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SHEENA!(シーナ!)  作者: コバンザメ
第5章 「ネイサン、彼らの行先が分かったよ」
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第1話


 ノルズヴァン王国の首都ミュールは円形状の都市で、中央に向かって小高い丘になっている。

 丘の頂上には豪華絢爛な王宮がそびえ立ち、それらを取り囲むように壮麗たる塔、優美な大邸宅の数々が立ち並んでいた。

 外敵を寄せ付けぬ強固な城壁、隅々まで完備された清潔な水道、市民に新鮮な娯楽を提供する競技場……それらすべてがミュールには揃っている。

 監獄島崩壊の翌日の昼すぎ。アリアたち五人と一匹の姿を、王都最北端の貧民街の人混みの中に見ることができる。

 『貧民街』と呼ばれはするものの、年季の入った立派な建物がところ狭しと軒を連ね、市場や通りは人々の活気で満ち溢れている。

「王都の貧民街から、どんどん人が消えてるって聞いたんだけどな」

 驚いた様子で人々を眺めるシーナは、看守の制服を適当に着崩している。

「これだけの人間をどうやって消すというんです。彼等こそ都人。この街から人影が消えるときは、王都の灯が消えるときですよ」

 そう得意気に語るユダを筆頭に、アリアもマックスもフードを目深に被って顔を隠してた。

 しかしすれ違う通行人は、そんな怪しげな集団や狼やオークを気に留めもしない。

 逆に、時おり見かける非人間族たちの姿がシーナの目を引いた。

「他人様の顔をそうジロジロと見るな」

「いやだって、トカゲみたいな顔の人が……あ、今度は猫人間だぞ」

「お前が田舎者だってのは十分わかったから、前見て歩け」

 シーナの頭を小突いて前を向かせるブルータス。アリアが、くすりと笑い声を漏らした。

「お嬢の家は、あの辺り?」

 シーナが指差すのは、遥か遠くに見える丘の頂上近くである。

「ええ。王宮からは少し離れたところだけどね。私もこの区画に来るのは初めてだから、新鮮だな」

「当然です。お嬢様が来るようなところではありませんよ。ここはあまりに人間臭すぎる」

 マックスが忌々し気に、顔をしかめながら口を開いた。

「あのさ、先生。前から言いたかったんだけど、お嬢も人間だよ?」

「愚問だな人間。美人は別に決まっている」

「何か……凄いね。先生って」

 シーナとアリアは引き気味に笑う。

 ユダはうんうんと頷き、ブルータスは軽蔑の眼差しをマックスに送っていた。


「ようこそ、闇ギルドへ」

 ユダが案内してくれたのは、通りから少し外れた、二階建ての寂れた酒場であった。

「誰もいないんだな?」

「しばらく使ってなかったからな。俺も来るのは久しぶりだ」

 ブルータスは懐かし気に店内を見回している。

「ああ~つっかれたぁ……」

 テーブルに突っ伏して、シーナが大きく溜息を吐いた。

「クリーグの街から歩き通しだったからね。モウブレー様に貸して貰った馬車も、宿に置いてきちゃったし……」

「団長がそのうち回収してくれるでしょ。それより、これからどうするよ?」

「どう、しましょうか……」

 アリアが苦笑いを浮かべる。彼女の顔にも疲労の色が浮かんでいた。

 しばし、静寂に包まれる酒場。

 沈黙を破ったのは、「私に考えがあります」というユダの声であった。

「なんと実は、こんなこともあろうかと――」

 そう言って彼はバーカウンターの酒棚を漁りだす。

 振りかえったユダの手には、酒瓶が握られていた。

「――いい酒を取っておいたんです」

「あの酒、どこ行ったかと思ってたら……」

 口惜し気に呟いたのはブルータスである。

「酒場に来て、どうするもこうするもないでしょう。私と兄弟はここを片付けます。お嬢様たちはこれで食料を買ってきてください。追加の酒もね」

 ユダはそう言って、まるまる太った金貨袋を投げてよこした。

「俺のヘソクリまで……」

 呟いたのは勿論、ブルータスである。するとスコールがやってきて、彼を見上げながら二三言、吠えた。

「ああ、そうですね。いずれ、そのつもりです」

 ぶつぶつとスコールに答えながら、ブルータスは殺気のこもった眼でユダを睨んでいた。


 アリアとシーナは、賑わう市場の端から端まで見て回った。幸運にも軍資金は潤沢である。

 シーナはついでに、衣料品店で看守の制服を売り払った。

 代わりに紺のダスターコートを羽織るシーナを見て、アリアが嬉しそうに笑っていた。

「シーナはそうでなくっちゃ」

 大量の食材と酒を抱えて戻ると、酒場は綺麗に片づけられ、マックスとブルータスが早速酒盛りを始めていた。

「美味い酒だな。何て銘だ?」

「『俺が一人で飲もうと思ってた酒』って銘だよ」

「ああ、どうりで美味いわけだ」

 ケラケラと笑うマックスを、ブルータスが鬼の形相で睨んでいる。


