番外編:手っ取り早い結婚方法とは
本編とは切り離され、本当に来世の物語になっています。
R15描写?ありです。残酷要素ではない方の。
バンっと勢いよく開いた扉に、レナードはベッドから身を起こした。
足音は聞こえていた。しかしそれが自分の部屋の前で止まるとは思わなかったのだ。
開け方からして使用人でないのは確か。
そして瞳を開いて………また閉じる。
「……夢か」
時刻は日付を過ぎた頃。こんな時間にそもそも来客なんて来るはずがない。しかもレナードの部屋にまで。
きっと夢を見ている。そう思ってレナードは布団を深くかぶろうとした。
扉からうっすらと漏れる光を無視していると、足音がすぐそばまで来て、立ち止まった。
そして布団がめくれる。もう夢ではないと分かった。
その人物はあろうことかレナードのベッドの中に潜り込もうとしてきたのだ。
「待て待て待て、早まるな」
「……」
「……おい、お前なんでいるんだよ」
「………」
潜り込もうとしてきたのは、レナードの恋人であるセレンだった。
なぜここにいるのか。そもそもどうやって屋敷に入ってきたのか。
商家として有名なレナードの家は裕福で、屋敷の警備も万全だ。静かに忍び込むのはまず難しい。
セレンは商売敵である家の娘で、そう簡単に家の者が屋敷に足を踏み入れることを許すとは思えなかった。
「とりあえず、そこに座れ」
セレンはこくりと頷いてベッドの端に座る。
さきほどからセレンは俯いたままだ。部屋の暗さと相まって表情は見えない。
ぎしりと音が鳴った。その音にレナードは緊張する。
扉は開いている。何かあればセレンが悲鳴を上げてくれるはずだし、二人きりで密室にいるという事態の言い訳は避けられそうだ。
そう自分に言い聞かせた時、セレンがおもむろに立ち上がって扉の方へ行く。
そして扉をパタンと閉めた。
……閉めた。
レナードは散らかった思考をなんとかひとつにまとめようと努力した。
セレンがこちらへ戻ってきて、座りなおすと思いきや、レナードの胸元へ飛び込んだ。
幸い鍛えているため後ろへ倒れるということにはならなかった。倒れれば終わりだとも思っている。理性が持ちそうにない。
「……レナード、いまのはだめよ」
「は?なにが」
何に駄目だしをされたのか。ともかくセレンがいつもと同じ調子で話をしていることに安心した。
「倒れ込まなきゃいけないでしょう、この状況なら。せっかく雰囲気だって作ってきたのに」
台無しだわ、と頬に手を当ててため息を吐くセレン。レナードはますます考えた。
突拍子もないのはいつものことながら、今回のは笑いすら起きない。
「セレン。お前が意味わからないのはいつものことだが」
「失礼よ、レナード」
「……今回のは本当に分からない。お前何がしたかったんだ」
「何って……子供を作ろうと思って」
「ああ子供か………子供?」
「ええ」
レナードは今度こそ絶句した。
夜目がきいてきてセレンの姿が薄暗くてもはっきりわかるようになってきた。
淡い色のドレス。全体の露出が多めで、あきらかに男を誘う装い。
彼女が突然来たことに動転していたが、その衣装を見てくらりと何かが揺れる。
しかもその彼女は自信の腕の中。服越しに伝わる熱に気付いて、まずいと思った。
セレンを先ほど座っていた場所に戻す。
全体的に目の毒で布団をぐるぐると巻き付けた。
されるがままだったセレンは、拗ねたように頬を膨らませる。
「感想くらい言ってくれてもいいのに」
「バカとしか言いようがない。こんな夜中に男の部屋を訪ねて夜這い?何考えているんだ」
「だから子作りを」
「……まずなぜその結論に至ったのか聞きたいんだが」
疲れてそう言うと、セレンは頷いて話をし始めた。
「この前のデートで、レナードに婚約指輪をもらったでしょう?」
「ああ」
「それを父さまと兄さまに見せたら、すごく反対されたの。結婚なんてまだ早いって」
「適齢期ど真ん中じゃないか」
この国での女性の結婚適齢期は十五から十九まで。セレンは十七歳で、早いということは無い。
「そうよ。だからこっちも二人を説得するのにすごく労力がかかって。父さまの方は何とか脅し……じゃなくて説得できたんだけど、兄さまの方が難しくって」
時間がかかる、ではなく労力がかかったと言っている方にレナードは口元をひくつかせた。
後日挨拶に行く日取りまでは決めていた。その前に彼女が父親や兄と話をつけておくというのも聞いていた。
