191話 悪魔たちと小悪党
「断る」
その一言は部屋の空気を凍らせた。別段強い口調でもなく、ちょっとした提案を断るかのように軽い口調で、モニターに映る悪魔の一人が頬杖をつきながら、耳を疑う返答をしてきていた。
「………もう一度言ってもらってよろしいかしら? 私の耳が悪くなったかもしれませんので」
そんな訳はない。悪魔となったこの身体は聴力も人を超えている。1キロ先の針が落ちた音も聞こえるのだ。だが、それでももう一度尋ねなければいけなかった。それだけ信じられない返答であったのだ。なぜならば相手が悪かった。
相手はヒキガエルの顔をした悪魔だ。下っ端の悪魔ならば、鼻で笑ってあしらっただけで終わるが、このヒキガエルは軍の重鎮の中将であった。
「聞こえなかったのかね? 1200年間も生きてきたのだ。耳が悪くなっていてもおかしくない。いや、頭もボケているのではないか?」
ヒキガエルの表皮はイボだらけで、時折潰れてドロリと粘液が吹き出ており、その光景は気持ち悪い。
(以前のこいつはバーコードハゲだったわね。もう歳だからと身だしなみに気をつけない汚い男だったけど、限度があるでしょうが。せめて人化してなさいよね!)
内心で罵りながらも、シトリーは鉄の意志で微笑みを消さずに、ヒキガエルへと目を合わせる。
「それはどういうことでしょうか? 今や開戦前夜と言っても良い状況。戦争を前に怖気づきましたか?」
敢えて挑発的な言葉で相手の反応を見る。どうして断ったのかはだいたい想像がつくが、その可能性を排除したかった。
ヒキガエルはニチャリと口元を歪めてゲコゲコと嗤うと、水掻きのついた手を振る。
「まさか。戦争となれば、我らも全力を尽くして敵と戦うが、本当に戦争が始まるのかという疑問があるのだよ」
「それはどういう意味でしょうか?」
「1200年間も経ってから、再び戦争を行う? 死に体となって逃げた『宇宙図書館』が戦力を回復させて? たった一人の戦士が生まれたから? それは本当なのかね?」
「たしかに。我らもそれは疑問だ。本当はもっと違う目的があって、シトリー殿が主導権を握ろうとしている。そんな悪い考えもしてしまう我らを許してほしいが、権力争いとなると、いくらでも虚言を弄する者がいるからな」
「然り然り。そもそも我らは軍部だ。シトリー殿の管理する部署ではない。主導権をとり軍部を掌握するつもりなのかと邪推してしまうのだよ」
他の悪魔たちの中でも、よりによって少将以上がニヤニヤと笑って追随する。その顔は異形であっても、権力争いをする醜悪な顔つきだ。いや、悪魔となった現在は、相応しい顔つきなのかもしれない。
「皆が同調してくれてなにより。シトリー殿、我らの考えを汲み取ってくれると助かる。大軍が現れたとの証拠があれば、我らはもちろん軍部として戦うことを誓おう」
ニチャリニチャリとベタッとした笑いを見せる気持ち悪いヒキガエルの見下す顔に、怒りを覚えて握りしめる手から血が流れる。
(ふざけてるわ。この権力争いだけが得意な老害が! この期に及んでそんなことを言って、自身の権力を確保しようと言うことでしょうが)
その思惑は透明なほどに透けて見える。ソロモンの高位悪魔たちの中でも7割はこのような老害だ。金集め、功績稼ぎ、勢力争いだけが得意な元老人たち。企業という形をとったからこその弊害。
戦闘においては、蛍の光ほどにも役に立たない奴ら。しかし、権力だけは持っている者たちである。
役に立つ有能な悪魔たちも将官にはいるが2割程度だ。そして、だいたいそのような有能な人間に限って——。黙して語らず。軍の意志は上官の意志だと考えて話に加わる様子はない。
「会長とは言いません。シトリー殿の夫であり、社長でもあり、軍部の最高権力者であるパイモン殿は何処に? かの方からの要請ならば疑問を口にすることなく、我らも力を尽くそうというもの」
その答えはわかっているくせに、わざとらしく確かめてくることに苛立ちしか覚えない。ネズミを甚振る野良猫のようだ。
「パイモンはかのハンターを封印するための柱となっています。会長が同化を終えて、あのハンターを殺さない限り、その定めからは逃れることはできません。知っているでしょう?」
「あぁ、すまない。寝起きで頭がボケていたのかな。1200年間の間にかのハンターも殺したのかとも思っていたのだが、シトリー殿はハーケーンの基地を維持するだけで、なにもしていなかったと思われる」
「成ればこそ、私の主導にて第二次悪魔戦争に参加をしていただきたいのです」
嫌味しか言わないヒキガエルに、もう擦り潰してガマカエルの油を搾り取ってやろうかと、歯噛みするが、それでも耐え抜く。
「うーん、私も中将としての義務があるからねぇ。その悪魔王と戦えるとされる人間は本当にいるのかね?」
「良いでしょう。この戦闘を見ていただければわかると思います」
オペレーターへと視線を向けると、アイコンタクトで言いたいことを理解して、モニターにランピーチを映し出す。最新情報として、ウァプラとの戦闘だが——。
(ググッ、先に見ておけば良かったわ! こんな戦闘だったの!?)