 厨房に火が宿り、包丁の音が聞こえてきた。

 腕を振るうのはユダである。

「ああ、だから料理人(クック)って名乗ってたのか」

 合点のいった様子でシーナが頷くが、呆れ顔のブルータスが「CROOK(詐欺師)のアナグラムだよ」と説明してあげた。

 そうこうしている間に、芳しい料理の数々がテーブルに並べられた。

 丸パン、スパゲティに野菜スープ、卵の包み揚げにミートパイ、鮭の塩焼きにローストビーフ――どれもシンプルだが、疲れ切った一行にとっては何よりのご馳走であった。

「さ、アーネスト様にお祈りを済ませたらドンドンやっつけてください。まだまだ持ってきますからね」

 ユダにうながされ、皆一斉に手を伸ばす。

 アリアはごくりと喉を鳴らし、スープを一口すすった。野菜の甘味と隠し味の生姜が、体の芯まで温めてくれるようであった。

 続けてパイにスプーンを押し付ける。表面がパリパリと小気味よい音を立てて割れ、中から湯気とともにラム肉のローストが姿を現した。

 頬張ると、香草が薫るホクホクのジャガイモと、ジューシーな肉の旨味が口いっぱいに広がった。アリアは思わず、恍惚の吐息を漏らす。

「この香り付け……ヴィリ・シアン風だ。よく知っているな」

 二枚貝のスパゲティを忙しなく口に運びながら、マックスは意外そうな表情を浮かべている。

「麗しのハイエルフに手料理を振る舞うのが、長年の夢でしてね。ようやく叶いました」

「……」

 ワインを酌してやりながら、誘惑的な笑みを投げかけるユダ。一方、マックスの視線は冷たい。

「ヴィリ・シアンって先生の故郷だっけ。どこにあるの?」

 シーナは鮭の塩焼きにがっつきながら、疑問を口にした。

「モノを知らん奴だな……って、そう言えば記憶がないんだったな。ノルズヴァンの北西に小さな島があるんだよ。そこが僕たちハイエルフの生まれ故郷、ヴィリ・シアンだ」

「ヴィリ・シアンのハイエルフは皆、生まれつき魔法に長けているんだけど、最年少で魔道学を修められたマックス先生は島を出て……今は確か、大陸に現存する太古の魔法を探求されているんですよね」

「いえいえ、エルフ史きっての大天才だなんてそんな……否定はできませんが」

 アリアに褒められて気分がよくなったのか、マックスはワインを一気に煽った。

「性格が悪すぎて島を追い出されただけじゃないのか」

 肉を噛み千切りながら、ブルータスが水を差す。マックスはムキになって言い返した。

「お前こそ何でロォカンに引きこもらず、似合わない都会で闇ギルドなんかやってるんだ。体臭がキツすぎて追い出されたか?」

「ロォカン?」

「隣国キースランドの山岳地帯にある、オーク族の大集落よ」

 シーナの疑問に、アリアが丁寧に答えた。

「オークがこのミュールを目指す理由なんて決まっている――『戦槌の魔王』が眠る都を見てみたかったんだ」

「へえ。そりゃ何でまた」

 ブルータスのジョッキにウォッカを酌しながら、またもシーナが尋ねる。

「俺たちは寝物語に、アーネストとともに戦った一族の英雄『ラ・ヴォルカン』の武勇伝を聞かされ、戦の前には彼の斧に祈りを捧げる。何よりも武を重んずるオークにとって、一種の信仰対象なのさ。だが俺は思った――そんな英雄でも倒すこと叶わず、封印するほかなかった魔王とはどんな男だったのか、と」

「なるほど、それでミュールに」

 シーナは興味深そうに頷いている。

 するとユダがベイクドポテトを運んできたので、早速つまんでエールで流し込んだ。

「王都の地下には広大な地下墓所がありましてね。具体的な場所は定かではありませんが、そのどこかに魔王が封印されていると言われているんです。まあそんな曰く付きの場所ですから滅多に人が近寄らず……アジトには最適なわけで」

「そこで、二人は出会ったんですね」

 相槌を打つアリアも、いつの間にかワイングラスを持って顔を赤くしていた。

 すると、同じく顔を赤くしたマックスが得意気な笑みを浮かべた。

「まあ要するに。オークの英雄さえ敵わなかった魔王も、僕たちエルフの封印術の前には敵わなかったと、そういうわけだな」

「……どういうこと?」

 シーナが回答を求め、アリアを見つめる。

「魔王を封印したのは確かにアーネスト様なんだけど、その封印術を授けたのはヴィリ・シアンのハイエルフたちだと言われているの」

「いや、だが実際に魔王を相手したのはアーネストにヴォルカン、ベアトリスの三英雄であって、エルフ共はあくまで――」

 というブルータスの言葉を遮って、マックスが高笑いを響かせた。

「はっはっは、苦しい負け惜しみだな。言ってろ言ってろ」

 呆れ顔のブルータスに、慌てて機嫌を取るアリア、それを見て苦笑するシーナ。

 ユダは上機嫌のマックスにワインを酌し、猫舌のスコールはベイクドポテトに悪戦苦闘している。


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