140話 両親と小悪党
植物園の遺跡復活の失敗と、それらに伴う地下街区の勢力争い。いや、実際は地下街区の勢力争いではないのだが、学園地区はその余波を受けて崩壊した。大坑が開いており、もはや復旧は不可能であった。
その被害を受けたのは楯野家であり、きっかけを作ったのは鎧塚家の嫡男だ。損害賠償は鎧塚家の嫡男から当主へと伝わり、楯野家に大金が支払われると思われたのだが━━━。
「そうはいかなかったと」
あの事件から数日後、ようやく落ち着いたランピーチは読んでいた新聞をばかりとテーブルに放る。その記事の三面には『楯野家破産寸前か!?』と煽り文句がデカデカと記載されていた。
「そうみたいです。たしかに一人の少年が無断で植物園に侵入しただけで、まさか学園地区が丸ごと失くなるとは誰も思いません。鎧塚家は形だけ謝罪をしましたが、賠償金は微々たるものだとか。本当の原因は仕掛けた地下街区の犯罪者であり、崩壊したのは捕まえに来て戦艦砲を放った地下街区の正規軍となっています」
「………だよなぁ。俺も文面だけ見れば、そう思う。あ〜、戦艦砲はやり過ぎだったか」
いつもの会議室。ランピーチはソファに座って、セイジの手に入れた情報に頭を抱えてしまう。たしかに鎧塚家の嫡男がこんな事を出来るわけがない。見事に話を逸らされてしまったのか。
「どうりで、戦艦を見て狂喜していた真奈が姿を見せないわけだ。金策に東奔西走といったところなんだろうな」
「地下街区に賠償金を求めようとする動きもあるにはあるらしいですが、ほんの少し声があがっているだけらしいです。魔物を放置していたらどうなるか予想できますから、強く言って保護を外されたらと思うと怖くて口に出ていないんですよ、ラン」
コトリとオレンジジュースが入ったグラスを置いてくれながら、チヒロも同情するような表情で言ってくる。
「まぁなぁ、俺もあそこまで酷くなるとは思ってなかった。あぁ、少し罪悪感を感じるけど……」
「魔物が氾濫すれば破産するのは家と同じじゃない。結局運が悪かったのよ義兄さん」
対面に座り、オレンジジュースをがぶ飲みして、ドリンクバーよろしくお代わりをしまくるノノの言である。朱光家は同じようにモンスタースタンピードで破産したので、あまり同情はしていない。可哀想だが、それがこの世界のルールと割り切っている。
「ガハハハ、たしかにそのとおりだ。なぁ、ランピーチ、俺に少し金を投資しないか? 楯野家の家宝を足元を見て買い叩けるぞ?」
そして、セイジの隣に座り、悪巧みを口にするクリタは、金の匂いに敏感すぎる。ここがチャンスと稼ぐつもりなのだろう。悪辣すぎる男だ。
「破損寸前と書いてあるとおりに、破産まではいかないかと。あそこはたくさんの企業を持ち、多くの魔道具を作っていますから。3歩ほど他の武装家門より後ろの位置につく程度でしょう。それよりも学園がなくなったので、どうするかかなり迷っているようですよ。あれだけ敷地が広く、設備の整った学園を他の家門も急には作れませんので」
「地上街区は、どこも土地はカツカツだもんな。無理もない」
ソファに寝転び、全てを諦める。そんな雲の上の話をされても、地上でほそぼそと暮らす小悪党には関係ない話だ。真奈には同情するが、頑張ってと祈ることしかできない。
「それじゃ、欲しい情報は得られたし、今日の俺の仕事は終わりだな」
シティの経営はチヒロとセイジに任せているランピーチです。一ヶ月に一回は報告を聞いてもいいよと、自堕落ここに極まれりの小悪党。
だが、今日はこれで終わりですねとならなかった。ノノがなにかを言いたげに、こちらをジッと見ているのだ。
「なんかあんの、ノノ?」
「忘れてるんですか? それとも知らないふりをしようとしているんですか? どちらにしても━━━」
最期までノノが口にする前に、会議室の扉向こうがなにやら騒がしくなる。
「君たちは私たちを誰だと思ってるんだ?」
「そうよ。私たちは新の親よ! そこをどきなさい!」
困りますと、余計な人が入らないようにと警備している部下の声が聞こえてきた。横暴だと、怒鳴る男女の声も。正直、聞きたくない声だ。
どうやら扉は守りきれなかったようで、バンと勢いよく開くと、中年の夫婦が大勢の集団の先頭となって入ってきた。
そして、会議室を見渡すと、ランピーチとノノに目を留めて、満面の笑みで両手を開く。
「新! ノノもいたのか。ちょうどよい、この者たちに、私たちが誰なのか教えてやってくれ」
「元気そうね、新。貴方が家出して心配しなかった日はないわ。でも家門復興のために、陰で頑張ってきたのね。偉いわ!」
傲慢そうな口調で部下たちを蔑みの目で見ながら、ランピーチたちには優しい笑顔を本心から見せる困った存在。
ランピーチ・コーザこと、朱光新の両親だった。
◇
「あら、これは本物のオレンジジュースね! さすがは新ね、そこのメイド、私にもくださらない?」
「わははは、新も気軽に天然物が飲めるようになれたか。目出度い目出度い。おい、私にも持ってきてくれ」
チヒロへと当然のように命令する両親。家門の復興のために、無駄に贅沢をしてノノを困らせていただけはある。態度だけは上流階級のものだ。呆れちゃうね。
