155話 脱出ゲームの小悪党
闇の中で少女はたった一人で無数の敵と戦う姿を感嘆を覚えながら観察していた。
東光の一人が雷光剣を構えて、斬りかかる。その剣速はまさしく雷光という名前に相応しい高速の一撃で、並の人間なら構えることもできずに斬り伏せられて、達人であっても防ぐことはできないはずだ。
なのに、剣閃が奔り男へと振り下ろされる寸前に、男の手刀が受け止める。いや、受け止めるのではない。手刀が剣に触れると、反対に剣が粘土のように切り裂かれ、その勢いは減じることはなく、東光自身をも断ち切ってしまう。
手刀であるのに、その斬れ味はどんな神剣や魔剣よりも鋭い。信じられないことだが、結果が教えてくれる。
「倒せる。こんな小悪党に負ける俺じゃ」
「剣が、剣が見え」
「怯むな。攻撃を続けるんだ!」
東光たちは怯むことなく、男を倒さんと攻撃を続けている。だが、横薙ぎに振ろうとすれば、先手を取られて胴を薙ぎ払われて、雷魔法を使えば、空間ごと切り裂かれて、同時に斬りかかると、霞のように姿を消して、東光たちが反応できない速さで倒される。
まったく東光たちは男の相手にならなかった。
「東光たちは弱くはないですのに………触れることもできないとは予想外なのですね。たしかあのハンターの名前は………チンピーラでしたっけ? いえ、ランピーチ? おかしな偽名を使うものですが」
ニアミスをしながら観察を続ける。数千いた東光たちは、もはやほとんど倒されて屍は光る糸へと変わり解けて消えていく。
「ふふっ、このままでは全滅してしまいそうです。ですが、この空間の中では無駄な足掻き」
人差し指をくるりと宙で回転させると、闇の中から再び東光たちが現れる。先程と同じく千差万別な者たちであり、面影くらいしか残っていない東光もいるが、ランピーチを目指して駆けて行くのは同じだ。
「『存在せし運命の世界』の領域の中では、私は無敵。無限に存在する人の未来の運命の糸を私は具現化できます。貴方は徐々に体力を削られて、最後には倒れるのが運命なのです。たとえ、貴方が運命を消すことができても、無限に存在する運命を全て消すのは不可能」
東光たちは弱くはないが強くもない。中途半端な戦闘力を持ち、数千人くらいなら、ランピーチと同じように傷を負うこともなく、全滅できる部下はいる。
だが、東光の持ち味は火力ではない。そのスピードだ。敵を翻弄し、かすり傷でも良い、少しずつ敵にダメージを与えるところが特徴だ。
古来から、少女はスピードのある人間を利用して、この空間に敵を追い込み殺していった。残像がそこかしこに生み出されて、まるで多数いるようだ。
「未来の糸は無限。力尽きるのは貴方です。その前に降伏してくれれば、幸運なのですが………。運命を断ち切る存在はオリハルハの切り札であるのでしょうが、味方にすればこちらのジョーカーとなりますので」
視認することも難しい速さで駆け抜けて、ランピーチは東光たちを倒していく。後には銀髪の光が残り、屍が積み重なっていく。
「………運命を断ち切る不滅を滅ぼす存在なだけでも脅威であるのに、その戦闘力も上位悪魔に引けを取らない。精霊に堕ちることなく、完全に人間として精霊戦士になれる存在………。獣に堕ちることなく。そんな存在をどうやって作り上げたのか………」
精霊戦士たちは強力であるが、悪魔に劣る。なぜならば、その核が精霊寄りになり、本来のパワーの数%しか使えない。その証拠として、皆は等しく獣人のような姿となる。獣に堕ちた精霊戦士など中途半端な存在に負ける理由はない。
「だのに、完全に融合しているとは、オリハルハはどうやってあんな存在を作ったのでしょうか。死体を調べるか、降伏した後に調べれば良い話ですが」
どれほど強くても、体力も魔力も限界がある。疲れが見えてきたら降伏勧告をしてみようと眺める少女だったが━━━。
30分経過━━━。
まったくキレを失うことなく、ランピーチは戦闘を続けていた。
1時間経過━━━。
その動きのキレは上がることはあっても、鈍る様子はない。
「む、無限に体力があると? なぜ精霊力が尽きないのか………。あ、ありえません。こんな敵は今までに………一人いましたね」
終わらぬ戦闘を延々と続けて無傷でいた敵を思い出して深刻な顔となる。
楽しそうに当時の悪魔達を、倒していった人間。その戦闘力は想像を遥かに超えていた。脅威の力を持つ敵だった。封印できて幸運でもあった。
「あの娘は空間に封印するしかありませんでしたが、それではその地に封印したという、次元座標軸を作ることになり、完全には封印できませんでした。あの男に同じことをして、果たしてうまくいくでしょうか?」
無限に東光を呼び出すことはできるが、呼び出すには少女もここにいなくてはならないのだ。そして、少女にも力に限界はある。
倒し慣れたのか、ランピーチはもはや最小限の動きで東光たちを倒していっている。剣に対して拳を振り上げることもなく、触れる寸前に紙一重で回避すると、撫でるように通り過ぎる敵を斬り伏せていた。
このまま放置するとまずいことになりそうな予感がする。ランピーチをジッと見るが、その未来がまるで見えないので苛立ちを覚える。そばに誰かがいれば、その者の視点にて間接的に未来をみることができるのだが、ここは彼一人だ。
