156話 嗤う小悪党
道場には大勢の人間が忙しく出入りをしていた。白衣を着た研究者から、魔力のこもった杖を持つ魔法使い。兵士たちは精霊鎧を身に着けて剣を腰に下げ、重武装で警備をしている。多くの人間が話をして、道場内は喧々諤々の騒々しさを見せており、今が普通ではないとの空気を醸し出していた。
ピリピリするのは今をときめく小悪党ランピーチ・コーザが転移罠で攫われたからだ。今をときめくという言葉がこれほど似合わない者もいないだろう。
「既に1時間が経過しています。なのに、何もわからないとはどういうことでしょうか?」
チヒロはさすがにランピーチを心配し始めていた。すぐに帰ってくるか、連絡があると予想していたのに、音沙汰なしとは思っていなかったのだ。
なので、近場の警察に駆け込み説明したところ、あっという間にその情報は小野寺家に伝わり、子飼いの精鋭たちが調査にやってきたのだ。
この道場にいる者たちはチヒロと東光たち以外は全て小野寺家であり、警察がまったく働かないことを示しており、これをチャンスにランピーチに恩を貸し付け、鎧塚家に圧力をかけようとする思惑が垣間見えていた。
「………たしかに仰るとおりです。この転移罠がどこに繋がっているのか東光様が自白、いえ、説明をしてくだされば問題はないのですが」
小野寺家の忠実な部下である一応警察官が横目でじっとりとした責める視線を離れて尋問を受けている東光へと向ける。
その声が聞こえたのだろう。いや、聞こえるようにわざと大きな声で言ったのだから当然だが、東光は険しい声で怒鳴る。
「俺も知らなかったんだ! 大体こんなわかりやすい罠を日中からやると思うかい? どこからどう見ても俺が犯人になるじゃないか!」
「そのとおりです。ですのではめられたとの考えをするのが普通ですが、それを逆手に取って、疑われないように堂々と罠を仕掛けていた、という可能性もあります。東光様の仰るとおり、わかりやすい罠ですから」
手帳になにかを書き込みながら、尋問をしていた警察官がニヤニヤと笑う。蔑むように嗤うその姿には、うまくやれば功績になるかもしれないとの考えがあった。小野寺家のテリトリーで起きた大事件だ。ここで出世の足掛かりとなると、警察官だけではない。調査に来た研究者も魔法使いも同じ思惑だった。
小野寺家の当主が来るまでに、どのような流れにするか分からないが、出来る限りの情報と、東光の迂闊な発言による言質を取ろうと悪意を込めて尋問をしていた。なので、東光はそれがわかっていて苛立ちを覚えながらも、自身の不利はわかっているので、強くはでれない。
「大体ですな〜、この道場、先日鎧塚家で土地を購入、道場を建てていますよね? で、この道場にいるのは受付兼管理人のおじいさん一人だけ。一体全体なんのために建てたのか教えてもらっても良いですかね? 鎧塚家の土地ではなく、小野寺家の土地に建てた理由です」
「━━━っ、俺は知らないですよ。知り合いが貸してくれると誰かに聞いたんだ」
「それで、くだらない理由で決闘を持ちかけたと。うーん、誰が聞いてもおかしな話だとはわかりますよね?」
「それは………。そのとおりだが、朱光家の次期当主の腕も確認したかったんだ」
焦りが滲み出て、たじろぐ東光。どう答えても不利なのは変わらないのだから当然焦る。
「ランへの罠。今のランの価値を考えると、わかりやすい罠でも、排除する価値があったということではないでしょうか?」
チヒロも東光へと近づき、厳しい視線を向ける。
「そ、それは、あっ、そうだな、秘書に聞いてくれ!」
不利な状況に慌てる東光だが、パタパタと慌てた足音をたてて道場に入ってくる女性を見て、助かったと顔を明るくさせるのであった。
眼鏡をかけて髪を後ろで纏めた20代前半の女性だ。シワひとつないスーツを着込んでおり、ピシリと背筋を伸ばした綺麗な立ち姿はできる女性だという空気を醸し出していた。
慌ててやってきたのだろう、少し髪は乱れて額にくっついており、汗が額に滲んでいる
。
「鎧塚メイと申します。お坊ちゃまの代わりに、私が代理人としてお答えしますので、少々お待ちを。情報のすり合わせをいたしますので」
東光の安堵した顔から彼女への信頼の大きさがわかる。東光は口にはしないが、彼女の交渉能力は鎧塚家でも超一流だ。なにせ植物園の事件のときも上手く立ち回って、東光に罪がかからないようにしてくれたのだから。
その場にいた人間の何人かが、鎧塚メイと聞いて、苦虫を噛み潰したような顔になる。彼女の名前は有名で、たとえ目の前で殺人を犯しても無罪にする化け物のような交渉能力を持つ女性だと聞いているからだ。
チヒロも空気が変わったことに気づき、それがこの女性が来たからだと理解して気を引き締める。まだまだ拙い交渉能力しか持たない自分だが、それでも負けはしないと気合を入れてフンスと鼻を鳴らす。
「では、東光様に事情を聞きたいと思います。東光様、少々よろしいでしょうか?」
「あぁ、もちろんさ! 俺以外にも、こいつらに…………あれ、あいつらはどこだ?」
