113話 伐採と小悪党
━━━数日経過した。
『植物園』の内部にて、ランピーチはせっせと石茨を伐採し、堆積した泥を床から剥がし、奥への道を切り開いていた。外では天井の堆積した汚れはこそげ取られて、元はクリスタルガラスだった天井が姿を現し、日射しが内部へと差し込みライトは必要なくなっており、暗かった内部は見通しが良くなったため、行動範囲が大幅に上がっている。
「俺って、こーゆー地味な仕事の方が性に合ってるのかもな」
そんな中でランピーチは額の汗を拭い、爽やかな小悪党スマイルを浮かべていた。爽やかでも小悪党に見えるのは、世界の理なのだろう。
コーンコーンと石茨に食い込む斧の音が響き、太さ二メートルはあるだろう石茨にヒビが入ると自重も作用して脆くなった石茨はメキメキと倒れ始める。できるだけ根元を狙ったために広がる石茨が丸ごと倒れ、鬱蒼と繁った石茨に少しだけ空き地が生まれるのであった。
「ふぅ、少し一休みするか。何事もほどほどにが、仕事のモチベーションを保つ方法だしな」
後ろに下がると、空き地に置いてあるサマーチェアに寝そべり、フワァとあくびをする。もう年かもしれないな、眠たいぜ。
「ボス、キンキンに冷えたビールです」
「ありがとう。やはり仕事が終わったあとはビールだよな」
お前、わかってるなと鷹揚に頷き、ぐびぐびと飲む。冷えたビールが喉を通り過ぎていき、疲れた体に気持ち良い。
「くぁーっ、良いね、美味いよ。おかわりくれ」
泡のついた口元を拭い、ジョッキをテーブルに置く。
「へい、すぐに持ってきまさ」
太陽はようやく真上に来て、あと少しでお昼ご飯となる時間。ランピーチ的にはもうお仕事は終わりました。
「ボスのノルマを片付けるぞ」
「へい、任せてくだせぇ!」
「気合い入れるぞ、こらぁっ!」
「あれぇ? この割り当ておかしくないですか? 僕だけ疑問に思うんですかね?」
ランピーチのノルマとして割り当てられた場所には他のバイトが入り、カンコンカンと石茨を伐採を始めていた。何人ものバイトが伐採しているので、今日もランピーチが最初に仕事を終えるだろう。サービス残業ノーサンキューなのだ。
そんなランピーチの姿はまさに荒くれ者を扱き使うボスといった感じである。裏でミラがしっかりと仕事をしてくれたお陰で快適なバイト生活を送ることができるようになったのだ。
今までで一番頑張ってるバイトだと思います。二番目に頑張ったのは前世での年賀状配達のバイトで、運良くマンションエリアに配置されたので、配達がとても楽でした。
「あ〜、酒の肴もよろしく。そうだな、今日はベーコンが良いな、カリカリに焼いたやつでな」
ふぃーと息を吐き、おかわりのビールを飲もうとして、いつの間に空っぽになっているのでため息を吐く。肩の上に浮いている少女の口元に泡がついているのは気の所為だろうか。
『ミラはしっかりと組織を作って働いているぞ、ライブラさんや?』
『私だって頑張ってるよ! このベーコンは油を敷いてから焼いてるから油っぽい。ベーコンはなにも敷かずに焼かなくちゃね!』
テーブルに置かれたベーコンを咥えて的確な返答をしてくるライブラさん。さすがは元祖サポートキャラ、高性能すぎて泣けてくる。
まぁ、ライブラは癒される存在なのでそれだけで良いのだろう。
「あ〜、快適だ。こんなバイトならいつまでもやりたいな」
ぐで~と寝そべり、もはや粗大ごみか、トドか分からない存在となるランピーチである。だが、平和なバイト生活を皆が楽しんでいるわけではなかった。