自己紹介をしようとしていたチヒロが困り顔で見てきて、どうするべきか判断をあおいでくるので、少しだけ迷って、首を横に振る。
「チヒロはメイドではありません。恋人でこのランピーチシティの共同経営者です」
きっぱりと答えて男らしいところを見せるランピーチ。チヒロはその答えに頬を染めて嬉しそうにするが、ほとんどの仕事を押し付けられていることは気にしないらしい。出来た娘で、ランピーチにはもったいない。
「あら、そうだったの? 失礼したわ。えぇと、貴女と面識がなくて申し訳ないわ。どこの家門の人かしら?」
母は謝罪しながらも、当然のように家門の由緒正しい出身だと思い込み、嫌味ではなく、本心から疑問に思い尋ねてくる。これが嫌味だったら、叩き出してやるのに、超感覚では本心からだと教えてくれていた。
「えぇと………私は……その、スラム街の人間です………」
いつもはしっかりと恋人アピールするチヒロだが、やはり出身を気にしているのか、言い淀んでしまう。
対して両親はその言葉を聞いて、馬鹿にするかと思いきや………。
「あら、そうなの。それじゃ、分家の中でも裕福で信頼できる家の養女になりなさい。その後なら恋人といくらでも口にしていいわ。簡単に終わらせるから、少しの間待ってくれるかしら? ほんの一ヶ月か、そこらね」
「母さんの言う通りだ。これまで新を支えてくれて、経営も手伝ってくれてるのだろう? なら、別れさせることなどできんよ」
予想外に嬉しそうに提案を口にするのだった。
「は、はぁ、えぇと、そうですね……」
チヒロも厳しいことを言われると覚悟していたのだろう。予想を遥かに超えた言葉に目を白黒させている。正直、俺も両親は馬鹿にする態度を取ると思ってたよ。
(こういうキャラは初めて見る! 傲慢な態度をとるだけなら追い出せるが………うぅ~ん、困ったな)
チヒロをバカにしないでくださいと、かっこよく怒鳴って主人公ムーブをしようとしていたランピーチは困りきってしまう。
が、そのためらいを、肯定していると思われたのか、両親についてきた者たちの中で数人がソファに座ってきた。ノノとセイジが押し出されるように立つことになってしまう。
「となると、わたくしめの家が良いかと。ちょうど妻も娘が欲しかったと口にしておりまして、きっと可愛がるに違いありません」
嘘である。こっちの男の方はわかりやすかった。人の良さそうな笑みを作るのは得意なのだろうが、ランピーチには通じない。ただ、たんに成り上がったことになっている朱光新と縁を作りたいだけだ。
とはいえ、虐めることはしないだろう。内心では侮蔑していても、チヒロに対しての外面は良いはず。現実に分かりやすくあくどい笑みを浮かべる悪人など、ランピーチくらいしかいないのだ。
いや、悪党に似合う笑みを浮かべるやつもいるだろうが、そーゆー相手こそ、このようなときには人に良さそうな笑顔を作ることに長けているのだ。
どうせ他人の内心など、誰もわからない。ニコニコと笑顔で優しくされていれば、別に問題はないんじゃないだろうかと悩む。セイジもノノも俺の葛藤に気づいてなにも言わず、クリタだけがこれをチャンスに金儲けができるかもと、ニタニタと小悪党スマイルを浮かべていた。分かりやすい男である。
━━━そして、ソファがひっくり返った。
「グワッ!」
「きゃぁっ!」
「ぐへっ!」
ソファに座っていた両親と取り巻きたちがひっくり返り、悲鳴を上げて絨毯の上に転がる。
「なにを迷っているかはわかりませんが、私の金を盗もうとする石油みたいな口臭をする者は追い出すべきです、プーさん」
そして、ソファを片手で持った黒髪少女が立っているのだった。猛犬みたいに眼光鋭く、倒れている両親たちを見下ろし、ソファを両親たちの上へと下ろす。
「グハッ、潰れる。潰れてしまう!」
「なに、なんなの貴女は? 新、この子を止めなさい!」
容赦のないミラへと、潰れたヒキガエルのようにうめき声をあげる両親たち。
「この人たちはなんなんですか? 強盗には見えませんので、詐欺の集団でしょうか? 甘いのはお菓子だけで良いと思います」
不思議そうに首を傾げるミラの問いかけに、ククッと笑ってしまう。
━━━そうだな、そうだった。
原点に立とう。俺はこの人たちの記憶はない。そして、元のランピーチの立場を思って気を使ったが、こんな傲慢な奴らは人が良くても嫌いな人間の範疇に入る。
となれば、ランピーチシティの王として告げる言葉は決まっている。
「父上、母上、大変申し訳無いが、俺はこの地区のトップで、チヒロは出身など関係なく頑張っている。内心がどす黒い養父などいらないし、無駄な縁を作るつもりもない。このマンションから出ていってもらおうか。なに、金は渡すし、家は豪華な物を用意しよう。精々武装家門の一員としてパーティーでもお茶会でも楽しんでください」
効果のある小悪党スマイルで、ランピーチは慇懃無礼に頭を下げて、両親たちを追い出すのであった。
『あははは、ミラの方が主人公っぽいね!』
『どうせ俺は小悪党ムーブしかできないの』
さっきから静かだと思ってたら、ここぞという時を狙ってやがったな、小悪魔ライブラめ!




