103話 続くキマイラと小悪党
絶叫するクリシュナを横目に、もう一つの隠し通路から進むランピーチたち。クリシュナは知らなかったようだが、実はキマイラランピーチと戦闘を回避する通路があったのだ。キーハッカーが手に入らないために普通は使わないが、キマイラランピーチが出ないなら、こちらを使う。
「ねぇ、あの子は放置して良いの? 死んじゃうんじゃない?」
薄暗い細道を進んでいく中で、むさ苦しいキマイラたちと戦うクリシュナを見て、ライブラが聞いてくるが、別によいだろ。
「なんかよくわからない敵だよな。本来ならキマイランピーチとのタイマンだけど、フレッシュゴーレムっぽくて弱そうだし大丈夫だろ」
なんで正勝コピーなんだろ? 顔だけ正勝で身体はふくよかだったので、正勝に対するダイエットをしろという皮肉もかけているのだろうか。
ドカンドカンと爆音が響き、激しい戦闘音がするがどうでも良い。ガイもクリシュナも俺を利用したのだ。なら、俺が利用しても全然構わないだろう。それに転生者だけあって、腕は良さそうだ。
『金庫が開きました。キーハッカーっていうものがさっき落ちてたのを拾ったのですが結構便利ですね』
そして、謎の通信が届く。
『このイベント最大の報酬を先取りしないでくれない? 俺のやる気を失わせるつもり?』
謎すぎて内容が理解できない。
『大丈夫ですよ、キーハッカーは壊しておきますし、そこでプリン肉を震わせている女に活躍させれば、きっと喜んでプリン肉を押し付けてくれます。キーハッカーよりもプリンの方が好きですよね? 特に大きいプリンが』
『この通信は電源が入っていないか、通信の届かない場所に相手はいます。ピー』
謎の会話終了。さて、マッドサイエンティストはいるかな? 正勝の場合はβ版の世界の可能性もでてくるんだけど。それと、キーハッカーは禁忌なのね。破壊されるとは惜しいことをした。
「ゲームの世界に現実を混ぜると、たしかに全ての鍵を開けるキーハッカーは存在したら駄目だろうよ」
「ううん、たぶん特殊扉を開けるために壊したんだよ。無理矢理挿し込んだら、壊れちゃったって呟きが思念で聞こえたし」
「そこは聞かなかったことにしておいてよ。禁忌だっていうほうが、まだ納得できただろ」
薄々分かってたよ、『サイコクラッキング』があればキーハッカーはいらないしね! ライブラ君、お口チャックをお願いします。
「まぁ、良いや。どうやら到着したようだぞ」
隠し通路はその名の通り分かりにくく、そっと扉を細めに開けると、中を確認することができた。
「なんですと? 他の家門からの妨害?」
「そうだ。かなりの腕前だ。なにせたった一人でカジノに乗りこんできて、俺の部下をあっさりと薙ぎ倒しやがったんだからな」
部屋の中では二人の男が話している。一人は正勝、もう一人は白衣の男だ。
薄暗い部屋で青い蛍光灯がぼんやりと人よりも大きな培養カプセル並んでおり、その中には魔物や人間らしきものが浮かんでいる。いかにもな実験室で、非道な実験を繰り返していたとわかる光景だ。
「あぁ……酷い光景だと憤るところなんだろうけど………ゲームそっくりだなぁという感想しかできない俺は酷い男なんだろうな」
首しかない男はまだ生きているのだろう目をギョロリと動かし、内臓だけしかないモノの心臓が鼓動を打っている。その他にも目を背けるような光景が広がっているにもかかわらず、ランピーチの口から出るセリフは他の人が聞いたら眉をしかめるものだった。
ゲーム脳の弊害だ。リアルな戦争ゲームをして、本当に戦争を見てゲームと同じだと言うのと同じだ。現実感はなく、やるせない気持ちはあるが、心の奥底は冷めたものだった。
