141話 朱光家と小悪党
「あの態度は酷すぎると思わないか! 何故私たちを追い出すんだ!」
「まぁまぁ、貴方。きっと新は優しいから周りに合わせたのよ。あの子たちは、これまで新を手伝ってきた人たちだから、邪険にはできなかったんですわ。その証拠に私たちを蔑ろにするつもりなら、こんな住居は用意しなかったでしょうし」
「む…………そうか? そうだな。うむ、そういえばそうだった。たしかに新は優しい子だからな。あれも演技だったか」
激昂してウロウロと歩き回っていた中年の男が、やはり同じく中年の女性のとりなす言葉に落ち着きを取り戻し、ソファに座る。ソファは身体が沈みそうになるほど柔らかく、その感触に満足げにポンポンとソファを叩く。
「なかなかのソファじゃないか。どこのメーカーの物だろうな。魔物の皮を使っているのか? うちのソファよりも良い物だ」
「そうね、この家具も良い物よ。これだけのものを揃えることができるようになったのね、新は」
二人がいる部屋はソファはもちろんのこと、テーブルも分厚い木製の逸品であり、部屋の隅に置かれているチェストや飾られている絵画も高級品だ。
「これは最近流行の小野寺家の出した家具シリーズですな。かなりの値段ですぞ」
「本当ですわ、お館様。このワイン瓶も本物のワインです」
「いやはや、新様のお優しさがわかりますね」
二人以外にもついてきた者たちが、内装を品定めをして、ニマニマと厭らしい笑みを浮かべて、おべっかを口にする。
この部屋はランピーチの用意したマンション内のリビングルームだ。マンションは15階建てで真新しく建てられたばかりのものだ。居住用として用意されたものであり、裕福な相手向けで、ワンフロアで一家族が住めるようにゆとりある作りとなっていた。
このマンションをランピーチはポンと朱光の両親に渡した。ちなみに父親の名前は朱光ワレタ。母親は朱光ヨネである。ついてきた者たちは元朱光家の分家で、復興した朱光家本家についてきた者たちである。
「父さん、母さん、こんな立派なマンションを義兄さんは用意してくれたんだから、あとはおとなしく暮らしていこうよ」
内装を値踏みする両親や分家達を見て、ため息を吐きたいのをおさえて、ノノは忠告する。
(きっとこれだけのマンションを用意したのは、もうかかわってくるなという、意思表示の表れなんだろうけど………父さんも母さんも理解していないようね)
ノノだけは義兄さんが用意したのは優しさではないと理解していた。あの冷たい光を宿す目を見なかったのだろうか? あれを見れば、優しさではないと気づくものだが、基本的に自己中心で自分の都合の良い解釈をする両親たちは、演技だと考えたのだろう。
そして、ノノの予想通りに両親はニコリと優しげな笑みを返してくる。
「なにを言ってるの、ノノ。これからお父さんは武装家門の当主として本格的に活動しないといけないのよ? これからよ、これから。ここでしっかりとした地盤を作って、新とノノに引き継ぐの。これからの朱光家の繁栄は今日から始まっていると言っても過言ではないわ」
「そのとおりだ。今までは多少金銭的な問題があったから、武装家門の集まりに顔を出すのが大変だったが、今なら問題はないからな。見ていろよ、ノノ。父さんはやるからな。新の用意してくれたチャンスを不意にするつもりはない」
「ですな、これからの朱光家のために粉骨砕身で尽くしますぞ」
「各家門の情報収集はお任せください」
「ようやく雌伏の時は終わりましたな」
張り切る両親に、分家たちが合いの手を打って賛同し褒め称える。もちろん甘い汁を吸うためだ。なにせ、分家は地上街区に住んでいたとはいえ、ギリギリの生活をしていた。目端の利く分家は他の家門の下についたり、新しい家を立てたりと分家から抜けており、残った者達は、もはや武装家門の分家というのは名ばかりだった者たちだ。
だが、分家とは違い、両親の言葉に嘘はない。義兄さんから甘い汁を吸うという意識自体ないのかもしれない。家族は支え合うものと考えて、ノノの稼ぎも家門存続のため遠慮なく使い果たしていたのだから。
「え〜、少しよろしいでしょうか? 朱光様」
そして娘の部屋にいる朱光家と関係のない一名。商人のセイジが話に沸き立つ両親たちへと声を掛ける。このマンションを案内してくれた親切な人だ。義兄さんは案内する気ゼロで、仕事があるからと、冷たい言い方で去っていった。
「おや、なにかな、セイジさん。えぇと、御用商人で良かったかい?」
気まずそうに声を掛けるセイジに、ワレタは肘掛けに手をおいて、余裕ある態度で向き直る。態度だけは武装家門の当主にふさわしいかも知れないと、ノノはこっそりと呆れたため息を吐く。
「ご、御用商人……。ま、まぁ、そのとおりかもしれませんが、ランピーチさんの経営のお手伝いをさせて頂かせてもらっております」
随分と古い言い回しに戸惑うセイジだが、それでも海千山千の鍛えられた商人は内心を押し隠して、丁寧に頭を下げ挨拶をする。
「あぁ、セイジさんの噂は知ってますよ。随分と誠実な仕事をすることで有名らしいですな。新を支えてくれてありがとう。感謝するよ」