現場監督の副官が忙しく働いているランピーチにノシノシと歩いてくると、目をギラリと光らせる。
すわ、怒られるのだろうと、周りの空気が重くなり、ピンと緊張感のある世界となり、副官はおもむろに口を開く。
「ランピーチ様、昨日は超高級魚サンマを一ダースも頂いてありがとうございました。あれだけの魚を食べることなど初めてで驚きましたよ。サンマというのは脂が乗って美味いもんですな」
沢山獲れたのでお裾分けに副官にサンマを渡したのだ。全く他意はない。前世でも超高級魚のサンマは喜ばれたらしい。
「あぁ、新鮮なサンマはワタまで食べられるんだ。サンマ、サンマや、苦いかしょっぱいかてな。うん? それだと不味い感想にしかならないな?」
これっておかしくない? と首をひねる浅学なランピーチである。有名な詩だけど、サンマの美味しさがまるで伝わらないぞと、ギモンに思っちゃう。
「うーん、しょっぱくはありませんでしたよ。脂が甘かったですし」
「だよなぁ、俺もそう思う。どこらへんがしょっぱいんだ? もしかしてこの詩の歌い手はサンマを焼くのを失敗したのかもな」
きっとそうに違いないと、アホなサンマ談義をするランピーチと副官。だが、このダラダラした不毛なる会話を副官が腕時計を見ることで終える。
「では、私は仕事がありますので、これで失礼します」
「あぁ、しっかりと仕事をするんだぞ」
敬礼をして去って行く副官に軽く手を振り返す。もはやどちらが上か分からない光景だった。
ランピーチは現在、星1以下の探索者たちを纏める元締めのボスという話になっている。噂話でもそのように言われてるし、地上街区の危険人物管理システムのデータバンクでもそう報告されているらしい。
ミラがフル活動して、欺瞞工作をしているらしい。的確に情報を必要なところに流しているため、この学園の監督官程度ではランピーチの正体は把握できないと報告されていた。どうやっているかさっぱりわからないが、たいした腕だ。
まぁ、ド派手に動いているので、本格的に調査されれば、すぐにランピーチシティのボスだとは判明するが、そこまで調査する者は少ないと予想されている。
なぜなら、雑魚探索者たちの上に立つ小悪党なボスという立場が似合いすぎて、弱い探索者たちが必要な細かい仕事を支配しようとするせこい利権を持つ小者かと納得してしまうからである。
なので小悪党はサマーチェアに寝そべり、ビールを飲みながら、ベーコンの欠片が胸間に落ちちゃったと、欠片を取ろうとして裾を開いているライブラを横目でチラチラ見るだけであった。とっても忙しい仕事なのだ。
なので周りは絡むことなく、黙々と仕事をしている。警備員もチラチラとランピーチを見るが、絡まれると面倒くさいので黙認している。
「それにしても、いったいどれくらい時間をかけて、この石茨を伐採するつもりだよ。うんざりするぜ」
『このペースだと年単位が必要なんじゃないかなぁ。全然進めないよね』
ライブラのいうとおり、植物園に繁る石茨は予想以上に多い。一旦ナパームなどで焼き尽くした方が良いくらいだ。
『ここに時間をかけている暇はない。だろう?』
ランピーチの目的は地下にある遺跡であり、この植物園の遺跡ではない。
『ですね。しかし、この植物園でもクエストは発生すると予測されています』
ピロリンとタイミングよくミラからの通信が入る。
『多くの人々が死ぬ運命が迫っているということだな?』
『このベーコンもっとおかわり!』
そして、カリカリベーコンを全部食べちゃったライブラだ。この子はなんのためにここにいるのか忘れたのかな?
