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SHEENA!(シーナ!)  作者: コバンザメ
第5章 「ネイサン、彼らの行先が分かったよ」
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第2話


 夕闇が街を包み始めたころ、通りはさらに賑わいを増す。酒場の面々もユダの料理で酒が進み、顔が赤らんでいった――ブルータスを除いては。

「こちらもどうぞ、スコール殿」

 テーブル横で骨付き肉にかじりつくスコールに、スープを差し出すユダ。骨に夢中のスコールに代わって、アリアが礼を述べた。

「よかったね、スコール」

「いえいえ、彼にはいい闘いを見せていただきました。流石、お嬢様の騎士殿だ」

「えへへ。私にとってはお祖父ちゃんみたいな存在ですけど」

「そう言えば、まだきちんと挨拶していませんでしたね。私、ユダと申します」

「アール・クックじゃないのか」

 と茶々を入れるのはシーナである。

「アリア・ウォーカーです。こっちはスコール。よろしくね」

「――ウォーカー……」

 ユダはその名を噛みしめるように呟きながら、アリアとスコールとを見つめている。

「……あの、何か?」

「いいえ。美しい貴女によく似合う、美しい名だと思いまして」

「おい詐欺師、お嬢様に変な真似するんじゃないぞ」

 マックスが嗜めると、ユダは嬉しそうな笑みを浮かべる。

「おっとこれは失礼、ヤキモチを焼かせてしまいました」

「何でそうなる……」

 マックスが辟易した顔で呟いた。

「しかし確かにいい闘いだった。スコール殿、それにお嬢もな」

「そのとおり、お二人とも流石です」

 ブルータスとマックスに褒められ、アリアは赤ら顔で髪をいじる。

「あはは、それはどうも……」

「それにひきかえ……」

 そう言ってブルータスが視線を向けたのは、包み揚げを頬張るシーナである。

「俺?」

「お前は何だ、毎度毎度ぬるっと生き返りやがって。気味悪いんだよ!」

「そうだそうだ! あんな理論もへったくれもない魔法、僕は認めないぞ!」

「いや俺別に……」

 酔っ払い二人に絡まれ、シーナはたじたじになる。

「そう言えば、決着付けてなかったな。次やるときゃ真っ二つに――」

 そこまで言って、言葉を切るブルータス。

「どうしたオーク」

「そういやコイツ、縦に真っ二つ両断されたらどっちから再生するんだ?」

「オッサン、怖いって」

「そりゃあ心臓があるほうじゃないのか」

「先生も真面目に答えなくていいから」

「オーク、『ものは試し』って言葉知ってるか?」

「そりゃあいい言葉だ、エルフ」

 無言で逃げ出すシーナと、取り押さえようとするブルータス。

「待ちなさい」

 とユダが制した。

「クック……!」

 シーナが感動したような目でユダを見上げる。

「私のほうが綺麗に両断できます」

 取っ組み合う三人を眺めながら、アリアは赤ら顔で笑っていた。

 マックスはというと、やけに神妙な表情でシーナを見つめている。

 彼の脳裏に浮かぶのは、破壊魔法を生身で受けてなお再生してみせた男の姿。マックス自身、賢者の石を取り込んだフレイザーの力は身をもって味わっていた。

 ――それを、この男は……

 マックスは左袖を捲り上げる。フレイザーの魔法で焼けただれたはずの左腕は、雪のような白肌を取り戻していた。

「最近、他人を治すのも慣れてきたよ」

 監獄島を脱出した後、青白い顔でそう言っていたシーナを思い出す。

 ――僕に、同じことができるか……?