「いえ、ランピーチさんがうまくいくように全てを用意してくれたので、私の力など微々たるものです」
尊大なる上から目線の感謝の言葉だが、セイジはにこやかな笑みを崩さずに、謙遜して頷くだけに留める。出来た男である。後ろで分家の者たちが、これからは私たちが新様の経営のお手伝いをしなくてはと、ハイエナのような目をして、コソコソと話してもいる。
「で、なにかまだ用事があるのかな?」
「はい。ランピーチさんからは、ご両親に生活費を渡してくれと依頼されまして、これが小切手となります」
テーブルに偽装防止魔法の付与された電子カードが置かれる。ランピーチはお金と住居を渡して、ゲージの中のネズミのように両親が邪魔をしないように用意した。
「ふむ、どれくらいの金額かね?」
電子カードを手に取り、透かしでもあるのかと、明かりに照らすワレタ。
「はい、30億エレが入金されております。生活費として受け取ってもらいたいとのことです」
「さ、30億っ! さんじゅう万じゃなくて、おくぅっ!?」
なんでもないかのように答えるセイジに、ノノは吹きだして驚く。それだけあれば、もうお金に困ることはない。ランピーチの本気っぷりがわかるというものだ。
「ふぇ〜、義兄さん、奮発したわね。これならもう武装家門らしい生活をして暮らしていけるね、父さん、母さん! もうガドクリー弁当を食べなくても良くなるよ!」
ソファから勢いよく立ち上がると、義兄さんへと感謝の念を送るノノ。
もはや見栄をはってパーティドレスを買われても、パーティーに出るための紹介状を手に入れるために有力者に付け届けをしても、ビクともしない。
これで不味いガドクリー弁当から脱出できると喜ぶノノだが━━━。
「そうね。これくらいあれば、とりあえず当座の体裁を保てるようになるわ」
不思議なことを口にする母さんに、祈るのをやめて、小首をコテンと傾げる。どういう意味?
「セイジさん。まずはお屋敷を建てなくてはならないから、建築業者に連絡を取ってもらえるかい? それと召使いも雇わなくてはな。先々のことを考えて、そうだな………20人は必要だ」
「それに服ね。スーツやドレス。アクセサリーも必要だわ。宝石は取り扱っているのかしら? デザイナーを呼んでくれません?」
「え、えぇっ!? や、屋敷? 3歩譲って服は仕方ないとしても、屋敷? 召使い? 何いってんの父さん、母さん! こんな立派なマンションをもらったじゃん!」
なんでもないかのように告げる両親に、ノノは思わず叫んでしまう。信じれないと顔を歪めるノノへと、両親は平然とした顔で宥めてくる。
「ノノ、武装家門はね、これくらい端金なのよ。お屋敷を建てるのは当然でしょう? マンション住まいは別邸ならまだしも武装家門の本家としては許されないの」
「そうだぞ、ノノ。広い敷地に、大きな屋敷、そして大勢の召使いは最低限用意しないとな。30億エレなぞ、簡単に無くなるんだよ」
「アバババ」
ノノは思考停止した。まさかここまでとは思わなかったのだ。金銭感覚がズレていることには気づいていたが、酷すぎる。
セイジも冷や汗をかいて、予想外すぎる行動にドン引きしていた。ランピーチは30億エレ渡せば、もう何も言ってこないだろと、気楽に言っていったが、それでも使い果たす可能性はあった。しかし、これでは短期間で無くなるに違いない。
「そういえば、鶴木家の娘を見ましたよ、当主。たしか鶴木灯花という名前の娘です」
「まぁ! もう新に近づいている家門がいるのね。鶴木家と言ったら、最近急に勢いを取り戻し始めた家門じゃない! 力を手に入れた新にすり寄ろうとしているのね! まったく恥知らずなんですから」
分家の者たちの言葉に憤るヨネ。セイジは手鏡を渡せばよいのだろうかと迷う。すり寄ろうとしている人は手鏡に映ってますよと。
鶴木家は勢いを失ったが、資産はあったのだ。たんに勢力争いから手を引いていただけで、金のない朱光家と立場がまるで違う。
「うーん、だが、その娘はちょうど新に良いのではないか? これから勢いを取り戻すのに、鶴木家と組むのはちょうどよい」
「……そうねぇ。あの娘、たしかチヒロさんと言ったかしら? あの娘は愛人止まりが良いと思うし、それはそれでありかもしれないわ。ノノ、灯花さんとお会いしたいんだけど、セッティングしてもらえる? 良い子だと良いんだけど?」
「アバババ……へ? と、灯花と? あぁ〜、あの娘は良い子だけど……え? 義兄さんとお見合いでも考えてるの?」
「そうよ。新も配偶者は必要よ。面識あるんでしょ?」
「セイジさん、もう100億エレほど追加で寄越すように新に伝えてくれないか? 苦労をかけた分家のためにも、いくつか仕事を任せてもらいたいとも伝えてくれ」
空いた口が塞がらない物言いにノノとセイジは顔を見合わせる。
二人の心は一つだ。これは自分たちの手に余る。
「ちょっと義兄さんのところに行ってくるね!」
「この案件は本社に戻り検討させて頂きます」
そうして、二人は異次元の思考を持つワレタとヨネへと頭を下げて逃げ出すのであった。




