114話 昆虫と小悪党
石化毒はそれだけで強力な魔力を宿している。どういうことかというと、生半可な精霊障壁では、魔力が反発しあっさりと破壊されてしまうということだ。警備員の精霊障壁はそこまで弱い精霊障壁ではなかったが、それでも雨のように降り注ぐ石化毒を喰らえば耐えることは不可能であり、精霊障壁を破られて石化していってしまう。
石茨の隙間に赤い目が無数に光ると、次々と石化毒が放たれて、人々へと降り注ぐ。
「きゃー、いやー!」
「助けてくれ、身体が、身体が!」
「落ち着け、落ち着いて、ギャァァァ」
身体が石化していくことに、パニックとなり阿鼻叫喚の地獄絵図となる。警備員たちがなんとか統制を保ち、攻撃を防ごうとマジックシールドを展開させようとするが、恐慌した生徒たちが警備員に守ってもらおうと集まるので、魔法の発動が阻害され、その間に石化していった。
本来ならばこのような想定外の事が起きても、警備員が押し留めて出入り口を封鎖という形になっており、それだけの警備員も揃えていたし、練度も高かったので問題はないはずだった。
しかし、若い生徒たちが狼の前に大量の餌を置くかのように、多数の魔法を使い魔物の注目を浴びて、さらに警備員たちを邪魔するといった想定はされてはいなかった。
敵であれば倒せただろう。乱暴に扱っても殺しても問題はない。だが、生徒たちとあれば保護対象であり、学園の中の調査で死傷者を出せば大問題となるため、警備員たちは懸命に生徒たちを守らなければならなかった。生徒たちは襲撃者たちよりもたちの悪い存在となっていた。
「あわわわ、な、なんてこった。お、俺のせいか? 俺のせいなのか?」
石化毒を受けて、手足が石化して恐怖の表情で地面に転がる警備員や生徒たちを見て、玄馬は顔を恐怖で引き攣らせて、大柄な身体をガタガタと震わせていた。
生意気なランピーチへと少しばかり意趣返しをするつもりなだけだったのだ。軽い気持ちで、ほんの些細な嫌がらせのつもりだった。
「ま、魔法が使用禁止などという話はなかったじゃねぇか! なんで教えてくれなかった!」
この嫌がらせを持ちかけてきた男へと振り返って怒鳴る。
━━━━数日前。
雑魚の探索者たちを集めて徒党を組む小悪党ランピーチだが、叱責しようにもノルマは終わっており、ノルマをこなすために代わりに働く男たちに訴えるように声をかけても、仕事なのでと返されるだけなので、なんとか潰してやろうと居酒屋で酒を飲んで管を巻いていた時だった。
「大変そうですね? どうかしたんですか?」
隣に座ってきた男が話しかけてきて、酒が入り酔いが回っていたこともあり不満を口にしたところ、良い方法があると教えてくれたのだ。
「実は私は魔導学園の教師をしておりまして、魔導学園でもお金に困る苦学生たちへと割の良いバイトを紹介しようと考えていました。ちょうど良いので、石茨の伐採を任せてもらえませんか?」
「しかし、学生を雇う金なんかねぇぞ? 俺のポケットマネーじゃとてもじゃないが無理だ」
ランピーチは気に食わないが、ノルマは終わっており作業工程は順調だった。そのため、嫌がらせのためだけに、自己負担で費用を擁護する気は毛頭なかった。
「大丈夫ですよ。費用は学園が持ちます。貧困家庭へただで金を渡す事が出来ない為に、名目上の仕事が必要だったのです。学園内のバイトであれば願ったり叶ったりです。貴方も伐採が手早く終わり、しかもそのランピーチとやらを仕事が終わったから首にできる。お互いにウィンウィンの関係というやつです」
その後も渋る玄馬に危険はないので大丈夫と巧妙に説得をして、玄馬は遂に頷いたのだった。
━━━なのに話が違う。こんな状況を玄馬は望んでなかった。
「くくくく、笑えますね。貴方はよく働いてくれました」
教師と名乗った男が嫌らしそうに嗤うのを見て、玄馬は激昂する。この状況は想定されており、自称教師に騙されたのだと悟ったのだ。
「てめぇ、騙しやがったな!」
自称教師の胸ぐらを掴み、持ち上げて怒鳴る。
「えぇ、もちろん騙しました。これで植物園から魔物が多数外に出れば、楯野家の責任問題となり、以降は他の家門も調査に加えないといけなくなるでしょう。それに加えて学園にふさわしくない生徒たちを事故死してもらうこともできます。一石二鳥というやつですね」
胸ぐらを掴んだ玄馬の腕を軽く掴む男。力自慢の玄馬の腕をさらなる怪力で押し下げて、無理やり引き剥がす。
「この植物園に現れる魔物は既に調査済み。メデューサスネークが石化毒を吐き、石喰い虫が石化した人間たちを食べるのです。食べられればもはや石化を解除しても意味がない。ふはは、大惨事ですね、犯人の玄馬さんは、感想を一言」
「お、俺が犯人……」
おちゃらけたふりをして甚振る男に玄馬はスケープゴートとなる運命だと理解する。お偉い家門たちの勢力争いに使われたのだ。
いつもガドクリー弁当の中身を弁当箱に入れかえて渡してくれる優しい妻や、玄馬が入ったあとは必ず風呂の水を入れ替えてくれる可愛い娘の姿が思い浮かぶ。