実はシトリーも初めて見る戦闘だったが、失敗だったとクラリとめまいを覚える。なぜならば——。
「ぶははは。これが最強の戦士かね? それだけの強さを持つと言う割には………これはプロレスでは? しかも八百長試合だ」
「本当にその通りだ。あんな弱そうなチョップで倒されているではないか。ウァプラはどうやら核自体は弱かったようだね?」
「要塞を管理するだけのものですからね。そしてその弱いウァプラに大苦戦をする男。どう見ても小悪党なのだが、ええと、なんだっけかな? 第二次悪魔戦争の引き金を引く最強の戦士だったかな?」
なぜか、しょぼいプロレスを繰り広げていた。ランピーチとウァプラはお互いに普通にペチペチと殴り合い、ポカポカと蹴り合い、最後にヘロヘロとなったランピーチがチョップで倒していた。なんとか勝ったと手をかざすランピーチの顔はゲスな笑みでウケケと笑っていた。どこのヒール戦なのだろうか。地方巡業での前座レベルである。
——これでは、まったく脅威に思われない。せめて魔法を使っていれば、まだ見栄えもしただろうに、肉弾戦で終わっていたのも、悪条件だ。
「こ、これは違うのです。何かの間違いで、かの男はこう見えて、以前に復活させた悪魔や戦艦も撃墜しているのです!」
慌てるシトリーに、侮蔑の笑いで場は埋まる。もはや本気にとってはくれない。シトリーが主導権をとり、軍部を統括するという目的も夢と消えた。
「まぁ、目覚めさせてくれたのは感謝をするよ。我ら軍部は現状を把握して、柔軟にして機動性のある行動をとるとしようじゃないか」
「会談はこれまでだ。ではな、シトリー殿。次の会議までにもっとまともな理由を考えていてほしい」
「………残念だ、シトリー殿。中将の命令であれば、貴方に助力することはできない」
ヒキガエルに合わせて他の悪魔たちも通信が切れていく。シトリーの味方になりそうな相手も、そのような者に限って軍の上下関係を大事にしているために中将に従い残念そうに通信を切るのであった。
シーンと、静まり返る作戦室に、重い空気が漂う。会談は失敗だ。成功すると考えていたのに、まったくうまくいかなかった。
「どうなってるの!? なんであんな戦闘シーンなのよ! 私を馬鹿にしているわけ!」
声を荒げて、オペレーターの首を掴むと持ち上げて、憤怒の顔を近づける。オペレーターは頭を振って、恐怖の面持ちで声を震わす。
「わ、分りません。確認した時はたしかにプロレスっぽかったですが、それでも恐ろしい強さを見せていました。な、なぜあんな映像に改竄されていたのか………」
「改竄された? ………まさかっ!」
シトリーは慌てて、映し出されていた戦闘シーンを見直す。戦闘シーンではない、もっと大事なことがある。
そして、魔法において権威とも言われていたシトリーにはその録画に僅かに乱れがあることを確認して、ゴリッと歯を鳴らす。
「『因果混沌』の魔法の残滓っ! やってくれたわね、ランピーチ。録画された内容を改竄する魔法を掛けていたのね! 小狡い悪辣な手を! この小悪党が!」
憤怒に耐えられずに、手を振るうとモニターが爆発する。水晶板がカランカランと床に落ちて、オペレーターたちも側近たちも青褪めるが、気にすることなどない。
「こんな方法を………やってしまったわ。いいえ、本当ならば、こんな失敗もしなかったはず。それもこれも………」
後ろに振り向くと、もはや視線で殺せるような憎々しい顔で、立っていた三人を見る。
「クーコ! そもそも、メイがいれば問題なかったのですよ? あの娘が会談が上手くいく未来をとっていれば、どんな失敗もすることはなかったはずなのに!」
「も、申し訳ないっす」
あの撮影シーンも運命により、会談が上手くいく未来が決められていれば魔法は発動しなかったはずだし、なにか通信の不具合で映し出されなかったはずだ。
メイを取り戻すのを先にするべきだった。なぜ私はメイを取り戻そうと本気で思わなかったのだろうか?
自身の脳裏に、チラと疑問が浮かぶが、怒りの中に埋もれていく。
「クーコたちよ。メイを連れ戻してきなさい。それと……そうね、ランピーチの戦闘力も確認したいわ」
思いついた内容に、シトリーは悪魔のように口元を三日月に変えて嗤う。
「そうね、クリシュナを使いなさい。イポス、再びクリシュナを操りなさい。そしてこの役立たずの三人娘の監督もするのよ」
シトリーの言葉に、壁際で待機していた女性が前に出ると、口角を吊り上げて嗤いながら頭を下げる。
「畏まりました。では、シトリー様のご命令通りに、メイ様を取り戻して来たいと思います」
「信じているわよ、イポス。ボディスは間抜けにも死んだけど、アナタならば私の期待に応えてくれると信じてるわ」
シトリーの微笑み。その瞳には禍々しい光が宿り、不吉な雰囲気と共に、破滅をもたらす未来を暗示するのであった。