喜色を顔に浮かべて、東光は説明しようとするが、取り巻き三人組がいないことに怪訝な顔となり、道場を見渡すがどこにもいない。
「帰りましたよ。自分たちはたまたま居合わせただけと言って。たしかにデート用の装いで武装もしていませんでしたし、関係なさそうなので、事件当時の状況だけ聴取して解放しました」
飄々とした顔で警察官が答えるのを聞いて呆れる東光。
「か、帰ったのかよ! あ、あいつらは………畜生め」
「お坊ちゃま、無関係の人間を勾留することはできません。それよりも状況を教えてくださいませ」
わなわなと肩を震わせて怒りを覚える東光の肩を軽く叩き窘めるメイ。その冷徹な視線に、ウッとたたらを踏み怯むと、渋々と説明をするのであった。
━━━そして数分後。
「これはお坊ちゃまは無罪ですね」
状況を聞いたメイは全員へと宣言するように堂々とした態度で告げる。
あまりにも簡単に判断を口にするメイに、ぽかんと口を開けて呆気にとられる面々だが、すぐに気を取り直して、口をとがらせて反論する。
先頭に立つのはチヒロだ。
「無罪というのがよくわかりません。彼が決闘を持ちかけてきたのですよ? この道場に誘い込んだのも鎧塚さんです!」
「それは朱光さんが店内の商品を買い占めるといった社会的に乱暴な行動をしたからでしょう。それを止めるために決闘を持ちかけたのは、それしか方法がなかったからです。どちらかといえば、朱光様が悪い。小悪党と言えるでしょう」
たしかにそうかもと、チヒロは顔を引き攣らせるが、それでも反論する内容はそれだけではない。
「この建てられたばかりの道場、そして、仕掛けられていた魔法。この道場に案内したのは鎧塚さんです! 真っ黒だと思いますが?」
「言いづらいことなのですが、鎧塚家も名前を売る必要があります。なので他家の支配地域に道場を建てたのです。人がいなかったのは、建てたばかりで、まだまだ体制が整っていないために弟子の募集はしていなかったのです」
「それでは魔法陣は? この転移罠はランへと向けた罠ですよね?」
逃れられない事実を告げるチヒロ。これは無罪にはできないでしょうと考えていたのだが━━━。
メイは沈痛な顔で頷く。
「それこそが不幸な事故でした。この転移罠は本来は集まった弟子たちを誘拐するつもりだったに違いありません。最初に集まる弟子は高名な武家が多いですからね」
「ふ、不幸な事故?」
予想を超えた言い訳にチヒロも他の面々も困惑してしまう。
「そのとおりです。この事件は不幸な事故。恐らくは大掛かりな誘拐専門の犯罪集団が関与していました。恐らくは強力な魔力を感知したら発動する仕様だったに違いありません。ですが、それは予想外に、東光様たちが決闘をしたことにより、膨大な魔力が流れ出て発動してしまった。それこそが真実だったのです」
指を突きつけて断じる結論に、チヒロたちは少し納得したような顔となる。もしかして、そうだったのかもとの空気が広がり、メイは眼鏡の位置を直しつつニッコリと微笑む。
「わかりましたでしょうか? 東光様は無罪。真実とはわかれば大したことはありませんでしたね」
無罪だったのかと、違和感を感じつつも周りが納得し始めて━━━。
「それは困るな。俺が苦労した甲斐がないってもんだ」
声が道場内に響くと、ガラスが割れるような音がして、ランピーチが唐突に空間を突き破るように姿を現すのだった。
◇
「ラン! 心配してました、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「あぁ、大丈夫だ。少しばかり厄介な罠だったがな」
喜びの顔で抱きついてきたチヒロを優しく受け止めて、頭を撫でる。転移罠は位相をずらすだけで、一歩も動いていなかったらしい。脱出する寸前に融合を解除して、床に着地する。
周りの面々もいきなり現れたランピーチを見て、驚愕の表情となるので、ニヤリと笑って威嚇するように顔を向ける。
「ランピーチ・コーザだ。鎧塚東光君。まさかこんな判り易い罠を無罪と決めつけるとは思ってなかったぜ。謎の誘拐専門の犯罪集団? へー、そんなものを作れば、どこの地域でも暴れることができるの━━━か?」
舐めたことを言う声が聞こえてきたので、睨みつけてやろうと、目を細めて女性を見るが━━━。ランピーチはそこで声を失って戸惑う。
「朱光新様ですね。私は鎧塚メイと申します。今回の不幸な事故は残念でした」
「はぁ………よろしく。俺の名前はランピーチ・コーザだ。えぇと、メイさん?」
思わずメイを不躾にジロジロと見てしまう。その視線の先に気づき、わずかに不満な顔となるチヒロ。
そのことに気づいていたが、ランピーチはそれどころではない。予想を超える相手が目の前にいるからだ。
「あまり見ないでくれますか? 慣れた視線ですが、そこまで見られると照れますわ」
クフフと笑うメイ。口元に両手を添えて嬉しけだ。
「はぁ、そうですね、はぁ、そうですね」
そして、ランピーチの視線は下へと向けていた。女性の顔を見る角度ではない。足元を見るような角度だ。
「くふふ、あたちのびぼーに魅了されていましゅね」
コロコロと笑うメイは幼女だったのだ。




