涙原 結哉編〜追想〜
結哉は弟、皓叶の顔をしたワイダーに腹部を刺され風前の灯火になっている。
結哉は意識が薄れいでいくのを感じ、幼少期の頃を思い出す。
涙原結哉は父、昌範。母、恭江の長男坊として生まれる。
涙原家は栄路県明類郡針生町の三分の一の占める土地を保有する大地主である。
代々林業で生計を立てていたが明治時代、木材の需要が上がり大金持ちになる。その後あらゆる業種に手を出し、それらも大成功。
特に金融関連に至っては国を動かしかねないと噂される程である。県内では誰もが知る名家の一つである。
涙原家の邸宅は二千二百坪。
例えると、一般のサッカーフィールドと二十五メートルプール二個分である。
三階建てで外壁は白一色。四角の積木を積み重ねて作られたようなキューブ型建造物である。
上空から見ると漢字の『田』になっている。真ん中十字の部分は渡り廊下で、四つ区分された所は白色の石畳が敷かれた中庭になっている。
三階は執事たち六人の子ども達の部屋。結哉もこの階に部屋がある。
二階は結哉の両親と執事たちの部屋。
一階は来訪者の部屋、パーティー会場など来客者をもてなす場所となっている。
庭が広く結哉は把握出来ない。その中に和洋折衷の庭園や人工滝そして人工池があり、池には立派な錦鯉が何匹も泳いでいる。
龍座と瑛美も三階に住んでいる。執事たちの子女は半数以上が養子である。
三階には、時たま帰って来る鵺蔵家に養子となった結哉の弟、皓叶の部屋もある。
皓叶は結哉の二歳下。
三歳で読み書きやピアノを弾いたり武術もそれなりにでき、まさに文武両道の神童である。
母、恭江は皓叶を結哉以上に可愛がる。結哉は同年と比べ天才児であるが、弟の方が格段に上手い。当然、兄である結哉は気に食わない。憎くて仕方がない日々が続く毎日だった。
月日が流れ、結哉の七歳のバースデーパーティーが開催される。
主役は勿論、結哉。結哉にとって自分が目立つイベントである。
名だたる資産家、政治家などセレブレティたちを涙原家に招く。料理も美食家も唸る程美味しく、豪華なビッフェ形式である。
盛大なパーティーで父、昌範と一緒に一人一人に結哉を紹介する。ちやほやされるのは当たり前で結哉は有頂天になるのだった。
パーティーが中盤後半になる頃、結哉がバースデーケーキ入刀する。入刀後、結哉の後ろから心地好いピアノ独奏が始まる。
結哉は振り向き固まってしまう。弾いていたのが五歳の皓叶だったのだ。弾き終え皓叶がお辞儀する。これまで以上の拍手喝采である。
結哉は怒りで震えが止まらなくなる。すぐさま、皓叶の右腕を掴む。両親にトイレに行くと告げ二人一緒にパーティー会場を出る。その時も皓叶の右腕を掴んだままである。
三階の皓叶の部屋に入ると、掴んだ右腕を押しながら離す。
皓叶はベッドの上で転び、仰向けになる。結哉は馬乗りになり、右手を拳にし思いっきり皓叶の左顔を掠めベッドを叩く。
「ひっ!!」
と皓叶は涙ぐむ。結哉の顔は今まで見たことがない鬼の形相だったのだ。
「お前、何様のつもりだ!俺の晴れ舞台を台無しにしやがって!」
結哉はまたベッドを叩く。
「今日はもう寝ろ!母さんに皓叶は疲れたから寝ると伝えておく。」
結哉はベッドから降り自室から足早に出ていく。
皓叶は口を開けポカンとしていたが、涙が止まらなく嗚咽する。
結哉は来客たちと談笑している母、恭江に皓叶の件を伝える。恭江はピアノ演奏の緊張疲れで寝ているのだと思い込み、皓叶の部屋には行かず談笑を再開する。
結哉は執事たちの子どもが一人、冷泉誠仲を見つけ歓談する。
彼は結哉と同年で一番仲が良く執事たちの養子でもある。背は同年と比べやや低い。少しぽっちゃり体型で丸眼鏡をかけ細目。短い黒髪の物静かでおっとりとした男の子である。
結哉達がバースデーケーキを堪能していると、上の方から銃声が鳴り響く。
会場はパニックになり、来客たちは蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。
当主の昌範と恭江は執事の指示に従いパーティー会場のテーブルクロスを捲り、テーブルの下に身を寄せる。