「ため息をつける分マシだと思うよ。ほら、ソルジャーは人間だけど宇宙人だからさ」
「宇宙人という言い方は常々変だと思うんだ。地球人だって、宇宙に住む生命体だからさ。……だが、少しはマシな人間だと思うことにするよ、ありがとうな、ライブラ」
「ま、まぁ、私はサポート役だからさ。たまにはシリアスにいかないとね」
優しい笑みでお礼をいうと、少しだけ頬を赤くしてそっぽを向くライブラ。照れているらしい。その様子を見てライブラの頭をクシャリと撫でて、真剣な顔へと変える。
「さて! 敵の会話もそろそろ佳境らしいから乱入といきますか。やはりここのマッドサイエンティストは正勝ではないことも確認できたしな」
この世界がβ版か、俺の知ってるゲームの世界か、どちらかを確認できた。正勝たちも言い争いをしており、まったく仲良さそうではない。
「お前の研究はあと少しで完成するんじゃないのか? もうあと少しなんだろ? そのために俺の細胞を痛い思いをして提供してたんだぞ。その力でやってくるサングラスの男を倒すんだ!」
「ほう、コピーでは敵わないと予想しているのですな。あのコピー品はかなりの強さを持っているにもかかわらず」
「これでも槍田家のもんだ。敵の強さくらいわかる! 粗雑なコピー品じゃ、時間稼ぎにしかならねぇんだよ!」
苛立ちを露わに正勝が白衣の男を責めたてる。白衣の男がそこでなんと答えるのか、俺は知っている。
(キマイラの実験はもう少しで完成なのです。そう、貴方を実験体にしてね、だろ?)
そうして、懐から取り出した注射器を正勝に刺して、化け物と化す正勝とボス戦開始だ。
━━━そうなるはずだった。ランピーチの記憶ではそうだった。注射器を取り出すタイミングでランピーチは飛び出そうと膝を屈める。
「人間をすり潰して『精霊粉』とする実験はあと少しで完成すると思われます。ですが、さらなる試作品ならば、ここにあります。これを使用なされば、かつての人類が持っていた力を手に入れることができるでしょう」
だが、白衣の男が告げる言葉は予想外だった。懐から取り出したのは、粉の入った小さなカプセルだ。
「なに? 『精霊粉』? 人工で『精霊粉』を作ろうというのか?」
キマイラではないことに、動揺をして息を呑む。本来ならばキマイラ正勝とのボス戦となるはず。タイマンで戦闘をしなくてはいけないキマイランピーチと違い、パーティー戦ができるので、キマイランピーチを倒せるなら楽勝だった。
しかし、ストーリーの流れは違った。そんなランピーチの前にクエストが表示される。
『人を使用した偽りの『精霊粉』の製作を防げ! 正勝と白衣の男を殺し、実験の証拠を全て消去せよ:レベル7』
今までと違い、『倒せ』ではなく、『殺せ』の文言。敵をなんとしても殺すようにとの命令。
「『宇宙図書館』はこの事態を極めて重視しているみたいだよ、ソルジャー」
「みたいだな。なら、遠慮なくやるとしよう」
『精霊粉』。世界を滅亡に至らせた悪魔の技術。しかも偽りのと頭文字がついている。ランピーチは牙を剥く凶暴なる生命体となり、纏う空気を殺意に満ちたものへと変える。
「それじゃ、行くとしますか! ゲームの始まりだ!」
「オッケー! ドカンといこうね!」
戦意と殺意を漲らせて、ランピーチは扉を蹴り壊し、一気に中に飛び込む。轟音が響き、砂埃が部屋に充満し、壊れた扉の破片が培養カプセルを破壊していき、肉塊が床に落ちていく。
僅か数歩で間合いを詰めて、白衣の男へと向かう。狙うはやはり知識を持つ博士の方だ。
「一撃必殺!」
「なにっ! どこから現れた!?」