しかしセレンは先に説得するための材料を集めていたのだ。それが本当に説得というのかは疑わしいところだが。
「それで隣国の友達に相談したのよ。そしたら既成事実を作ってしまえばいいんじゃないかって」
「……」
「子供を作ってしまえば責任をとるしかなくなるものね。周りも納得せざるおえないし……さすが私の友達だわ」
これは自分の感覚が間違っているのか。真顔で言われてレナードは一瞬そんな風に考えた。
しかしすぐさま否定する。それはあくまでも最終手段だ。そんなことをすれば世間から白い目を向けられるのではないか。
祝福する者もいるかもしれないが、まだすべての手段を使ってない現時点でそれを行動に移すのはどうなのか。
その友人も冗談で言ったのかもしれない。しかしそんなことをいうあたり、類は友を呼ぶという東方の国の諺に妙に納得させられてしまった。
「……とりあえずもう一つの方を聞きたいんだが」
「あら、何かしら」
「お前はどうやってここに入ったんだ」
驚きと呆れを通り越して、諦めた。
この件に関しては、認識のすり合わせが難しいことは昔からよく知っている。
それよりもう一つの方が気になって、そちらを問いただした。
「使用人のマーサに入れてもらったのよ。ちなみにお義母さまとお義父さまの許可もすでにいただいているわ」
「お義母さま、お義父さま……?」
「あなたのご両親に決まっているじゃない」
もはやどこから突っ込めばいいのか分からない。
いつの間に両親と仲良くなったのだろう。一度たりとて紹介したことはないのに。
しかも夜這いに対してゴーサインを出したのか。セレンのこの意見に賛同したのか。
「……いや、もういいや。考えるのもバカバカしくなってきた。セレン、こっち」
「なに?……え」
レナードがセレンを引き寄せて、腕に閉じ込める。
ずっと自分だけが翻弄されているのは面白くない。
セレンは固まった。いつもは大胆なのに強引にされると戸惑うのだ。
そんなセレンの様子にレナードは軽く笑う。息がセレンのさらされた首元にあたり、びくっとセレンが身体を震わせた。
「レナ―、や……な、なにして」
「何って、お前が俺にしようとしていたこと?」
「ひっ……ど、こ……さわって」
鼻につくような甘い声。欲情を掻き立てるその声に、ぞくりと背筋が震える。
上下で離れたドレスの隙間に手を入れて、セレンの腹部をまさぐる。するりと撫でると面白いくらい敏感にセレンは震えた。
背中をレナードの胸に預けていたセレンは、レナードの方を振り向いて睨んだ。
しかし潤んだ瞳で上目遣いをされれば逆効果。レナードは熱っぽいセレンの目に吸い寄せられるように唇に触れようとして……とどまった。
本当に危険だった。このまま唇を重ねてしまえば、レナードはもう理性に歯止めを効かせるのを止めていたかもしれない。
艶やかに乱れる姿を見てしまえば、もう自分から止まることはないだろう。
セレンをふわりと後ろから抱きしめる。
そしてそのまま布団の中に入った。
添い寝だけだとなんども言い聞かせながら。
「いいか。お前がしようとしていたのは、これのもっと先だ。わかるか」
「……わかった、わ」
「ならもうバカな真似はするな。嫁入り前なんだから」
「レナードと結婚するのはもう決まっているのに?」
「だとしても、だ。……大切にしたいんだよ、分かれ」
睨まれはしたが、拒絶はされなかった。そしてその拒絶されなかったことに喜びを感じる。
もし少しでも恐怖されたらレナードは立ち直れなかったかもしれない。だからそのことにひどく安心した。
「……私はレナードになら何をされてもいいの」
「……っ。いいから、もう寝ろ!」
「きゃっ、ちょっと!」
これ以上煽るようなことを聞けば、鋼の理性もどこかへ消し飛んでしまいそうだ。
そう思って布団を深く被せる。
柔らかい感触はすべて無視だ。
ダブルサイズのベッドに二人。
意識を遠くに飛ばそうとすれば、その温もりが眠気の訪れを手伝ってくれた。
翌朝。目覚めて一番に部屋に入ってきたマーサに様子を何度見もされて、ひどく残念そうな顔をされたことは、まだ夢の中にいるセレンには黙っていようと思った。
リクエストありがとうございました!
本編だけで続きとかはまったく考えていなかったんですが、番外編で幸せそう……な二人が書けたのはよかったなと思っています。