第22話 聖都
「あ……」
「おはようございます。アルコ様」
目が覚めた。
私の側には全裸で寝そべっていたハイビスがそそくさと下着を身に着け始めていた。
こんなに寝るなんてはじめて。
寝る行為自体、私には不要なのに人間のようにぐっすり寝てしまった。
原因はアレしかない。
昨夜のことを思い出すと、骸骨なのに顔が真っ赤になりそうだった。
あんなに激しくハイビスに求められるとは思わなかった。
私はただ彼女に求められるがまま、身体を彼女に委ね、吐息を漏らすだけだった。
「さっ、さて朝食の準備でも」
「アルコ様、ロダンが稽古をつけて欲しいと何日か前からぼやいてました」
そうだ。
ロダンの修行に付き合うのをうっかり忘れていた。
箱庭の外では、マルに南に向かってもらっているので、一度外に出てみないといけない。その前にロダンの修行を終わらせるか。
ハイビスにロダンの寝泊りしている場所を教えてもらい、そこに向かう。
森から抜けて、岩場が固まっている場所があり、その奥で黄金の光が見えたので向かってみる。
「アルコさん」
ロダンがこちらに気が付いた。
たった3、4日でずいぶんと闘気の量が増えた。
こんなにも成長が速いものなのか?
「なんかおかしいんだよな~ここ。アルコさんが魔法を掛けてる?」
魔法?
魔法ではないが、箱庭の空間を広げようと私のスキル〈百の動力〉は最初に発動させたが……。もし成長速度にも作用して百倍になっているなら、たった数日で丸1年分の修行効果が得られたことになる。
「手合わせだけど、本気でやってくれます?」
でも、まだ若いな。
こうやってすぐに調子に乗ってしまう。
「私が本気を出せるかは、ロダン次第ですね」
「はっ! 言ってくれるぜっ⁉」
数日前とは段違いのスピードに剣の重さも格段に増した。
だが、まだまだ。
50年前のアーテの方がはるかに強い。
この程度で満足してもらっては、ノースエンドに入った途端、魔王軍の餌食になってしまう。
それをわからせるためには、下手な小細工は使わず、真っ向から純粋な力でねじ伏せるのがいちばん身に染みるはず。
「どうしました? これが全力ですか?」
「くそっ」
小手先の技なんて今の彼には必要ない。
足りないのは圧倒的な力と速度。
それさえあれば、だいたいのことは片付いてしまう。
1時間もしない内に息が上がり、動けなくなった。
アーテと最初に戦りあった時は、彼は6時間以上は全力を出し続けていた。最後に戦ったのははっきりと覚えていないが、1週間以上は全力を出し続けていられたので、アーテと比べるとやはりまだまだ鍛えなければならない。
「ハァハァ」
「ではまた3日後に」
魔王様の力は計り知れない。
私にできることはせめて一撃で殺されないよう鍛え上げて、魔王様の恐ろしさをその目で見てあきらめてもらう位しかできない。
ロダンの元を去り、ハイビスやアシュレと朝食を取り、箱庭の外へ出ようとした。
「アルコ様」
ハイビスに呼び止められた私は彼女の用件を聞くことにした。
「一緒に外へ出てはダメでしょうか?」
それは別にかまわない。
すでに帝国領は脱しているので、外も危険はない。
タイタル聖王国はその国の名が表す通り、このアースヴァルト大陸で、一二を争うほど安全な国だ。そのため、どういった事情かは詮索しないが、ハイビスが外に出ても特に問題はない。
先に顔を出すと、マルにペロペロと顔を舐められた。
昨夜のことを思い出し、すこし背筋がゾクゾクとしたが、私に変な性癖が目覚めたのかと思うと多少憂鬱になった。
南に向かってもらっていたが、たった1日でもうこんなところまで……。
タイタル聖王国聖都フロリシア。
女神教の敬虔な信徒がほとんどで、この国で女神の御名を口にしたら死罪になると言われている。一応、親友のアーテから女神の名は聞いているが、間違って言わないように十分気をつけたいと思っている。
「アルコ様、神殿に行ってみませんか?」
ハイビスも女神を崇拝しているらしく、食事の前に毎回、女神に祈りを捧げているのを何度か目撃している。
フロリシアの都市は別名「水の都」と呼ばれるほど、そこかしこに透き通る水路が張り巡らされている。水路に目を落すと小舟が静かに行き交っている。橋の上では、仕立ての良い服を纏った商人が微笑みながら客と談笑し、花籠を抱えた少女が小舟に乗った旅人に向かって軽やかに手を振っていた。
聖都の門をくぐった後、まっすぐ伸びた大路をひたすら直進する。
大路のそばにある清らかな泉のそばで子どもたちがはしゃぎ、露店の主人は穏やかな声で品を勧めている。誰もが礼儀正しく、言葉遣いが柔らかい。この聖都フロリシアでは、せわしなく怒鳴る声も、無闇に争う者もいない。清らかな水路が街を巡り満たしている。人々の心もまたそれに倣うように澄んでいるように思えた。
ようやく大路の突き当りになる白く巨大な神殿にたどり着くとそこから100段以上はある階段を上がる。
階段を上がりきったところに白色に調えられた門があった。その門をくぐると日差しが明るく照らす中庭が広がっていた。緑豊かな草や木々が生い茂り、風に乗ってお香のにような甘い香りが漂ってくる。敬虔な信徒たちが門と奥の建物の間を行き交っていて、人で溢れ返っている。中庭にはいくつか像があり、その前で静かに祈りを捧げる姿も見受けられる。その像の中でとりわけ多くの人が祈りを捧げている女性の石像があった。
うーん、なんだろう。
あの石像、なーんか、見覚えがある……。




