに言葉をかわすテオ達を眺めて。

 ソーニャが面白くもなさそうに言った。


「……シュウ・カザハラのE班って、問題児ばかりなんですね」

「おう。名前の挙がっていないコジロウの話するか? 因縁をふっかけてきた地元のチンピラ10人をグレンと一緒にのしたっていう話」

「あいつはあいつで捻くれていたからな」

「……私たちが知らない話を面白そうにして、ずーるーいー!」


 駄々をこねるようにソーニャが言う。

 テオが笑って言った。


「英雄なんて一皮むけばただの人だよ。皆、必要な時だけ外面を取り繕っているのさ」

「名前が売れるほど、その必要な時が多くなる。正直出世するものじゃないよ」


 テオとカリンそれぞれが、それぞれの人生観を口にする。

 それを聞いて、この時、秋雄とソーニャは同じことを思い、お互いに口にこそしなかったが、


((この2人、年寄り臭いこと言ってる))


 と思った。






「ええ、はい。ご配慮感謝します」

『仕事だからね。仕方ないよ。……ただ、正直言うけど』

「はい」

『あの男の態度は何とかなんらないのかね。横柄(おうへい)というレベルじゃない。動物園のゴリラか』

「……申し訳ありません。私からもよく言って聞かせます。ただ……腕前だけは確かなのです。きっと、我が社にとって戦力になる存在なのは確かなのです」

『ああ……まさかパイロットの口からシームレスフェイスなんて言葉が出てくるとは思わなかったよ。どこで知ったんだろうね、あんな単語……ともかくまあ……よろしく頼むよ』

「はい。重ね重ね、ご配慮感謝します」


 最後に謝辞を述べて、回線を切った。


「大変だな。マネージャーも」

「貴方のせいなのですが、グレン」


 エルサは、事務的な表情を崩さず述べた。

 もちろんグレンは端っからそんなことはわかっており、ソファに寝転がったままエルサを見ようともしない。


「実際に戦闘するこっちの身になってみろ。なんで大型用の巨大セイバーなのにライフルが小口径なんだよ」

「逆です。継続火力に優れたスマートライフルが主力で、大型の巨大セイバーは緊急用の補助兵装なのです」

「そんな七面倒(しちめんどう)な戦法、誰がとるかよ」

「むしろ前線では大多数がこの戦法なのですが。あなたの戦術に合わせた製品開発をしても物は売れません」

「全く……つくづく配役が間違っているだろう」


 グレンは、億劫(おっくう)気にため息を吐いて、のっそりと上体を上げ、壁を睨んだ。


「俺は客寄せパンダになるために、兵士になる道を蹴ったわけじゃねぇぞ」

「契約の締結は既に成されました。反故にすれば違約金が発生しますが、訴訟を起こしますか?」

「……けっ」


 胸糞悪い息を吐いて、グレンは立ち上がった。


「俺は人間ができていない。気に入らなければ、違約金があろうが、法がどうなっていようが、そんなもの蹴っ飛ばすぞ」

「重々承知しています」

「……やっぱり配役が間違っていやがるぜ」


 二度呟いて、それから再びソファに寝転んだ。


「寝る。EOMが現れない限り起こすな」

「はい。可能な限り、そうしましょう」

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