結哉たちも各テーブルの下に入る。
男性執事三人が右壁にある階段をかけ上っていく。残りの執事たちとメイドたちが警察署や消防署に連絡する。
銃声が止んだあと当主の昌範は子どもたちは指示があるまでテーブルの下にいるよう呼び掛け、恭江、執事とメイド一人ずつと一緒に階段を上る。
恭江とメイド二人の悲鳴が一階にいる結哉たちまで響く。
結哉は咄嗟にテーブルの下から出て階段の方へ行こうとした時、警察二十名くらいと救急隊員達がストレッチャーを持って慌ただしく階段を上る。
結哉は一階に残っていた執事に止められ、子どもたちと一緒に邸宅を跡にし、ホテルへ移動、そのまま宿泊することになったのである。
翌日、執事の説明を聞いて結哉は愕然とする。瑛美と誠仲は酷く怯えている。
年長である龍座が誠仲をショートヘアがよく似合う瀬田真麻が瑛美を各々ハグする。
数日はホテル生活となることも告げられる。
執事の話によると結哉の弟、皓叶が結哉の部屋で襲撃されたのだ。
右足を二発撃たれ出血が酷いが意識はあり命に別状はないとのこと。しかし、右足の完治は難しく杖生活になるかもしれないと医者が宣告する母、恭江は泣き崩れる。
父、昌範はある決断する。昌範の提案に恭江は驚いたが皓叶の将来の為ならと同意。皓叶が同族である鵺蔵家に養子となる案だ。
鵺蔵家は曾祖父の弟が婿養子となった家系である。今は海外で暮らしており何ヵ国に別荘を持っている。
医療系の会社で財をなした家柄であるため医療に関しては最先端技術に長けている。
鵺蔵家は老夫婦で子どもがいないため右足の治療も兼ねて皓叶を養子にすることは鵺蔵家にとって願ったり叶ったりで話がトントン拍子に進む。
退院した数日後に皓叶は鵺蔵家に行くことが決まる。
入院中、結哉は恭江と一緒に面会する。皓叶はびっくりしていたが、恭江に言付けし退室させる。二人きりになった結哉と皓叶はしばらく沈黙だったが皓叶が口火を切る。
話の内容は襲撃されたあの日の件だった。皓叶は泣きながら寝る準備をしようと部屋から出る。
皓叶の部屋から右四つ目の部屋が結哉の自室で角部屋である。その部屋のドアが少し開いていたのだ。
兄は一階にいるはずなのに、どうしてと不思議に思いドアの前まで来る。
「コンコン」
とドアノックする。反応がない。また、ノックするが静寂のままである。
「兄ちゃん?」
恐る恐るドアを少しずつ開ける。ギーッとドアの軋む音が響く度に皓叶はビクッとする。
ドアを開け中に入った皓叶は再び兄を呼ぶが返答がない。部屋は真っ暗で電気を点けようと壁にあるスイッチに手を伸ばす。
その時、銃声が鳴る。皓叶はびっくりして、部屋から出ようと踵を返す。銃声が鳴ると同時に右のふくらはぎが熱い。そして太ももにも激痛が襲う。うつ伏せになった皓叶は痛みで小さな呻き声を上げる。
襲った相手は革靴を履いているのだろう、コツコツと皓叶の側来る。銃口を皓叶の後頭部に充てる。
同時に通路の方から複数の靴音が慌ただしいのが聞こえる。舌打ちのような音が聞こえると、銃口の感触が消え安堵する。
男性執事たちが開いているドアの側に、うつ伏せで倒れている皓叶を見つけ駆け寄る……。
狙撃犯は見つかっていない。靴跡や弾痕がなく壁に一つ小さな穴があるぐらいで手掛かりが掴めない。今現在も未解決のままである。
結哉は皓叶を一人にさせた事を後悔する。結哉は礼をし皓叶に謝罪する。
皓叶は手をバタつかせながらその行為を辞めさせる。
皓叶は鵺蔵家の養子になることは寧ろ嬉しく思っていると告げる。海外生活にとてもワクワクしているらしい。
離れていても皓叶は家族が一家族増えたと喜び、退院後すぐに鵺蔵家へ旅立ったのだ。
現在皓叶は年に五回程、涙原家に長期だったり短期間の場合がある。背は結哉より少し高いが左手に杖で立つ生活をしている……。
――なぜ、……動けない?……俺は死ぬのか?……――
結哉はうつ伏せに倒れ、動かない。
「まずいね。仕方がない、雉子さんお願いがあるんだけど……」
龍座は雉子に耳打ちをする。雉子は頷き、
「やってみるわ!」
と、声を小さくし雉子は両手を握り締める。