『私もベーコンを食べたいです。エロ巫女と立場を変えましょう』
『ダメ~、ソルジャーは私くらいの性能じゃないと満足しないのさ』
『くっ、その一点だけは、貴女が上だと認めます』
腕組みをして胸を強調するライブラさん。腕を組むだけで、ポヨンと大きく揺れるその圧倒的な存在は、腕を組みやすいミラでは対応できない。ウニュニュと珍しく悔しがるミラをヘヘンと自慢げにするライブラ。でも、ライブラさんや、サポートキャラなのにその一点だけでいいのか? ………俺はいいと思っています。
『話を戻すぞ。で、これからどうするんだ?』
『ビールをお代わりしようよ』
『小悪党のスキルは色々と悪評を伴うということです』
幻聴は無視して、ミラへと注視する。どういうことだろうと口を開こうとし━━━。
「こちらです。そこの石茨を破壊すれば良いだけですので、簡単な仕事すぎて申し訳ない」
玄馬が入口から入ってくるが、後ろからゾロゾロと子供たちもついてきていた。全員魔導学園の制服を着込んでいる。
『誰かさんのために予定よりも遅いため、考えたようですよ、プーさん』
どういう意味だと眉をしかめるランピーチに、遠目に玄馬がニヤリと敵意を込めた笑みを見せる。この数日間、真面目に仕事をしているランピーチを目の敵にしていた男だ。
「魔導学園の生徒さんには申し訳ないですが、どうも雑魚探索者たちが仕事を遅くして少しでも金を絞り取ろうとしてましてね。薄給で申し訳ないんですが、魔法でパパッとこの石茨を伐採してもらえないでしょうか?」
そのセリフになるほどなと、呆れた目をしてしまう。
『あの現場監督は、俺たちがわざとゆっくりと仕事をして、このバイトを長くして金を取ると考えたのか。ノルマは熟しているし、真面目にやってるのに酷いやつだ』
グビリとビールを飲んで、顔を顰めて怒るランピーチだ。こんな真面目に仕事をしているのに、あり得ないね。これが小悪党スキルの弊害か。
『あれぇ? 魔法でババーンと吹き飛ばせるなら最初からやってない?』
『たしかに。そういや、なんで魔法で吹き飛ばしてないんだ?』
ライブラの疑問ももっともだ。なんでだ?
『その疑問はあの子たちの魔法でわかると思いますよ』
淡々とミラが言う通りに、生徒たちが前面に立つ。
「仕方ねぇな、簡単なバイトだし、僕だけでも終えることができると思うんだけどね」
「へっ、これくらい簡単だっつーの」
「思い切りやっちゃおうぜ」
「やっぱり相変わらずなのね」
自信満々に立つのはクリシュナだ。他にも男女の生徒たち。生徒たちは両手を翳すと、魔力を込めていく。その様子を見て、警備員の一人が顔を青ざめて止めようと片手を上げるが遅かった。
『嵐』
『火球』
『風刃』
石茨へと様々な魔法が飛んでいく。魔法の威力に耐えることができずに石茨はバリバリと砕け散っていく。
手作業で伐採していた苦労はなんだったのかと思うほどにあっさりと伐採が進み、ポッカリと空き地が生まれる。
「ウハハハ、見たか、この小悪党! お前らの金稼ぎのネタにはさせんからな。経験豊富な俺の対応力を見たか!」
高らかに笑う玄馬。どうやらかなりフラストレーションが溜まっていた模様。ランピーチへ向けて得意げにする。
「おし、この僕ならこんなバイト簡単だ。どんどん伐採を進めていく━━━ん? なんだこの鳴き声?」
クリシュナがフンスと前に進もうとして足を止める。なぜならば、石茨の森全体がワサワサと激しく揺れて、ギィギィとなにか生物の鳴き声が一斉に響き始めたからだ。
「なんてことを! この植物園には魔物が多数棲息してるんだ! 大規模魔法を使うと刺激してスタンピードが起こるというのに!」
警備の責任者が怒鳴ると、玄馬がオロオロと顔を青ざめる。
「え? そ、そうだったのか? だから魔法使いを雇わなかったのか」
どうやら、玄馬の独断で集めたらしい。まずいと警備員が身構えて、生徒たちが慌てふためく。
「気をつけ、ギャッ」
石茨に一番近い位置にいた警備員が叫ぶと、顔にパシャリと液体がかかり、ゴロリと転がる。警告の言葉を発した状態で灰色の石像に変わっていた。
「石化毒だ! 精霊障壁を展開さ」
隣の警備員が精霊障壁を発動させるが、まるでシャワーのように降りかかる毒液を前にあっさりと精霊障壁は破壊されて石化する。
「う、うわぁ〜!」
誰かの悲鳴が聞こえて、石茨の合間から豪雨のように生徒たちへと毒液が降り注ぐのであった。




