192話 再びのクリシュナと小悪党
学校の始業の鐘の音はどの世界でも共通なのだろうか。クリシュナは席に座りながら、真剣な顔でくだらないことを考えていた。それだけ暇なのである。
「あー、なんかなー。僕の活躍がこの世界を救う、とか、ハーレムを築くとか、思ってたけど、あれだな。もう野菜人の戦いには地球人いりません状態」
ここ最近、世間を騒がしている男、ランピーチ・コーザの噂を聞いて、その証拠に学園も消失し、ランピーチシティに仮設学園ができてから、クリシュナは悟ってしまった。
——もう、僕が加わったら死ぬイベントしか残ってねーなと。
「たぶんあれだ。意気揚々と戦いに加わったら、踏み台人造人間に心臓を貫かれてあっさりと死ぬタイプ。どんだけやられ役をするんだよと読者にもはやギャグキャラとして笑われるレベルのキャラだ」
机に突っ伏して、ひんやりとした感触を頬に感じてつまらなそうに窓へと顔を向ける。外では新築ラッシュで、多くのビルが建設されており、店舗も建ち並び、人々が行き交い活気に満ちて賑わっている。
「ねぇ、近くにできたお店見に行った? この秋に流行の服が並んでいたわよ。あの有名なデザイナーが開いたんだって」
「え〜、それじゃ早く買いに行かないと。流行は最新を先取りしないとね」
お洒落に敏感な女子たちが端末を片手にたのしそうに話している。その隣では体育会系の男子たちがグループで学生らしい会話を交わしている。
「なぁ、大盛り上等の食い物屋ができたんだよ。普通盛りでも食いきれないレベル。行ってみないか?」
「知ってる、知ってる。あそこ食い放題チャレンジもしてるだろ。それやってみようぜ」
「え、あそこは食い放題止めたよ。この界隈で食い放題チャレンジをすると、どこからともなく、暴食の魔人が現れて食料を食いつくすという都市伝説があってだな……」
教室内では生徒たちがおしゃべりをしており、その内容も青春そのものだ。どう見ても平和な一幕。前世でも見た嫌な光景だ。
「ファンタジーの世界だから、もっとこう、なんつーか……どこに行っても変わらないか……」
引きこもりの自分が嫌いな光景。リア充どもがと蔑むのは簡単だが、クリシュナもいい加減気づいている。これは当たり前の光景だ。陽キャは陽キャで楽しく遊ぶし、陰キャは陰キャで楽しく遊ぶ。そこには見た目こそ格差があるが、実は中身はそう変わらない。お互いに楽しんでるだけだ。
そして、クリシュナは自分がコミュ障であり、引きこもりのために孤独であることも、そしてその孤独に寂しさを感じることがないことも知っている。
一人でゲームをしていた前世。多人数で遊ぶのが好きな奴らが思うような、ありがちな孤独感などには襲われることなく、楽しく遊んでいた。今世では、ゲームが現実となった為に、ダンジョンに潜って魔物を倒して楽しんでいる。その内容は金を稼いでいること以外はまったく変わらなかった。『精霊融合』は危険な狩りも安全に変えてくれるので、最初に感じていた恐怖はもはや欠片もない。
(もっと刺激的なイベントがあると思ってたんだけどなぁ。まぁ、これから先、贅沢に暮らしていけるだけでも満足するべきか? 今の僕なら暴力的な陽キャに絡まれても簡単にあしらえるし)
ため息をつきながらも、自分の将来の不安がないことは幸福だと思い込もうとする。学園に出席して前世みたいに引きこもりをやめたのも、外が怖くないから、いや、厳密に言うとイジメがあっても対処できるだけの力を持てたからだ。前世では考えられないことである。
陰キャ扱いはされなくなったが、現在は軽薄男と言われているので、人生はよくわからない。
そして、実際に下流階級でありながら、クリシュナは今やその財産は上流階級並みだ。
なので、情報収集の余念がない女子の何人かは、隠れた良い物件だとアプローチをかけてきているので、女に困ったこともない。金目当てでも、モテるのは良いことだと、初めて知った。
金目当てなんて悲しいとアニメとかでは主人公が金持ちに無情さを説いていたが、あれは嘘だ。ちょっと金をばらまくだけで、チヤホヤしてくれる女子がどれだけ素晴らしいのかわかってないのだ。
その証拠に毎日友好度を上げるために高価なプレゼントを一日一回あげていたら、モテモテになった。
(どうしようか。このまま生活していくだけで良いのかなぁ。魔物退治という適度な緊張感を持って、後はのんびり悠々自適の生活か)
前世ならばよだれを垂らし満足する人生だ。しかし、人よりも優秀な能力と魔法の力を持った身としては、どことなく物足りない。しかも転生者として、この世界がゲームの世界だということも知っており、知識チートが行えたのだ。過去形なのは、もうストーリーは終わったのではと考えているからである。
今日も同じようなことを考えて、睡魔との戦いに勝ち、放課後は金目当ての女子の何人かとおねだりスキンシップをされつつ遊んで終わり。そうなると予想していたが………。
「ねぇねぇ、クリシュナ。なんかつまらなそうな顔をしてるっすね?」
今日は一味違った。というか、出会いたくない女、会おうとしてもなぜか会えない女が目の前にいた。
人の机に横座りをして、小悪魔的な笑顔をニヤニヤと魅せてくる。