終わりだ。くだらない嫌がらせのために玄馬は犯罪者となり、家族は後ろ指を指されるだろう。悲惨な未来が幻視できて、力が抜けて膝から崩れ落ちる。
「さぁ、それでは私はここらへんで失礼します。スタンピードが起きては私もタダではすまないものでして」
身を翻し、外へと駆けていく男を止めることもできずに玄馬は地獄絵図となった植物園へと目を向ける。鬱蒼と繁った石茨の隙間から、大人の腕ほどの灰色の鱗を持つ蛇たちがぞろりと這い出てきてきて、その後ろから赤子ほどの大きさのかみきり虫がワサワサと出てきていた。
石化毒を持つ蛇メデューサスネークだ。メデューサスネークは手足を石化させて動けなくなった獲物の石化していない部分を生きたまま食べて、かみきり虫のように見えるストーンイーターは、石化した部分を食べる。悍ましい共生生物であり、なんとか逃げようと生徒たちや警備員は悲鳴をあげる。
「お、おしまいだ。俺じゃ、こいつらを倒せねぇ」
悲鳴はやがてむさぼり食われる音へと変わるだろうと、玄馬は目を瞑り覚悟を決めるが━━━。
肉が食われる音もしなければ、石を噛み砕く音もなく、やがて悲鳴もおさまる。
「な、なんだ?」
違和感を感じて、そっと目を開ける玄馬に入ってきた光景は信じられないものだった。
這い出てきたメデューサスネークも、ストーンイーターもその体が真っ二つに切られている。そして、空中にはいくつも金色の手のひらサイズのリングが浮いており、一人の男が全員を守るように立っていた。
「オレノナマエハタイラヒトシ、オマエラヲゼンブタオシテヤルー」
カクカクと手足を動かし、腹話術人形のように口をパクパクと動かす凄腕魔法使いが立っていた?
「フルエルゼビール。モエアガレドール。タイヨウノビールカッター」
片手に持ったビールジョッキをカクカクと振り回し、浮遊するリングが猛回転すると、新たに這い出てきたメデューサスネークやストーンイーターを切り裂いていく。
石化毒が飛んでくるが、リングが正確に命中し迎撃していく。リングに弾き返された石化毒が空中に散らばり、床を濡らしていき、一滴も均の体に触れることはない。
「チャンスだ! 体勢を立て直し、反撃をするんだ!」
「おおっ! 了解だ」
「やれやれ、僕の出番と言うわけだな」
石化毒さえ飛んで来なければ、この敵は倒しやすい。警備員のリーダーがここぞとばかりに指示を出し、あっという間に乱戦となる。
「ツイデニドンドンバッサイシテイコー」
「ま、待て! まだまだ敵は残ってるんだぞ?」
「ダイジョウブダイジョウブ。モウバイトアキタ」
カクンカクンと、均は歩き出し、止める間もなく、石茨へと突撃し、ビールカッターで石茨を切り裂く。
「おっしゃ、レベル上げのチャンスだ!」
「そ、そうね。これはチャンスよ」
「毒さえ受けなければ問題ないよな!」
レベル上げに貪欲な生徒たちも杖を片手に反撃に移る。ちゃっかりした生徒たちである。
「石化防止草を貰ってきて!」
「石化解除のポーションもだ!」
「火力を高めて倒しちまえ!」
格上の魔物を倒すと強くなれることを生徒たちはもちろん知っているため、警備員たちよりもやる気に満ちて、さっきまでの混乱はなんだったのかと拍子抜けするほどだ。
やがて、石化を解除できる生徒たちがやってきて、被害者を治療していき、さらに大勢の生徒たちも植物園に入ってくる。
「皆、大丈夫か! 助けに来たぞ! ……あ、あれ? なんだか話と違うな」
金髪碧眼の美少年が片手剣を持って、美少女たちを引き連れて入ってくるが、もはや良質な狩り場と化した植物園に、戸惑った顔となる。
次から次にと話を聞きつけた生徒たちが合流して、あれだけ苦労して伐採していた植物園の石茨が草刈り機で刈られるようにどんどんなくなっていき、数時間経過した。
石茨の残骸や魔物たちの死骸がそこら中に転がっており、ようやく打ち止めとなったのか魔物たちの出現がおさまるのであった。
「ふー、やれやれ。結構稼げたんじゃないか?」
「俺、少し強くなったかも」
「後ろに隠れてなかった?」
「でも、これなんのイベント?」
「生徒会主催の魔物狩りのイベントだろ?」
生徒たちが汗を拭い、最初の混乱がなぜ発生したのかうやむやになりそうな空気となる。
「あー、助かった。えーと、平さんで良かったかな? 最初の防衛ができなかったら、魔物たちは外に出て大惨事になっていたよ」
「ツカレテシマッタノデネマス」
お礼を言おうとする警備員に、均は崩れ落ち気絶した。
その様子を見て、皆は思う。
(いやいや、この人完全に操られていただろ!)
ツッコミたいが気絶しているためにできない。そもそも誰が操っていたのかもわからない。
玄馬は安堵で胸を撫で下ろし、ふと、ランピーチへと顔を向ける。ランピーチはこれだけの騒ぎの中でも気にせずにビールを飲んで余裕の態度だった。玄馬の視線に気づき、ニヤリと嗤うと口パクをする。
『嫌がらせもほどほどにな』
誰が操っているのか、直感的に理解した玄馬はもうランピーチにかかわるのはやめておこうと決心するのであった。