 そう自問するとマックスは無性に悔しくなって、おもむろにシーナに跳びかかった。

「おお! いいぞ、やっちまえ! エルフパンチだ!」

「ずるいですよ、シーナ君ばかり。先生、さあ。私の胸にも飛び込んで――」


 階下から聞こえる騒ぎ声を聞きながら、アリアは一人、二階のベランダに佇んでいた。手すりに肘をついて通りを眺めていると、酒で火照った身体を夜風が冷ましてくれた。

 夜も更けてきたが貧民街の明かりは絶えず、あちこちから賑やかな騒ぎ声が聞こえてくる。

 視界をゆっくりと上げていく。中央へといたる坂に沿ってぼんやりと明かりが灯り、その先には夜霧に浮かぶ王宮が幻想的に揺らめいていた。

 ――綺麗……

 かつて十何年と暮らしてきたはずの王都だが、その美しさに改めて感嘆した。

 しばらく眺めていると、やがてシーナが二階へと避難してきた。

「あいつら、最悪だ……」

「ふふ、ご愁傷さま。こんなに賑やかなのは久しぶり……いえ、初めてかも」

「ちょいと賑やかすぎるけどな」

 となりで手すりにもたれて息を切らす彼を見て、アリアは可笑しそうに笑った。

「ああ……風が気持ちいいや」

「だね」

 しばし、沈黙が続いた。

 しかしやがて、シーナが思い出したようにため息を付く。

「それにしても、昨日は大変だった。現実に起こったこととはとても思えないな」

「私もよ。明日目が覚めて全部夢だったとしても、何も不思議に思わないでしょうね」

「でも、あの島で何か見つけたんだろ?」

「……ええ、看守長の部屋で――」

 というアリアの言葉を、シーナが大袈裟に手を振って遮った。

「ああっとすまん、また明日にしてくれ。脳みそがアルコールと疲労で満席だ。今は何にも理解できそうもない」

「ふふっ、それもそうね」

 そのときアリアの脳裏に浮かんだのは、看守長室で見つけた手帳――そこに記されていた『あの検体』という記述である。

 ――あれはきっと……

 そう思いながらシーナの横顔を見つめていると、眼が合った。

「そんな見つめられると照れちゃうな」

「ああ……ごめんなさい」

 アリアは慌てて目を逸らす。シーナはカラカラと笑った。

 それからアリアはシーナにせがまれ、王都のあちこちを指差しながら思い出話を語り聞かせた。

 靴屋の娘のペギーという友人や、大好きな学校や行きつけの菓子店。日曜の礼拝の後に、父とスコールと歩いた散歩道の話。

 くすくすと思い出し笑いを漏らすアリア。そんな彼女の横顔を、シーナは微笑みながら見つめていた。階下からも通りからも、賑やかな騒ぎ声が届いている。

 しかし時おり、翡翠色の瞳に宿る寂しげな影にシーナは気付いた。

 ――お嬢は、唯一の肉親を失ったんだよな

 心の中で呟く。

 ――失うってのは、どんな気持ちなんだろうな……どんな想いで、俺に笑いかけてたんだろうか

 胸の中に熱い感情が込み上げてくるのを、シーナは夜風とともに感じていた。


 ***


 同時刻、クリーグの街にて。

 未だ炎の燻る監獄。その残骸の前に、ネイサン・ハモンドとルディ・フォン・ラインラントが並び立っていた。

 丸一日経った現在も、瓦礫の撤去作業が続いている。

「いったい何がどうなれば、こんなことになるんだ」

 ハモンドはわかりやすく苛立っている。

「儀式中に事故が起きたか……もしくはフレイザーが癇癪を起こしたか、だね」

「フレイザーが?」

「ああ。彼、石の精製法は確立したっていうのに、新たに別の研究を進めていたらしい」

「くそっ、これだからイカれた邪教徒は嫌いなんだ」

 ハモンドは忌々しげに唾を吐き捨てる。ラインラントはいたって冷静に彼を宥めた。

「なあに、石の精製法は私も知っている。それに、私とネイサンが持っている分とですでに二つある。計画に影響はないさ――ただフレイザーが癇癪を起こしたのには、理由があったみたいだね」

「……理由?」

「彼の同族嫌いは、知っているだろう?」

「エルフがここにいたってのか?」

「ああ。昨日の昼間に市場で騒ぎを起こしたエルフがいたとさ。そしてそのエルフは、見目麗しい少女と剣士とともに、どこかへ去っていったとか」

「少女……まさか!」

 ハモンドの眼が、かっと見開かれる。

「ウォーカーの娘か!?」

「私もそう思う。モウブレー殿は『ウォーカーの娘の行方は知らない』と言っていたが、状況から見てそれはあり得ないだろう。匿っていたか、あるいはともにウォーカーの仇討ちでも企てていたか……何にせよずいぶんと嘘吐きなお方のようだ」

 ラインラントは困り顔で苦笑を浮かべた。

「剣士のほうはモウブレーの配下か……くそっ、あの狸親父め! まんまと先手を打たれたわけだ!」

「カルド山で見つけた手掛かりから監獄島のことを知り、先遣隊を送っていたんだろう。そしてこの監獄島で『石』のことを知ったとすれば、次に目指すのは――」

「王都に決まっている。しかし、ミュールを虱潰しに捜していては埒が明かんぞ……」

 苛立って歯噛みしながら、忙しなく無精髭をさするハモンド。すると、憲兵隊の男が駆けつけてきた。

「どうだった?」

 やや急いた様子で、ラインラントが尋ねる。

「仰られた地下牢ですが……錠は斬り落とされ、つながれていた筈の手枷もこじ開けられ――」

「奴はいなかったんだな?」

「え、ええ」

 すると次の瞬間――雷鳴とともに悲鳴がこだまし、胃の腑を押し潰すような重圧が周囲を支配した。

「「「マァアアア!!! グズゥッ!!! ヴェエエエェエルルル!!!!」」」

 断末魔のような声を上げながら、瓦礫を掻き分け姿を現した何か。

 それは、黒い霧をまとった巨大な肉の塊であった。

 血と電撃をまき散らしながら、近くにいた兵たちを次々と消し炭に変えていく。

「おい……まさかアレが、フレイザーなのか……」

 狼狽えるハモンドに構わず、剣をぬき放って平然とフレイザーに歩み寄るラインラント。

 その剣は、夜闇の中で淡い輝きをまとっていた。

「ネイサン、彼らの行先がわかったよ」

 顎の傷を撫でながら、嬉しそうに呟く。

 ほとばしる雷光が、微笑むラインラントの顔を照らし出した。


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