爪をかじって、焦る少女だが、ランピーチに時間を与えすぎたことには気づかなかった。
◇
「やれやれだぜ。これ経験値入ってると思うか? こいつらの経験値が一とか、二でも、これだけ倒せば馬鹿にできない量となるぞ?」
ランピーチは、作業と化した戦闘に嫌気を覚えつつ、敵を倒していく。その動きは激流の如く、止まらぬ剣閃は無駄に敵を倒していった。
「おのれ、なんて奴。無理矢理でも止めてやる!」
触れることも叶わぬランピーチに、モヒカン東光が低く構えて一気に加速してタックルを決めようとしてくる。動きを止めた後に、味方が攻撃をするつもりなのだろう。
「無駄だって」
『サークルブレード』
左足を支点に、独楽のように身体をする回転で捻じると、右足を矢を放つように、その頭に叩き込む。スイカでも割るかのように東光は頭を砕かれると、水平に手を広げて、さらに一回転。周りの東光たちに、神剣よりも斬れ味鋭い手刀を入れて、一気に輪切りとして倒す。
「しかし、これ飽きてきたな。ライブラ、ここがどこかわかったか?」
倒しても倒しても復活する敵にうんざりする。弱くはないが強くもない。戦っている最中にも体力を回復している余裕があるランピーチの敵ではないが、もう面倒くさい。こんな無限湧きのステージを喜ぶ人はいないだろう。
『わかったよ! ライブラちゃんの鋭い思考と空間把握をしたところ、ここはどこでもないことがわかったよ。たぶん世界の隙間、次元の隙間とはよく言ったもので、ここの地面すらも借り物さ!』
「どこでもない空間。虚無の世界というわけか? なら脱出方法は?」
ランピーチはライブラの推察に眉をしかめつつ、今度は同時に撃ってきた雷を空間ごと切り裂く。
『脱出方法はないよ。だってここは閉じられた空間とかじゃないのさ。無限に続くなにもない空間なんだよ。宇宙空間を泳いで、宇宙空間から逃れようとするのと同じだよ』
「なら、敵に降伏するしか方法はないと? それは駄目じゃねーか。………待てよ、それなら敵はここにどうやって来たんだ? 転移で放り込まれたよな?」
数で押し潰そうと、剣を振るう東光たちに対抗して、両腕を振るい、踊るように敵の剣を斬りさく。
これだけ殺されてもひるまない敵の姿に感動すら覚えるよ、まったく。
『うーん、たぶんこの空間に来る際に一時的に実空間を介入させたんだ。座標軸を設定して、放り込んだら解除するんだよ』
「珍しくものを考えた言動だな、ライブラ。だが、なんとなく意味はわかった。観測できる実空間の概念をここに与えたわけだ」
難しい内容だが、ライブラが頑張った答えに応えないといけないだろう。
(ここが虚数空間で、本来ならば元の世界に戻る方法はない。通常ならな)
だが、それならやりようはあるかもしれない。
一つの方法を思い浮かべて、ランピーチは薄笑みを浮かべる。だめかも知れないが、試す価値はあるだろう。
「どうでしょうか、ハンター。気が変わりましたか? このままこの空間で朽ち果てる未来を選択いたしますか?」
こちらの様子を観ていたのだろう。少女の声が聞こえてくる。その声音には上から目線の傲慢な感情が混じっており、自分に負けはないとでも思っている様子だ。
たしかに脱出方法がないとなれば、降伏するしかない。なるほど、この空間は絶対無敵のチート空間であったわけだ。
「うーん、考えたんだけどな、ヘッドハンティングのお嬢様」
「契約内容なら、貴方の要望をできるだけ考慮いたします。では雇用と言う事でよろしいですね?」
気の早いお嬢様だ。これまでは思いとおりになっていたのだろう。それだけの技だ。恐らくは準備に時間がかかる魔法なのだろうが、それだけの価値はある。
「いや、保留だと言ったろ? 本社に戻って、前向きに検討いたします、だ」
「ふふっ、それは本社に戻ることができるならと、前言葉が入りませんか?」
脱出不可能の自信があるのだろう。そのからかいを含む笑いに、ランピーチもニヤリと笑い返すと、人差し指を何も無い空間に向ける。
「虚数空間とかよくわからないが、わかったことはある。ようは空間座標を作ればいいんだろ? こうやって」
『空間隔離』
ピシリと空間が切り取られると、封鎖される。
「この技は存在する空間を封印する。空間があると設定できるわけだ」
人差し指に超常の力を凝縮させていく。唯一といっても良い攻撃用のスキルだ。
「封印された空間をこうして破壊すると━━」
『サイキックレーザー』
『空間破壊』
切り取られた空間が爆発して亀裂が入っていく。
「正常な空間を設定して破壊するわけだ。つまりこの空間に実数を与えるということになる」
世界がピシリピシリとヒビが入り、亀裂の隙間から光が漏れ出てくる。
どうやら、道場であるようで、正常な空間が垣間見える。
「正常な空間となれば、この空間は存在できない。それじゃまた会おう、ハーケーンの人」
「残念ですが、また会いましょう、ランピーチさん」
平静を保っているように見えるが、焦りが混じる少女の声を後ろに、世界は光と共に元の世界へと回帰するのであった。