強く拳を握りしめて、超力を体に血流のように巡らせて強化をすると、手のひらに気を集めて、双掌を繰り出す。
『双発勁』
白衣の男の腹へと双掌から気を叩き込み、くの字に折る。白衣の男への発勁は完全に伝わり、吹き飛ぶことすら許さずに、その体を破壊していく。目や鼻や耳と、血を流して白衣の男は力無く倒れ込み、一瞬の隙をついた攻撃で力尽きた。手に持つ試作品と思わしき『精霊粉』を蹴り潰し使用不可能とする。
「こ、こいつ」
正勝が驚きと恐怖をないまぜにした顔で身構える。さすがは槍田家の次男、不意を突かれても体勢を立て直すように身体が勝手に動くらしい。
「と、蜻蛉切り!」
さすがは金持ち。当然のようにアイテムボックスは持っているようで、朱塗りの槍を取り出して、ランピーチへと突きを繰り出す。太っていても、その動きは結構機敏で、太っている分力がありそうだ。
だが、今のランピーチにとっては遅すぎる。あくびをしてもよいくらいだ。爪先をたててくるりと回転すると斜めに傾げて突きを躱すと、そのままハイキックを放ち、正勝の頭に叩き込む。
精霊障壁は紙のように砕き、ゴキリと骨の折れる音がして、正勝の体が傾ぐのを横目に、脚を引き戻してからの反対側からのハイキック、さらに顎へと掬い上げるように下からの一撃。芸術のように流れるような蹴り足は、敵の反撃を許さなかった。
人間を超えた体術により、たった3撃で正勝は力を失い倒れ込む。
ふぅと息を吐き、残心を解くと、ランピーチは死んだはずの白衣の男へと向き直ると冷めた表情で言う。
「そうか、正勝も貴様も既に『精霊粉』を使用していたのだな」
「自己紹介をせずに、攻撃とは野蛮人はこれだから困る」
「あー、いてぇな、この野郎。やってくれるじゃねぇか」
体から血を吹き出して死んだはずの白衣の男、そして、首の骨が折れて即死したはずの正勝がゆっくりと立ち上がる。倒したと思ったが、やはりそんなうまい話はなかった模様。どうやらここまで来る前に摂取していたのだろう。
「ふむ、私の名前はミチビキだ。禁忌の実験をせし者たちよ、ここで細胞一つ残さずに消滅させよう」
とりあえず禁忌って言えばそれらしく聞こえる理論である。サングラスを光らせて傲岸不遜の態度を見せるランピーチ。
「くくく、禁忌、禁忌か。なるほど、禁忌と呼ぶ貴方はどこのどなたかな?」
「こいつ、とんでもねーぞ。どこの家門だ? ここまでの腕前なら名が広まって良いはずなのにミチビキなんて聞いたことねーぞ」
「正勝様。こやつはきっと地下街区の者ですぞ。この実験を知り得ても禁忌と呼ぶ者は地上街区にはいないゆえ」
ケラケラと笑いながら、白衣の男はランピーチへと面白がるように視線を向けてくる。
「私の名前は小苅。人は私を非道と呼ぶが、実現すれば褒め称えるだろう。私のお陰でこの世界が救われたとね」
落ち窪んだ不健康な目に狂気を宿らせて、枯木のように細い身体の小苅はランピーチへと余裕の態度を見せる。余裕の証というのか、背中が膨れ上がると、ピンク色の肉塊で作られた触手が飛び出して、周りに落ちたキマイラの残骸に取り付いて同化させていく。
後ろでも同様に正勝が触手を背中から生やして、周りの肉塊と同化させていた。
「人工精霊の源『精霊粉』。新たに人間をすり潰して作り上げた『精霊粉』を使用した私たちの身体は魔力を喰い、生物と同化し力を増す」
「人の形を持ちつつ、無敵の体にも変化できるんだよ、ボケが。他の家門だか、地下街区の野郎だか知らないが、殺してやる!」
「そうか。ここでキマイラが出てくるのか。では、ご自慢の力を見せてもらおうか」
小苅と正勝を前に、ランピーチは楽しそうに嗤うと、構えるのであった。




