第23話 聖女の声
しばらく胸元に両手で盾を持った女性の像を見ていると、ハイビスもあることに気が付いて私に声をかけてきた。
「アルコ様、あの石像の頭の上のものは……?」
「はい、私も気になっていました」
女性の石像の頭の上にクルクルと飛び回っている金色の蝶。
魔力が込められているのを感じるが、その魔力にどこか懐かしさを覚える。
この魔力はアーテ?
そういえば私がお別れもせずに旅立ってしまったので、今頃悲しんでいるだろうか。
私が去った後、気が変わって魔王様を倒そうとしないか急に心配になってきた。
でも彼も歳だ。そんな無茶はしないと思うが……。
アーテのことを思い出したついでに石像の女性の面影が、アーテのパーティーにいた紅一点聖女カタニアに似ていることに気づいた。
「すみません、この像は?」
「はい? ああこの像は……」
カタニアに似た像に祈りを済ませた男性をつかまえて聞いてみたら、やはりカタニアの像で間違いなかった。
聖女カタニアは勇者アーバンテインと旅を共にしていたが、50年前に故国であるこの聖都フロリシアに帰ってきたが、一か月もしない内に姿を消したという。
とても石像には見えないきめ細かい造形。
まるで生きているかのよう。
あと、もうひとつ気になることがある。
この聖女カタニア像が持つ盾をじっと見つめると、黒い揺らぎのようなものが見える。他の人にはこの揺らぎは見えてないのか、皆、平然と祈りを捧げている。
「アルコ様」
「どうしました?」
そっと、私の剣帯を引くハイビス。
彼女もこのカタニア像に何かを感じ取っているらしく、像を見つめている。
「この石像、たぶん生きていると思います」
「──っ⁉」
「マリエッタを通して声が聞こえます『私を目覚めさせて』と……」
ハイビスのスキル〈人形俜〉で人形のマリエッタが彼女の影の中から、像の声を念話で読み取ってくれた。カタニア像には意思があり、約50年前に当時、司教だった男に呪いをかけられたと話しているという。
司教だった男がカタニアに呪いをかけた理由は、権力争い。
勇者パーティーの一員として、数々の功績を残したカタニアは、次の教主に相応しいとフロリシアの民だけではなく、タイタル聖王国の国民の多くが彼女を支持したが、それをよく思わない連中がいたそうだ。その勢力の中で最も次の教主に近いと言われていた男こそが首謀者だという。
「それが現在の女神教教主ダリマビウス」
その名は、アーテと酒を酌み交わしている時に聞いた名だ。
公平無私の人で、この時代の聖人とも呼ぶべき存在だという評判が巷に溢れかえっているという。誰に対しても偏見を持たず、分け隔てなく接し、その正義を貫く姿は、教主として相応しいと言われていると聞いていた。
「解呪方法は神殿の教主の部屋にある女神の銀杯を使うこと、だと申してます」
満月の夜、女神の銀杯に水を溜めて、月の光にさらしながら石像にその水をかけたら呪いが解けるという。
満月は5日後。
天候も気にしないといけないので、5日後が曇り空や雨の降っていた場合は、さらに一か月はこの聖都フロリシアに滞在しなければならない。
「わかりました」
「アルコ様、よろしいのですか?」
「ええ、彼女は私の親友の仲間。捨て置くことはできません」
そうと決まれば、まずは教主の部屋の場所を探さねば。
せっかく神殿の中庭まで来ているので、教主の部屋を探すべく神殿に向かう。
「神殿は武器の持ち込みはできません。ここで預からせてもらいます」
「……わかりました。でも保管場所まで私が持っていきます」
入り口の持ち物検査で剣が引っかかった。
預けるのは構わないが、呪剣は並の者が持ち運ぶことさえ、困難な代物。相手が不思議そうにしているのを知らないフリして、さっさと保管庫に呪剣を納めた。
その後、聖堂や聖職者たちが集まる集会所、食堂と回るが、教主の部屋は神殿の奥、立ち入り禁止区間にあるようだ。
「貴殿ですか、この剣の持ち主は?」
「ええ、それが何か?」
主教冠を被った老年の男性。
銀の刺繍が編み込まれた白く立派な法衣に身を包んで、満面の笑顔で私とハイビスを出迎えた。
「私の収蔵品の文献によると、この剣は〈神骸葬剣〉。どこでこれを?」
筋骨たくましい修道兵が3人でやっと抱えている私の愛剣。
百年前に魔王様から下賜された剣だが、そんな名前だったのか。
それにしても。
先ほどまで巡礼者で賑わっていた神殿が、いつの間にか声や足音さえも聞こえなくなっていた……。
「あなたが教主ダリマビウスですか?」
「ええ、それよりこちらの質問に答えてもらいましょう」
ダリマビウスの片手がすっと上がると、周囲の気配が濃くなった。
囲まれている。
こちらの死角になっている場所に少なくとも30人近く息を殺して潜んでいる。
今、目の前にいる修道兵3人は帯剣こそしているものの、飛び道具を持っていないのでその気になれば簡単に制圧できるが、隠れている連中が弓矢などを持っていたら厄介だ。私ひとりなら問題ないが、今はハイビスが隣にいる。
「その剣は……」
「アルコ様、ハイビスめは大丈夫です」
私が観念して、先代の魔王様のことを話そうとしたら、ハイビスに止められた。
「でも……」
「実は魔法の箱庭の中で私も新たな力に目覚めたのです」
新しい力?
「キャハハッ! ハイビスをイジメる子はぜぇーんぶ切り裂いちゃうんだから!」
「この子はエミリー。本当は優しい子なんです」
ハイビスのスキル〈人形俜〉。
並の使い手なら1体しか扱えないが、ハイビスは2体目を顕現させることができるようになったんだ……。
マリエッタの青い髪に対して、血のような真っ赤な髪をしている。
ハイビスのまわりに無数の短剣が浮かんでいて、あらゆる方向に短剣が向いている。
「何をしている。早くこの者どもを捕らえろ!」
「アルコ様!」
「わかりました。それでは遠慮なく」
ダリマビウスの上擦った声に呼応して、柱や前後の通路からどっと武装した修道兵たちが姿を現す。ハイビスさえ大丈夫なら、この程度の人数などたいした問題ではない。