「クーコさんじゃないですか。あれあれ、僕にはもう用はないはずではないでしたっけ?」
内心、動揺でいっぱいいっぱいだが、それでも男の意地として、平気な顔で小馬鹿にするように言う。
「いやぁ〜、こないだは不幸なすれ違いだったんすよ、ほら、知識チートをするには人数は少ない方がいいじゃないっすか。だから、邪魔なクリシュナから情報をもらっただけっすから」
「おい、まったくすれ違いじゃないじゃないか。建前でも、君は謝るべきだろ。少しは隠すとか、嘘を吐くとかしてくれないか?」
彼女は転生者としてこの世界に来たときの仲間だった。同じ転生者であり、『地球図書館』からの支援を受けて、僕よりも強かった女だ。
そして、ゲーム知識がないからとすり寄ってきて、僕を騙した憎き相手でもある。ランピーチに教えなかったのは………同級生で多少の情があったからだ。
からかうクーコを憎々しげな目つきで睨む。人のゲーム知識を盗んでおいて、飄々と会いに来るとは信じられない。アイテムボックスが付与されたアイテムは貴重品だったのだ。
「えー、でも、正直なうちが好きっすよね? 良いも悪いも嘘をつかないうちにメロメロでしょ?」
ケラケラと笑うクーコ。その顔立ちは体育会系の元気っ子で、肌は焼けており褐色だ。制服も暑さのためか、無防備に胸元を開けており、スカートの裾も短く、男子の目を気にしない無頓着な性格をしている。
信じた理由の一つ。こいつは馬鹿そうで素直そうで、クリシュナを騙す相手には見えなかったのだ。鎧塚東光の取り巻きではあるが、転生者として記憶が戻り、欠片も興味はないとの言葉も本心からの言葉に聞こえて信じる原因の一つだった。
断じてドストライクの見た目と性格だからではない。ゲームでも最初に攻略するのは体育会系女子だが、そんな理由では断じてない。
復讐のために探していたのだ。他に理由など決してない。
だからこそ、冷静な態度で冷たくあしらうのだ。日焼け跡と色白の肌の境目が色っぽいな、畜生。
「ぼきゅの、けへん、僕の知識はもう役に立たない。なのになんの用だよ?」
できるだけぶっきらぼうに睨む。
「いやぁ~、うちもね、クリシュナには用はなかったんすよ。用がないのに会いに来たって、もしかして無意識に会えなくて寂しかったからっすかね」
「そ、そうか? あー、そういう無意識的な行動って、そんなことが言われてますね。うん、そうかもしれないな。そうに決まっている。その話は本当だと思うよ?」
クーコの一言で顔を赤らめて挙動不審となるクリシュナだ。他人から見たら、なんてチョロインだと呆れるほどで、クーコも一瞬この人大丈夫かなと、心配顔となってしまう。
が、すぐに気を取り直すと、耳元にクーコはそっと唇を寄せる。そんな他愛ないことでも、クリシュナは頬を赤らめて、ふんふんと鼻息を荒くし、クーコはそっと小声で囁いた。
「実はっすね。ゲームの記憶の中でクリア後のストーリーを思い出したんっすよ」
「隠しストーリーを思い出しただって! 本当かよ!」
秘密の囁きは、クリシュナの、いや、ゲーマーとしての興味を掻き立てるのに充分だった。興奮して思わず立ち上がり、倒れた椅子がガタンと鳴る。
その音に何人かの生徒が顔を向けるが、誰がやったのかを確認すると興味を失う。
「また、クリシュナのやつ、女を引っ掛けようとしてるよ」
「あいつ、金だけはあるからな。プレゼント攻勢に浸れる女子追加ってところだろ。よくやるよ、まともな女子は近づかねーじゃん」
「いや、金目当てだけど、まともな娘も混ざってるんだよ………金の魔力はどんな魔法よりも強いんだ」
何やら負け犬たちが遠吠えをしているが、気にするところではない。隠しストーリーとは、なんと素晴らしい響きか。そして隠しストーリーはやり込み要素の一部だから、自分が強くなれる可能性が高い。
「のってきたっすね。それがぁ、隠しストーリーの闇の主人公が誰かを思い出したの」
「それはどいつだ? 地下街区出身だろ?」
闇の主人公。ダークな背景を持ち、他の6人とは次元の違う強さを持つ者………いや、ちょっと待て?
そんな男を僕はよく知ってるぞ?
「もしかしてランピーチ・コーザじゃないだろうね?」
「当たりっす」
「お疲れ様でした。良い経験を積ませて頂きありがとうございます」
軽く頷くクーコを前に、血の気が地震時の海のごとく引いていく。戻って来るときには津波のごとく荒ぶってもいた。
「えー、ちょっと判断早すぎないっすかね?」
「あのですね。好きの反対は死体なんです。僕も死にたくありませんので、あしからず」
手を振って、人生の中で1番の笑顔でクーコへとお別れを告げる。好きな子の前で恥をさらした訳だが、ここは毅然とした態度を取るべきだ。
が、そう簡単に終わらないことはわかっていた。ここであっさりと引くようなら、そもそもクーコは会いに来ていない。
「実はさ、隠しストーリーは今噂のランピーチの強さの秘密。どうやって、地下街区とコンタクトをとったかの理由が描かれているんだよね」
「地下街区とのコンタクト?」
「そう。それがさ、ある女の子を利用しているようなんだよ」
クーコの瞳が妖しく光り、まるで悪魔に魅入られたかのように、その話を聞いてしまうクリシュナであった………。




